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小噺

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第七章

「阪神がね。ダイナマイト打線だよ」
「まだ藤村がいますしね」
 円満もそれに合わせる。実は彼等は阪神ファンである。それでこう話を合わせるのだった。
「それでカープを観に来て欲しいってことさ」
「カープをですか」
「そうさ、それでどうだい?」
「そうですね、呉じゃないにしても」
 内山のことを思い出しての言葉だった。
「それでも広島ですよね」
「行くのかい?」
「はい」
 はっきりと師匠に答えたのだった。
「それじゃあ」
「いいかい、広島ってのはな」
 ここで厳しい顔になって注意をはじめた師匠だった。
「一つ気をつけないといけないことがあるからな」
「それは何ですか?」
「あっちの筋の人だよ」
 それだというのだ。
「広島っていったらそれだよ。あっちの筋の人じゃないか」
「やくざ屋さんですか」
「そうだよ、それだよ」
 まさにそれだというのだ。やはり広島というとそれだというのだ。
「わかったな。それだけは注意しときなよ」
「ええ、じゃあ」
 こんな話をしてから広島に向かうのだった。電車に揺られて長い時間をかけて広島駅に降りるとだった。そこにあの彼がいたのだ。
「ああ、変わってませんね」
「えっ、まさか」
 その顔を見てまずは思わず声をあげた円満だった。広島駅の風景も降り立った広島の街並みも目に入らなかった。まずは彼だった。
「私を呼んだのは」
「はい、わしです」
 笑顔で彼に言う内山だった。顔も雰囲気もあの頃と同じだった。ただ軍服がやや柄の悪い服になっているだけで。他は何も変わっていなかった。
「呼ばせてもらいました」
「そうだったんですか」
「あれからですね。やくざは止めまして」
 そうはいってもあまり柄のいい様子ではないのは確かだった。
「今は船の会社やってます」
「それですか」
「はい、そうです」
 今何をしているかという話をしたのだった。
「それをしてます」
「そうだったんですね」
「はい、それで」
 笑顔のまま円満にさらに言ってきた。
「御願いしますね」
「落語をですか」
「わしのこと話して下さい」
 このことをなのだった。
「是非。御願いしますね」
「はい、わかりました」
 円満も温かい顔で彼の言葉に頷いた。そうしてまた言うのだった。
「それじゃあ」
「どんな話なのか楽しみにしてますからね」
「そうなのですか。それにしても」
 広島駅を出ながらの言葉だった。二人並んで街に出る。その広島の街にだ。
「あの戦争のことは」
「あの戦争は」
「色々ありましたね。確かに多くのものを失いましたけれど」
 そのことも思う。
「得たものもですか」
「そう思います。少なくとも」
 彼に顔を向けての言葉だった。
「今こうしてここで落語ができるんですからね」
「ですね。わしもその話を聞けますね」
「ええ、確かに」
「では行きましょう」
 円満の背中に手をやってだった。
「まずは広島の地酒を楽しんで下さい」
「楽しみにしてますよ」
 広島の街はもう元に戻ろうとしていた。戦争の跡は消えようとしていた。しかしその戦争で生まれた二人の絆はそのまま残っていた。その二人は笑顔で今その広島の街の中に入るのだった。


小噺   完


                 2009・12・3 
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