閃の軌跡 ー辺境の復讐者ー
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第16話~中間試験に向けて~
前書き
こんばんは。今回は中間試験の前日のお話になっていたはずでした・・・少なくとも途中までは。こほん、前置きはこのぐらいにしておきますね(笑)
七耀暦1204年 6月15日(火)
この季節では珍しい長雨が続く六月中旬のトリスタ。その敷地内にあるトールズ士官学院では、ある大きなイベントもとい全学院生に対する壁が待ち受けていた。
「さて、前から予告した通り、明日から中間試験になるわ。基本は座学のテストだからあたしは何の力にもなれないけど、一応、試験官として温かく見守るからせいぜい頑張ってちょうだい」
「えぇ~!?試験って明日だったの!?」
「・・・おい、ファミィ。君は何を聞いていたんだ?」
「へっ?あ~、うん。明日だよね明日!私は余裕だから!」
明日、水曜日からは中間試験ということはここにいるⅦ組メンバーだけでなく、全学生が嫌でも知っているはずの情報だが、一人だけ例外がいたようだ。堪らずツッコむマキアスに全員が激しく同意する。しかし、そんなことよりも一夜漬け確定状態のファミィに誰が教えるかが最重要だ。そう考えたケインは隣の席に座っているフィーに名案を求める。
(おい、どうするんだよ?)
(出番だね、ケイン。ガンバ)
(俺がファミィに教えるっていうのか?)
(ん。ついでに私の勉強も見てほしいかも)
(無茶ぶりを追加しないでくれよ)
名案どころか自分の負担が倍以上になりかねない事を口にするフィーに文句を言うが、「ダメ?」と上目遣いに訊いてくる彼女をむげにはできず、結局はケインが折れることになった。
「彼女にも誰か勉強を教えてあげて・・・ケイン、頼んだわよ」
「誰かって言ったのに俺で確定なんですね。まぁ、教官の頼みなら引き受けますよ」
ファミィの教師当番はめでたくケインに決定したことにして説明を進めるサラ。いわく、試験結果の発表は一週間後、つまり来週の水曜日。個人別総合順位が掲示板に貼り出されるらしい。それを聞いたマキアスが、妥当エマを目標に掲げて燃えている。心なしかこちらの方もちら見された気がするが、ケインは不敵な笑みを返しておく。
「それともう一つ。クラスごとの平均点なんかも発表されたりするのよね~」
「フン、クラス同士の対抗心に火を付けるのが狙いか」
クラス平均点を発表する目的としては先にユーシスが述べたことも目的の一つに違いない。そうして切磋琢磨することで試験の点数を向上させるつもりだろう。そう考え、剣士として自分における好敵手のような相手を何人か思い浮かべた。眼帯で片目を覆う金髪初老貴族の騎士。甲冑を身に付けた神速と謳われる女性剣士。それから・・・
「・・・ケイン?」
「ん?ああ、なんだマキアスか。俺に話でもあったのか?」
「君なあ・・・HRが終わってもぼ~っと窓なんか眺めているから声をかけたんじゃないか」
「そ、そうだったのか。気を遣わせたみたいだな、すまない」
よくよく見れば、教室でⅦ組メンバーが輪になって勢揃いしていた。サラも退室している。
「・・・で、何の話をしていたんだ?」
本当に聞いていなかったのかとため息をついてから、それに関してもマキアスが答えてくれる。試験対策として最終確認をしたいため、全員が一緒に勉強する相手を探していたそうだ。数学が苦手なエリオットはマキアスと。帝国史が不安なガイウスはアレスやユーシスと。元猟兵であるため、基礎学力があまり高くないフィーはエマが、といった具合らしい。古典が不安らしいアリサもエマにヘルプを求めるなど、他のメンバーは程度固まって勉強するようだ。まだ昼過ぎなので、後で個人的に勉強する時間もあるだろう。
「ねえねえ、ケインはどうするの?」
「俺は・・・苦手科目が特にないんだよな。軍事学や導力学、帝国史についてはもう一通り勉強してしまったからさ」
「そうなのか?では、帝国史はケインにも見てもらえないだろうか?」
「ああ、分かった」
「フン・・・だったら俺の軍事学も見てもらおうか」
「え?わ、分かった」
「僕も導力学が少し不安なんだ・・・親友の君なら見てくれるよな?」
「と、当然だろ。後で行かせてもらうよ」
「ケイン?私のところには来てくれないの?さっき約束したのに」
「分かってる。ちゃんと行かせてもらうよ」
余計なひと言でガイウスやユーシス、マキアスの勉強も見ることになってしまった。嫌ではないが、ファミィの教師役を任されているのであまり長居はできないだろう。
「ちょっと!それ私が教えてもらう時間ないじゃない!!」
「余裕だと言っていたのはどこの誰だ?」
「そ、そんなこと・・・言ったけど」
「認めるのかよ」
「だったら、手っ取り早くジャンケンで決めるのはどうだ?勝った順に一時間ぐらいで区切ってケインに教えて回ってもらうというのは」
「フン、レーグニッツにしては名案だな」
「あの、俺の意見は・・・」
案の定、試験かなりヤバすなファミィが黙っているはずもなかったが、シフトが当人以外のものにジャンケンで決められている光景を見ていることしかできないケイン。
「その、もしよかったらラウラも一緒に回らないかな?大変かもしれないというか、かなり大変だと思うけど」
「いや・・・せっかくだが今日は遠慮しておこう。少々個人的に復習したい教科がある。それに、そなたはかなり人気者のようだしな。先に失礼する」
最近少しそわそわしているという感じのラウラを何だか放っておけなかったケインは、勉強がてら彼女と話ができたらと思ったがやんわり断られてしまう。
「あ、ラウラ!」
「??」
「明日からの試験、お互い頑張ろうな」
足早に教室を去ろうとするラウラを呼び止めてそれだけ告げると、ラウラが微笑で返してくれた気がした。
-第三学生寮-
「もう駄目だ。ファミィに勉強は無理。女神様、いらっしゃるのなら彼女の天才級に馬鹿な頭を何とかしてやって下さい」
「そ、そこまで言わなくてもいいじゃない!!」
シフトジャンケンの結果、ガイウス、ユーシス、フィー、マキアスの順に勉強を見て回ったケインは、最後の砦にして最大の難関たるファミィの教師役を30分と経たずに放棄しようとしていた。夢見心地の授業がいくらかあったにしてもファミィの飲み込みがかなり遅かったからだ。特に帝国史が酷い。獅子戦役において、かのドライケルス大帝が挙兵したのが帝都ヘイムダルと彼女が真顔で答えたときは椅子から転げ落ちそうになった。正解は言わずもがなノルド高原で、帝国人なら子供でも知っている常識のはずだ。最西端で帝国のはずれにある村に住んでいたケインですら知っていたことである。
「俺が期待する答えは返ってこないと思うけど、一応聞いておくよ。帝国史の入門レベルなら日曜学校で触れたよな?というか、ファミィって帝国人?」
「ニチヨウガッコウ?ああ、ここに入る前に通ってた学校ね。私は帝国人よ。住んでるところで分からないの?」
「それは分かるんだけどさ・・・疑いたくもなるだろ」
少なくとも帝国人は獅子戦役におけるドライケルス大帝の挙兵場所を間違ったりしない。帝国史は基礎からやり直さなければならないとケインが思っていたところで、一階に下りてきたマキアスと目があった。
「ケイン、調子の方はどうだ?」
「それがその・・・いや、平気だよ」
「僕も手伝おう。自分の勉強はほとんど終わってしまったし、暗記系科目なんかは詰めるに越したことはないからな」
「俺が引き受けたんだから、マキアスは休んでいてくれ。迷惑をかけたくないんだ」
「・・・君の歯切れが悪いのは、たいてい相手にものを頼もうとするときだろう?それに、全然迷惑なんかじゃない。僕が効率良く仕切るさ。少しは親友を頼ってくれないか?」
「マキアス・・・ありがとう」
少しは周りに頼れとサラ教官にも言われたことを思い出したケインは、マキアスにも教師役に加わってもらうことにした。
「どうでもいいけど早く教えてよ!時間ないんだから」
「「何様なんだ君は!?」」
良い友人を持ったなとしみじみとした心地に浸っていたケインや、少し手間のかかる友人だなと思いながらも口元が笑っていたマキアスは、事の発端であるファミィの素っ気ない一言に水を差され、多少の怒りを覚えずにはいられなかった。
「ふぅ。ひとまず、ファミィの明日の試験は大丈夫、かな・・・」
日が完全に沈み、学院が月明かりに照らされ始めた頃、ケインは例の如く学生寮を抜け出し、旧校舎付近のベンチに仰向けになった状態で独りごちる。途中でアレスが差し入れてくれた手作りのピラフで夕食を取った以外は彼もマキアスもノンストップでファミィに勉強を教えていたため、ずっと室内に籠っていた。今日ぐらいは夜風に当たりたいなどと少々ロマンチックなことを考えても許されるはずである。誰にも言わないはずの言い訳を心の中で呟きながらケインは目を閉じた。
「・・・ん・・・・・・」
覚醒したケインが上体を起こすと、心なしか辺りの暗闇が濃くなっている気がした。どうやらいつの間にか寝てしまったらしい。
「こんな所で寝ているなんて。だらしないったらありませんわ」
「あれ、デュバリィか。俺どのぐらい寝ていたんだ?」
「し、知りませんわよそんなこと!」
ベンチの近くから女性の声がしたケインは、そちらに目の焦点を合わせて寝ぼけた頭で話しかけると怒鳴られてしまった。甲冑に身を纏った茶色い髪の女性。神速のデュバリィと呼ばれる剣士で、ケインの好敵手でもある。
「な、何をジロジロと見ていますの?」
「いや、今日ちょうど君のことを考えていたんだ。寮を抜け出すとこんな偶然もあるのかな。会えて嬉しいよ」
「・・・貴方はよくも次から次へとそんな歯の浮くようなことが言えますわね」
「???」
ケインとしては思ったことを偽りなく言っただけなのだが、デュバリイはジト目で意味深な台詞を返してくる。
「・・・まあいいですわ。ここで会ったが百年目!今日こそ跪きやがれですわ!!」
「今から勝負するのか・・・けど、一つ言わせてくれないかな?」
「?何ですの、それは?」
「俺、得物は自室に置いてきたんだよ」
明後日の方向を向き、右頬を掻きながら断りを入れるケインの一言に、3秒ほど間を置いてから「はあぁ!?」というデュバリイの驚きの叫び声が続いた。
「し、信じられませんわ・・・」
驚きに次いでわなわなと震えていた神速様は、やがて諦めたようにがっくり肩を落とす。呆れられてしまったのだろうか。別段素振りをしようとしたかったわけではなく、単なる小休止のつもりだったと言い訳すれば納得してくれるのだろうか。
「え~っと、せっかくだから何か話さないか?たまには剣以外で語るのも悪くないと思うんだよ」
「・・・貴方とお話しすることなんかこれっぽっちもありませんわ」
「そうか・・・少しは君自身のことも知りたかったんだけど」
寮を抜け出した時点で問題なのに、今更戻って剣を取ってくるのはリスキーな事だろう。勝負の代わりに神速と呼ばれるまでに至ったデュバリイの剣の道の一端を知れればと思ったがそれも叶わないようだ。背景を考えれば仕方ないことだろう。ケインは哀愁混じりの目を彼女に向けていた。
「ッ!?誰か来たみたいだ・・・デュバリィ、こっちに」
「ちょ、ちょっと!引っ張らないで下さい!」
そこはかとなく気まずい空気が漂う中、何者かの気配を察知したケインがデュバリイの手を掴んで適当な木の裏に隠れる。
「・・・ケイン。いるのは判ってるわよ。大人しく出てきなさい」
聞えてくるのはⅦ組担当教官、サラの声だった。よりによって今一番出くわしたくない相手に会ったケインは少なからず動揺するが、小声でデュバリイに今日は帰るように懇願した。ここで教官を彼女を引き合わせるのは具合が悪い。
「俺が引き付けるからそのうちに・・・!」
「次来たときは、分かっていますわよね?」
「ああ、必ず手合わせするよ」
「絶対、絶対ですわよ?」
「わ、分かった。分かったから(この状況は・・・胃に悪いな)」
「もう一人いるのも分かってるわ。出てきなさい」
なかなか引き下がらないデュバリイに小声で言葉を重ねていたケインだが、教官の一言で彼の胃はさらに悪化した。これ以上の抵抗は無理そうなので不本意ながらその指示に従うことにした。
「何でアンタがここにいるのよ?」
「それが・・・デュバリイは俺に会いに来てくれたみたいで」
「あら、そうなの?」
「ち・が・い・ま・す・わ・よ!!」
「ちょっ、デュバリイ・・・」
ここは嘘でもうわべでもいいから同意するところではないだろうか。剣での勝負が目当てなら間接的には会いに来たことになるわけで云々をケインが考えていると、サラの温かくも何か言いたげな眼差しに耐えられなくなったのか、デュバリイがさらに声を張り上げる。
「わたくしは、この剣士を跪かせに来ただけでそれ以上の理由なんかありません!!」
「なぁ、デュバリイは俺が嫌いなのか?」
「す、好き嫌いの問題ではなく・・・」
「俺は好きだよ」
「なっ!?」
「君の剣が」
「ややこしい言い回しをしないで下さい!!」
倒置法で目的語を強調しただけなのに怒られてしまったケインは、頭に疑問符を浮かべながらぎゃあぎゃあと騒ぐデュバリイを宥めている。しばらくすると、もう熱いぐらいサラの視線が自分に向いているのに気付き、神速様はお帰りになったが。
「さて、俺たちも戻りましょうか」
「ええ、話したいことが山ほどあるし」
「・・・お手柔らかにお願いします」
何事もなく戻ろうとしたケインだが、当初の目的を忘れるほどⅦ組担当教官は甘くなかった。この後、寮を抜け出す常習犯がかなりの間説教されたのは周知のことだろう。
後書き
思えば、大学の試験が近づいてきたので今月はこれがラストかもです。単位を落とさないかとビクビクしているお馬鹿な鮪ですが読者の皆様、今後もどうか応援してやって下さい。
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