ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──
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GGO
~銃声と硝煙の輪舞~
戦場縦断
四人分の足音が重複して鳴り響く。
ズン、ズズン……という重苦しい振動音が後方から追っかけてくる。もともと敏捷値があまりないらしいリラは、息せき切りながらヤケクソみたいに口を開いた。
「かッ!……か、がかったっぽい!!」
「リラちゃん、無理しないほうがいいよ」
気遣わしげに、しかしほとんど息を乱さずにこちらを振り返るミナにツバでも吐きかけてやろうかしら、と思いながら少女は走ってきた道を振り返る。
全速力で走ってきた道は、客用のくすみ一つない大理石製の廊下だ。
轟音はおそらく、遥か彼方に追っ手用に仕掛けておいた即席のトラップが爆発したのだ。散発的に仕掛けておいたにもかかわらず、響いてきた爆発音は一つではない。
それは暗に侵入者達の規模を匂わせるもので、少女の背を冷たいものが這い登る。
「客用通路に来て正解だったね!」
「うん、確率二分の一だったけどね」
冷静にそう分析を下す少女のような少年は、しかしどこか走りにくそうに顔を歪めている。
「……レン、やっぱ重い?」
「う~ん、短剣とかワイヤーとか軽いものばっかり装備してたからねー。こーなるのはある程度予想が付いてたけど」
重いなぁ、と身体のあちこちを見回しながら少年は言う。
ユウキには分かる。
こうやって、筋力値優先で上げていた者とともに走っている自体がもう異常だということを。それだけ彼の移動速度には下位修正が加えられているということだろう。
軽量な片手武器とは違い、複雑な機構を内部に潜める無骨な鉄の塊であることを吟味すれば、最悪身動きがまったく取れないという事態に陥っていたかもしれない。
そう思うと、まだ動けているのはただ単純にステータスが足りていたか、それとも本人の技術ゆえか。
うーむと唸りつつ、ユウキは手元に視線を落とした。
自分はあまり銃器には詳しくない。というか、まったくといっていいほど知りえていない。
こういう時、普通ならばネットなどで軽く予習してからくるものなのだろうが、そこはユウキも《六王》の一角を占めた身だ。なまじ能力があるために多少の困難は踏破してしまうという特性ゆえに、そういったチマチマしたことは苦手なのである。苦手というより、疎いが正しいか。
ユウキが知っているのは、せいぜい拳銃と散弾銃と機関銃は別物なんですね、というテレビやドラマとかから得た一般常識くらいのものである。無論、実物はおろか模型銃にも触れたことがない。その点は、眼前を走る少年も同じだと思うが。
だから、少女は今自分が使っている武器の名も知らない。
もちろん、それを知る手段は簡単だ。指先で銃の表面を叩いただけで、システムに規定されたポップアップウインドウが出現し、そこに記されているはずだ。
しかし、ユウキはそれをしようとは思えなかった。
なぜなら、彼女には初めてこの銃達を持った時からある思考に囚われていたからだ。
すなわち――――
お前じゃない。
これじゃない。こんなものじゃない。他に何かあるはずだ。何かもっと……気が遠くなるほどの間ずっと剣しか握ってこなかったこの手に収まるものが、他に。
それは、何の根拠もない。
だが、確信のある思念であった。
―――でも、さすがに丸腰じゃ戦えないからね。それまでは、よろしくね。
優しく微笑みながら、不思議な感触がかえってくる銃の表面を撫でる。すると、濡れたように輝く表面が返事をしたかのような輝きを返した。
それが何だか無性に嬉しくなり、口元の笑みを数段濃くしながらユウキは首を巡らせた。
「ねぇ!こっちであってるんだよね!?最初にいたパーティー会場!」
「えっ、えぇ……ってアンタなんでそんなに楽しそうなのよッ!」
なんでもなーい、と適当に返しながら、ユウキは脚に更に力をこめた。
一番初め、自分達が通されたパーティー会場に。
そもそも、超大型客船をシージャックするなんて非効率極まりない。金銭目的だとすれば、陸路が確保されている銀行でも襲ったほうがよほど成功率が高い。
このことを踏まえて考えると、黒尽くめ達はそれらの非効率を押し切ってまで何かをしたいということになる。
そして別角度から見れば、この侵入はおかしい点があった。
まず、スタート地点がおかしい。
仮に金銭目的を大前提として考え見れば、こんな大空間に侵入する際に無駄に目撃者を増やす必要はない。密かに侵入し、目的の物品なりをこっそり盗ってこっそり脱出するというのが正しいし効率的だし、なによりリスクがない。
平時ならば全区域に散発的に配備されている警備も、パーティーということもあってどうしても一箇所に集められることになる。警備の穴を突くことはそれほど難しくはないはずだ。
だが彼らは、よりにもよってパーティー会場のバルコニーから入ってきた。
まるで、そう。
見せびらかすように。
だとすれば、そもそもの大前提が大きく歪んでくることとなる。
掩蔽物が一切なく逃亡に不利な海上は、反転して近付くものをいち早く見つけることのできる要塞ともなる。しかも立派な動力がついているため、ただの要塞ではなく移動要塞ともなる。
つまり、見方が違っていたのだ。
攻勢ではなく、防御姿勢。
攻めではなく守り。
トンズラこくのではなく、立てこもりをするのだ。
先刻ミナから聞いたことによると、このGGO世界には、設定上の政治機構のようなものはあるらしい。いくら終末的世界観とはいえ、街がある限り何らかの自治機構がないと成立しない。まぁ、その影響力は大小あるだろうが。
人類が宇宙に進出し、その後大規模な宇宙戦争が勃発。文明が衰退し残った人々は大戦で滅びた地球に宇宙移民船団で戻り過去の技術遺産に頼って過ごしている、というGGO世界観の中。移民団を率いていた船長の子孫という設定の政治機構の長達は、ある時はクエストやイベントの依頼人、ある時は標的としてところどころに出てくるらしい。現物をナマで見たことはないらしいが。
そして、結構なベテランプレイヤーであるミナとリラが見たことがないほど表に出てこない彼らが唯一顔を見せる機会。それがこの船上パーティーなのではないだろうか。
そんな貴重な機会に起こったシージャック。
必然、目的は一つに絞られてくる。
さすがに、首都であるSBCグロッケンの長達全員がここにいるとは考えにくい。パーティーに招かれたのはおそらく彼らの縁者か、幹部クラス達だろう。
しかし、そんな彼らも役には立つ。
そう、人質という名の脅迫材料くらいには。
―――まったく、込み入った設定だなぁ!
半ばキレ気味になりながら、少女は濡れているかのような黒髪を宙空になびかせる。飛ぶように後方に流れていく明かりが、時折光を跳ね返してキラキラと輝いた。
だが、とフル回転する頭は思考を吐き出す。
パーティー会場にいたNPCは、ざっと三桁は超えていた。いくらレア度の高い銃器で武装していても、それらすべてを管理し、場合によって一気に抹殺するのは労力がいる作業だと思う。とすると、何か決定的なものがあるはず。
キーワードは、下っ端が言っていた『例のもの』という単語。
こう言っては何だが、嫌な感じがビシバシ漂ってくる。
首を巡らせて、ユウキは双子ちゃんの大丈夫なほうに視線を合わせた。
「……リラちゃん、この局面で多人数をほぼ同時に処分できる手段って何だと思う?」
「――――十中八九爆発物。規模はちょっと分からないけど、見せしめと考えれば相当でっかいと思うよ」
「どうして?」
「だってこんなに大きな船だよ?沈めるのにどれくらい掛かると思ってるの」
ハテナと首を傾げながら少女はひた走る。
「沈める必要があるの?」
「……見せしめって言ったでしょ」
答えたのは隣の少年だ。
「SBCグロッケンから見えるくらいの規模でフッ飛ばせば、『もしかしたら生き残ってるかも』的な希望も潰せるでしょ」
「な、なるほど……」
あんまり知りたくないような裏事情だった。
「じゃ、じゃあ――――」
「シッ!」
発言しようとしたユウキを、しかしリラが鋭い呼気で妨げる。
見ると、大きな扉に張り付いた少女が口元に人差し指を押し当ててこちらを睨んでいた。
「……着きました」
「…………ぜぇ…ぜぇ。ミナ、な、中の様子は……?」
「……現地点から見える範囲じゃ、敵対対象はゼロ」
「索敵範囲は?」
「ちょっと待って……出た。右ステージ上に二人、人質の見張りで三人」
手元に浮かぶウインドウを覗き込んでいたミナの言葉に、三人は思い思いの感想を返す。
「多い……」
「「少ない」」
この場合、誰が何といったかは言うまでもないだろうか。リラは偏頭痛にでも侵されたように額に手をやって口を開く。
「アンタらって本当にメチャクチャよね……」
「そう?」
「黙って二人とも、気付かれちゃうよ」
じりじり、と扉の脇に擦り寄って、こっそりと中を覗き見る。
中には、一箇所に寄せ集まって縮こまっている大勢のNPC。本当にこのクエストが推測通りの内容ならば、彼らは要救助者ということだ。
黒尽くめ達にも政府と正面きってケンカしようとしているのだから、それ相応の無駄に深い理由とかがあると思うのだが、さすがにそれに構う気はさらさらない。何としてでも助けなければ。
「あれは……なに…?」
その時。
扉の反対側で、レンとは反対方向を覗き見ていたミナが戸惑いの声を上げた。戸惑いというより、困惑か。
「何よミナ」
「――――うそ、あれってまさか……」
どんどんと、みるみると、二人組のおとなしい方の顔が青ざめていく。そこから尋常でないものを読み取った三人は、ミナの背後に移動して。
《ソレ》を見た。
ソレは、スーパーとかで荷物を運搬するときに使う台車に乗せられていた。しかし、そんなに大きなものではない。全長はせいぜい三十センチくらいの球形。だが完全な円ではなく、軽い凸部分がある。
総体的にいえば、ニワトリの卵みたいな形だった。大きさを踏まえていえば、恐竜の卵みたいな感じだ。
しかし色は卵特有のクリームホワイトではない。重厚なツヤが光るメタルブラックだ。遠目だから細部まで見ることは叶わないが、それでもその表面に亀裂のようなツギハギがあることはかろうじて視認できた。
結論的に、ソレはパッと見卵型の機械だった。
ていうか、それ以外に見えなかった。
眉を思いっきりひそめて首を傾けるレンとユウキに対して、しかし二人の少女はまったく真反対のリアクションをする。
うそ、という先刻の発言すらもない。
絶句。
何の言葉もなく、ただ絶句。
「ね、ねぇ、あれって何なの?」
思わずユウキの口からこぼれ出た言葉に、たっぷりと間を置いた後で、ゆっくりと自身の言葉を噛みしめるように、リラとミナは口を開いた。
「……あれは、GGOで最強の爆弾――――」
最強で
最凶で
最恐で
最狂の
ボム。
「対消滅爆弾」
後書き
レン「はいはい、始まりましたよ。そーどあーとがき☆おんらいん」
なべさん「三年目だー!」
レン「え、何が?」
なべさん「この小説ですよ。今日でいよいよ三周年!高校受験生も大学受験生になるね!」
レン「確かにめでたいけどその例えはやめろ」
なべさん「ここまで長持ちしているのも、飽き性な感じの私としては奇跡に近いね」
レン「近いのかよ。そこ自覚してんのかよ」
なべさん「ここまで来れたのも、読者様の皆々様のおかげですな」
レン「最終回かな?」
なべさん「ちがわい。てなわけで、これからも加速してくGGO編、そしてその更に先をご贔屓に!」
レン「加速しすぎなきゃいいけど…」
――To be continued――
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