垂れ目でもいい
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第七章
悪く言われることもなく街を歩いていても笑われもしなかった、むしろその目を見返す程であった。それでだった。
愛乃は夏樹と一緒に飲みに行ってだ、ビールを飲みつつこう言った。
「全然悪く言われないわ」
「笑われることもないだろ」
「むしろね」
それどころか、というのだ。
「結構好意的に見られてるわ」
「そうだろ、御前の場合な」
「垂れ目でもなのね」
「いいんだよ、というかその垂れ目がな」
それこそがというのだ。
「チャームポイントなんだよ」
「そうなのね」
「ああ、だからそのままでいけよ」
アイメイクを薄いままで、というのだ。
「そうしたらいいぜ」
「そうみたいね、何か無理してるとも言われたけれど」
同期の娘に言われたことをだ、その娘と同じ同期の夏樹に言った。
「香菜ちゃんにね」
「ああ、あいつに言われたのかよ」
「そうね」
「あいつの言う通りだな」
焼き鳥を食いつつ言った夏樹だった、居酒屋のカウンターで向かい合って座ってそのうえで話をするのだった。
「それはな」
「じゃあやっぱり」
「そのままでいった方がいいよ」
「垂れ目のままで」
「そもそも何で垂れ目が嫌なんだよ」
「そう言われると」
ビールのジョッキを置いてからだ、愛乃は考えた。
そうしてだ、暫く考えてからこう言ったのだった。
「何でかしら」
「覚えてないのかよ」
「何となくかしら」
「何となく垂れ目が嫌だったのかよ」
「子供の頃はっきりとした目に憧れてたけれど」
幼い頃を思い出しつつ言う。
「それでかしら」
「何か曖昧な理由だな」
「私の目って小さくて垂れ目だから」
このことを自分で言うのだった。
「それでね」
「憧れてるのじゃないからか」
「それでなのかしら」
考える顔での言葉だった。
「子供の頃何となく思ったことがそのままずっとなのかしら」
「何かそれってあるよな」
「子供の頃からずっとっていうのは」
「どうしてもな、まあそれもな」
「何てことはなかったのね」
「正直に言って俺もその方がいいと思うぜ」
アイメイクは薄い方が、というのだ。
「そのままでな」
「そうなのね、じゃあね」
「ああ、そうしたらな」
「このままでいったら?」
「彼氏出来て結婚もな」
「それね、私もそろそろね」
「ああ、こうして俺と一緒にビール飲んでばかりっていうのはな」
それは、というのだ。
「終わりにしてな」
「彼氏ゲットしないとね」
「前向きに行けよ」
そっちもというのだ。
「コンプレックスなんか感じないでな」
「そうね、そうするわ」
愛乃は夏樹のその言葉に頷いた、そうしてだった。
またビールを飲む、そのうえで焼き鳥を食べる。そうしてアイメイクを濃くすることはなかった。それを一年続けて。
夏樹にだ、出勤した時にこう言った。
「彼氏出来たから」
「おいおい、本当かよ」
「本当よ、嘘じゃないわよ」
にこりと笑っての言葉だった。
「それはね」
「そうか、それじゃあな」
「そう、何か私の目が好きって言ってくれたのよ」
「ほらな、御前のその目はな」
「コンプレックス感じることでもなかったのね」
「そうなんだよ、じゃあこれからもな」
「ええ、目はそのままでね」
コンプレックスを感じずアイメイクも薄いままでというのだ。
「いくわ」
「それじゃあそうしろよ」
「あんたも彼女出来たのよね」
「そうだよ、結婚を前提にしてな」
「お互い頑張っていこうな」
「そうしましょう」
こうした話をしてだった、二人は会社での仕事に入った。愛乃の仕事ぶりは前よりも溌剌としたものになっていた。
垂れ目でもいい 完
2014・7・30
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