あなたに会えて...
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過去編:episode1
やっちまった...。
もう、あそこには戻れない。桐条は「君は悪くない」と言ったが、違うだろ。俺が悪いんだ。能力を制御出来なかった俺のせいだ。
俺は、人を殺したんだ。
もう戻れない。
荷物をまとめたら、あの寮も出て行こう。あそこに居たら、あの時のことが忘れられないだろうから。
忘れ...られるのか? 忘れちまうのか? そんなこと、絶対に出来やしない。あの光景は、今でも脳裏に焼き付いたままだ。
『よぉ。アンタ、荒垣くんだろ?』
目の前に現れたのは、白い髪の男。
...ついさっきまで、前方には誰もいなかったよな? こいつ、一体どこから出てきやがった。
『おーい。荒垣くーん。...見えてないのか? まだ早かったかな』
「誰だテメェ」
『なんだ、聞こえてんじゃんか。姿も見えてるらしいな。...そんなに睨むなよ』
睨んでねェ。目付きが悪いのは生まれつきだ。
それにしても、こいつフラフラしてんな。体も透けてるし、足も浮いてるし。
............ん?
「@#*☆おぁぁッ!!」
『うん。言いたいことは分かる。だけど、周りの人に見られてるぞ』
我に返り、辺りを見回す。だが、誰もいない。
ケラケラと笑う声に、ようやく騙されたんだと気付いた。
『はじめまして、荒垣 真次郎。俺は《死神》と名乗る者だ』
「死神...?」
『そう。ある人の願いで、お前の側にいることになった。あ、それが誰か...なんて聞くなよ。こっちにも守秘義務ってのがあるからな』
幽霊みたいなその男は、翼も無いのに宙を漂い、どこを見ているか分からない黒い目を俺に向けてくる。《死神》って言ったな...。
「......俺は、死ぬのか」
死神なんて、漫画や小説、たまに雑誌の隅に書いてある心霊体験談なんかで見たことしかないが、その情報から読み取れば、俺は死ぬんじゃないかと考えるのが普通だ。
目の前の死神はニコリと笑って、あっさりとそれを肯定した。
『このままだと、5年から6年くらいが潮時だろうな。でも、お前には“命の分岐点”が与えられる。まあ、人生の選択肢みたいなものだ。あ、お前に拒否権は無いから。これ決定事項だから』
「はぁ?」
『ま、今すぐ信じなくても直に分かる時が来るさ』
それが、死神と名乗るこいつとの最初の出会いだった。
“命の分岐点”。それが何なのか最初の頃は分からねえし、知ろうとしたこともなかった。
寮を出て行くと決めた日、死神が言った。『分岐点だ』と。
その瞬間、目の前には白い空間が広がっていた。空間というよりは部屋に近いな。壁も床も白く、机や椅子まで...。死神は『ようこそ、時の狭間へ』と笑いながら頭を下げた。
見たことも、聞いたことも無いはずだが、どこか懐かしい気がした。
戸惑う俺の姿を見て、死神が笑ってやがる。
......なんか、ムカつくな。
死神は理由を言わねえ。笑って誤魔化されるだけだ。
そんな死神との妙な関係が、俺の運命を変えていくなんて考えもしなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
─《死神》side─
荒垣 真次郎。運命通りに進めば、こいつは死ぬ。
とある人間...『客』からの依頼で側にいることになったが、からかいがいのあるやつだ。今までの『あいつら』と変わらない。
さてと、来年辺りで大きな“分岐点”があるんだが、それまでは暇だな。だが、イレギュラーが発生しないとは言いきれない。暇なのに気が抜けないのはしんどいな。
ーーおっと。この世界の説明がまだだったか。
ここは、1日の時間以外に隠された時間がある。それが『影時間』。影時間は、適性が無い普通の人間には感じられないがために、隠された時間だと言われている。
もうすぐ影時間だ。5...4...3...2...1......。
長針、短針、秒針全てが1つに重なると、辺りの雰囲気がガラリと変わる。緑色の空。明るい月。オブジェのような不均等に並べられた棺。電気は止まり、灯りは1つも無い。これが、影時間だ。
ん? 俺は適性があるのかって?
さあ? どうなんだろうな。そもそも、俺はこの世界の住人じゃない。そのせいで、影響を受けないのかもしれない。もし影響を受けていたとしたら、俺もその辺の棺の1つになっていただろう。ごく稀に、影時間に迷い込む人間がいるらしいが、そいつらは死人か廃人になるんだろう。
影時間に現れる怪物『シャドウ』。普段は『タルタロス』と呼ばれる巨大な塔の中にいるんだが、たまにイレギュラーがそこ以外に現れることがある。奴らは人間を襲い、亡き者にするか精神を破壊するか...。
それを阻止すべく荒垣は戦っていたんだが、己の力不足のために一般人を巻き込み、死なせてしまった。
荒垣は、自ら進んで力を使うのを止めた。それが奴の最初の選択。
これから沢山の選択肢を突き付けられるだろう。突き付ける本人が言うのもなんだが、気の毒だなぁ...。
◇◆◇◆◇◆◇◆
─荒垣side─
死神と出会って1年が過ぎた。
今日も変わりなく影時間はやって来る。1つ違うのは、怪しげな格好をした3人組を連れて来たことぐらいだ。
俺や元仲間たち以外にも適性があるなんて思ってもみなかったが、目の前に現れたってことは、それが事実ってわけだ。もしかしたら、こいつらにも俺と同じような力が...?
「はじめまして。月光館学園 高等科2年 荒垣 真次郎さん。
私はタカヤという者です。こちらはジン。それにチドリ」
「............」
「世間からは『ストレガ』と呼ばれています。復讐業を生業にしているのですが、その“世間”とやらに我々は関心が無い。...貴方が、情報を集めてはくれませんか?」
タカヤと名乗る男は、感情を読み取らせない無表情な声で話をどんどん進めていく。勝手に話を進めるな。お前たちで情報くらい探せばいいだろ。俺を巻き込むな。
「...これが報酬です」
「んだ、そりゃあ...」
「我々の力...『ペルソナ』を抑制する薬ですよ」
タカヤが軽く振って見せつけるのは、カプセルが入った小さなケース。それが、ペルソナを抑える薬...だと!?
「貴方が必要としている物だと伺いましてね」
「誰がんなこと...」
「彼ですよ。貴方が見えている《死神》。我々にも彼の姿が見えていますのでね...。彼から、貴方がこの薬を必要としていると告げられたのです」
死神の様子を見てみるが、悪びれることも挙動不審になることも無く、ただ当然のことのようにその場にいる。
どういうつもりだ? 俺は、こんなこと頼んでねェぞ。
「死神......」
『俺は、役割りを果たしただけだ』
役割り...? なんだそりゃ。俺とこいつらを引き合わせることか?
それとも、俺に薬の存在を報せるためか?
「我々に協力してくださるのなら、定期的にこの薬を差し上げましょう。...どうしますか?」
『分岐点だ』
死神の声の後、景色が一瞬にして変化する。あの白い部屋だ。
椅子のような物に座らされ、目の前にはいつもと違う雰囲気の死神が佇んでいる。白い空間のせいか、死神の真っ黒な目が普段より一層冷たく見えた。
『お前の命を懸けた選択肢を与える。どれを選んでも、お前の寿命は減る。では、選択肢だ。“受け取る”か“受け取らない”か』
「受け取ったら、どうなる?」
『“受け取る”ならば、お前の寿命は減る。あの薬には強い副作用があるからな。服用する度に少しずつ、少しずつ、だが確実に死に近付く。いずれは、以前の仲間たちと敵対することになる。逆に“受け取らない”ならば、お前の寿命は減るが、1年もしない内に再びシャドウを追い回す生活に戻る』
「............」
死神の言っていることが本当なのかは分からない。だが、この部屋で選択肢を啓示するこいつから目が離せない。ちょっとした動作の時も、沈黙の後の声にさえ、ドキリと心臓が跳ね上がる。目の前の死神を畏れている俺がいた。
俺の答えを待つ間でも、死神の雰囲気はそのままだ。
「俺ぁ...もう、戻らねえって決めたんだ。薬を“受け取る”。あいつらと敵対したとしても、俺が加わらなければ問題無ぇだろ」
『本当にいいのか? それを選ぶと、お前の寿命はあと5年もない状態になるんだぞ?』
「...構わねえ」
あのことを忘れられるきっかけになるかもしれない。
そんな浅はかな考えで出した答えに、死神は何も言わずにいた。
『......分かった』
今までの景色が消え去り、目の前には白い部屋に行く直前のまま、俺の返事を待つタカヤの姿がある。
あの部屋と現実の時間の流れが違うってのは、以前に死神が言っていたとかだ。死神はあの部屋の中に住んでいるらしい。様々な『世界』で様々な月日を体験していた、とか。
「決まりましたか?」
タカヤの声に我に返る。
「ああ。お前らに協力すれば、その薬をくれるんだな?」
「ええ、勿論です。ですが、些か驚きました。まさか、1度で協力すると言うとは思っていませんでしたからね...。嬉しい誤算とはこのことを言うのでしょうか」
「知るか」
タカヤは「ふふふ」と笑う。それよりも、死神の悲観した眼差しの方が気になった。どこか諦めたような、呆れたような、そんな眼差しが俺たちに向けられていた。
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