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ボスとジョルノの幻想訪問記

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紅の十字架 その①

 ボスとジョルノの幻想訪問記 第24話

 紅の十字架①

 午前3時14分。

 レミリアとドッピオは禍根を残しながらも一旦休戦となった。パチュリーの言うとおり、この屋敷に何かが大量にいる。今まで気が付かなかったのは咲夜やドッピオに気を向けていたからだろう。

 ――――自分の愚かさに腹が立つ。

 咲夜が自分に対して余り良い印象を持っていないのは重々承知だった。当然だ。まるで人間のような扱いをしてこなかったのだから。

 それに気が付いたのは2年ほど前。咲夜がうっかりレミリアの聞こえる範囲で愚痴をこぼしていたからだった。その時は本気でぶっ殺してやろうか、と思ったがパチュリーに諫められて事なきを得た。

 その日から、咲夜の行動の節々に自分に対する恨めしさが目に付くようになった。意識して見なければ分からないサイン。いつもと変わらない彼女の行動の中に、ここまで憎しみが含まれているとは思わなかったのだ。

 謝らなくては、でもどうやって? 今更合わせる顔がない。そもそも咲夜が許してくれるなんて保証はどこにもない。

 『今更』過ぎる。気が付けば二人の心の間には確かな隔たりが存在していた。

 だけど咲夜が自分の元から離れることはなかった。いつも通りの時間が過ぎていくのだ。その異常がレミリアの倫理観を次第に、トーストに塗ったバターのように、溶けさせていった。

 それでも、この前咲夜が自分に初めて反抗してきたことには驚いた。同時に怒りと悲しみが襲ってきた。やっぱり、もう限界だったんじゃあないか。修復不可能なほどすれ違っていく二人。どうしていいか分からなかった。連れ戻した後も、咲夜の顔も見れなかった。みんなの前では気丈に振る舞っていたが、どうしようもなかった。どうしようも無いから咲夜を見なくて済むように地下へ送った。本当に地下室に行くのはどっちか、よく分からない。ただ一つだけ言えるのは私は逃げてただけだった。現実から目を背けていた。

 咲夜、咲夜。あぁ、咲夜。謝らなくては。もう二度と犬なんて呼ばないから。もう二度と物扱いしないから。悪かったのは私。ごめんなさいごめんなさい。だから、だから――――。

「――――私、十六夜咲夜はこの男と結婚を前提に――――」

 その言葉は私の理性を崩壊させた。もうダメだ。ここで私と咲夜の日常は終わってしまった。私が何と言おうと、もう咲夜は戻ってこない。咲夜が結婚したい、という言葉はつまるところ『決別』だ。

 ドッピオを殺したところで、咲夜をつなぎ止めることにはならない。

 既に十六夜咲夜は『十六夜咲夜』じゃあない。

 私が名前を付けた『十六夜咲夜』はもう戻ってこない。

 だからって、あんなに酷い言葉を投げかけた自分がやるせない。人間じゃあないなんて言っていた自分が最も人間離れしているのに。よっぽど咲夜の方が人間だ。自分は果たして心ある生物かどうかも疑わしい。

 いや、よそう。もう、いいのだ。今は咲夜との別れを悲しんでいる場合じゃあない。後悔している場合じゃあない。私の独りよがりな怒りに任せた行動で、敵の進入に気付かずパチュリーを傷つけた。

 これ以上失う物があってはならない。私は十六夜咲夜の母親じゃあない。紅魔館の主なのだ。これ以上、咲夜に構ってても私は腐り果てるだけだ。

 ・・・・・・そうだ、せめて最後はみんなで笑顔で送り出そう。フランドールも説得して。咲夜は閉口するかもしれないけど、不思議に思うかもしれないけど。

 ちっぽけだけど、これがせめてもの償いになれば・・・・・・それでいい。

*   *   *

 レミリアが部屋を出て、1階に降りようとしたとき丁度反対側から美鈴が飛んできた。

「お、お嬢様ッ!?」

「美鈴、いいところに! 緊急事態なの、手を貸しなさい!」

 無論、美鈴が断る筈がない。美鈴はさっきまで仮眠中だったが、レミリアやパチュリーと同様に何かの気配を察知して飛び起きたのだった。

「『どこ』に『何』がいるか、あなたの能力で全て教えなさい」

「は、はい!」

 美鈴の能力は『気を使う程度の能力』。気遣いが常人より出来る、という社交的にとても便利な能力だ。コミュ症の改善は美鈴とのカウンセリングを是非ともお勧めしたい。ついでに生物の気配も探れる。

 すぐに紅魔館内の気配察知に移る美鈴だが、表情が険しいものに変わっていく。

「・・・・・・どうかしたの?」

「い、いえ・・・・・・私が察知した気配は・・・・・・8つ。内2つは私とお嬢様。3つの気配がお嬢様の部屋に固まっていますが・・・・・・」

「・・・・・・それは多分、咲夜とパチュリーとドッピオって奴よ」

 ドッピオ? 美鈴は永遠亭で出会ったあの青年の顔を思い浮かべる。なぜ紅魔館に来ているのだろう?

「それで、他の3つは?」

「あ、えっと・・・・・・紅魔館庭園に二人。おそらく、訪問者でしょう。この時間の訪問は・・・・・・敵と見て間違いないです。あと一人は・・・・・・地下にいますね。妹様だと思います」

「・・・・・・美鈴。あなたの気配察知の性能のすばらしさは認めるわ。おそらく、あなたの答えは正しい。私が言いたいことは2つよ」

 美鈴の答えにレミリアは冷静さを維持して答える。

「1つは、小悪魔の存在。庭園の二人を敵と見るなら、私たちの中で小悪魔だけがいないことになるわ。――――おそらく、もう彼女は殺された」

「・・・・・・」

 もちろん、美鈴にもそのことは薄々理解できた。だが、もっと別の問題がある。

 2つ目だ。


「何故、気配が『8つ』しか無いの??」


 紅魔館の中には生物は8体しか存在しない――――。

 そう、『生物』は・・・・・・。

 午前3時21分。

*   *   *

 時は若干遡り、午前2時半。人里のとあるラブh・・・・・・民宿。

「どうだ、ジョルノ。調子は?」

「・・・・・・痛みはないです。眠気は若干残ってますが」

 藤原妹紅とジョルノ・ジョバァーナはきっかり6時間の睡眠をとって人里を出発しようとしていた。

 ジョルノは自分の両手を眺めて閉じたり開いたりして動作を確認する。6時間前は指先の第一関節から上が消失していたとは思えないほどの万全振りだ。さすがは蓬莱人の血。

「それはハッピーなことだ。行くぞ、私たちに時間はあまり無いんだから」

 妹紅はそう言って足早に宿を出た。

 彼女の言うとおり、永遠亭には精神を壊された鈴仙、液体化して動けない永琳、両腕の繋がった意識不明の慧音。更に恐らくは連れ去られたであろうドッピオの安否も未だ不明のままだ。

 一刻も早くスタンドによって『ありとあらゆるものを直す程度の能力』を新たに得たフランドールを屈服させて、全員を直して貰わなければならない。

 二人の意見は一致していた。

「行きましょう、妹紅」

 二人は深夜の人里を出ていった。かけがえのない笑顔を取り戻すために。



 妹紅の案内で霧の湖にやってきた二人。辺りは真っ暗だが妹紅が火を焚いてくれているおかげで二人の周りは明るかった。本来ならば宵闇の妖怪とか氷の妖精とかが弾幕ごっこを仕掛けてきそうだが、二人は特にそんな妨害を受けずにここまで来れた。もう紅魔館は目と鼻の先だ。

「・・・・・・時に妹紅。『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』と『ありとあらゆるものを直す程度の能力』を持つという吸血鬼、フランドール・スカーレットを屈服させると言ってますが、何か策はあるんですか?」

 ジョルノは歩きながら尋ねる。

「・・・・・・当然よ。私が無策で相手に挑むなんて、そんな馬鹿丸だしの行為をするはずが無いじゃあない」

 基本的に無策で輝夜との殺し合いに興じてきた妹紅はドヤ顔でそう言った。

 説得力は皆無。だが彼女は全く気にも留めずに話を続ける。

「私のスタンドは『スパイスガール』。『殴った物体を柔らかくする程度の能力』だけど、ちょっと使い方を応用すればフランドールの能力に対抗できるわ」

「どういうことでしょう?」

 妹紅は『スパイスガール』を自分の背後に出し、

「それぞれの物体には『破壊の目』というものが存在するの。その一点にほんの少しでも力を加えればその物体は一気に瓦解する。フランドールの前者の能力は正確に言えば、この『破壊の目を手元に瞬間移動させる程度の能力』ってことよ。結果としてそれを握りしめれば物体も壊れるってわけ」

 これがぎゅっとしてドカーンの真相である。

「理屈は・・・・・・分かりませんが、この幻想郷で理屈とか言ってたらキリがないですからね・・・・・・。では、『破壊の目』を掴まれたらその時点で生存を諦めましょうってことですか?」

 そもそもの話、破壊の目なんてものを知らないジョルノにフランドールの攻撃に対する対策は一切無い。鈴仙がされたように壊すのと直すのをフランドールが飽きるまで交互にされて、終了だ。

「不死の私はともかく、ジョルノはそうなるだろうね・・・・・・。だから唯一の対策はフランドールに破壊の目を掴ませないってことなんだろうけど」

 フランドールが一体どうやって肉眼では見えない破壊の目を手元に引き寄せているか、妹紅でさえ知り得ないことである。

「不可能ですよ。聞けばフランドールは手を握るだけで能力が発動するそうですが、破壊の目を手元に瞬間移動させることにはノーモーションなんですよね?」

 ジョルノの言う通り、フランドールはノーモーションで破壊の目を自分の手の中に瞬間移動させられる。つまりフランドールの前に姿を現した時点で命を握られているのと同義である。

 急に不安になってきたジョルノだったが、ここで妹紅は『スパイスガール』を示した。

「――――そこで、こいつの出番さ。『スパイスガール』によって物体を柔らかくすれば『破壊の目』も柔らかくなる。そうするとどうなると思う?」

「・・・・・・フランドールが破壊の目を握ると『グニィ』ってことでしょうか?」

「そう、正解」

 つまり、妹紅の仮定は「『スパイスガール』で物体を破壊の目ごと柔らかくすればフランドールが破壊の目を潰そうとしても出来ない。だからフランドールの一つ目の能力は防ぐことが出来る」というものだった。

「ヤワラカイトイウコトハ、ダイアモンドヨリモコワレナイッ!!」

 スパイスガールはジョルノに向かって誇らしげに言った。どこかで聞いたことのある台詞だ。

「そしてだよ、ジョルノ。この作戦がうまく行けば・・・・・・フランドールはどう思う?」

 妹紅はにやり、と口角を上げてジョルノに尋ねた。

「『こいつらは壊せない、どうして!?』と、思うわけだよ。心に動揺が生まれる。心に動揺が生まれると、行動に隙が出来る」

 ジョルノが答える前に妹紅は説明を始めた。

「何せ、最凶・最悪の名を欲しいままにした能力だ。通用しない相手がいるってことになると、相当焦るはずよ」

 彼女の言説には頷けるものがあった。確かに、人間は『切り札』を看過されると敗北を想定し始める。弾幕ごっこはそれの最たる例だ。スペルカード、もとい『切り札』を全て見切られたら負け、というルールはまさに人間の勝敗に関する心理を端的に示している。

「――――つまり、フランドールに敗北のイメージを与えるってことですか?」

「そうよ。奴らは吸血鬼。物理的ダメージにはめっぽう強くても精神的ダメージには案外脆い。幼いのもあるだろうけど、情緒不安定なフランドールにはきっと顕著に表れるはずよ」

 そして、その隙を突いてフランドールを撃破するというわけか。

 理にかなっている作戦だ。


「――――と、お喋りしている間に着いたわ」

 二人はようやく紅魔館にたどり着いた。ジョルノが腕時計を確認すると現在時刻は午前3時11分。ここまでの道のりで妖怪に遭わなかったのは幸運だった。

「ここが正門ですか。本当なら美鈴さんがいるんですよね?」

 ジョルノは門に手を触れて重い鉄扉の感触を確かめる。

「この時間は仮眠中なんじゃあない? 多分」

 意外と適当な勘がよく当たる妹紅だが、そんなことを知る由もない。二人は特に躊躇もなく扉を開けた。どうやら鍵は掛かっていないらしい。

 門の中に入るとまず広い庭園が目に入る。後ろにそびえる真紅の館とは対照的に緑が美しい庭園である。今は深夜のためその美しさは見れないのだが。

 とりあえず二人は屋敷を目指す。自分たちの目標はフランドールただ一人だ。屋敷の地下に普段はいるらしいが、今は・・・・・・。

 と、二人は庭園の真ん中で足を止めた。ちょいちょい、とジョルノが手招きする先には植物の中にあるちょっとした空間。

「――――!」

 ではない。確かに空間ではあるのだが、人為的に設計されて作られた休憩スペースという訳じゃ無さそうだった。

 明らかに争った形跡がある。それもかなり最近のものだ。

 なぜ時期まで分かるのか?

「・・・・・・血だ」

 ジョルノの言う通り、その空間にはまだ固まっていない大量の血液がぶちまけられていたのだ。

 地面の上であるのにまだ血が染みていないということは『つい5分ほど前』くらいにここで何かがあったということ。

「ジョルノ、これは・・・・・・っておい! 触るなよ、止めとけ・・・・・・」

 妹紅の制止も聞かずにジョルノは血だまりの地面に膝を着いて血を掬う。

「・・・・・・『ゴールドエクスペリエンス』」

 そしてスタンドを現出させ、能力を発動する。対象はもちろん、彼が両手に溜めている血液だ。

「・・・・・・」

 妹紅は黙ってその様子を見ていた。と、彼女の目に映ったのは血の中から蚊が一匹、飛び立つところだった。

 ぷ~ん・・・・・・と音を立てながらジョルノと妹紅の周りを飛び回る蚊。妹紅には何故ジョルノが蚊を生み出したか理解できなかったが、ジョルノは蚊の様子を見て血相を変える。

 すぐに『ゴールドエクスペリエンス』の能力を解除し、手に着いた血をポケットから取り出したハンカチで拭って紅魔館に向かって歩く。妹紅には一切説明がないため「おい、ジョルノ! どうしたんだよ」と彼女はたまらず訊ねた。

 ジョルノの答えは短く、冷静なものだった。

「・・・・・・既に一人死んでいる」

 その言葉を聞いた妹紅は顔色を変えた。

 午前3時21分。

*   *   *

 十六夜咲夜は明らかにリタイアだ。ドッピオは全身に深いダメージを負った咲夜を見て大層気の毒に思った。幸い致命傷が一つもないのがせめてもの幸運というべきか。うまく『ホワイトアルバム』で守ったのだろう。

「・・・・・・しかし、鼻の骨まで折るとは・・・・・・」

 二人の重傷者を先ほどの戦闘のせいでボロボロになったレミリアのベッドに並べてドッピオは息をついた。

 何とか二人とも死なずには済みそうだ。だが、パチュリー(って呼ばれてた女性)はレミリアの『爆弾化』によって止血は出来ているが、彼女が解除すればまた出血し始めるだろう。

 自分だけでは破裂した血管の縫合など不可能だ。永琳か、せめてジョルノがいなければ。

「・・・・・・全く、俺の目の前で死なれるのは後味悪いってもんだぜ・・・・・・」

 包帯まみれ(カーテンで作った)の咲夜を見て再びドッピオはため息を着いた。

 一体、なんだってこんな美しい女性が俺との結婚なんかのために体を張っているのか・・・・・・。

(わっかんねぇ~~・・・・・・。わっかんねぇ・・・・・・けどよ~~~・・・・・・)

 まだ全然現実味を帯びていない話に頭がクラクラするがドッピオは段々と現実を受け止め始めていた。

(・・・・・・)

 横たわる咲夜を見て彼は何を考えているのか。それは深層心理にいるディアボロでさえ知り得ないことだ。

 ドッピオは再三大きなため息を吐きつつ弾幕のせいで羽毛がボサボサに飛び出している高級『だった』ソファーに深く腰掛けた。なんだか急に疲れてきたな・・・・・・。

 ――――と、レミリアの部屋のドアが開いた。

 ぎぃぃぃぃ・・・・・・ばたん。

「・・・・・・だ、誰だ?」

 ドアが開かれるが、そこには誰もいない。閉め忘れただけか? にしては自動で閉じたな。と、思いドッピオがソファーから腰を上げると――――。

 ひたっ、ひたっ・・・・・・

「――――ッッ!!!」

 何もない空間から足音がするのだ!!

 まさしく、ドッピオにとってこれは恐怖でしかない。映画とかでしか見たことがないフィクションの世界が、今まさに現実として自分の目の前に現れている事実!!

「こ、これは・・・・・・!? だ、誰だッ!! そ、そ、そこに、いるのはァァーーーーーッッ!?」

 ひたっ、ひたっ、ひたっ・・・・・・

 次第にドッピオの方向に近づいてくる足音。ドッピオがその音に注目していると、ドアからこっちに『足跡』が向かって来ていたことが分かった。

 絨毯で少し見えづらいが、確かに『赤い足跡』が――――。

「KOAAAAAA・・・・・・」

 近付いてきている何かは腹の底から生気を吐き出すような音を出す。

「・・・・・・ッ!! 『墓碑名(エピタフ)』ッ!!」

 ベッドの方向ではなくこちらに『見えない何かが』向かってきている。ドッピオは何かいる、と確信してスタンドを出した。

 当然、戦うためだ。自分は今逃げることは出来ない。覚悟を決めなくては――――。



 午前3時25分。



 第25話へ続く・・・・・・。 
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