駄目親父としっかり娘の珍道中
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第68話 女の子は父親似の男に惹かれるんだってさ
前書き
注意
今回のお話には作者の妄想、キャラ崩壊、話のねつ造、その他諸々が含まれております。それらが不快に感じる方はご視聴をご遠慮下さい。
別にかまわないという方は引き続きご覧になって下さい。
新八
「これ……今更ですよね(汗」
空を鉄色の厚い雲が覆い尽くす。辺りに漂ってくるのは死と血の匂いのみ。
何時の時代も戦場とはそんな場所だった。そんな場所で二人の子供は何かを探し回っていた。
一人はその日を生きる糧を―――
もう一人は懐かしき顔を持つ父を―――
死屍累々とする悍ましき戦場跡を二人の子供が歩き回り、無残な姿となった骸を漁りまわっていた。
この時代ではさほど珍しい光景ではない。戦争が起こればその後に湧いてくるのは飢えた乞食達だ。戦争で息絶えた侍達の所有物を漁り、それを食らい今日を生き抜く。
少年にとってはそれが日常の事であった。
だが、少女の方は違った。ただひたすらに骸をひっくり返し、その顔を眺め続けた。
この骸の中に父がいる―――そう信じ続けながら。
「どうだ、居たか?」
骸の懐を弄りながら少年は尋ねた。その問いに対し、少女は静かに首を横に振った。それを見て少年は軽く溜息を吐いた。
「何時まで続けるつもりだよ。こんな事」
「……」
「こんな所で見つけたってどうせそいつは骸なんだ。骸を見つけてどうしようってんだよ?」
「会いたいの」
「は?」
小声で、か弱い声で少女は答えた。とてもか細く、弱弱しい声で少女は答えたのだ。
「骸でも良い。生きてなくても良い。一目で良いから……もう一度、会いたいの―――」
「お前……そんなにまでして父ちゃんが大事か?」
「私には、お父ちゃんしか居ないから……お母ちゃんは、私が生まれてすぐに居なくなっちゃったからお父ちゃんしか私には居ないから……」
「……」
少年は面倒くさそうな顔をしつつ、骸から得た兵糧を手に取った。そして、少女を呼びつけ、持っていたそれを一つ投げ渡した。
「腹減っただろう。まずは食え。その後で俺も一緒に探してやる」
「うん、有難う……えっと―――」
「って、そう言やぁお互いまだ名乗ってもいなかったんだな……面倒臭ぇ」
舌打ちしながら少年は少女を見て、軽く溜息を吐いてから名乗った。
「俺ぁ銀時。坂田銀時だ。見たまんま何処にでも居る骸漁りだ。お前は?」
「私は……私はなのは……高町なのはって言うの」
「ふぅん、なのはねぇ……変な名前だな」
「銀時だって……変な名前だと思うよ」
「大きなお世話だ!」
自分の名前が変な名前だと言われて少し不機嫌になったのか、不貞腐れながら銀時は持っていた兵糧を一気に口の中に放り込んで呑み込んだ。幾ら兵糧とは言え子供にとっては結構な大きさだ。そんなのを丸のみすれば当然咽る。
なのはの目の前で銀時は大きく咳き込んでしまった。
「だ、大丈夫? 銀時」
「げほっ、だ、大丈夫だよ! ただあれだよ……握り飯ん中に海苔の佃煮があったからそれが奥歯に引っ掛かっただけだっての……別に咽った訳じゃねぇからな」
苦しい言い訳であった。そんな言い訳を聞くと、なのははクスクスと笑い出した。
「あぁっ! 今てめぇ笑ったな! 笑っただろう!?」
「わ、笑ってない……笑ってないよ……」
「嘘つけ! 口元抑えて必至に震えてるじゃねぇか! かぁぁぁぁ、恥ずかしい! 俺の人生一生の汚点じゃねぇか!」
天を仰ぎ銀時は叫んだ。余程それを見られたのが恥ずかしかったのだろう。とても悲しそうに泣き叫んでいるのが見えた。
「銀時……有難うね」
「あ? 何だよ、改まって」
「銀時が居なかったら……多分、私もう生きてなかったと思うから」
「何だよ。あの時の飯の事かよ。気にすんな。同じ骸漁り同士だし、それに目の前でガキが骸になんのはあんまし良い気分しねぇからよ」
「うん、だからさ……有難う」
「……やっぱ、お前変な奴だわ」
改めて、銀時はそう思い出した。その間、終始なのはは笑いっぱなしであり、銀時はふくれっ面をしている次第であった。
***
「……夢?」
また妙な夢を見たようだ。そう思いつつもなのはは何時の間にか自分が寝てしまっている事に気づいた。意識が戻った際に感じた感触と言えば、木の板の冷たい感触だった。さっきまで石の床を踏みしめていたのにどうして?
疑問に思いつつ身を起こした。此処が何処なのか、どうして今まで眠っていたのか、それらを把握しなければ始まらないからだ。
「此処って……」
見回すと其処はどうやら船の甲板の上だったようだ。しかも、おあつらえ向きに自分が入り込もうとした船だと分かる。だが、何故自分が甲板の上で眠っていたのか?
記憶を遡ってみても、自分が船に潜入した記憶は残っていない。となれば一体どうして―――
「よぉ、気分はどうだ?」
「え?」
声がした。何処かで聞いた覚えのある声だった。そう、確かに何処かで聞いた声だったのだ。
でも何処で聞いたか?
時刻は夜だが、空には満月が辺りを照らしてくれている為思いの外明るかった為に視界には困らなかった。その為、その声の主を見つける事もそんなに苦労はしなかった。
それは、なのはの丁度目の前に立ち、空に浮かぶ満月をひたすら眺め続けていた。
紅色の着物に蝶か或いは蛾の刺繍が施された派手な衣服を身に纏い、片手に煙管を持ち、右目は包帯で厚く隠されている。
「叔父さん……もしかして、あの時の―――」
「今度は、親父と間違えなかったようだな」
振り返り、こちらを見るその顔は、不適な笑みを浮かべ鋭い眼光を光らせていた。大概の人間ならそんな顔を見れば狂気に取りつかれた男と認識するだろう。
だが、生憎なのははその狂気を知らなかった。その為に、その鋭い眼光を見たとしても余り効果はなかった。
寧ろ、その眼光の奥に宿る物をなのはは見ていたのだ。
「相変わらずお前はガキの癖に肝っ玉が据わってるな。この状況で大概の奴なら俺を見た途端奇声をあげて逃げ惑うかパニックを起こして一心不乱になって斬り掛かって来るかのどっちかだろうぜ」
「そうなんだ……でも良かった。こんな所に一人でいたら心細かったよ。叔父さんが居たお陰で少し安心出来たよ」
「俺を見て安心か……つくづく変わってる奴だな、お前は」
言動の割には何処か嬉しそうな表情を浮かべているようにも見える。が、やはりそれをなのはが理解出来る筈もなかったのだが―――
「でも、何で私こんな所で寝てたんだろう?」
「俺の連れがお前を見つけたから此処へ連れて来たんだ。後少し見つけるのが遅かったら、今頃辻斬りに殺られてただろうからな」
男のその言葉を聞き、ハッと思い出した。そうだ、あの時自分を呼ぶ謎の声に導かれるがままに停泊していた巨大な船に乗り込もうとしたのだ。
だが、生憎近辺に入り口はなく、唯一の出入り口は閉まっていた為に入る事すら出来ず、どうしようかと悩んでいた時の事だ。
【こんな夜道で一人歩きはいけないなぁ~、お嬢ちゃん】
何処か間延びしたような、人を食ったような声がしたかと思うと、その直後に意識が飛んでしまい、気が付いたら此処で寝ていたのだ。
どうやら付近をうろついていた辻斬りに見つかってしまったのであろう。こうして生きているのは幸いだと言えた。
だが、辻斬りに会ったとは言え何故無傷なのか? 普通多少の切り傷位は負う筈だ。それが無傷など有り得ない。
すぐになのはは自分の体の部位を調べた。何処か斬られた箇所はないか、まだ意識がハッキリしている状態じゃないので痛みもそれほど感じてはいないから正確な位置の判明は難しい。
両手で必至に辺りを探る。胴体、両腕、両足、今のところ体の各部に異常は見られない。
ホッとして髪に手をやった時、その異変に気付いた。
「あ……髪……切られてる!」
そう、なのはのトレードマークとも言えた両端に束ねていた髪が見事に切り取られていたのだ。それに、お気に入りだったのと同時に大事にしていたリボンもなくなっていた。
「そんなに髪を切られた事がショックか?」
「ううん、そうじゃない。ただ、あのリボンは……お父さんが昔私にくれた大事なリボンだから―――」
「銀時が?」
「うん………叔父さん、お父さんの事知ってるの?」
ふと、男が銀時の名前を口にした事に気づいた。確かに言ったのだ。銀時、と。
「そうか、あいつがくれたってのか……あのリボンをねぇ……まさか、あいつがそれを持っていたなんてなぁ」
突如、男が顔を手で覆いながら狂ったように笑い出し始めた。肩を震わせ、よたよたと辺りをうろつき回りながら男は狂ったように笑い出していた。
「どうしたの? 叔父さん」
「あぁ、気にするな。思い出し笑いをしただけだ。それよりお前のリボンだったな。後で探しといてやる」
「有難う。叔父さん!」
案外良い人なんだなぁ。なのははそう思えた。確かに怖い顔をしているだろうが、それは外見的問題だ。中身は違うのだろう。
「それにしても、今夜はやけに綺麗な満月が拝められたもんだ」
ふと、男は空に浮かぶ月を眺めだした。それに釣られるかの様になのはもまた男と同じように月を見上げる。
今宵の月はまた一段と美しく輝いていた。まるでおとぎ話に出てくるかぐや姫のラストシーンを彷彿とさせるような、そんな輝きを放ってる月であった。
「本当だね、今にもかぐや姫の遣いの人が来そうな月だね」
「かぐや姫の遣い……ねぇ、なら俺が差し詰めその役になるんだろうな」
「どう言う事?」
「なぁに、物の例えって奴だよ」
案外冗談も言えるんだな。と、意外そうに思えた。しかし、本人の前でそんな事を言ったらもしかしたら傷つけてしまうかも知れないのでここは黙って置く事にした。
「ところで、この船って叔父さんの船なの?」
「俺のだからこうして乗ってるんだろ?」
「そっかぁ、でもこの船おっきいねぇ。一体どんな仕事してるの?」
男の後ろで子供特有の目の輝きを放つなのはを横目で男は見る。後ろでは男からの回答を胸躍らせながら待つ年頃の少女の姿があった。
その目を見た為か、男はふと笑みを浮かべていたが、誰もそれに気づきはしなかった。
「そうだなぁ……星の海を渡り歩く仕事……だろうな?」
「星の海を渡る……分かった! もしかして叔父さん海賊でしょ? あれだよね、叔父さんも一つなぎの秘宝『ワン○ース』とか探してるんだね? 叔父さんも夢はでっかく海賊王になるとか?」
「海賊王ねぇ……それもまた、面白ぇかもな」
「でしょでしょ! ……ところで、星の海って何? 普通の海じゃないの?」
いまさらながら気になるフレーズがあり男に尋ねてみる。すると男は黙ったまま夜空に向かい指を差した。夜空を指さす。それが一体何を意味しているのかさっぱり分からず。
ポカンと夜空を見上げたまま大きく口を開けると言うおかしな顔をしてしまっている事に気づかないなのはが其処に居た。
「星の海で夜空って……どう言う事?」
「言葉の通りだよ。俺達はこの江戸……いや、この地球ってでっけぇ星を通り越して、その先にある宇宙ってでっけぇ海を泳いでるのさ」
「宇宙! 宇宙って何!?」
なのはの目が更に輝きだした。子供は初めてのフレーズに心躍るものだ。彼女もその例に漏れず、男が言い放った宇宙と言う言葉に大きなときめきを感じていたのだ。
「宇宙ってのは、簡単に言っちまえば果てしない大海原みてぇなもんさ。何処まで行っても満点の星空が輝く海。上を見ても下を見ても、何処を見ても星ばかり。此処から見える月も、宇宙に行けば直に触れる事だって出来る。そんな場所なんだよ」
「一面星だらけで、あの月にだって触れるって……すっっっっごい楽しそう!」
「あぁ、宇宙を泳いでる時だけは不思議と楽しいもんさ。何も聞こえない宇宙の中を泳ぐ。その快感を知っちまったら、尚更だしな」
「へぇ、宇宙ってすごいんだねぇ。私初めて知ったよ! 今までずっと江戸しか見た事なかったんだけど……あ、後海鳴って言う港町も知ってるよ。だけど、宇宙ってそんなに広いんだねぇ。どれ位広いの? このかぶき町と同じ位?」
両手を目一杯広げて広さを体現して見せる。そんななのはを見て男はクスリと笑って見せた。
「そんなに狭い訳ぁねぇだろ? 宇宙はそれこそ果てしなく広いんだ。かぶき町どころか、この江戸を何百個並べたって足りねぇ位広いんだよ」
「そんなに広いんだ……良いなぁ良いなぁ。宇宙って凄いんだなぁ」
なのはは今興奮の絶頂にあった。ついさっきまで一人ぼっちの寂しさと不安の板挟みになっていた寂しん坊で傷つきやすいガラスのハートは男との会話により蒸気機関車の薪をくべる炉みたいな奴なみにカッカしていたのであった。
何時の間にか頬の辺りが紅く紅色に染まりだし、瞳の輝きはより一層強さを増し、興奮の勢いはその両手にも露わになる程であった。
そんな興奮しまくるなのはを見て、男は膝を折り曲げ、なのはと目線を合わせた。
互いの息と息がぶつかり合う位の距離で両者は見つめ合った。
「どうだ、俺と一緒に来ないか?」
「え?」
「お前が一生掛かっても見られないような物を……俺が見せてやる。今の親父の所に居るよか断然面白い人生になると思うぜ」
「お父さんと一緒に居るよりって―――」
その言葉を聞いた途端、なのはの今まで興奮しまくっていた心が急にしぼみ始めた。その言葉をそのままの意味とするならば、それは即ち銀時との別れを意味している。
かつて、生まれて間もなくして江戸に捨てられていた赤子だった自分を此処まで育ててくれた男、坂田銀時。
その銀時と別れをしなければならないと言う事になる。それを知ったなのはは、もうさっきの様にはしゃぐ事は出来なかった。
確かに、広大な宇宙にはロマンや魅力を感じる。だが、それを得る為には最愛の父を捨てねばならない。
ロマンを選ぶか家族を選ぶか。幼い子供には辛い選択であった。
「う……うぅぅぅぅぅ―――」
必死に悩むあまり頭を抱えてしまっているなのはを見てか、男は少し申し訳なさそうに頬を指で掻いた。
「ま、そう思いつめるな。俺も少し答えを急ぎ過ぎたかも知れねぇしな」
「御免なさい……でも、やっぱりお父さんと離れるのは……寂しいな」
「だが、その親父とは血の繋がりはないんだろ?」
「……うん」
もじもじしながらなのはは頷いた。なのは的には銀時は実の父の様な存在だ。だが、世間から見れば二人は赤の他人でしかない。
事実、銀時が自分を育てているのも理由がある。そして、なのははその理由を知っていた。
なのはを育てている間だけは、家賃の半分は養育費として免除され、更に飯代も面倒見て貰える、と言う条件がお登勢から出されたが為に銀時は育児を引き受けたのだ。
正直、その条件がなければ銀時はなのはを育てなかっただろう。そして、もし銀時があそこで自分を拾わなければ、今頃はどうなっていただろうか?
仮に拾われ、育てられる事になったとしても、もしまた捨てられる事になったらどうしよう。
そんな不安がなのはの中には重く圧し掛かっていたのだ。それからだった。なのはが必至に万事屋の仕事を手伝い始めたのは。
物心ついた頃から捨てられないようにする為にと必至に仕事を覚えた。最初は見よう見まねしか出来なかったが、徐々にやり方を覚えていき、次第に万事屋の一角に入り込めるようにまでなった。
だが、やはり不安は拭えない。新八や神楽と言った新たな家族を得た今でも、なのはの中にある捨て子と言う不安は拭えなかったのだ。
仕事を探す事は出来ても共に仕事をこなす事が出来ない非力な自分。そんな自分が時にとても恨めしかった。
父と一緒に仕事が出来る新八が、神楽が、とても羨ましかった。そして、力のない無力な自分がとても腹立たしかった。
父の側に居たい。父と共に居たい。自分ではそう思っていても、果たして銀時はどうなのだろうか?
もしかしたら、自分と共に居る事に嫌気がさしてしまっているのではないだろうか?
考えれば考える程不安になってきた。次第にその不安はなのはの幼い心を容赦なく締め上げ始めてきた。
必至にその黒い考えを拭い去ろうと試みても、その黒い影はまた襲い掛かってくる。そして、なのはの心に辛い影を落としてくるのだ。
お前は捨て子だ!要らないからお前は捨てられたんだ!今は拾われたが用がなくなればまた捨てられるんだ!誰に拾われても同じだ、どうせまた捨てられるだけだ!あの男だって金目当てで拾っただけの事だ、価値がなくなればまた捨てられるだけだ!
「違う、違う違う違う! お父さんは……私のお父さんは……そんな事……そんな事しない!」
耳を抑えて自分の中に聞こえてきた黒い言葉を必至に振り払う。だが、幾ら耳を抑えていた所でその言葉は消えやしない。寧ろ、更に激しくその声は襲い掛かってくる。
やがて、その声は聞き覚えのある声になってきた。
(この役立たず! 仕事を探すことが出来たって結局は俺達任せじゃねぇか!)
それは銀時の声だった。銀時の声でそう罵られたのだ。
「お父さん……私は、私はお父さんや皆の為にずっと―――」
(もうお前を育てるのなんざ沢山だ! とっとと俺の前から消え失せろ!)
「嫌だ! 捨てないでよ……私を一人にしないで! 一人ぼっちは嫌だ! だからお願い、私を捨てないで……一人にしないで!」
幾ら否定しようと、幾ら振り払おうと、黒い影は濃くなり、なのはの幼い心を容赦なくズタズタに傷つけていった。次第に叫びは悲鳴に似た物へと変わり、目からは涙が零れ落ち、激しく首を振り続けていた。
突然、泣き叫んでいたなのはを何かが包み込んだ。怯える鼻先には男の胸板があった。
捨て子の不安と恐怖に打ちのめされていたなのはを、男はそっとその腕で抱きしめたのだ。
「怖いか……一人ぼっちになる事が」
「うん……もう、一人ぼっちは……いや……」
「安心しろ。俺はお前を捨てやしない。あいつが捨てたとしても、俺はお前を守ってやる。だから安心しろ」
「お……叔父さん……うぅ……うぅぅ―――」
気が付けば、男に縋り付きなのはは思いの丈をぶつけるかの様に大声で泣いた。今まで必死に隠し続けてきた捨て子だった自分への不安。それを今、目の前に居る男に全てぶつけるかの様に泣き喚いたのだ。
そんななのはを男は優しく包み込み、幼いその頭をそっと撫でていた。
不思議な感覚だった。この男からは父銀時と同じ温もりを感じる。不思議とこの男と一緒に居ると心が安らぐようにも思える。
まるで、父銀時と一緒に居るような感覚だった。とても安心出来る感じだった。
どれ位時間が経っただろうか。散々泣き喚いた後で、なのはは深い眠りについてしまった。
男の腕の中で、静かに寝息を立てている。そんななのはを抱き抱え、男は笑みを浮かべた。
「そうだ、お前は俺が守ってやる。今度こそ……お前を死なせるような真似はしない。あの男は守れなかった。だが、俺は必ず守ってやる。必ずお前を守ってやるよ……紅夜叉」
最後にぼそりと、誰かの名を呟いた。それが誰なのかは、この男『高杉晋介』にしか分からない。
「ようやく寝静まりましたかな?」
「しっかし随分泣き喚いてたっすねぇ、これだから子供ってのは」
裏手の方から声と共に姿を現してきた。一人は派手な色の薄着の着物を着こなした女性。衣服の面積が狙ってるとしか思えないほど少なく、際どい感じの着物を身に纏っていた。
もう一人はごく一般的な浪人の姿をしているが目線が何処となく変と言うか不気味な感じの男であった。
「しっかし訳分かんねぇっす。何でそんなちんちくりんが晋介様の大事な客人なんすか?」
「やれやれ、これだからお子様は困るんですよ。私にはわかりますよ。全く嘆かわしい」
「って、そうは言ってますけど、それじゃ武市先輩は分かるんすか?」
「勿論です。私にはちゃんと分かってますよ。つまりあれですよ。私と同じフェミニストに目覚めたって事ですよ」
「それは絶対ありえないっす!」
男と女の口論が甲板の上で繰り広げられている。どうやら二人は仲間の様だが、余り仲は宜しくないようだ。
「大体ですねぇ、貴方自分の年を考えてみなさい。貴方みたいなおバカちゃんで猪が人の皮被ったような娘を誰が相手するって言うんですか?」
「うっせぇっす! 私は晋介様をお守りするって決めてるんす! 年なんて関係ないっすよ!」
「駄目ですねぇ、言動や行動に一切色気が感じられません。やはりあれですね。年頃の子供らしく感情表現が豊かでないと醜さが顔に出てしまってますよ」
「黙れロリコン」
「なっ、私はロリコンじゃありません! フェミニストです! ただちょっとちっちゃい子が大好きなフェミニストなんです! 断じてロリコンじゃありません断じて!」
どうやら武市と呼ばれた男は自称フェミニストだそうだが、側から見たら十分ロリコンの分類に入るようだ。そして、それを目の前に居る女性こと木島また子に指摘されて焦っているようだ。
「大体ですねぇ、貴方の名前からして色気が全くないんですよ。木島また子でしたっけ? あれですよ。名前もじったら黄ばんだパンツじゃないですか! おぉ、卑猥卑猥」
「それ言ったら先輩だって十分卑猥じゃないですか! 武市変態」
「それ全然もじってないですよね。完全に当て字ですよね! だから私は変態でもなければロリコンでもないんです。私はフェミニストなんです!」
次第に口論に熱が入りだした。互いに譲れない物があるようにも見えるが、只単に馬鹿と馬鹿のののしり合いに見えなくもなかったりする。
「お前ら、ギャーギャー騒ぐのは勝手だが、今は大事な客人が寝てるんだ。静かにしろ」
「これは失礼」
「す、すみませんっす」
高杉に一喝されて黙り込む両者。静かになったのを確認し、晋介は振り返り、抱き抱えていたなのはをそっと二人に渡した。
「大事な客人だ。丁重に扱えよ」
「あのぉ、晋介様。こんなちんちくりん一体どうするつもりなんすか?」
「言った筈だ。大事な客人だとな。くれぐれも粗相のないようにしろよ」
「はぁ……了解っす」
高杉の答えに半ば不満そうにしていたまた子だったがとりあえず了承する事にした。
その隣で、武市が鼻息を荒くしているのが見えていた。
「何鼻息荒立ててるんですか先輩? マジきもいんすけど」
「いやですねぇ、この子きっと後5~6年したらすごい事になりますよ。私の予想ですけど、こりゃかなりの別嬪さんになる事間違いなしですよ」
「本当っすかぁ? どう見てもただのちんちくりんじゃないっすかぁ。こんなガキがどうやったら別嬪になるって言うんすかぁ?」
「猪女に何言ったって無駄です。とりあえず船室に寝かせときましょう」
「ってこらぁ! あんたそう言ってその子自分の部屋に連れ込む気っすねぇ! 一応晋介様の大事な客人なんすからダメっすよぉ!」
「失礼な! 私はそんな下種な真似はしません。ただちょっと私のコレクションを着せてみようかなぁって妄想してただけですよ」
「充分下種な考えだろうがこの変態! ド変態! 大変態!」
「こらっ! 貴方がその言葉を使っちゃいけません! ちゃんとその言葉を使うべき人が居るんです!」
とまぁ、何時までも二人の激しい口論は続くのであり、そんな二人の口論など全く興味を示さず、高杉は空に浮かぶ月を見上げた。
「こんなでっかい月だ。かぐや姫でも降りてくるかと思ったが、まさか……お前が降りてくるとはな。随分縮んじまってたが、あの時と何ら変わっちゃいねぇ。またこうしてお前に会えた事に感謝するぜ……紅夜叉、いや……高町なのは」
夜の月が照らす甲板の上で、高杉伸介は一人呟くのであった。
つづく
後書き
高杉との出会いに揺れ動くなのはの心。果たして、なのははこのまま高杉の元へと走ってしまうのか?
そして、謎の仮面に致命傷を負わされた銀時は一体どうなる?
そして、神楽の風邪は何時治る?
次回もお楽しみに
新八
「あ、神楽ちゃんが風邪引いてるのすっかり忘れてた(汗」
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