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とある星の力を使いし者

作者:wawa
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第150話

「愛穂!!」

土砂降りの雨の中、芳川桔梗はようやく旧友を発見した。
夜の街は、周囲一帯が不気味なほどに静まり返っている。
愛穂は路側帯に停めてある国産のスポーツカーの中で、ぐったりとハンドルに身を預けていた。
打ち止め(ラストオーダー)の捜索をし始めてからかなりの時間が経った。
どれくらい進展したのか愛穂に連絡しても一向に電話に出ない。
様子がおかしいと思った桔梗は愛穂を捜しに出たのだ。
それでようやく見つけた。
胸を圧迫するような、見るからに苦しい体勢だった。
それでも彼女は身じろぎ一つしていない。
意識がないのだ。
運転席のドアに手をかけると、カギはかかっていなかった。
桔梗が鉄のドアを開けた途端に、愛穂の上半身がぐらりと揺れた。
そのまま外へ飛び出す様に、横滑りする。

「ッ!」

桔梗はそれをどうにか抱え、運転席へ押し戻す。

(何が起きたのよ。)

口元に掌を当てて呼吸の有無を調べ、首筋に手を当てて脈を測った。
とりえあず生きているようだが、そういった事にしても、やはり一向に目が覚める様子はない。
単に眠っているのとは違うらしい。

「・・・・・」

桔梗は雨も気にせず、車から周囲へ視線を移す。
車が停まっているのは大きな通りだが、少し離れただけで不良少年達が溜まっている路地に繋がっている。
彼らに襲撃されたか、とも思ったが、それにしては愛穂に傷がない。
黄泉川愛穂は同性の自分から見ても美人だ。
まして、彼女は警備員(アンチスキル)である。
襲撃されたとなれば、想像を絶するような酷い事態になっていたはずだ。
自動車もパーツ単位で分解されて不良少年達の小遣いに変換されているだろう。

(となると、別口・・・)

桔梗はそこで、眉をひそめた。
不良少年でないのなら、一体どこの誰が愛穂に危害を加えたのだ。
ともかく病院に連れて行こうと思ったが、その前に桔梗はある人物に連絡をする。
麻生恭介だ。
彼の一方通行(アクセラレータ)のベクトル操作が可愛く見えるほどの絶大な能力者だ。
桔梗も何度か怪我をした時にすぐに治してもらった経験がある。
病院に連れて行くより、麻生に診て貰った方が早い。
携帯を取り出して麻生の電話に連絡する。
しかし、返ってきたのはいつも聞くマニュアルに沿ったアナウンスだ。

(何かあったのかしら。)

麻生は基本的に電源を落とす事はしない。
愛穂や桔梗からの緊急連絡に出れない可能性があるからだ。
それなのに携帯に繋がらない。
あの麻生に何かあったのを考えるのは難しいが出ないものは仕方がない。
一番近い診療所を目指そうと思った時だった。
ガーッという低い音が聞こえた。
見ると、車内無線に取り付けられている小型プリンターが作動しているようだった。
葉書サイズの紙切れが吐き出されている。
運転席でのびている愛穂の上から腕を通すようにして、桔梗はその紙切れを取った。
そして、そこで固まった。
紙切れにはこうあった。

警備員(アンチスキル)第八四支部、鈴山高等学校所属、才郷良太から報告あり。
 第五学区内、事件現場での証言を元に、「書庫(バンク)」より照合。
 一方通行(アクセラレータ)、この者を殺人未遂事件の重要参考人として手配する。』

一緒に吐き出された別の用紙には、見慣れた人物の顔写真があった。
人違いという可能性は、なかった。

「桔梗!」

と、横から聞き慣れた声が聞こえた。
その方に視線を向けるとこちらに走ってきている麻生の姿が見えた。

「ようやく見つけた。
 そこにいるのは愛穂か。」

ちらり、と車内に視線を向け気絶している愛穂に視線を向けた。
吐き出された葉書サイズの紙切れを手に持ちながら桔梗は言う。

「あなたに連絡しても電話に出なかったから、とりあえず病院に連れて行こうと思って。」

「何故かは知らないが妨害(ジャミング)がここ一帯に仕掛けられている。
 俺も何度かお前達に連絡したが、全く通じなかった。」

車内で気絶している愛穂の容体を確認しながらそう説明する。
能力を使って干渉すると、あの時倒れた警備員(アンチスキル)と同じ容体である事が分かった。
やっぱりか、と桔梗には聞こえない声で呟いた。
麻生の説明を聞いてなぜ妨害(ジャミング)が仕掛けられているのか、桔梗は考えているようだ。
車内を見渡すとそこには一枚の写真があった。
輪郭はぼやけている写真の中央にはあのヴェントが写っていた。
写真は粗く、これがヴェントである事を確認できるのは実際に会ってみないと分からなかっただろう。
その他には警備員(アンチスキル)が何人か倒れている。

「愛穂はどうなの?
 治りそう?」

「これと同じ症状の奴を何人か見かけて治療したが意味がなかった。」

「それじゃあ・・・・」

麻生で治せなかったら本当に病院で見て貰うしかない。
そう思っていたが麻生はこう言う。

「だが、これは原因が分からないから治療できなかっただけだ。
 原因さえ分かれば治療はできる。」

そして、麻生の頭の中には答えが完成しつつあった。
ヴェントの言葉、この写真、これを見た愛穂がどう思うか。
ジグソーパズルのようにヒントを組み上げていく。

(ヴェントは自分の事を神の右席と言っていた。
 この写真を見た愛穂はどう思う。
 明確に敵意や悪意を持つはずだ。
 神、悪意。)

そうして、ようやく閃いた。

(そうか、天罰術式か。
 これなら広範囲で人を昏倒させる事ができる。)

天罰術式とは何処の誰だろうが、神様に唾吐くものは許さないという理屈から生まれた術式だ。
しかし、この術式は神様を基準としている。
人間であるヴェントが扱えるのは非常に難しいはずだ。
だが、現実的にヴェントはこの術式を使って学園都市の機能を低下させている。

(さすがは神の右席と名乗るだけの事はあるな。
 強力な術式だが、ネタが割れてしまえば簡単だ。)

「よし、原因は分かった。
 これから愛穂を治療する。」

安心させるために後ろにいる桔梗にそう言う。
しかし、桔梗が麻生の肩を叩く。

「どうした?」

愛穂から離れ、桔梗に向き合う。
桔梗は言いにくそうな顔をして紙切れを麻生に見せる。
それを見て麻生は眉をひそめた。

「これは・・・・」

「さっき愛穂を見つけた時にプリンターから出てきたの。
 これってどういうことなの?」

理由を聞かれ、答えるか否かを考える。
桔梗は打ち止め(ラストオーダー)の開発をしていたりと、裏の世界にいた経験がある。
何より、ここで誤魔化しても桔梗は麻生に聞き続けるだろう。
小さくため息を吐いて麻生は説明した。

打ち止め(ラストオーダー)が襲われたらしい。
 おそらく、学園都市の闇が打ち止め(ラストオーダー)を利用する為だろうな。
 一方通行(アクセラレータ)がその闇と戦っている所を警備員(アンチスキル)に見つかったんだろうな。」

「そんな・・・折角こちら側の世界で暮らして行けると思っていたのに。」

信じられないような顔をして桔梗は言う。
確かにこの話は愛穂に聞かせる事ができない。
彼女は警備員(アンチスキル)だ。
この事を知れば連れ戻そうと闇に深く関わろうとするはずだ。
顔写真は警備員(アンチスキル)全体に広がっている筈だ。
もうこちら側には戻ってくる事ができない。
彼はまた闇の世界に戻る事になる。
能力で紙切れを燃やす。
再び愛穂の方に向いてこう言う。

「この事は愛穂に言うな。」

「分かっているわ。
 でも、これから彼はどうなると思う。」

「・・・・・・もうあいつを遮る鎖は全部壊れた。
 打ち止め(ラストオーダー)を救う為に躊躇いもなく人を殺すだろうな。
 そして、もう一度闇の世界に行くはずだ。」

それだけを言って愛穂の肩に触れる。
愛穂の前には麻生が渡したお守りがあった。
それを空いている手で掴んで能力の加護を加える。
そして、首にかけて術式を取り払う。
すると、愛穂はゆっくりと目を開けた。

「う・・・ん・・・」

「愛穂!」

桔梗の声が聞こえ、その方に顔を向ける。

「あれ、桔梗じゃん。
 それに恭介も。
 ウチ、一体何してたんじゃん。」

頭をぼりぼりとかきながら気絶する前の事を思い出す。
そして、大きく目を見開いた。

「そうだ。
 あの写真!
 あれを見てから急に意識が飛んで!」

車内を見渡す愛穂だが写真は見つからない。
既にその写真は麻生が燃やしたから見つかる訳がない。

「愛穂、あの写真の人物に関しては何も言うな。
 事情は説明できないが、あの人物に敵意や悪意を持てば昏倒するようになっている。」

「恭介、何か知っているの?」

愛穂と桔梗の視線が麻生に集まる。
魔術の事を話すわけにはいかない。
桔梗も危ない研究から離れた。
この二人には危険な世界に来て欲しくなかった。
こんな世界にいるのは自分だけで充分だ。

「知っているが答えられない。
 お前達を危険な目に合わせたくない。」

「つまり、今恭介がいる所は危険な所って意味じゃん。」

妙な所で勘が良い愛穂。
それを聞いて自分の失言を悔やむ。
だが、引く訳にはいかなかった。

「何にしても教えられない。
 お前達はマンションに戻れ。
 それと愛穂。
 そのお守りは肌身離さず持っていろよ。」

二人からの逃げるように能力を使って大きく跳ぶ。
ビルを飛び越え、数秒で麻生の姿を見失った。
二人が静止する声も出せなかった。

「彼、らしくないわね。」

「確かにじゃん。
 でも、恭介がいる所は危険ってことは分かったじゃん。」

「じゃあどうする?」

「決まっているでしょ。」

そう言ってシートベルトをつける。
それを見て桔梗は小さく笑うと助手席に乗り込む。

警備員(アンチスキル)の仕事は?」

「恭介を追っていたらあの写真の女とも会えるでしょ。
 一石二鳥じゃん。」

「そうね。
 それじゃあ行きましょうか。」

ガチガチにチェーンされたエンジンがうねりをあげる。
そのままUターンして、麻生が消えた方向にできるだけ近づくように移動する。
麻生が危険な所にいると分かっているのに黙って家に戻る事なんてできなかった。
だから、追いかける、
少なくとも事情だけでも聞く為に。







「はぁ~・・・どうして私がこんな所にいるんだろう。」

大きくため息を吐きながら吹寄制理は傘を差して土砂降りの中で街中を歩いていた。
かれこれ一時間以上は歩き続けている。
既に靴もずぶ濡れで靴下まで水が浸透している。
公園で麻生と話をして、最後にあの時の少年の影が重なったのが非常に気になった。
最初は気にせずに帰ろうと思っていたのだが、やはり気になって麻生の後を追う事にしたのだが。

「全っ然、見つからないじゃない。」

別れてからあまり時間が経っていないのに、麻生の姿が全く見当たらない。
この土砂降りの雨だ。
傘も差していない麻生なら早々に寮に戻ったかもしれない。
今ここでなくても、学校でいつでも話をする事ができる。
その際に青髪ピアスなどに話を内容を聞かれないように注意しなければならない。
あの吹寄制理が少女時代の初恋(現在進行形)の話をしたら誰でも驚くし、自分も非常に恥ずかしくなる。
学校で会ったら話す事にするか、と考え踵を返して寮に戻ろうと思った時だった。
ガードレールの尖った角から、何やらとてつもない存在感を感じた。
それを感じ取った制理は自然にジリジリ、と後ろに下がる。
脳が警報を鳴らしている。
早くここを離れろと。
振り返らずに走れ、と命令している。
それでも制理は走る事ができなかった。
その尖った角から目を逸らす事ができない。
やがて、それは現れた。
四足獣であるということ以外は、犬には似ても似つかない身体。
口から出る「太く曲がりくねっていて鋭く伸びた注射針のような」長い舌と全身が「原形質ににいているが酵素を持たない青みがかった脳漿」のような粘液に覆われた、まるで何も食べていないような痩せこけたような身体。
ティンダロスの猟犬。
それを見た制理は無意識に傘を落してします。
だが、そんな事に気をかけている余裕はなかった。

(なに、あの化け物。
 犬?・・・でも、あんな犬見た事ない!!)

よくUMAなどを映像を纏めた番組を制理は思い出した。
それを見た制理はよくできた合成映像だ、と馬鹿にしていた。
しかし、その映像が嘘でないかもしれない事を。
そして、その映像が可愛く見えるほどの現実が目の前に広がっている。
ティンダロスの猟犬は鋭く伸びた注射針を蛇のように動かす。
まるでこれから獲物を肉を命を堪能するかのような、そんなように見えた。
それが引き金だった。

「い、いやあああああああああああああああああああ!!!!!」

大きな金切り声をあげながら、制理はティンダロスの猟犬から背を向けてがむしゃらに走る。
土砂降りの雨が身体にかかるがそんな事はあの猟犬から逃げる、という事しか頭にない制理にとってそんな事を気にする余裕は全くない。
後ろを確認せずに、現れたあの化け物について考える。

(なにあれなにあれなにあれなにあれなにあれなにあれッッッ!!)

必死に考えるが考えが纏まらない。
完全にパニックになっていた。
この時、このパニックが制理を救っていた。
もしあれについて考えようとするのなら、制理の正気は失い完全な狂気に呑まれるだろう。
どうしてこうなった。
そう考えざるを得なかった。
今頃、寮に戻って健康器具の通販カタログを見て、それに惹かれて馬鹿みたいに注文している頃だろう。
次の日になって麻生にあの事について顔を赤くして聞いている筈だ。
ありふれた日常。
平和な日々で生きていたはずだ。
なのに、その平和な日常はあの生物の出現と共に木端微塵に砕けた。
自分が立っている所は明らかに平和とは逆の世界にいる。
がむしゃらに走っていると見当たらない通りにいた。
おそらく第七学区である事は間違いないと思うのだが、正確な位置が分からない。
ここまで全力疾走だった制理はようやく身体が酸素を求めている事に気がつき、大きく息をする。
ゆっくりと後ろを振り向くとあの化け物は来ていない。
ちょっとだけ安堵の息を吐いた時だった。
目の前からあの存在感を感じた。
路側帯の角。
そこからあの化け物が出現したのだ。

「あ、ああ・・・」

そこで悟った。
この化け物からは逃げれない。
世界の果てまで逃げてもコイツはきっと追ってくる。
そう直感した制理は、自然と腰が抜け濡れた路面に尻餅をつく。
ティンダロスの猟犬はゆっくりと制理に近づく。
最後に死にたくないという思いがあったのか、じりじりと後ろに下がる。
それでもティンダロスの猟犬は確実に近づいてくる。
鋭く伸びた注射針のような舌を出し、制理の身体を貫こうとした時だった。
突如、とてつもない衝撃波が制理とティンダロスの猟犬を襲う。
それは突然落ちてきた。
何が原因でどうなったらこうなるかは分からないが、ビルが倒壊してティンダロスの猟犬に落ちてきた。
鋭角に逃げる余裕はなかった。
そのビルに押し潰され、制理はその衝撃波で軽く吹き飛ぶ。
コンクリートの破片やガラスの破片が飛んできたが、幸いにもそれらが原因で怪我をする事はなかった。
少し擦りむいただけというのも奇跡だろう。
衝撃波まだ続き、都市伝説にもなっている窓のないビルにぶつかる。
それを制理は唖然と見つめる事しかできなかった。

(あの化け物は死んだの?)

死体を確認しようにもビルに押し潰されていては、人間の力では確認する事はできない。
というより、制理はあの化け物の死体を見る気は全くない。
あの化け物から死んだのだと安心すると途端に吐き気を感じた。

(とにかく、ここから早く離れよう。)

口を手で押えながら制理は立ち上がる。
その時だった。
あの存在感を再び目の前から感じたのは。

「う、そ・・・でしょ・・・」

倒壊したビルのコンクリートの破片からだった。
黒い霧と共にあのティンダロスの猟犬が再び現れた。
それも一体ではない。
合計七体のティンダロスの猟犬が現れた。
制理の前にどんな闇より深い絶望が襲う。 
 

 
後書き
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