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背中

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第一章

                   背中
 中込祐也は結婚することが決まった、そしてだった。
 妻になるテレサ=ベルゴンツィ、スペイン生まれで日本に来て彼と一緒になった彼女にだ、こう言うのだった。
「何かね」
「信じられないっていうのね」
「だってさ、僕がだよ」
 居酒屋でだ、畳の上の席で向かい合って座って飲みながらだ、祐也は共に酒を飲みつつ流麗な日本語を操る彼女に言った。
「スペイン人と結婚するなんて」
「今じゃ国際結婚は常識でしょ」
「まあそれはね」
「それに私もね」
 黒い波がかった黒髪に婀娜っぽい黒い瞳に長い睫毛、黒くはっきりとしたカーブを描く眉に少し浅黒さのある肌、高い顔に紅の幅のある唇。小柄だが見事なスタイル、そのテレサが彼に言うのだ。
「子供の頃から日本にいるから」
「今じゃ国籍も日本で」
「この通り日本語もね」
 それもだというのだ。
「物心ついた時から聞いて書いて喋ってだから」
「普通と変わらないね」
「そう、だからね」
「スペイン人と結婚するっていっても」
「スペイン系日本人だから」
 それが今の彼女だというのだ。
「特に変わらないわよ」
「日本人と」
「そう、それでなのよ」
「特にこだわらずに」
「これまで通りね」
 結婚するまで、今まで交際してきた様にというのだ。
「やっていきましょう」
「それでいいんだ」
「こうして飲むこともね」
 テレサは焼き鳥を串の横から食べた、そうして日本酒もぐいと一杯飲んでから言った。
「楽しめばいいし」
「お料理もだね」
「私の得意料理は知ってるわよね」
「家がスペイン料理店だけれどね」
「和食よ」
 にこりと笑ってだ、テレサは祐也に言った。祐也は黒い髪の横と後ろを刈って上だけ伸ばしている、黒縁の眼鏡をかけた背の高い青年だ、ちなみに彼の仕事はバーのマスターでテレサの店の近くにその店がある。客としてよく飲みに来る彼女と知り合いになって結婚に至ったのだ。
 そのテレサがだ、こう彼に言ったのだ。
「何といってもね」
「そうだよね、テレサは」
「美味しくてしかも身体にもいい」
「和食は最高だっていうんだね」
「そうよ、だから結婚してもね」
「和食がメインだね」
「そうよ、幸せにやっていきましょう」
 二人で、というのだ。
「これからもね」
「そうだね、ただ」
「ただ?」
「テレサって親戚は」
「お父さんとお母さんは日本にいるけれどね」
 そうして店をやっているのだ。
「他の人はね」
「スペインにいるよね」
「セヴィーリアにね」
 スペインの歴史ある港町であるその町にというのだ、カルメンやドン=ジョヴァンニ、フィガロの結婚といった歌劇の舞台でもある。
「いるわよ」
「そうだよね」
「それがどうかしたの?」
「いや、どうかしたのじゃなくて」
 祐也も焼き鳥を食べ日本酒を飲みつつテレサに言う。 
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