エクシリアmore -過ちを犯したからこそ足掻くRPG-
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第三十二話 矛盾と合致と冷徹
/Victor
「私は一刻も早くアルクノアを殲滅しに行きたいんだが」
高く括った金蘭の髪を翻して、ミラはふり返った。
「何故止める? そこの男が元アルクノアだからか?」
少し離れた所に立っていたアルヴィンが憮然とした。
誰にも聞かれない場所で、と思ったら、城の外に出るしかなかった。壁に耳あり、扉に目あり、というしな。
今いる場所はこの城のワイバーンの厩舎。そんな場にあっても、ミラは燦然とするほど美しい。だが、このミラは私の知る〈ミラ〉とは何かが違う。
「話がないなら私は行く。人間の君たちに足並みを合わせていては、無為に時間が過ぎるだけだ」
「アルクノアの本拠地の場所は分かるのかね」
「〈クルスニクの槍〉のマナ搾取の波動を辿れば、そこが本拠地だろう。今の私なら辿るのは容易い」
「黒匣フル装備のエレンピオス兵がうじゃうじゃいるぜ?」
「問題ない」
どうにかミラを引き留めようとする理由は、ただ一つ。源霊匣だ。
かつて私がいた世界では、源霊匣の開発は〈ジュード〉が立役者だった。だが、この世界では、それができるのはジランドしかいない。
大いに癪な話だが、ミラの独走でジランドとセルシウスを葬られては困るんだ。この世界のエレンピオスの未来のために。
「つーかさ、おたく、何でそこまで自分でやりたがるわけ? おかしーだろ。わざわざ死地に自分から赴くとかさ」
「私はマクスウェルだ。人と精霊、この世全ての命を守るのが使命。だから」
「だーかーら。その前提がおかしいんだって。おたくが死ねば断界殻は消える。それってヤバイんじゃねーの? マクスウェルサマ」
言われてみれば……深く考えたことがなかった。ミラとはそういう性格の女だから、としか受け止めていなかった。
アルヴィンの言う通り、〈俺〉の時ならともかく、未だ断界殻がある今に、ミラの行動はそぐわない。
考えをまとめたいのに、降りしきる雪が、思考まで白く塗り潰していくようで――
「ヴィクトルさん、アルヴィンさん。こちらでしたか」
「ローエン」
「ラ・シュガル、ア・ジュール、共に準備が整いました」
考える暇もなく、新しい戦の幕開けか。
〈ジュード〉が歳に似合わず落ち着いていたのは、常にこういう環境にいたからなんだろうな。
「そうか。ならば私たちも行こう。――ミラ。君も来てくれ」
ミラの表情が険しさを増した。そんなに人間に同道するのが嫌か? と口にする前に、ミラは私たち全員の横をすり抜けて去って行った。
空飛ぶ船に全員で乗って、アルクノアの本拠地、ジルニトラ号へ向かう最中。思案するのは、あのミラのこと。
ちなみにミラだが、一応は足並みを揃えて一人で先に行くという真似はしていない。
――空中戦艦の奪取自体はスムーズに進んだ。中でも大きな働きをしたのは、四大精霊を従えたミラ=マクスウェルだった。
戦艦の兵士など物の数ではないと言わんばかりの、地水火風の精霊術の大盤振る舞い。結果として、空中戦艦から投げ出され、地上に落ちて行ったエレンピオス兵もいた。
一言、やりすぎだった。
何だ? 何があのミラを変えたんだ? 〈槍〉の中に囚われていた間にミラに何があったんだ?
と。考えている間に、イバルがミラに近づいた。
イバル、今、ミラに話しかけるのは特攻に近いぞ。大丈夫か?
「ミラ様、よろしいですか?」
ミラは答えない。イバルのほうを向きもしない。
「先ほどの戦いのことです。あれは、その――些か、度が過ぎていらしたのではないでしょうか」
ミラは答えない。
「も、もちろんミラ様を責めているわけではありません! ただ、何といいますか、」
「イバル」
「! はいっ!」
「うるさい。近づくな」
……轟沈した。イバルは肩を落としてふらふらと去って行った。
強くなれ、少年。
「パパ、いい?」
「どうした」
フェイリオは一度俯き、言葉を探すような間を置いてから、顔を上げた。
「メイスのこと、なんだけどね」
メイス。ジランドの部下であり、もしかすると私やフェイと〈同類〉かもしれない少女兵。
「わたし、メイスの顔、見たことあるの。ずっと確信が持てなくて言えなかったんだけど。あの子、髪と目の色がね、ユリウスおじさんに似てた。ううん、おんなじだった」
フェイが言わんとする所が分かった。躊躇った訳も。
「メイスが兄さんの縁者だと――?」
ありえない話ではない。私自身、こうして二人の娘を儲けた。全く違う方向に伸びた枝の先に、ユリウスが子を授かる世界があってもおかしくはない。兄さんが私と同じ考えをもって、娘を正史世界に送り込んだとしても納得は行く。
下手をすると、メイスは時空を超えた私の姪っ子という可能性があるわけだ。
「パパ、なに?」
「いや。フェイ、もしかしたらメイスはお前の従姉妹かもしれないぞ」
「イトコ……」
待て。そこは目を輝かせる所なのか? 確かに親類縁者などマータ家の義父母(フェイにとっては祖父母)しか知らせずに育てたが……
ズンッ
「なっ!?」
「あぅ…!」
これは……〈クルスニクの槍〉のマナ搾取を受けた時の感覚……!
「〈槍〉の、マナ吸収機能…っ、リーゼ・マクシア中に、広がってく…!」
まさに炉心、というわけか。エレンピオスの現状を鑑みれば、むしろこのやり方は易しくさえある。そう思ってしまう程度には、エレンピオス人というわけか、私も。
ふいにマナを剥ぎ取られる感覚が失せた。四肢が軽くなる。
終わった、のか。
「大丈夫か、フェイリオ」
「うん、へーき。慣れてるから」
「――そうか」
「あ、エリー」
少し離れた場所で、エリーゼがへたり込んでいた。フェイリオが小走りにエリーゼに駆け寄る。
「エリー、イタイ?」
「頭、重いです……」
「エリーゼ」
「あ……ヴィクトル」
「辛いなら目的地に着くまで横になっていなさい。それくらいの設備はあるはずだ」
「そう、します」
フェイが出した両手に、エリーゼが両手を載せる。フェイに支えられてエリーゼは立ち上がった。
「ヴィクトル」
「どうした? 気になることでも?」
「ローエンとクレイン、それにイスラさんとか、ニ・アケリア村の人たち、だいじょうぶだったかな」
「大丈夫だと信じよう」
空の上にいる私たちには、そのくらいしかできない。
エリーゼの肩を抱き寄せると、エリーゼは唇を噛んでスーツに弱い力で掴まってきた。
「いよいよ異界炉計画が始まったみたいだな」
「アルヴィン。どこにいたんだ」
「巫子どのと哨戒塔。あのまま身投げしかねねえ落ち込みっぷりだったからな。本物のマクスウェルサマ、容赦ねーなあ」
「ああ――」
――確かにイバルは「ニ・アケリアを守る」という使命を投げ出した。使命至上主義のミラの怒りを買ってもおかしくない。
だが、あそこまで徹底してイバルを拒む必要があるのか?
むしろイバルは「マクスウェルを助ける」使命のほうは、十全以上に果たしているのに。
「それについては、これが終わってから考えることにしよう」
空中戦艦が高度を下げ始めているのが、周りの景色から分かった。
敵の本拠地は、目の前だ。
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