空の騎士達
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第一章
第一章
空の騎士達
戦いはもう終わりに近付いてきていた。それは誰の目にも明らかであった。
一九四五年。ドイツはいよいよ破滅の中に落ちようとしていた。
東からはソ連軍、西からは連合軍が迫って来る。北ももう連合軍のものとなり南でもアルプスに敵が迫ってきていた。かって無敵を誇った第三帝国もその命が尽きようとしていた。
昼も夜も爆撃機が嫌になる程の護衛戦闘機を引き連れてやって来る。それはまるで空を覆い尽くさんばかりであった。
街が一日ごとに消えていく。首都ベルリンとて例外ではなく空に敵が見えない日はなかった。
「諸君!戦いはこれからだ」
ラジオから放送が聞こえてくる。
「まだ戦いは終わったわけではないのだ!」
言っているのはゲッペルスであろうか。少なくともヒトラーの声ではなかった。
「ここで耐えなければ」
「終わりだって台詞はもう聞き飽きたぜ」
それを聴いている一人の男がそう述べた。そしてラジオのスイッチを切った。
「どっちにしろもう終わりなんだよ」
「おいおい、そんなこと言って大丈夫かよ」
隣にいた背の高い男がそれの言葉を聞いて口の端で笑ってきた。
「まずいぜ。ゲシュタポに知られたらよ」
「何だ、奴等はここの基地にもいるのか」
ラジオを切ったくすんだ金髪の男がそれに対して言った。
「親衛隊とかはいない筈だけれどな」
「相手はヒムラーだ」
背の高い男はまた言った。
「何処にどいつを潜ませているかわかったものじゃないぜ」
「ヒムラーか」
くすんだ金髪の男はその名を聞いて顔を顰めさせた。
「あいつだけは好きにはなれないな」
「ほお」
背の高い男はそれを聞いてまた口の端で笑ってきた。
「昔からな。どうしても」
「何だ、知り合いだったのか」
「いや」
だがそれは否定した。
「実際に会ったことはないさ」
「そうだろ。御前が会ったっていやあ」
彼は言う。
「太っちょの元帥様だけか」
国家元帥であるヘルマン=ゲーリングのことだ。言うまでもなくナチスの重鎮でありドイツ空軍のトップである。若い時はそうでもなかったが今ではやけに軍服が似合っていなかった。
「ああ、この勲章な」
くすんだ金髪の男はここで自分の左胸を指差してきた。
「俺の誇りさ」
「それだけじゃないだろ。中佐」
背の高い男は笑って彼を中佐と呼んだ。
「一五二機撃墜のエーリッヒ=フォン=アルトマン中佐は」
「ああ」
その男はアルトマンはその言葉に応えた。
「勲章は他にもあったが忘れたな」
「おやおや」
「ダイアモンド柏十字は誰にもらったんだっけな」
そう嘯く。
「あれは総統からじゃなかったのか?」
「そうだったかな。多過ぎて覚えてないや」
「それはまたいいことで」
「それは御前もだろ」
アルトマンは彼にそう言い返した。
「ええ、ヘルバルト=ブラウバルト中佐」
そして彼の名を呼ぶ。
「一四〇機撃墜の大エースが」
「何、大したことはないさ」
だが彼はその言葉にこれといって反応を示さなかった。
「御前さんに比べればな。微々たるものさ」
「何処がだよ」
アルトマンは笑ってそう返す。
「それだけ撃墜しておいてよ」
「ノボトニー大佐程じゃないさ」
ドイツ軍の伝説的エースの一人である。生涯撃墜数二五八機という信じられない記録を残している。もっともドイツ軍は三五〇機撃墜という記録の持ち主もいるのであるが。
「俺の記録なんてよ」
「よく言う」
アルトマンはそんな彼に対して述べた。
「そこまで撃墜してりゃ本物だぜ」
「本物か」
「ああ。その証拠に今も生きてるじゃないか」
「まあな」
その言葉には頷いた。
「それが何よりの証拠さ」
「だといいがな。けれどな」
「何だ?」
「まだ飛べるのかね」
ブラウバルトはシニカルな笑みと共にそう言った。
「この状況で。どうなのかね」
「まだ大丈夫だろ」
アルトマンは彼にそう返した。
「俺達の方はまだな」
「俺達はか」
「ああ。レシプロの連中はもう殆ど駄目らしいがな」
「そうらしいな」
ブラウバルトはアルトマンの言葉にまたシニカルな笑みを浮かべてきて応えた。
「それでジェット機やロケット機がかえって活躍できる」
「それも数は滅多にないがな」
「やけに引っ掛かる物言いだな」
「本当のことだろ?」
それでもブラウバルトは悪びれた様子もない。
「誇り高き無敵にルフトバッフェももうその面影すらねえ。ここの基地だって何機あるよ」
「七機だ」
アルトマンは答えた。
「そしてパイロットも七人だ」
「かってはここに数え切れない程の戦闘機とパイロットがいたのにそれだぜ。それが何よりの証拠だろ」
「ああ」
残念だがそれを認めるしかなかった。
「これが現実なんだよ。今のドイツもな」
「もうすぐ終わりか」
「それしかないだろ」
何時の間にかブラウバルトの顔からあのシニカルな笑みが消えていた。憮然としたものになっていた。
「もうここまでイワン共が来てるしな」
「そうだな。ベルリンももうすぐ終わりか」
「今丁度ドンパチやってる頃だと思うぜ。援護に行くか?」
「パパのか」
グライム元帥のことである。ドイツ空軍の重鎮であり『パパ』と呼ばれて将兵に親しまれている人物である。能力だけでなく人望も備えていた人物である。
「もう自害されてると思うがな」
「じゃあ止めだな」
「どうしたらいいんだ?」
アルトマンは俯いてそう述べた。
「俺達は。このまま負けるのか」
「負けるのはもう確実だろ」
ブラウベルグの言葉は何処までも冷めたものであった。
「こんな状況で勝てると思うか?」
「いや」
彼も伊達に将校をやっているわけではない。それはわかる。
「無理だな」
「そうだろ。じゃあジタバタしても仕方ないだろ」
「ジタバタしてもか」
「そうさ。今更な」
「じゃあどうするっていうんだ?」
「近いうちに話が来るぜ」
ブラウベルグは表情を消したまま言ってきた。
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