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ウルキオラの転生物語 inゼロの使い魔

作者:銭亀
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第4部 誓約の水精霊
  第3章 指輪

陽光眩しいヴェストリの広場の端っこで、ウルキオラはシエスタと一緒にいた。

いつもの場所で、紅茶を楽しんでいる。

「急に呼び出して、どうしたんですか?」

シエスタは率直な疑問をぶつけた。

今までは、ウルキオラがこの場所で本を読んでいるのを見かねて、シエスタが自主的に紅茶を持ってきていた。

要するに、シエスタからのアプローチが多かった。

というより、それしかなかった。

しかし、ウルキオラに初めてここに来るように言われたので、シエスタは何事かと思ったのだ。

ウルキオラはカップを置くと、ポケットに手を突っ込んだ。

そして、緑色の宝石が埋め込められた三個の指輪を握り、それをシエスタに渡した。

「わ、私にですか?」

「マフラーのお礼だ」

シエスタは驚いた顔をした。

「気に召さないか?」

「い、いえ。すごく嬉しいですよ」

シエスタはとびっきりの笑顔を振りまいた。

「そうか」

それを見たウルキオラは、シエスタから目を逸らし、紅茶の入ったカップに手を伸ばした。

「でも…」

シエスタは自身の掌にのった三つの指輪を見て言った。

「三つもいりません。一つで十分ですよ」

そういって、二つの指輪をウルキオラに返した。

「そうか」

それを受け取る。

紅茶を飲みほして、席を立った。

「呼び出した用件は以上だ」

「ま、待ってください」

シエスタは身を乗り出して、ウルキオラの袖を掴んだ。

「なんだ?」

「あ、あの…ありがとうございます」

シエスタは顔を真っ赤にしながらお礼を言った。

「ああ」

ウルキオラはその場を去った。




ヴェストリの広場を歩いていると、二人の影がウルキオラの前に立った。

ギーシュとふとっちょのマリコルヌである。

珍しい取り合わせである。

二人はじっとウルキオラとシエスタのやり取りを覗いていたのだ。

「やや、まさか君が女の子に贈り物とはね」

「ギーシュ」

ウルキオラは立ち止まり、ギーシュを見つめた。

まあ、相も変わらず気障ったらしさが全身からにじみ出ている。

視線を隣に移す。

頭の片隅に、そいつの記憶が残っていた。

「かぜっぴきのマリモンヌだったか?」

「誰それ!僕はマリコルヌだよ!風上のマリコルヌ!てか、なんで変なあだ名は覚えてるのさ!」

マリコルヌは今にも泣きそうな声で言った。

よほど、ルイズのつけたかぜっぴきというあだ名が気に入っていないらしい。

「紛らわしい名だ」

「名前が紛らわしいなんて言われたのは初めてだよ!」

既にマリコルヌの精神的体力はゼロである。

おほん、とギーシュがもったいぶって咳をする。

「それで?なぜ指輪をあげたんだい?」

「お前には関係ない」

ギーシュは立ち去ろうとするウルキオラの手を掴んだ。

「な、なあ。あの指輪どこで買ったんだい?」

「聞いてどうする?」

ギーシュははにかんだ笑みを浮かべた。

「あ、あの綺麗な指輪をプレゼントしたい人物がいるんだ」

それを聞いて、ウルキオラの頭の中に決闘のときに割り込んできた女の顔が浮かんだ。

「お前にワインをかけた女か?」

「そそ、モンモランシーだ」

「モンモンというのか?」

「モンモランシーだ!」

ギーシュは大声で言った。

「それで?今になってヨリを戻したくなったのか?節操がないことだな」

ギーシュはごほごほと、話をそらすように咳払いをした。

「どこで売っていたんだい?」

ウルキオラはポケットから指輪を一つ取り出して、ギーシュに投げた。

ギーシュはそれを二、三回宙にバウンドされた後、キャッチした。

「くれてやる」

ギーシュの顔がぱあっと輝く。

「ありがとう!」

ウルキオラは何も言わずに、歩き始めた。




さて、その日の夜。

長い金色の巻髪と鮮やかな青い瞳が自慢のモンモランシーは、寮の自分の部屋でポーションを調合していた。

ただのポーションではない。

なんと、いけないことにそれは禁断のポーションであった。

国のふれで、作成と使用を禁じられている代物であった。

完成したそれを、こぼさぬように細心の注意を払いながら、小瓶に入れていく。

すると、扉がノックされて、モンモランシーは飛び上がった。

「だ、だれよ……。こんなときに……」

机の上の材料や器具を引き出しの中にしまう。

それから、髪をかきあげながら扉へと向かった。

「どなた?」

「僕だ。ギーシュだ!君への永久の奉仕者だよ。この扉を開けておくれよ」

だーれーがー永久の奉仕者よ、とモンモランシーは呟いた。

ギーシュの浮気性にはほとほと愛想がついていた。

並んで街を歩けばきょろきょろと美人に目移りするし、酒場でワインを飲んでいれば、自分がちょっと席を立った隙に給仕の娘を口説く。

しまいにはデートの約束を忘れて他所の女の子のために花を摘みに行ってしまう。

永久が聞いて呆れるわ。

モンモランシーは、イライラした声で言った。

「何しに来たのよ。もうあなたとは終わったはずよ」

「そんなこと言わないで開けておくれよ。愛しのモンモランシー」

バカじゃないの。

「帰って。わたし、忙しいの」

モンモランシーが冷たくそういうと、暫く沈黙が走った。

そのあと、おいおいおい、と廊下でギーシュが泣き崩れた。

「わかった。そんな風に言われては、僕はこの場で果てるしかない。愛する君に、そこまで嫌われたら、僕の生きる価値なんて、これっぽっちもないからね」

「勝手にすれば」

ギーシュみたいな男が、振られたぐらいで死ぬわけがない。

モンモランシーはつれない態度を崩さない。

「さて、ではここに……、せめて、君が暮らす部屋の扉に僕が生きた証を残すとしよう」

ガリガリガリと固い何かで扉をひっかく音が聞こえてくる。

「な、何するのよ!やめてよ!」

「愛に殉じた男、ギーシュ・ド・グラモン。永久の愛に破れ、ここに果てる……、と」

「と、じゃないわよ!もう!」

モンモランシーは扉を開けた。

ギーシュは満面の笑みを浮かべて立っていた。

「モンモランシー愛している。大好きだよ!愛してる!愛してる!」

そして、ぎゅっと自分を抱きしめてくる。

一瞬、モンモランシーはうっとりしてしまった。

ギーシュはとにかく「愛してる」を連呼してくる。

ポキャブラリーが貧相なせいなのだが、そのセリフを何度も言われると、悪気はしないのであった。

それからギーシュは、持っていた包みをモンモランシーに手渡した。

「……なにこれ?」

「開けて御覧。君へのプレゼントだよ」

モンモランシーは包みを解いた。

それは、例の指輪であった。

ウルキオラ経由で貰った指輪を、魔法を用いてモンモランシーの人差し指の太さに合わせたのである。

ギーシュは、仲良くなった女の子のあらゆるサイズを暗記しているのである。

「指輪?」

モンモランシーは眉をひそめた。

「嵌めて御覧?似合うはずだよ。君の清純さが何倍にも増幅されるから。ほら、はやく」

モンモランシーはしかたなく、その指輪を嵌めた。

よく見ると、綺麗な指輪である。

真ん中に嵌めこまれた緑色の宝石が、窓から差し込める月明かりに反射して、何とも言えぬ幻想的な雰囲気を醸し出していた。

それを見たギーシュの顔が、ぱぁっと輝いた。

「ああ、モンモランシー……、やっぱり君は清純だよ。僕の可愛いモンモランシー……」

呟きながら、ギーシュはキスをしようとした。

すっと、その唇をモンモランシーは遮る。

「モンモン…」

ギーシュは思わず、ウルキオラの発した名を呟いてしまった。

悲しげに顔が歪む。

「勘違いしないで。部屋の扉は開けたけど、こっちの扉は開けてないの。まだ、あなたとやり直すって決めたわけじゃないんだから。あと、誰がモンモンよ!」

ギーシュはもう、それだけで嬉しくなった。

脈があるのである。

「僕のモンモランシー!考えてくれる気になったんだね!」

「わかったから、出てって!用事の途中だったんだから!」

はいはい出ていくとも、きみがそう言うならいつでも出るさ、と、ギーシュはぴょんぴょん跳ねながら部屋を出ていった。

モンモランシーは、鏡に自分の姿を映してみた。

右手の人差し指に嵌った指輪を指でなぞる。

「……綺麗」

思わず顔が緩む。

ギーシュはわざわざ、これを自分のためにあつらえてくれたのだ。

うむむむ……。

あんな風に好きだ好きだ言われて、そりゃまあ気分は悪くない。

もともと付き合ってたのだから、嫌いではないのである。

「どうする?許しちゃう?」

でも、かつてのギーシュの浮気っぷりを思い出した。

再び付き合ったって、同じことの繰り返しじゃないかしら。

もう浮気でやきもちするのはこりごりである。

どうしよっかなー。

と考えているうちに、調合していたポーションのことを思い出した。

引き出しを開ける。

先ほど隠した、香水の小瓶に入った秘薬が見えた。

モンモランシーは首を傾げて、考え込んだ。

うーん、いい機会だし……。

効果のほども試せるし……。

このポーションが完成したら、ちょっと使ってみようかしら、とモンモランシーは思った。




翌朝、教室内でルイズはあんぐりと口を開けた。

モンモランシーの嵌めている指輪に見覚えがあったのだ。

ルイズの席は三列からなる、真ん中の後ろから二番目。

モンモランシーの席は、左側の前から二番目。

モンモランシーが自分の席に着くとき、必ずルイズの席の横を通ることになる。

ルイズはモンモランシーより先に教室に入っていたので、モンモランシーが自分の席に向かう途中に、右手の人差し指に、それが嵌っているのを発見したのだ。

モンモランシーの右手を見つめた。

あれは確か、ウルキオラが街で買った指輪ではないか?

ルイズは隣で本を読んでいるウルキオラをつついた。

最近になって、ようやくウルキオラはルイズの隣の席に腰を掛けるようになった。

「ねえ、あれってあんたが買った指輪でしょ?どうしてモンモランシーが嵌めてるのよ」

「ギーシュが寄越せと言ったからだ」

そういえば、ギーシュとモンモランシーが付き合っていたことを思い出した。

「どうしてギーシュにあげたの?」

「ヨリを戻したくなったらしい」

ルイズはあ~あ、なるほど、と思った。

そして、それと同時に、ある疑問が浮かび上がった。

「あんた、シエスタに渡すために買ったんじゃなかったの?」

「一つでいいと言われた」

「だから、余ったのをあげたの?」

「ああ」

ふーん、渡したんだ。

と、ふてくされたようにルイズは言った。




ウルキオラは放課後になると、ルイズを気にも留めずに、逃げ去るように教室から消えた。

「なんで私の近くにいてくれないのよ…」

ルイズは思いっきり不機嫌な顔になった。

何かすっごく、嫌な予感がする。

これ、女の感よ。




ウルキオラは厨房へ向かった。

何故か、昼食の時にシエスタに話しかけようとすると、ルイズがなんだかんだ話題を作って話しかけてくるので、声を掛けられなかったのである。

現れたウルキオラを見て、厨房で洗い物をしていたシエスタは顔を輝かせた。

「わあ!ウルキオラさん!」

コック長のマルトー親父もやってきて、ウルキオラの首にぶっとい腕を巻きつけた。

「おい!我らの勇者!久しぶりだな!」

「ああ」

「やい!最近、ここに顔も見せないじゃないか!シエスタがいっつも寂しがっているぞ!」

わははは、と厨房のあちこちから笑い声が飛んだ。

シエスタは顔を真っ赤にして皿を握り始めた。

ウルキオラは、シエスタの方を向いた。

「シエスタ」

「は、はい」

「仕事が終わったら、昨日渡した指輪を持って、ヴェストリの広場に上がる階段の踊り場に来てくれ」

「え?」

「試したいことがある」

「はい」

シエスタはうっとりと顔を赤らめた。

マルトーや他のコックたちも、にやにやしている。

それからウルキオラは邪魔したな、とだけ残して去って行った。

「ああ……私……」

「よかったじゃないか!シエスタ!お呼び出しだぞ!」

マルトーがシエスタの肩に手を置いた。

「試したいことってなんすかね?」

一人の若いコックがニヤニヤしながら言った。

しかし、シエスタの耳にはもう入らない。

顔を思い切り赤めて、うっとりした声でシエスタは呟いた。

「どうしよう。ああ、わたし、試されちゃうんだわ……」

それが、大きな勘違いだったと知るのは、もう少し先の話である。




さて、一方、ルイズは学園中を歩き回ってウルキオラを捜していた。

教室を出たっきり、姿を見せないのである。

火の塔を周り、ミスタ・コルベールの研究室といっても、ボロい掘立小屋である。

コルベールは暇なときは殆どここに入り浸っているのであった。

しかし、そこにはウルキオラはいなかった。

コルベールが一人、研究室の前に置かれた竜の羽衣……、ゼロ戦に取り付いてカンコンカンコンなにかをやっているところであった。

ルイズはコルベールに尋ねた。

「ミスタ・コルベール。ウルキオラを見ませんでしたか?」

「あらら、入れ違いですな~。ほんの半刻前に出て行ってしまいましたよ」

「そうですか……どこに行くとこ言ってましたか?」

「うーむ、言っていなかったよ。そういうのを言う人じゃないですからね」

ルイズははぁ、と溜息をついて、ゼロ戦を見た。

驚いた。

機首のエンジン部分が機体から外されて、地面に下されて、無残に分解されていた。

「おお、これかね?なあに、構造に興味を抱いてな。ウルキオラ君に許可を貰って軽く分解させてもらった。複雑だが、理論的には私の設計した『愉快な蛇君』とたいして変わらぬ。しかし、これがなかなか脆い代物でな。一回飛んだら、きっちり分解して部品のすり合わせを行わんといかんようだ。そうしないと、所定の性能を発揮できぬばかりか、壊れてしまう可能性もある……」

コルベールはとうとうエンジンの構造と整備について語り始めた。

「は、はぁ。では失礼します」

ルイズは、そんな話にはあまり興味がなかったので、ぺこりと頭を下げると再び走り出した。

その背中に向かってコルベールが叫んだ。

「ミス!ウルキオラ君にあったら伝えてくれたまえ!君の望んでいたものが完成したと!」




次にルイズがやってきたのは、風の塔である。

魔法学院は、本党を中心として、五芒星のかたちに塔が配置されている。

風の塔はそのうちの一つだ。

殆ど授業にしか使わない塔である。

入口は一つしかない。

ルイズは入口の扉に、怪しい人影が消えるのを目撃した。

ふくよかな体をもった人物であった。

誰だろう?

黒い髪をしていた。

ルイズはこっそり後を追った。

風の塔は扉を開けると、まっすぐに廊下が走り、左右に半円形の部屋が配置されている。

そして、入って左側に螺旋状の階段がついている。

ゆっくりと扉を押し開くと、コツコツと階段を上る足音が聞こえた。

ルイズはしばらく一階で息を潜めた後、後を追いかける。

二階から扉が開き、そして閉まる音が聞こえた。

足音を立てないように注意して扉の前までやってきたルイズは、そこにぴたりと小さな体を寄せた。

ここは確か、倉庫だったはずである。

いったい、あのふくよかな人物は、ここで何をしようというのだろう。

ルイズは桃色がかったブロンドの髪をかきあげ、耳に扉をつけた。

中からは、妙な声が聞こえてくる。

途切れ途切れの……。

「はぁ、ん、はぁはぁ……」

そんな声だった。

ルイズの眉がへの字に変わる。

小さいため、誰の声かわからない。

しかし、男の声だ。

ルイズは、こんなところで行為に及んでいるのでは?と妄想した。

ばぁーん、と扉を開けて中に踊り込んだ。

「なにしてんのよっ!あんたたちっ!」

「ひいいいいいっ!」

そこにいた人物が振り向いた。

果たしてそれはふとっちょのマリコルヌであった。

「ママ、マリコルヌ?」

「ルイズ!」

マリコルヌは走って逃げ出そうとしたが、動揺してしまい、足がもつれたのか床にすっ転んだ。

「あ!んあ!あ!ふぁ!ああ!」

マリコルヌは絶叫しながら床をのた打ち回る。

ルイズは鬼の形相で、マリコルヌの背中を踏んづけた。

倉庫には古ぼけた鏡があった。

『嘘つきの鏡』である。

醜いものは美しく映し出し、美しいものは醜く映し出す。

魔法の鏡である。

マリコルヌはその鏡に己を映し出して、悦に浸っていたのである。

とんだお笑いである。

「なにしてんのよ…あんた」

「いや、あまりにも悔しくて…」

「悔しい?」

「そ、そうだよ!ギーシュにはモンモランシーがいるし、君の使い魔の…ウルミオラ…だっけ?…にはあの厨房のメイドがいる!でも、僕にはガールフレンドがいないんだぁああああ!」

「ウルミオラじゃなくて、ウルキオラ!」

ルイズは目を吊り上げた。

「そ、そっか。ウルキオラか…。ああ、彼から指輪を貰っていた時のメイドの顔は、それはもう、絶景だったな~。だから、その思いよすがに、せめて鏡に自分を映して……、ああ、僕は……、なんて可憐な妖精さんなんだ……。ああああああッ!」

マリコルヌは絶叫した。

ルイズがその顔で足を踏んづけたのだ。

「おだまり」

「あ!ああ!ルイズッ!あ!ルイズ!君みたいな美少女に踏まれて、我を忘れそうさ!僕の罪を清めてくれ!懺悔させてくれ!こんなとこで可憐な妖精さんを気取って、我を忘れた僕の罪を踏み潰してくれ!あ!あ!んんぁああああああああっ!」

そのままルイズはマリコルヌの顔をぐしゃっと踏みつけ、気絶させた。

「ええ、どうかしてるわよ。あんた」

はぁ、はぁ、はぁ、と怒りで眉を上下させ、ルイズは呟いた。

「あのメイドがそんなにいいわけ?冗談じゃないわ!」

拳をぎゅっと握りしめ、ルイズは唸った。

「もう!ウルキオラの奴!どこ行ったのよ!」




その後、ルイズは火の塔に向かった。

既に日はどっぷりと落ちていた。

階段の踊り場に来たが、誰もいない。

暫くすると、足音が聞こえてきた。

ルイズはすかさず、近くにあった樽の中に身を潜めた。

杖の先端で樽に穴をあけた。

外を見えるようにするためである。

暫くすると、白い服と仮面を身に着けた人物が上がってきた。

ウルキオラである。

やっと見つけたと思って樽から飛び出そうとした。

しかし、ある声によってそれは遮られた。

「ウルキオラさん……」

仕事を終わらせたシエスタが現れたのだ。

なんで私をほっぽりだしてメイドとあってんのよ!

ルイズは怒りで震える体を、何とか押さえつけ、様子を伺うことにした。




「来たか、シエスタ」

ウルキオラはポケットに手を突っ込んで、シエスタの方を向いた。

「お、遅くなりました」

「指輪は持ってきたか?」

「は、はい」

シエスタは指に嵌めた指輪をウルキオラに見せるために、右手を差し出した。

嵌めこまれた緑色の宝石が、キラリと輝いた。

ウルキオラはシエスタの右手とり、掌の上に乗せた。

シエスタは、あっと声を上げた。

そのとき、がたん!と背後で樽が揺れる音がした。

ルイズの仕業である。

シエスタがきゃっ!と叫んでウルキオラに抱き着いた。

にゃあにゃあ、ちネコの鳴き声が聞こえてくる。

シエスタは胸をなでおろした。

「よかった、ネコでしたか」

しかし、ウルキオラは疑惑の目でその樽を見つめた。

「ウルキオラさん?」

シエスタは樽を見て固まっているウルキオラに声を掛けた。

すると、なんとウルキオラはその樽を蹴っ飛ばした。

樽はボコッといい音を鳴らして倒れる。

「ウ、ウルキオラさん!何を……」

すると、樽の中からみぎゃ!という声が聞こえた。

人間の声であった。

倒れた反動で、樽の蓋が外れた。

その蓋がコロコロと転がって、壁にぶつかった。

「何をしている?ルイズ」

ウルキオラの声を聞いたシエスタは、戸惑いながらも樽の中を覗き込んだ。

樽の中から、何かが出てきた。

ルイズであった。

「ミス・ヴァリエール!い、いったい何を……」

シエスタがルイズに問いかけるが、ルイズはそれどころではなかった。

樽から飛び出すと、頭を擦りながら。キッとウルキオラを睨んだ。

「痛いじゃないの!何すんのよ!もう!」

「蹴っ飛ばした」

「そんなこと聞いてないわよ!何で蹴っ飛ばしたかって聞いてるの!」

ルイズははぁ、はぁと息を切らしながら言った。

「なんとなくだ」

「な、な、なんとなくですって!あんた、なんとなくでご主人様の……」

ルイズは激昂してウルキオラを問い詰めようとしたが、ウルキオラがシエスタの手を握っていることに気付いた。

思わず言葉が詰まる。

「な、な、なんで手を握ってんのよ!」

ウルキオラは気づいたかのように自分の手を見た。

そういえば、まだた試していなかったな、と思い、シエスタの手をもう片方の手で包む。

手を包み込まれたシエスタは、目を見開いて、恥ずかしそうにウルキオラを見つめた。

ルイズもウルキオラのその行動に驚いた。

怒りが立ち込める。

握っていた杖が光り出す。

膨大な魔力が杖の周りを包み込む。

「おい、ルイズ」

ウルキオラは何故か怒り狂っているルイズを宥めようとした。

しかし、時すでに遅し。

ルイズの思い込みは、もうとどまることを知らなかった。

「なによ、あんた。ご主人様をほったらかして、メイドの娘といちゃいちゃと……」

シエスタは怖くなって物陰に体を隠した。

ウルキオラは思わず身構えてしまった。

命の危機は感じないが、まともに喰らったらダメージが残るだろう。

霊力を分け与えたのは失敗だったか、と思いながらルイズの虚無魔法を抑え込む準備をした。

「相棒、これはちょいときついぜ」

ウルキオラの背中に差してあるデルフが、震えながら言った。

「あ、あんたなんか…あんたなんか、大っ嫌い!!」

ボンッ!と音がして、二メートル弱の光の玉が、ウルキオラに向かって放たれた。

ウルキオラはそれを片手で受け止め、地面にたたきつける。

ウルキオラは舌打ちをした。

抑え込めないのである。

次の瞬間、バコーンっと大きな爆発が起こった。

ウルキオラは、響転で後ろに移動した。

右手からはもくもくと煙が立ち込めていた。

肘から下の布は消え去り、ウルキオラの右手にもいくつか傷があった。

ウルキオラはそのまま響転でその場を後にした。

踊り場から顔を出してルイズが怒鳴る。

「待ちなさいよ!」

ルイズは今さっきまでウルキオラがいた場所に駆けた。

「もう!あんなの反則でしょ!瞬間移動なんてされたら…え?」

ルイズはふいに地面を見つめた。

ところどころに、血の跡があった。

それを見て、ルイズは罪悪感に見舞われた。

しかし、それよりも怒りの方が勝っていたので、罪悪感はすぐにルイズの心の中から消滅した。

顔を上げる。

すると、点々とだが、血で道しるべが出来ていた。

ルイズはそれを頼りに、ウルキオラを追った。




ギーシュはアウストリの広場の一角で、椅子に腰かけているモンモランシーを一生懸命に口説いていた。

モンモランシーの容姿を薔薇のようだと、白薔薇のようだ、野薔薇のようだと、とにかく薔薇を並べて褒め、それから水の精霊を引き合いに出して盛んに褒めちぎった。

しかし、モンモランシーはギーシュに背中を向けて、月を見ながら黄昏ている。

ギーシュは仕方なく、さらに頭を捻って、気を引くための言葉を繰り出す。

「きみの前では、水の精霊も裸足で逃げ出すんじゃないかな?ほら、この髪……。まるで金色の草原だ。キラキラ光って星の海だ。ああ、僕は君以外の女性がもう、目に入らない」

モンモランシーはようやくギーシュの方を向き、すっと、ギーシュに左手を差し出す。

ああ、とギーシュは感嘆の声を漏らし、その手に口づけをした。

「ああ、僕のモンモランシー……」

ギーシュは唇を近づけようとしたが、すっと指で制された。

「その前に、ワインで乾杯しましょう。せっかく持ってきたんだから」

「そ、そうだね!」

テーブルの上には、ワインの瓶と陶器のグラスが二つ置いてあった。

ギーシュはそれらを携えて、モンモランシーを呼び出したのである。

ギーシュは慌てて、ワインをグラスについだ。

すると、モンモランシーはいきなり空を指さした。

「あら?裸の女性が空を飛んでる」

「え?どこ!どこどこ!」

ギーシュは目を丸くして、空をくいるように見つめている。

なーにーがー、『君以外の女性は目に入らない』よ、やっぱりこれを使わなきゃダメねと思いながら、モンモランシーは袖に隠した小瓶の中身を、ギーシュの杯にそっと垂らした。

透明な液体がワインにとけていく。

モンモランシーはにっこりと笑った。

「嘘よ。じゃあ、乾杯しましょう」

「やだなぁ、びっくりさせないでくれ……」

と、ギーシュが言った瞬間、目の前で旋風が起こった。

ギーシュは驚き、転んでしまった。

しかしてそれは、ウルキオラであった。

「なんだ!きみはぁ!!」

ギーシュはすぐさま立ち上がり、ウルキオラに近づいた。

なんだか、焦げ臭いにおいがする。

ギーシュは視線を下に下した。

なんと、ウルキオラの右手の皮膚が爛れ、血が滲み出ていた。

「どど、どうしたんだね!その腕は!」

ギーシュは大声で叫んだ。

ウルキオラはギーシュの言葉で、自分の右腕を見つめた。

思っていた以上に、腕が爛れていた。

未だに血が滴り落ちている。

そこで、ウルキオラはあることに気が付いた。

しまった、というような顔で後ろを振り返る。

顔を歪めた。

地面には所々に血の跡が残っていた。

響転は、一瞬で移動したかのように見えるが、実際には空間を経由して移動する。

なので、血が地面に落ちるのは必然なのである。

どんなに早く動こうとも、霊力の足場を作らなければ、重力には逆らえないのだ。

ルイズはこの血の跡を手掛かりにして、後を追ってくるだろう。

先に超速再生を用いて回復させておくべきだったと後悔した。

そんなウルキオラの姿をみて、モンモランシーが心配そうに顔を覗き込んだ。

「どうしたの?その先に何かあるの?」

モンモランシーはウルキオラの見つめている先に視線を移した。

なんと、そこには息を荒げた女の子が一人立っていた。

ルイズである。

ルイズは低い声を上げながらウルキオラに近づいた。

「観念しなさい…ウルキオラ」

ウルキオラは答えない。

ルイズはテーブルの横で立ち止まると、ワインのグラスを持ち上げた。

モンモランシーがあっ!と低い声を上げたが、もう遅い。

ルイズは一気に飲み干してしまった。

「ぷはー!走ったら喉が渇いちゃったわ。それもこれもあんなのせいよ!ウルキオラ!」

ルイズはウルキオラの左手を掴み、ぐいぐいと引っ張った。

ウルキオラはまったく反応を示さない。

「こっちにきなさい……、んあ?」

ウルキオラを見つめ、そう言った瞬間……、ルイズの感情が変化した。

ルイズは自分をほったらかしにして、他の女の子と一緒にいることが許せなくて、ウルキオラを追いかけまわしていた。

ルイズみたいな女の子したら、それはもう大変なのである。

つまり、どっちかというとプライドが許さないのである。

しかし、今ウルキオラを見た瞬間、ウルキオラへの好意が膨れ上がった。

それまでだって、そりゃ微妙に好きだった。

自分では決して認めないが、そりゃ好きなのである。

だからこんなに嫉妬したのだ。

しかし、この瞬間、半端なしに好きになっていた。

当のルイズが混乱するくらい、その感情は大きかった。

ルイズは思わず頬を両手で覆った。

やだ……、私、こんなに好きだったの?

こんなに、こんなに好きだったの?

ルイズの目からぽろぽろと涙が溢れてきた。

怒りより、罪悪感より、悲しみの感情が大きくなったのである。

自分はこんなにも好きなのに、どうしてウルキオラは私を見てくれないんだろう。

それが悲しくて、ルイズはポロポロと泣き始めた。

「どうした?急に」

ウルキオラはころっと態度を変えたルイズを見て、疑問に思った。

ギーシュも驚いて、いきなり泣き出したルイズを見守っている。

モンモランシーはしまったぁ~~、と頭を抱えていた。

ギーシュに飲ませるつもりの薬を、ルイズが飲んでしまったのである。

「おい、ルイズ」

ルイズはウルキオラを見上げて、その胸に取りすがった。

「ばか!」

「?」

「ばかばか!どうして!どうしてよ!」

ポカポカとルイズはウルキオラを殴りつけた。

「お前……」

今まで火のように怒っていたのに、まるっきり態度が違う。

ウルキオラは困惑した。

「どうしてわたしをみてくれないのよ!ひどいじゃない!うえ~~~~ん!」

ルイズはウルキオラの胸に顔を埋めて大泣きした。 
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