無理心中
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第二章
「一緒におりたいわ」
「わいともか」
「そういうこっちゃ。まあ油地獄にはならん様にな」
「アホ、わいはあんなぐうたらちゃうぞ」
女殺油地獄のぐうたら息子とは違うというのだ、徳兵衛は自分でこのことは美代吉に対して強く言ったのである。
「ちゃんと働くわ」
「そやな、働いてな」
「銭儲けなあかんやろ」
「そうせなあかんからな」
「その通りやな、しかし心中ってな」
「ほんまにする人おるんやろな」
「この世で一緒になれんならって思うてな」
そうなるというのだ。
「一緒にっていう人等おるんやろうな」
「実際にな」
「考えてみれば切ないな」
そのこと自体が、と言う徳兵衛だった。
「ほんまに」
「そやな、この世で一緒になれんならって」
「考えてみたらわいそういうのよりな」
「駆け落ちやろ」
「それで別の場所で一旗挙げるわ」
徳兵衛は強い声でだ、美代吉に返した。
「そうしたるわ」
「そういうこっちゃ、人間生きてナンボやしな」
「ほんまにな、あと借金は作らんことやな」
「そっちのお店大丈夫かいな」
「大丈夫や、それどころか蔵がもう一つ増えそうや」
「油問屋は儲かるんやな」
「火には気をつけてるけどな」
油に火が点いたらそれこそ終わりだ、徳兵衛もそのことはわかっていてそのうえで店の商いを勉強している日々なのだ、店を継ぐ立場として。
「これでも頑張ってるからな」
「それはええこっちゃ、うちもな」
「そっちもか」
「ああ、儲けてることは儲けてるわ。蔵が増える位やないけどな」
「それは何よりやな、けどな」
「けど?」
「ほれ、元木さんや」
ここで徳兵衛はこの名前を出した。
「あの人な」
「ああ、武士やって今は何もしとらん」
「仙台藩におったけど藩が維新の戦で負けて小さくなってな」
「そんで浪人になってやったな」
「今は身を持ち崩して酒と博打ばっかりしとるな」
その男が、というのだ。
「あの人今賭場の用心棒やっとるやろ」
「あまりええ仕事ちゃうな」
賭場といえばヤクザ者が仕切っている場所だ、いい仕事である筈がない。それで美代吉もこう言ったのである。
「ほんま身を持ち崩してるな」
「そやな、しかも酒と博打ばっかりやってな」
「借金も多いんかいな」
「みたいやな、しかも変な女と一緒におるらしいで」
「今度は女かいな」
美代吉は女の話も聞いてだ、顔を顰めさせてこうも言った。
「余計に悪いな」
「ほんまやな」
「そこまで揃ったらな」
「何時かえらいことになるな」
「そこまで揃ってええことになった人はおらんわ」
美代吉は世間にいる中で学んだことを言い切った、伊達に店の娘としてずっと生きている訳ではないということか。
「絶対ええことにならんわ」
「やろな、どんなことになるか」
「誰も止めんのかいな」
その元木をというのだ。
「酒、博打、女、しかも賭場の用心棒ってな」
「よめさんも子供もおらんらしいしな」
「独り身かいな」
「独り身の浪人さんや」
もう浪人といっても幕府はないので本来は違うが二人はこう言うのだ、まだ藩という意識が世間に残っているせいで。
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