ウルキオラの転生物語 inゼロの使い魔
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第4部 誓約の水精霊
第5章 水の精霊
農夫が愚痴を言いたいだけ言って去って行った後、モンモランシーは腰にさげた袋から何かを取り出した。
それは一匹の小さなカエルだった。
鮮やかな黄色に、黒い斑点がいくつも散っている。
カエルはモンモランシーの掌の上にちょこんと乗っかって、忠実な下僕のように、まっすぐにモンモランシーを見つめていた。
「カエル!」
カエルが嫌いなルイズが悲鳴を上げて、ウルキオラに寄り添う。
「趣味の悪いカエルだな」
「趣味が悪いなんて言わないで!私の大事な使い魔なんだから」
どうやらその小さなカエルが、モンモランシーの使い魔らしい。
ウルキオラはこいつと同類なのか?、と思うと何とも言えない気持ちになった。
モンモランシーは指を立て、使い魔に命令した。
「いいこと?ロビン。あなたたちの古いお友達と、連絡が取りたいの」
モンモランシーはポケットから針を取り出すと、それで指をついた。
赤い血の玉が膨れ上がる。
その血をカエルに一滴垂らした。
それからすぐに、モンモランシーは魔法を唱え、指先の傷を治療する。
ぺろっと舐めると、再びカエルに顔を近づける。
「これで相手は私のことがわかるわ。覚えていればの話だけどね。偉い精霊、旧き水の精霊を見つけて、盟約の持ち主の一人が話をしたいと告げて頂戴。わかった?」
カエルはぴょこんと頷いた。
それからぴょんと跳ねて、水の中に消えていく。
「今、ロビンが水の精霊を呼びに行ったわ。見つかったら、連れてきてくれるでしょう」
「そうか」
ウルキオラは答えた。
「やってきたら、悲しい話をしないとな。彼女思いの話でもしようかな。かなり古いけど、失恋の話がいいかな?」
ギーシュはうーむ、と首を傾げた。
「悲しい話?なんでそんなのするのよ」
「だって、水の精霊の涙が必要なんだろ?泣いてくれるようなことをしなければならんだろう」
「馬鹿なの?」
「バカか?」
ウルキオラとモンモランシーの声がハモる。
ギーシュは、え、え?、と二人を交互に見る。
「無知だな。水の精霊の涙は通称だ。涙そのものではない」
ウルキオラは屑を見るような目で見つめた。
本の知識は絶大なものである。
ルイズはウルキオラが自分の相手をしてくれないので、寂しそうに顔をウルキオラの背中にすりすりと擦りつけている。
ウルキオラは無視を決め込んでいる。
「だったら水の精霊の涙はなんなんだい?」
ギーシュが尋ねた。
「水の精霊は……、人間たちより、ずっと、ずっと長く生きている存在よ。六千年前に始祖ブリミルがハルケギニアに降臨した際には、既に存在していたというわ。その体は、まるで水のように自在に形を変え……、陽光を受けるとキラキラと七色に……」
そこまでモンモランシーが口にした瞬間、離れた水面が光り出した。
水の精霊が姿を現したのである。
ウルキオラが立っている岸辺から、三十メイルほど離れた水面の下が、眩いばかりに輝いている。
まるでそれ自体が意思を持つかのように、水面がうねうねと蠢いた。
それから餅が膨らむようにして、水面が盛り上がる。
ウルキオラはその様子を見つめている。
まるで見えない手にこねられるようにして、盛り上がった水が様々に形を変える。
巨大なアメーバのようなその姿であった。
確かにキラキラ光っていて綺麗だが……、どちらかというと気持ちが悪い。
湖からモンモランシーの使い魔のカエルがあがってきて、ぴょんぴょん跳ねながら主人の元に戻ってきた。
モンモランシーはしゃがんで手をかざしてカエルを迎えた。
指でカエルの頭を撫でる。
「ありがとう。きちんと連れてきてくれたのね」
モンモランシーは立ち上がると、水の精霊に向けて両手を広げ、口を開いた。
「私はモンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ。水の使い手で古き盟約の一員の家系よ。カエルにつけた血に覚えはないかしら。覚えていたら、私たちにわかるやり方と言葉で返事をして頂戴」
水の精霊……、盛り上がった水面が……、見えない手によって粘土がこねられたようにして、ぐねぐねとかたちをとり始める。
その様子をじっと見ていたウルキオラは、驚いた。
水の塊が、モンモランシーそっくりの形になって、にっこりと微笑んだからだ。
それから無表情になって、水の精霊はモンモランシーの問いに答えた。
「覚えている。単なる者よ。貴様の体を流れる液体を、我は覚えている。貴様に最後にあってから、月が五十二回交差した」
「よかった。水の精霊よ、お願いがあるの。あつかましいとは思うけど、あなたの一部を分けてほしいの」
水の精霊はにっこりと笑った。
「笑ってくれたぞ!OKみたいだね!」
ギーシュは大声で叫んだ。
しかし、その口から……、というか、どこから声が出ているのかはわからないが、出てきたセリフはまったく逆だった。
「断る。単なる者よ」
「そんな……」
モンモランシーは目線を地面に落とした。
そんな様子を見て、ウルキオラが前に出た。
「水の精霊とやら」
「ちょっと!ウルキオラ!やめなさいよ!怒らせたらどうするの!」
ウルキオラのあまりにも敬意の籠っていない言葉にモンモランシーは激昂した。
ウルキオラは無視を決め込む。
水の精霊は、ウルキオラをじっと見つめている。
そして、驚愕する。
水の精霊の様子に、ギーシュとモンモランシーはポカンとした。
「お主、まさか…我と同じ精霊か?」
水の精霊の言葉に、モンモランシーとギーシュはウルキオラの方を向いた。
「ど、どういうことだね!ウルキオラ!」
「あなた…精霊なの?」
しかし、ウルキオラは二人の質問など耳には入っていなかった。
ただただ、水の精霊を見つめている。
そして、胸のファスナーを少し、下した。
首下に、黒い穴が見える。
「俺は精霊ではない。虚だ」
モンモランシーとギーシュは、ウルキオラの穴を見て、それぞれの感情を露わにした。
「な、なんだね!その穴は!は、早く治療しなければ!!しし、死んでしまうぞ!」
「なんでそんなところに穴が開いていて生きてるのよ!」
ギーシュはあたふたして、地団太を踏んでいる。
モンモランシーは、一歩後じ去った。
「虚?聞いたことのない名だ」
「だろうな。俺はこの世界の住人ではない。まあ、人ならざる者としてはお前と同類だ」
水の精霊は、少し考えた後、言った。
「よかろう。我の体を分けてやろう。人ならざる者よ」
「そうか」
ウルキオラは服のファスナーを上げた。
「しかし、条件がある。人ならざる者よ」
「なんだ?」
「我に仇名す人間を、退治して見せよ」
一行は顔を見合わせた。
「退治…だと?」
「さよう。我は今、水を増やすことで精一杯で、襲撃者の対処にまで手が回らぬ。その者どもを退治してくれれば、望み通り我の一部を進呈しよう」
「いいだろう」
こうしてウルキオラは、なぜか水の精霊を襲う連中をやっつけることになってしまった。
水の精霊が住む場所は、遥か湖の底の深く。
襲撃者は夜になると、風の魔法で空気の玉を作って、水の中に入り、湖底にいる水の精霊を襲うという。
ウルキオラたち一行は、水の精霊が示したガリア側の岸辺の木陰に隠れ、じっと襲撃者の一行が来るのを待ち受けた。
ギーシュは戦い前の景気づけなのか、ウルキオラの隣で持ってきたワインをあおっている。
そのうちに歌いだしそうなぐらいテンションがあがってきたので、ウルキオラに小突かれた。
ルイズと言えば、ウルキオラがモンモランシーとばかり話しているので、相当ご機嫌斜めだった。
私よりモンモランシーがいいのね、好きなのね、いいわよ勝手にすれば、でも嫌いにならないでね、うわーん、とかわあわあ泣いたり怒ったり、喚いたりしたので、疲れてしまったのか、今は毛布に包まり、くーくー隣で寝息を立てている。
まるで子供のようだ。
薬のせいなのだろうが、ひどく恋に落ちると、誰でもそんな風になってしまうものなのかもしれない。
「へー、そんな種族が存在していたのね~。それで、その十刃ってのは一が一番強いんでしょ?」
モンモランシーがウルキオラに尋ねた。
ウルキオラはモンモランシーがしつこく自分の種族について聞いて来るので、仕方なく話したのだ。
「ああ」
「それで、あなたは何番なの?二番とか?」
ウルキオラはしばらく考え込んで、胸のファスナーを下した。
左胸にその答えが記されていた。
「四だ」
モンモランシーは目を見開いた。
そして溜息をつく。
「あんたで四って……恐ろしいもんだわ」
モンモランシーは頭に手を当て、やれやれといった身振りをした。
ウルキオラは目を伏せ、溜息をついた。
まったく、このハルケギニアの人間は、訳のわからん連中でいっぱいだ。
二つの月が、天の頂点をはさむようにして光っている。
深夜だ。
ウルキオラは探査回路を発動した。
モンモランシーは、そんなウルキオラの様子が怖くなったのか、震える声で呟いた。
「とにかく、私は戦いなんて大っ嫌いだから、あなたに任せたわよ」
「安心してくれ、モンモランシー。僕がいる。僕の勇敢な戦乙女たちがならず者共を成敗してくれる」
ワインでへべれけに酔っぱらったギーシュが、モンモランシーにしなだれかかった。
「いいから寝てて、お酒臭いし」
「安心しろ。お前に期待などしていない」
ギーシュは赤い顔で反論したが、ウルキオラは無視した。
ルイズの寝顔を見つめた。
「待っていろ」
小さく呟いた。
それから一時間も経った頃だろうか。
岸辺に人影が現れた。
人数は二人。
漆黒のローブを身に纏い、深くフードを被っているので男か女かもわからない。
しかし、ウルキオラはまだ飛び出さない。
あらわれた人物が、水の精霊を襲っている連中だと、決まったわけではない。
しかし、その二人組は、水辺に立つと杖を掲げた。
間違いないな、と思い、ウルキオラは立ち上がると、木陰から飛び出した。
連中までの距離はおよそ三十メイル。
虚の力と、イーヴァルディーの力を発動させたウルキオラにとっては、1秒もかからない。
しかし、ここで思わぬ乱入者が現れた。
木陰に隠れたギーシュが、魔法を唱えたのである。
二人組のたった地面が盛り上がり、大きな手のような触手となって、襲撃者の足に絡みついた。
「バカが…余計なことを…」
ウルキオラは悪態をついた。
敵の反応は素早かった。
背の高い方の襲撃者は、地面が盛り上がるのと同時に呪文を詠唱したらしい。
杖の先から溢れた炎が、二人の足をつかむ土の戒めを焼き払う。
小さい方の人影は、呪文を詠唱したギーシュに向け、風の魔法を放った。
ウルキオラは素早く身を捻り、ギーシュの前に立つと、その魔法を片手でかき消した。
「た、助かったよ…」
「失せろ…邪魔だ」
ウルキオラの言葉通りに、ギーシュは奥に避難した。
その直後、ウルキオラの体に衝撃が走った。
以前、片手で受け止めた記憶がある。
エア・ハンマーだ。
間髪入れずに、氷の矢が飛んでくる。
ウルキオラはそれを虚弾で迎え撃った。
氷の矢はバラバラにはじけ飛び、虚弾の余波が、小さい方の襲撃者を襲う。
氷の矢を迎え撃ったので、威力が落ちていたのか、吹き飛ばしはしたが、致命傷には至っていないようだ。
背の高い方のメイジが、ウルキオラの場所めがけて巨大な火の玉を放ってきた。
ウルキオラはそれを右手で受け止め、握りつぶした。
黒い煙が、ウルキオラの周りを覆った。
ウルキオラは響転で素早く移動した。
小さい方の襲撃者は、既に体制を立て直し、呪文の詠唱を始めている。
ウルキオラが決着をつけようと虚閃を放とうとした瞬間、ウルキオラと襲撃者達の間の空間が爆発した。
この魔法は……、ルイズか?
「ウルキオラをいじめないでーーーーーッ!」
ルイズの絶叫が月夜に響く。
ウルキオラは目を見開いた。
ルイズは自分を助けようとしたのか?
寝ていたというのに…。
微笑する。
馬鹿な奴だ…俺が負ける訳がないだろう。
ウルキオラは襲撃者に向き直る。
人間にしてはなかなかやる。
一人一人の力は大したことないが、連携がうまく取れている。
だが、大したことではない。
響転で襲撃者との距離を詰めようとしたその瞬間……。
二人組がぴたりと動きを止めていた。
ルイズの絶叫で、何かの気づいたらしい。
それからばっと被ったフードを取り払った。
月明かりに現れた顔は……、
「キュルケ!タバサ!」
邪魔と傍観しかしていなかったギーシュが叫ぶ。
「お前たちか」
ウルキオラは襲撃者の正体に、戦いの意欲を削がれてしまった。
「あなたたちなの?どうしてこんなとこにいるのよ!」
キュルケも驚いたように叫んだ。
ページ上へ戻る