新説イジメラレっ子論 【短編作品】
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第9話 アピアリング
結局あの日、私は家へと帰らずに九宮家に泊まった。というか赤飯を炊いて待っていた律華さんの熱烈なお願いで泊まらされたと言うべきか。
風原くんもろとも顔から火が出るかと思うほどに恥ずかしい事だが、結局律華さんは私と風原くんの話を全部聞いていて、話が纏まったことを確認したのち泣きながら晩御飯を作ったそうだ。そこまで風原くんが他人に心を開いたのが嬉しかったんだろうか。
そのテンションたるや完全に親馬鹿。さっきまでのしんみりした空気を全て押し流されてしまった。
やれ貴方のおかげだの、やれ嫁に来てくれるなら大歓迎だのと実に満ち足りた顔で私たちに言ってきた。ご飯も何のお祝いですかと聞きたくなるほどに豪華で、この人は本当に御人好しなんだと苦笑した。
この人もこの人で、風原くんに対して本気なのだろう。
3人で囲んだ食卓はとても心地よくて、母が活きていた頃をおぼい出させるほど懐かしい感じがして、それで泣いてしまった。泣いた私を見てオロオロする律華さんと、さっきまでの威勢はどうしたとけらけら笑う風原くん。よく分からないけれど楽しくて、泣き笑いした。
風原くんは律華さんに今まで背負い込んでいた思いの一部をぽつぽつと語り、最後に今まで九宮さんと呼んでいた呼び名を律華さんに改めた。律華さんはそれを聞いて号泣しながら風原くんに抱き着いており、困る風原君の姿を指さして笑ってしまった。
律華さんと一緒にお風呂にも入った。もう三十代になるとは思えないほどのお肌のハリと艶に驚いたが、女性同士のお風呂は以外と話すことが多く、とても楽しかった。ついついこの家に住みたいと思ってしまうほどに。
今日初めて会ったような人と一緒に過ごすのはとても楽しくて、こんなに笑ったのはいつ以来だろうとその心地よさに身を委ねた。
あっという間だったけれど、これほどに満ち足りて濃厚だった一日はなかっただろう。
私は父の事も忘れてその暖かさを享受した。
翌日になっても雨は降り続けていた。
朝に見覚えのない天井に驚き、そして律華さんのベッドで一緒に寝させてもらったことを思い出した。
昨日のうちに選択感想からアイロンがけまで済まされていた下着と制服を身に着けて部屋の外に出ると、朝ごはんの支度をする風原くんと律華さんがいた。
朝食の支度は前から風原くんも手伝っていたらしい。私も手伝い、3人で朝食を取った。朝食を食べるのも考えてみれば数年ぶりで、そんな当たり前の事が出来るこの家がとても眩しかった。
「なんだか、本物の家族みたい」
ふいにそう漏らすと、律華さんは少し照れ臭そうに頭を掻きながら茶化した
「将来的には本物になるかもしれないわよ!ホラ、昨日の告白!」
「あれは単に一緒にいろってだけでしょ。結婚まで勝手に飛躍させないでくださいよ、律華さん」
「連れない子ねぇ真人くんは……ま、いいけど。昨日の今日で突然変わることなんて出来やしないわ」
この二人は、これからきっと少しずつ変わっていくことが出来るだろう。
元々風原くんが頑なに拒んできただけなのだ。いつかは二人が手を繋ぐことができるだろう。
とても名残惜しくはあるが、そろそろここを離れて学校へ行かなければいけない。
後ろ髪をひかれながら、私は風原くんと一緒に家を出た。傘は律華さんのものを借り、見送られつつ家を出た。こんな雨の日なのに、律華さんの笑顔は太陽のように明るくて、今日を生きる活力を分けてもらった気がした。
雨が降る中、左手で傘を持った風原くんに私は話しかけた。
「良い人だね、律華さん」
「人がいいんだ。時々嫌になるくらいに……こっちが辛くなるくらいに」
「今も辛い?」
「……さあな」
「素直じゃないなぁ……これからは甘えてあげなよ。律華さんはきっと待ってるよ?」
「嫌なこった。ガキじゃあるまいし、今更甘えるかよ」
「中学生なんてまだまだ子供じゃない」
「見解の相違だな」
ああ言えばこう言う。風原くんの口の悪さは生意気な子供とそう変わらないと思う。
でも、きっとこんな会話をする時の風原くんこそ、素の風原真人なのだ。
私が必死の思いで閉ざされた門から連れ出した、風原くん。
「――ねえ、風原くん」
「なんだ」
雨の降りしきる人通りの少ない住宅街を並んで歩きながら、お喋りになった私たちは他愛のない会話を続けた。
「お母さんの事、好きだったの?」
「……好きだったに、決まってるだろ。理屈と感情は違うけど、感情と本能も違うんだ。感情では拒絶しながらも、本能ではどこかで縋っている……母親っていうのは俺にとってそう言うものだ。……お前は?」
「私はね、お母さんの事は好きだった」
でも、と続ける。
「先に死んじゃって、私と父さんを置いていったことは……ちょっと恨んでる、かな」
仕事が好きな人だったんだろう。仕事に誇りを持っていたから、死ぬまでそれを全うしたのだとは思う。でも――私も、そして恐らくは父さんも、後ろにいる家族の事を振り返ってくれなかったあの人に割り切れないものを抱いている。
「父親、か……お前、大丈夫なのか」
「何が?」
風原くんは、その表情に微かな不安を覗かせて、私の貌を覗きこんだ。
「お前、父親に虐待されてんだろ」
「……ッ」
「この近所じゃ有名な噂だ。昨日律華さんと一緒に風呂に入ったろ?……お人よしのあの人が、その痕跡に気付かない訳がない」
例えばそれか庇うようにする体の痣とか、未だに僅かながら痛む肩だったり。学校でのいじめ分もあるのだろうが、明らかに力加減なしの物があることに律華さんは気付いていたらしい。
「………隠せないね、2人には」
改めて突きつけられると、辛い現実だ。
唯一の配偶者で、唯一の肉親。きっと未だに私の本能が縋っている存在。
「鞄を取りに一度戻らなきゃならないなぁ……きっと、凄く怒ると思う」
「……帰らなくてもいいんだぞ。虐待の事実を児童相談所にでも訴える事は出来る。親権停止もあり得るだろう。それも子供の立派な抵抗手段だ」
「………うん。でも、いいの」
私は首を横に振った。
「父さんはきっと私が居なくなったら本当にダメになっちゃうから……家族の葬式を2回もするのはもう嫌なの」
母が死んだあの日から、父から逃れようと思ったことは何度もある。それでも逃げなかったのは、母を喪った時の苦しみにもう直面したくなかったから。
父さんだって、いつか何かのきっかけで立ち直ってくれるかもしれない。そんな時に支えてあげられる家族がいないのでは、余りにも寂しい。
そう言うと、風原くんは無表情でそうか、と言った。
「俺は……そんな日が来るか懐疑的だよ。でもまぁ、お前風に言えばそれは泥を見ることなんだろう。お前は星を見る係だ。我慢できるところまで行けばいい」
「うん………ごめんね、心配かけちゃって」
「……してない」
ふいっと顔を逸らす風原くんの頬は、ほんの少しだけ恥ずかしさで紅潮していた。
風原くんの価値観では、こんなふうに感情を悟らせるのは弱くなることなのかもしれない。でも、私の前でそんな弱さを見せてくれることは少しだけ嬉しかった。
「じゃあ、行って来るね。学校でまた……」
「ああ、学校でな」
私達はそう言って別れ、それぞれの目的の場所へと向かった。
= =
朝からとても変な気分だった。
千代田が家にいて一緒に食事をとるのもだが、それを悪く思っていない自分がとても不思議だった。
昨日、千代田に抱きしめられた時に、俺は心の中で何かが崩れ落ちる音を聞いた気がする。
千代田に、俺は甘えん坊なんだと言われた。そんな筈はないと必死で否定しようと思ったが、俺は俺の身体を抱きしめる千代田の華奢な体をそれ以上傷つけたくなくて、結局振り上げたての落としどころを見失ってあいつに縋りついた。
「二人ならできる、か……」
千代田が口にした言葉だ。
一緒に脱獄して幸せになろう、などとロマンチックな事を言う奴だとは思っていなかったが、あいつは俺なんかよりもよほど強くて頼れる存在だったのかもしれない。
結局、あいつの事を嫌いになれなかった。
これから、あいつは来るなと言われても一緒に来るのだろう。新しい幸せとやらを一緒に探すために。
俺はきっとそれを拒めないのだろうな、とぼんやり思った。
だが、不意に。
「大丈夫かしらね、あの子……」
「あの子ってどこの子よ?」
「ホラ、千代田さんの家の!」
「ああ、クルミちゃんね!」
噂話をしている中年女性の会話が耳に入り込んできて、思わず立ち止まる。
「夜遊びだか何だか知らないけど、あんな飲んだくれが一緒じゃ家に帰りたくないのも無理はないわよ」
「でも、今回は本当に危ないかもしれないわよ。昨日に浜崎商店の酒屋に来たとき、今までにないくらい荒れてたんですって」
「嫌だわ、暴力事件でも起こされたら溜まったもんじゃないわよ」
「殺してやるー!って血眼で叫んでたそうよ。ありゃもう家に帰らない方が身のためだね。下手したらあの細い腕くらい簡単に折られちゃうわ……」
「ちょっと、いいですか」
気が付いたらその話に割り込んでいた。普段は井戸端会議など興味もなく通り過ぎるくせに、その時だけ――虫の知らせのようなものが胸中を蠢いたのだ。
「あ、アンタえぇっと……」
「千代田の家って、どの辺りですか?」
中年女性を脅すように、俺は詰め寄った。
背筋を焼くような焦燥を感じつつ。
(なんだこの……胸に引っかかる感覚は?もし……もし俺に、千代田の父親みたいな存在がいたとして……千代田が俺と価値観を共有したんだとしたら………)
嫌な――とても嫌な予感がした。
= =
早く学校へ行こうと思い、いつものようにこっそり一カ所だけ空けてある家の窓から中に入った。
昨日の内にここに置いておいた鞄を拾って、早く向かおう。
そう思っていたのだが、家に入って私は直ぐにあることに気付いた。
鞄が、ない。
腹の底に重苦しいものが落ちる。確かにここに置いたはずなのに、その痕跡すら残っていない。
――まさか、父に気付かれた?
焦りから、つう、と冷や汗が頬を伝う。家の中の静寂が、突如として痛々しいものに感じられた。
張りつめるような緊張感が、呼吸を荒くさせる。
今までこんな事は一度もなかった。でも、考えれば本当に一晩中この家に帰りもしなかったのは初めてだ。食事も作られていなかった以上は、いくら酒に溺れている父でもそのことに気付いたはず。
ならば探し回って鞄を見つけていてもおかしくはない。
(落ち着いて、落ち着いて……大丈夫。この時間帯ならまだ寝てる筈)
足音を立てないように、そろりと歩く。
布を擦る音やちょっとした板間の軋みが、今だけはとても大きな音に感じる。
ゆっくり、ゆっくり、廊下を歩き、部屋の中を覗いて鞄を探す。
結局父も鞄も見受けられず、リビングに出た。
「うっ……なに、この臭い」
酷く籠った、酒と第異星特有の体臭が入り混じった臭い。
普段も臭う事はあるが、これほどに濃くなったのは初めてかもしれない。どうやら父はかなり遅くまでここで酒を浴びるように飲んでいたらしい。いつも以上の空き瓶の量だ。これだけの酒を一日に飲んでしまえば、そのまま死んでしまうのではないかとさえ思うほどだ。
そこも足元を注意深く見てみたが、やはり鞄はない。
仕方なしに、リビングを通り過ぎて玄関の方へ向かうために足を前へ――だが。
きぃん、とガラスのぶつかる甲高い音が響いた。足先が一升瓶の一つにぶつかってしまったのだ。
思わず身が竦む。これくらいの音にもなると、もし眠っていても父が起きてしまう可能性のある音量だ。ばくばくとなる心臓と止まらない汗を必死で抑え、不安感に揺さぶられながら耳を欹てる。
暫くの間を置いたが、物音は聞こえなかった。
(もしかしてキッチンかトイレ……いや、玄関で寝てる?それとももう出て行ったか……)
父とていつも予測通りの行動をする訳ではない。あの大きな鼾も聞こえない事を考えると、もう家にいたいと考えるのが妥当だろう。
何にせよ急ごう、と私は足を進めた。
リビングを通り過ぎて廊下へと出て、そこで私は漸く玄関先に自分のカバンが置いてあるのを発見してほっとする。
「よかった……あった」
「何がよかっただと?父親の言いつけを守らねぇで朝帰りしておいて……」
「えっ――」
「この、親不幸者がぁあぁぁッ!!」
廊下の影に立っていたその人影に――父の存在に、私は直前まで気付くことが出来なかったのだ。
掴まれたのは、首と肩。そのまま力任せに壁に叩きつけられた。硬いしっくいの壁は思った以上に厚く、私の身体を容赦なく打ち付けた。突然の痛みに悲鳴を上げる。
「きゃぁあああっ!?」
「お前の、面倒を見ているのはぁ……俺だって言ったよなァ!?余計な事をするんじゃねえとも何度も言ったはずだぞ!!お前ェ、どこにいて何をしてた!!」
「あっ、ぐぅぅ……!?」
「言えぇッ!!」
身体を床に叩きつけられる。
頭部を強打し、腰の骨が異音を立てて痛烈な痛みを訴える。受け身を取れずに肩も強打した。痛みの余りにくぐもった悲鳴を漏らして苦しむ。
そんな私のことなどお構いなしのように、父が目の前に迫った。
「ごほっ、ごほっ!はぁ……はぁ……や、やめて……!!」
「お前は、お前は俺を捨てる気なんだろぉぉぉッ!!それで警察にでも逃げ込んでたんじゃねえのかぁ!!」
口から泡交じりに吐き出される見当違いな怒声を上げて、父は馬乗りになって私の頬を力任せにはたいた。目の中を火花が散り、頭がくらくらする衝撃が走る。
父の目は完全に正気を失っているとしか思えないほどに血走って、もはや正常な判断能力を持っているとは思えないほどに濁りきっていた。やはり帰っていない事に気付かれていたんだ、と今更に後悔する。
「そんなこと、してない!考えてない!!何で……なんでいつも信じてくれないの!?子供の事を信じてよ!!」
「黙れクソガキぃ!!お前なんかがいなけりゃ良かったのに……お前なんか産んだから母さんは死んだんだ!!」
「な……!?」
私の必死の懇願は、耳を疑うような言葉で遮られた。
「子供が欲しいって言うから作ったのに、母さんはその子供だけ残して死んだ!お前を産まなきゃまだ生きてたに違いねぇんだ!!死ぬわけがなかったんだ!!」
「そんな滅茶苦茶な……!」
「口答えするんじゃ、ねぇッ!!」
「痛ぁぁ……ッ!?」
顔面を殴り付けられて、鈍い痛みが左目を中心に広がっていく。酔っ払いとはいえ大の大人の拳だ。小さな女の子を悶絶させるだけの威力はあった。片目を抑えて必死に逃れようと動くが、その瞬間にふくらはぎのあたりを力の限りに踏みつけられた。
足の骨と筋肉に激痛が走り、ぶちぶちと何かの繊維が千切れる音がする。
「いやぁぁぁあああーーーーッ!?い、痛い!痛い痛い痛いぃぃッ!!」
痛みの余りに目の奥から涙が溢れる。顔は涎や鼻水と混ざった涙でくしゃくしゃだった。
なんで、そんなことをするんだろう。
なんで母さんが死んだのが私の所為だなんて。
貴方は私の父親でしょう?
貴方は私の親子でしょう?
ずっと言いたかったけれど言えなかった疑問。
言えば、なにか決定的なまでに大切だったものが崩れてしまうのではないかと恐れていた質問。
でも――私は、風原くんにそうしたように、父にも向き合わなければいけない気がして。
風原くんは逃げていたように、私も父からずっと逃げていたのだ。
今だけ、あなたの勇気を貸して。父の言葉に「だからどうした」と正面切って言えるだけの勇気を、貸して。
「痛ッ……ぅう……!!お父さんは、私の事が嫌いなの……ッ!?」
「当たり前だ!!気に入らねえんだよ……お前の事が!」
「何でよ!?お母さんが死んじゃう前は遊んで切れたじゃない!葬式のときだって一緒にこれから頑張ろうって言ったじゃない!!あれは……ッ、嘘だったの!!?」
痛みにこらえながら、慟哭のように叫ぶ。
自分で情けなくなるほどに震えた声で、真意を問いただした。
「嘘かどうかなんてどうでもいいんだよぉッ!!母さんが死んだくせに、母さんみたいな顔して家事をしやがる!母さんみたいに飯を作りやがる!腹立つんだよ……そこは母さんの立つ場所なんだよ!!お前みたいな母親に似てるだけのクソガキが、代わりに立ってのうのうと母さんみたいに居座ってんじゃねえぞぉぉぉぉーーーーッ!!!」
その言葉を聞いて、ああ、と私は自分の頭がクリアになっていくのを感じた。
ぶつり、と父音繋がっていた絆の糸が断ちきれるのを感じた。
この余りにも愚かな男は、本物の愚か者だった。
「代わり……?居座り……ッ!?ふざけるなぁぁぁぁぁーーーーッッ!!!」
私は踏みつけてくる父の足を引っ掻いた。
表皮がめくれ、ピンク色の肉と赤い血がじわりと断面を晒す。その想像を絶する痛み故か、父は情けない悲鳴を上げた。
「ぐああぁぁぁぁああッ!?」
「ハァッ……ハァッ……!!」
足を抑えて無様に転げまわる父親を見下ろして、私は胸の内に溜め込んだ全ての怒りを叩きつけた。
母さんが死んで以来、私が自分でも知らずに溜めこんできた全ての鬱憤を、怒りを、理不尽を、吐き出す。
「母さんに似た顔をしてるのは二人が私をつくったからでしょ!家事も料理もしてたのは、いつまでもくよくよしてる『あんた』が立ち直れるようにと思ってやったことでしょ!母さんが死んで以来誰も断つ人がいなかったから!あんたが何もしなかったからッ!!」
まるで自分だけ悲しいように振る舞うこの男が許せない。
まるで私が何も知らない所からやってきたようにのたまうこの男が許せない。
こんな――こんなどうしようもない男をそれでも家族だなどと信じて騙されていた私が許せない。
ぜいぜいと肩で息をしていた私は、足元に転がっていた酒瓶を両手で掴んで振り上げた。
「それを、人を模造品か代価品みたいに好き放題叫んで殴って!!私はあんたの道具かぁッ!!」
「うぁぁ、げっ……ご、お、おぉぉ……」
「うわぁぁぁぁぁぁぁッ!このっ、このっ、このぉッ!」
酒瓶を振り下ろす。ゴッ、と骨を打つ鈍い音が響く。
あいつが豚のように情けない悲鳴を上げる。
もう一度振り下ろす。また鈍い衝撃と悲鳴。
まだだ、私の受けた痛みは、苦しみは、こんなものではない筈だ。
何度も、何度も、痛みをアドレナリンでかき消してひ弱な肉体を何度も酷使して、酒瓶をあいつに振り下ろす。悲鳴を上げても誰の名前を呼んでも、振り下ろす。
もう信用などするものか。二度と父などと呼ぶものか。何を言われても二度と許すものか。
死んでしまえ。
死んでしまえ。
当たり所が悪かったのか酒瓶が割れて、尖った先端がぎらりと光る。
狼狽えていた父の目にその凶器が映り、息をのむ声が聞こえた。
でも、もう知るものか。
「死んで……しまえぇぇぇーーーーーッッ!!!!!」
悲鳴染みた叫び声と共に振り下ろした酒瓶が、真赤な血の滴を床に滴らせた。
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