不死の兵隊
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第六章
第六章
「日本という国は知っているか」
「日本ですか」
日本という名を聞いたロシュフォールの顔が微妙に動いた。
「そうだ、この大陸の端のさらに端にある島国だがな」
「確かあのスペインやポルトガルと関係がある国でしたな」
ロシュフォールはここで顔を歪ませたがそれには理由がある。スペインもポルトガルもフランスにとっては敵なのだ。とりわけスペインは国王が宿敵ハプスブルク家なのでその敵対心はかなりのものであった。この戦争においても激しい戦いを繰り広げようとしているところだ。
「よくわかりませんが」
「そうだ、その日本だが」
「我等の敵ですか、彼等と関係があるとなると」
「それもまた違う」
リシュリューはそれも否定した。
「オランダとも仲がいいらしい」
「ほう」
この時代はフランスとオランダは仲がよかった。元々スペインの領土であったが彼等の重税や新教徒への弾圧に反抗して独立したオランダはフランスにとっては有り難い存在であったのだ。もっともルイ十四世の時代には対立関係に陥ったりしているのであるが。フランスもフランスでとかく敵の多い国である。
「それは中々」
「イングランドともだがな」
「節操がありませんな」
フランス人が最も嫌う国の名が出てロシュフォールの今の言葉が出た。
「全くもって」
「そう思うか」
「そうとしか思えません」
ロシュフォールの言葉はきつかった。
「全く以って」
「確かにそうだがな」
リシュリューもロシュフォールも自分達のことは都合よく忘れていた。そもそも気にしてすらいない。
「しかしだ。今回はその国が役に立った」
「そうなのですか」
「日本では魔物を倒す時にああするらしいのだ」
リシュリューは語る。
「武器に退魔の文字を刻み込んだり書いたりする。そうして魔物を倒すのだ」
「左様ですか」
「それを応用した。上手くいったな」
「はい、それは何よりです」
ロシュフォールにとってもこれは喜ばしいことに他ならなかった。勝利と三銃士の命が得られたからであるがそれと共に彼にとっても今後そうした者達と出会った場合どうするべきかわかったからである。そうした意味でも非常に大きなことであったのだ。
「今後も考えれば」
「神聖ローマ帝国の領土は荒廃している」
リシュリューはそこを指摘してきた。
「それもかなりだ。またああした者達が出て来る可能性はある」
「そうですな。あれだけ荒廃しているとなると」
既に戦争が起こって久しい。神聖ローマ帝国の荒廃は目を覆わんばかりであった。何もかもが失われようとしていたのである。いや、既に多くのものが失われようとしていた。
「それは否定できませんな」
「無益な話だ」
リシュリューは少し溜息をついてから言った。
「無駄に争うとはな」
「確かにそうですが」
ロシュフォールもリシュリューに応えて述べた。
「ですが戦いによって何かを得られるのならば」
「それ自体は構わない」
冷徹なまでに現実主義者だと言われているリシュリューである。戦争もその為の手段として当然と考えていた。新教徒と手を結ぶのもそうだ。しかし彼は無益な話は好まなかったのだ。
「だが。何も得られないならば」
「行う意味がないと」
「何もかもが無限ではないのだ」
彼はこうも言う。
「それをいたずらに消費するというのはな」
「では我々はそれを避けましょう」
ロシュフォールはこうリシュリューに進言した。
「そうして勝利を手に」
「そうあるべきだ」
リシュリューはロシュフォールの言葉を受けてまた述べた。
「常にな。戦争も政治も」
「はい、それでは閣下」
ロシュフォールはここでまた彼に対して言った。
「私も。戦場へ」
「活躍を期待している」
腹心の部下にそう告げた。一見すると何の感情もないがそこにはこの二人だけのものがあった。既に余計な感情なぞ不要な程の信頼関係があったからだ。
「そしてフランスに栄光を」
「わかりました」
「それにしてもだ」
話が一段落ついたところでリシュリューは呟くのだった。
「人の世の中というものはわからないな」
「といいますと」
「有り得ないことが時として起こる」
彼が言うのはそれであった。
「どうにもこうにもな。今回もまた」
「それが世の中というものなのでしょう」
ロシュフォールはいささか達観したような言葉をリシュリューに述べた。
「結局のところは」
「死してもなお戦う兵達もか」
「そうです。彼等は怨みを飲んで死にました」
これは容易にわかることであった。そうでなければ死んでもまだ戦うわけがないからだ。
「それを忘れられずに出るというのもまた人だからです」
「人だからか」
「人とは不思議なものです」
ロシュフォールはこうも言う。
「時として怨みを永遠に忘れないこともあります」
「そうだな。それはわかる」
リシュリューも伊達に枢機卿、宰相まで登り詰めたわけではない。過去に様々な陰謀を企てたり自身もその標的になったことがある。自分自身がそうした経験があるからこそわかることであった。それは黒い意味での理解であったがそれでもであった。
「私もな」
「それが出たのが今の話です」
それがロシュフォールの考えであった。
「それだけのことですが」
「されどだな」
そのうえで言うリシュリューであった。
「今度の話は」
「はい、その通りです」
ロシュフォールは今度は主の言葉に対して頷いた。
「そういうことです」
「わかった。せめて」
そうして言うリシュリューであった。
「戦死者は供養してやろう。怨みを飲んで死んだ者達のせめてもの慰めにな」
「そうあるべきです」
三十年戦争は様々な惨劇が繰り返された。その凄惨な有様により国際法が出来上がった程である。その陰惨な戦争の中ではこうした不可思議な話もあったのである。全ては人の心故に。この話はそれがもとで起こった話であったと言えるだろう。
不死の兵隊 完
2007・11・28
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