ソードアート・オンラインーツインズー
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SAO編-白百合の刃-
SAO20-ドウセツ
ストロングスの魔の手がドウセツの襲いかかってきたが、なんとか間に合わせることができ、ドウセツをストロングスの魔の手から解放した。そして私とドウセツはギルド本部に戻り、イリーナさんに事の顛末を報告した。
「……と言うわけです」
「そう、報告ありがとう。そして、わたしの部下が迷惑かけてしまって、ごめんなさい」
イリーナさんは頭を下げて謝罪をしてきた。
「いえ、イリーナさんが謝る必要はありませんので頭を上げてください」
「そういう訳にはいかないわ。これはわたし責任でもあるのよ。ストロングスとクラディールの相談すらできなかったわたしに、謝罪をする権利はあるわ」
「わ、わかりました。許しますから頭を上げてください」
イリーナさんが謝ることはないので、頭を上げさせるように言った。
「ドウセツもいいよね……」
「…………うん」
いつも以上に元気のない、ドウセツの返事だった。今のドウセツは普段見慣れているクールな姿はどこにも見うけられなく、弱々しかった。
ドウセツが弱々しくなったのも、ストロングスがクラディールの計画に乗ったことが切っ掛けだと、ドウセツは話してくれた。そして、そんなストロングスを殺したのはわたしだ。
「イリーナさん、謝るのは私の方です。血聖騎士団の一人である、ストロングスを殺してしまい……すみませんでした」
相手がドウセツを殺そうとしたとしても、血聖騎士団の一人なのは変わりない。理由はどうあれ、私は人を殺した。ドウセツを守るために、理由をつけでストロングスを殺したんだ。
「そうね……キリカの話では、貴女は確かに人を殺したわ。」
「……はい」
今度は、謝罪する側から逆になったイリーナさんは血聖騎士団副団長としての私の処分を下そうとしていた。そこをハッキリと分けるあたり、私はイリーナさんに報告することで意味があるんだと思った。
「ストロングスもドウセツを殺そうとしていたらしいわね。それを阻止するためなら、キリカは人を殺すの? いえ、違ったわね。殺す選択を選んで殺したことに後悔しているかしら?」
「……はい」
人を殺す覚悟は決めていた。
だけど、後悔できないはずがなかった。罪を犯している人だからこそ、生きて償ってほしかったし、後悔を抱えてほしかった。その選択を潰して、殺したのは……私だ。
「そう……わかったわ。これで話は終わりにしましょう」
「…………はい」
イリーナさんは私に何も言わなかった。何も下さずに、話を終わらせた。
一見、いい加減な判断だと思うが、それはきっとイリーナさんが答えを私に与えるのではなく、私自身で答えを見つけることだから、イリーナさんは何も言わず、話を終わらせたと思う。私自身で、私を下さないといけないんだろう。
それはきっと、ストロングスを殺した後悔を忘れないことが……私の罰。ずっとその後悔を抱えて生きるのが私の罰だ。
それとは別で、ストロングスがクラディールに接触しなかったら一体どうなっていたのだろうか。わからない。そんなクラディールはどうなったかというと、フレンドリストにはクラディールの名前が、連絡不可のグレーに変わった。
それはつまり、どういうことを示すのか……。
「あの、イリーナさん。クラディールのことについては……」
「クラディールのことは、キリトとアスナに任せようと思っている。だから、キリカは他にやることを優先してほしい」
…………それもそうですね。
クラディールのことは兄とアスナに任せよう。どうやって兄とアスナが生きているのか、どうしてクラディールが死んだのかは私は何も知らないから、何も言えない。
だからイリーナさんの言われた通り、他にやることを優先させる。
私は後ろを振り向くと、出入口の扉に寄りかかって俯いているドウセツを見た。
泣きじゃくった後のドウセツはすっかり毒が抜け、まるで氷が溶けて水のように静がでおとなしかった。生を感じないわけじゃないけど、戦意や気迫がない。今のドウセツはどこにでもいそうな、しおらしく、臆病で大人しい少女になっていた。
無礼で失礼かつ、非情だと思われても仕方がない。ストロングスを殺した件は終わった。それを信じて、私はイリーナさんにお願いをした。
「イリーナさん、お願いがあります」
「なにかしら?」
「今回の件でドウセツを一時脱退の許可を申したいんですが……」
「いいわよ」
「えっ……いいんですか?」
意外にもあっさり許可を頂いただけではなく、
「一時とは言わず、そのまま脱退してもいいわよ。ついでにキリカもね」
なんと、副団長から直々に脱退の申しを与えてきたのだ。今回の件で責任を感じているのか? でもそれはイリ―ナさんの責任ではない。それに先ほどの謝罪で終わったはずじゃないのか? ただ私は、しばらくドウセツを休ませたいだけであって、血聖騎士団の脱退まで望んではいない。あくまでも一時脱退で十分なのに……。
なので、私は遠慮しようと逆にお断りの言葉を口にしようと思った瞬間、イリーナさんはそれを防ぐように言い放った。
「と言うより、これが最後の命令にしましょうか。うん、そうしましょう」
「ちょ、ど、どうしてそこまで脱退させようとするんですか!」
私はイリーナさんがいい加減な命令を口にしたことに半分呆れていた。わざわざデュエルしてまで欲しかった私達を今度は自ら離そうとしている。しかも、私はドウセツの一時脱退を申しただけなのに、一時なしで完全に脱退させるのを命令までしたんだ。
「部下の責任はわたしの責任よ。それくらいの重みを受け止められなかったらヒースクリフの傍にはいらない。彼らの犯した罪は私の罪でもある、だからそれなりの責任を受け入れたことよ」
「でもそれは私からもういいって、許したじゃないですか」
「それはキリカが副団長としてのわたしを許したんだわ」
「は?」
イリーナさんは真面目な顔で、何訳の分からないことを言っているんだと疑った。
だけど……。
「わたし個人としてはね、やっぱりストロングスとクラディールとちゃんと向き合わなかったことに後悔している。その結果、ドウセツは怖がってしまい、キリカは人殺しをする選択を与えてしまった。それを含めてわたしはキリカとドウセツを自由に決めてほしいの。だからギルド脱退の命令をわたしは与えるわ」
イリーナさん個人の気持ちを聞いた時、私は納得してしまった。頭の中に浮かんできたのは納得の言葉。それはきっと、私がイリーナさんの立場だったら、私も似たようなことをするだろうと思ってしまった。
イリーナさんの私達に対する償い。一度私達を何も縛られず、解き放った自由を与える。
それは私とドウセツにとっては必要なことなんだ。
「それに、二人はここにいるよりも自由に一緒にいたほうが輝いているからね」
イリーナさんは先ほどの真剣な発言を誤魔化すように被せて微笑んだ。
「あ、でも、わたし個人としても、副団長としてもいろいろと話とかしたいから……いつでも来てくれると嬉しいかな?」
そして更に誤魔化すように、冗談を交えるように発言したイリーナさんは、どこか無邪気だった。なんというか、可愛いと思った。
……本当に、イリーナさんがストロングスとクラディールのことを向き合っていれば、何かが変わったのかな?
いや、そんなことを考えるのはやめよう。私自身じゃなく、相手のもしもの未来を考えるのは八つ当たりに近いものだ。だから、イリーナさんがストロングスとクラディールに向き合っていたら、ドウセツは恐がらなくて済んだって考えない。それはただ、自分が選択をした後悔から逃げているのも一緒だから……ちゃんと前を向こう。
だからまずは、イリーナさんの命令を受けよう。
「では、ありがたく受け入れます」
「命令だから頭を下げなくていいわ」
それでも数秒間頭を下げた。
そして、三歩ほど引き下がっているドウセツに振り返って聞いた。
「ドウセツもいいよね?」
俯きながら、小さく頷いた。
「イリーナさん。短い間でしたが、ありがとうございました。」
イリーナさんにお辞儀してドウセツの手を握り、この部屋から立ち去った。
「いい人に恵み逢えたね、ドウセツ」
●
本部を出ると、街中はすっかり夕景に包まれていた。夕日から照らされるオレンジ色と、地面に描かれた鉄塔群の影の黒色は独創的で美しかった。
「ドウセツ大丈夫?」
「……うん。うん…………ぐすっ」
「もう大丈夫だから……その……泣かなくてもいいんだよ」
「ごめん……ごめんなさい…………」
ストロングスの脅威は去った。それは私がストロングスを殺したから……もうドウセツは怯えなくてもいい。けれど、ドウセツはいつものクールな姿と裏腹に、所々泣いては謝っての繰り返しだった。
私が知っているクールなドウセツ。漆黒の名を持つソロプレイヤーの面影なんて一つも存在しなかったように、弱々しくなっていた。
まぁ……簡単に恐怖を克服することなんて、あんまりないことだけど。だから……仕方ないことでも言えるわね。
さて、どうしようっか……。
これからドウセツのことを含めて、悩んでいる矢先だった。
「……キリカ」
ギュッと背中から掴まれた。
「どうしたの?」
後ろを振り返ってドウセツの顔を覗き込むと、涙ぐむのが恥ずかしいのかやや俯いていた。
何か言いたいことはわかった。だからもう一度ドウセツに訊ねた。
「い、一緒に…………一緒について来て欲しい場所があるから……いい?」
「いいけど、大丈夫?」
「大丈夫よ……」
一瞬だけ私が知っているクールなドウセツに戻ると、先頭に立って目的地へと進んで行った。
「大丈夫ねぇ……」
本当は大丈夫じゃないのは……私も、ドウセツもわかっている。
でも、その言葉を私は信じなきゃいけない。本当は大丈夫じゃないって、わかっているんだから。
●
「ここは……」
たどり着いた場所は第二十二層の南西エリア。第五十二層のフリーダムズと同じく第二十二層もアインクラッドで最も人口の少ないフロアの一つであり、面積は広く、常緑樹林と無数に点在する湖が占められている。比べて主街区は小さな村と言う規模。ここも大自然なエリアの一つである。
ドウセツの後についていくと、小さな森の南西エリアにある二階建ての白木のログハウスが設立されていた。
「あれって……」
「一応私の家」
「だろうね……でも、こんなところにも住んでいたの?」
「えぇ、でもここは…………」
「ここは……?」
ドウセツの言葉が途切れる。
「ドウセツ……」
「大丈夫……ここは……逃げるための家」
ドウセツはドアノブに手をかけながら切なそうに口にしつつ中に入った。私も続いて中に入ると、インテリアや小道具など家にありそうな物が一切置かれていなかった。室内を詮索して、物があったのは二階の寝室にベッドだけが置かれていた。
「……何もないね」
「えぇ、まるで…………私みたいでしょ?」
ドウセツの唇が吊り、自分へ皮肉気味に吐きながらも虚しそうだった。
「そんな悲しいこと……」
「言わないでよっていいたいの?」
「……うん」
ドウセツはベッドに乗り、身を守るように三角座りをする。
最初はドウセツがその座り方を見た時、どこか弱々しく感じられた。それは当たっていた。本当に弱々しくなっていた。ドウセツがその座り方をするのは……弱々しくなった自分を守るイメージを表したものだろう。
「…………逃げるための家って、逃げる時はそうして身を丸めて過ごしているの?」
「そう、ね……何もない私にとっては明日を迎えるための物があれば十分。あとはないも必要ない。いや、何もない私には何もないことが心地良いから家具など必要ないわ……」
微かに弱々しい言葉は続いた。
「独りは心地良いわ。でも、悔しいことに独りでいることは好きになれない。独りは寂しい……」
私はドウセツが言うことはわかっているつもりだ。独りが好きになれないのは当たり前なのよ。心地よくても寂しい気持ちの方が勝ってしまうもの。
昔、サチ達を見殺してから私は頼れるべき存在の兄にも離れて、独り孤独になって行動していた。独りに慣れたつもり、いや独りの方が心地良くならなければいけなかった。サチ達を見殺しにして、兄の傷つけた私は温もりに触れることなんて許さない、独りになることが私は相応しいと思っていたけど……結局、心に穴があいたようになんか虚しくなって、そしたら温もりが恋しくなってしまい、孤独に耐えられなかった。独りは寂しいって思ってしまった。だから、ドウセツの気持ちは痛いほどわかった。
ドウセツが体制を崩さず、次に発した言葉は意外なことで、
「貴女が昔話した血聖騎士団の一員は…………私よ」
「…………うん」
実は、それほど意外ではないことだった。
なんとなくだけど、ドウセツと私を救ってくれた血聖騎士団の人と同一人物だと思っていた。口が悪くて、氷のように冷たいけど、温もりがある人、私が知っている限りではドウセツしかいなかった。
だから……そんなには驚くことはなかった。
あのクリスマスの日、私の声を拾い、助けてくれたのは、血聖騎士団だったドウセツだ。
「お礼言ってなかったよ。あの時、私がドウセツに助けられなかったら……今、ここにはいないと思うんだ。だから」
「言わないで」
「えっ?」
ありがとうの言葉をドウセツに言う前に止められた。いや、ドウセツは拒んだ。
「私……本当は貴女に言ったことを言えるような人じゃない。貴方が知っている私なんて、所詮、強い武器と強い防具を染みつけた人格でしかない。だから、本当は貴女に言う理由も必要も資格もない。お礼も言われる程……私は貴女を助けた気なんでない……」
「そんな……」
そんなことはない。
ドウセツの言っていることは嘘じゃないだろうけど、去年の十二月のクリスマスの日、あの日まで助けての一言を言う資格がなかった私を救ってくれたのはドウセツ。助けての一言を拾ってくれたのはドウセツなんだ。だから、そんな自分を傷つけるようなことは言わないでほしかった。
「そんなことないよ。ドウセツのおかげで、私は自分の罪と向き合うようになったんだよ……ほんとだよ」
「…………」
沈黙するドウセツ。言葉を口にすることなく、ドウセツは酷く震えていて、力いっぱいに自分を抱きしめて怯えていた。そんな姿を表したくない最後の抵抗として、ドウセツは膝に顔を埋めこちら側から顔を見せないようにしていた。
「……ごめん、キリカ」
「謝らなくていいよ」
「無理よ。貴女が優しく言っているのに私は何も言えなかったのよ。弱くて暗くて泣き虫で臆病で肝心なところで冷酷になれない中途半端な小さな人なのよ。もう、アインクラッドに閉じこめられてから二年も経つのに、怖くなったらここに逃げてしまうくらい臆病者。そして誰にも見られないように泣いて、ポジティブに考えることなんてできない。それを見せないように強がろうとしてもどこかで決断しきれないことだってある。わた、私は……どうしようもない……本当に駄目で、弱い存在なの、よ…………」
震えながらもどうにか口に出すのが精一杯で、ドウセツは我慢しきれずに泣きだした。
ドウセツ。
『漆黒』の異名を持つ彼女はベータテスターの経験もあり、最強ギルド、血聖騎士団の一員だった。イリ―ナさんに戦術を習った経験もあり、また無駄のない冷静な分析力に加えて、居合いという他のプレイヤーとは一味違うスキルを使う彼女は、トッププレイヤーの中でも上位に入る実力者。
ただ彼女は、慣れ合いは好まず、必要外な時以外は人と接する者はほとんどいない。冷静な性格もあってか、ドウセツをあまり好まない人もいる。ストロングスがその一人かもしれない。
私達が知っているドウセツは、クールで無愛想で毒を吐く、一匹狼な漆黒のソロプレイヤー。
私が見ているドウセツは、誰よりも純粋に、誰よりも恐怖に怯え、誰よりも不器用な、どこにでもいそうな、泣き虫でまだ幼い少女だった。
「ごめんなさい……本当は、助けて欲しいけどっ」
「だったら!」
「救われたら、ずっと弱虫になっちゃう……ずっと臆病者になってしまう……からっ……そっとして。陽に背けて、陰に生きてきた私にとっては、恐怖だから…………」
手に力を入れ、引き絞るように心の想いを喉から口へと通って、ドウセツは叫ぶ。それはもう、悲鳴だった。
「救われたらっ……私、もう……立て、ない……! ずっと、ずっと、情けない自分しか残れなくて、そうなったら、もう……立ち上がれ、ないっ! もう……生きていけない!」
ドウセツの心の奥に閉まった、弱い自分の本音。それが軋むような悲鳴として外に出していた。
ドウセツにとっての何よりも恐怖なのが、先行く陰の中で生きる自分が映し出されていて、先行く陽の中で生きる自分が映し出された二つの未来を比べてしまったんだろう。しかも、ドウセツにとってはどちらとも情けない自分しか残らないと思ってしまった。だから、まだ心地良いと思っている陰の中で暮らしたいと、諦め半分に願っている。でもその半分、ドウセツはその未来に怯えていた。
サチも怯えていた。そんなサチを救いたかった。だけど、あの時の私は強がりだけしかなくて、自分は強いって勘違いしていたから、肝心なところで守れずに、置いて逃げてしまい、救うことができなかった。
私にはその覚悟の重さを軽く見てしまった。誰かを救うってことは、想像以上に重い。抱えきれなかったら崩れてしまう。その結果が後悔と恐怖、そして逃れきれない罪悪感。それに加えるとしたら救う人の人生を狂わせ、またその周りの人の人生も狂わす。人を救うってことは簡単なことじゃない。
正解なんてあるのかわからない。あったとしても、その答えを自身満々に言えない。ただ、私は間違っていた。誰も助けを必要とせず、自分だけの力でなんとかしようとしていたことが間違いだった。重い物を一人で抱えきれないなら、誰かに手伝って、重いものを持ってくれれば未来は変わっていたのかもしれない。
でも、それで正解とは限らない。間違っているのかもわからなない。だからといって、このままドウセツを放ったらかしにすることなんてできはしなかった。
重くて抱えきれなかったら崩壊へと繋がる。おそらく、たどり着いた先は良いことなんてないだろう。私もドウセツも、脆くて崩壊したら治るのは難しい。最悪二度と治ることもない。
失敗の確率を計算できるほど器用ではないし、頭も良くない。その逆もそうだ。成功するって断言はない。絶対もありはしない。
…………。
私はいろいろと考えた。それも慎重し過ぎる程、あらゆることを考えた。
そして考え抜いた私は、答えを出した。
私なりの答えが出た。
「ドウセツ」
覚悟は決めた。後は……ドウセツの思いを持つだけだ。
「それでいいかもしれないよ」
その言葉を聞いたドウセツは戸惑いの声を口にする。
「ど……ど、どう、いう……」
「だって……この世の中、何もかも完ぺきにできるわけじゃないから。不完全なままが丁度良いと思うんだ」
私はドウセツの傍によって抱きしめる。彼女は拒むことはなかった。それは恐怖でもあるが、求めているものでもあるから……受け入れてくれた。
もう、覚悟はできた。抱える準備もできた。
怖くはない、怖くない。
大丈夫。大丈夫……。
私は言う。心に決めた覚悟を伝える。
「立ち上がれないなら、私が手伝う」
大丈夫。
もう、自分の力だけで頼ることはできない。怖くない。失敗も恐れない。
今、ドウセツを救えるのは…………私だけだ。
「ドウセツの弱さも怖さも重さも、私も一緒に抱える。不安な未来も私と一緒に変えよう。でも、私だけだと、いつかは失敗するし、迷惑もかける。また落ち込んだりして、また無茶に暴走するかもしれない」
先のことなんて誰もわからない。たった一つ二つの約束なんて、一歩間違えればすぐに破れてしまうくらいに脆い。でもそれは逆にも言えることだ。ドウセツが抱える不安な未来も、一歩正解すれば明るい未来だってあるかもしれないんだ。
「だからさ……ドウセツも私を助けてくれない? お互いに助け合って、支え合って、共に歩んだりしてさ、二人で無理だったら周りの人に頼ってさ、それこそうちの兄とか、アスナとかさ、みんなで協力すればなんとかなるかもしれない。でも、そのために私はドウセツが必要。だからね」
そして約束は破るものじゃなくて、結ぶもの。
途切れないように永遠に結ぶ契約。
「生きるために約束をしよう」
今があって未来がある。
未来が合って今がある。
想像した未来には、私の傍に必要なのがドウセツ。
「私を助けてくれないかな?」
助けてください。
これから一緒にいるために、助け合って一緒に歩んで行こう。
「……い」
ボソッと呟かれると、腰あたりに強く抱きしめられる圧が感じた。
「ドウセツ?」
「ずるい! ずるい!」
「ドウセツ……」
「ずるい、ずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるい! ずるすぎる! ずるいよ!……ずるいっ!!」
ドウセツは感情を爆発させるように言葉を思いっきり私にぶつけさせていた。
「……ごめん。だって、本当に必要だから」
「そう言うところがずるい!! どうして貴女はそうやって私の手を差し伸ばそうとするの!! 拒んでいるじゃない!! それなのに貴女はおかまいなしで、踏み込んでくる!! どうしてそんなこと言えるのよ!! どうしてそんなに優しくなったのよ!! お人好しのバカでアホなくせに!! 私のことを考えているなら放っておいてよ!!」
声音は悲鳴のように大きいけど、憎しみも怒りも悲しみもなく、ただ泣き叫んでいた。
そんなドウセツを私はもう一度強く抱きしめる。
「私が助けるのは……ドウセツが泣いているから……私には放っておくことなんてできないよ」
あの日、私は泣き叫んだ。でも、誰も私を助けてくれる人はいなかった。だって、助ける資格なんてないと思い込んでいたから。
あの日、私は泣き叫んだ。助けてと言う言葉を口にしたら、誰かが助けてくれた。それは言葉の通り、誰かに助けを求めたらそれが叶った。
泣いても自分を救ってくれるとは限らない。泣いたって惨めになるだけだ。泣いても結果として何も変わらないし、失ったものは二度と戻らない。
でも、泣くってことは感情の正直を表すものだ。そこに偽りなんてない。心からの悲鳴を表すものなんだ。それを見てしまったら、放っておくことなんてできなかった。それともう一つ加えるとしたら、泣くってことは救いを求める感情。きっとそうだと思う。私も……泣き叫んだあの日、救いを求めていたから。
「……ねぇ」
「うん」
「たたせて」
「うん」
ドウセツの言われた通りに、ベッドから下ろして抱きしめながら立ち上がった。
「これでいい?」
「…………」
「ドウセツ?」
「……私」
腰に力が加わった手が離される、密着した体も離される変わりに、ドウセツの表情が拝見できる。
その表情は、
「貴女に逢えて…………よかった」
涙ながらも心から表す、綺麗な笑顔だった。
どっちが……ずるいんだよ。
ドウセツの方がずるいよ。クールで毒舌吐きながらも助けてくれて、今と未来を与えられたんだよ。
「私もだよ。逢えてよかった」
私も自然と涙が出てしまう。その涙に悲しみも憎しみも怖さも混じり合う色ではない。
この涙は、嬉し涙だ。
どれくらいかはわからない、どれだけの時間が経過したかもわからないくらいに、この時間、この空間、私達はお互いの温もりに触れ、抱きしめ合い続けていた。
「……キリカ」
「うん?」
「ありがとう」
この日、私達は本当の意味を込めて、お互いを解り合った。
「こちらこそ、ありがとう」
これで終わりじゃない、また新しい未来へと歩むんだ。
●
陽を背け、陰の中で生きてきた私にとって、夜は心地良い。だけど、夜が怖くなってしまうのは、私が弱くて泣き虫で、どうしようもないくらいに臆病だから、結局は陰の中でも生きていく自信はなかった。
目が覚めた時、部屋が暗いと少しだけ寂しくなってしまい、比較してしまう。光の中に生きる人は、夜中に目を覚めても冷たく感じることもないでしょうね、きっと。
「……すぅ……すぅ……」
隣にいる私にとっての恩人である、キリカはぐっすりと寝ていた。だからなのか、目が覚めても寂しいと思う気持ちが沸かなかった。
「……キリカ」
名前を呟くと、キリカの表情が小さく変化した。そしてすぐに元に戻った。まるで返事をするように、小さく表したんだと……。
「器用なのか不器用なのか、本当によくわからない人ね……」
今度は何も変化はなかった。寝ているのに表情を自由に変化するなんて普通はあり得ないから別にどうでも良かった。
すっかり目を覚ましてしまった私は、夜風に当たりたい気分だったので部屋から外に出た。
「寒い……」
流石に秋の風は浴衣だと少々厳しかった。風に当たり続けていれば、風邪を引いてしまうわね。
私はステータスウインドウを開いて、浴衣から白いロングシャツと白いロングスカートに着替えた。この服が一番似合っているってmセンリさんは言っていたけど、あれはからかうための言葉だろうか、または社交辞令だろうか、センリさんならどちらも当てはまれば、どっちも当てはまる。でも、本当に褒め言葉だとすれば……。
「キリカに……褒めてもらえるかな」
…………。
……なんて、恥ずかしいことが言えちゃうんだろう。今まで、そんなこと思ってもなかったのに……。
自分でもわかる。普段の日常生活でこんなことは思わない。人に褒めてもらいたいなんていつぶりだろうか、そもそもそんなこと考えてなかったかもしれない。
「ほんと、ずるいよ……ずるい」
キリカに逢って、触れ合うことなんてしなければ、満たされる温度に触れずに済んだのに……私ってバカね。一度温もりに触れてしまえば、手放すことが難しくなることわかっているのに。
でも、得られてよかった。こんな気持ちになれたのも、キリカの影響が強いせいだろう。
始まりは第一層のボス戦、どうあってかペアを組んでいない私と強制的に組むことになった。第一印象としては、口が悪いガキっぽくてバカな人だと思った。それに加えて、当時のキリカはデスゲームの本当の意味での深刻さを信じ切れず、死というものに関しては自覚が足りないような感じがした。
その時、キリカは私と同じ匂いが気がしていた。本当に気のせいだと思っていたが、去年のクリスマスでキリカと再会して確信に変わった。
キリカは強い武器、強い防具で自分の身を守っていた。
第一層から感じた匂いは同族としての匂いがしたからだ。つまり、私とキリカは似ていた。武器と防具が外れてしまえば、最弱と言うくらいに弱い自分自身を曝け出すことになる。けして自分は弱くはない。どんな困難、どんな辛いことがあっても強く我慢して平気な顔をして冷静に振る舞う。そうすることで自分自身をアピールして、弱さを隠していた。私もキリカもそうだった。
去年のクリスマス、キリカと再会した。最初に出会ったキリカの印象が変わっていたのは、第一層での印象なんてどこにも見当たらずに恐怖に怯えていた。後から話を聞けば、キリカは自分の強がりを勘違いしてしまい、守る者、信頼する者、約束した者、家族みたいな温かさがある者達を置いて逃げてしまい、自分がそれらを全部殺してしまった。その結果、キリカは深い傷痕を残すだけじゃなくて、自分自身を否定にするくらいに後悔をしてしまった。それだけではなく、キリカは自分が犯した罪の重さに耐えきれずに破滅願望を抱き、理由をつけられた死を求めていた。
当時、『白い死神』と言う名を与えられたキリカは、周囲から恐怖の印象を持たれていたけど、一番恐怖に怯えていたのはまぎれもなく、キリカ自身だった。キリカは優しいから、余計な物までも、自分のせいにして引き受けるような人だから、余計なものまでも抱きかかえてしまう悪い癖があるからキリカはずっと苦しんでいた。
クリスマス以降のキリカは、口が悪くてガキっぽい印象は見受けられないが、犯してしまった事実に向き合いながらも誰にでも親しめるような明るさとお人好しの性格でソロとして活躍するようになった。ただ、前までの反動のせいか、割と自由にやっていたらしい。しばらくはアスナと相性悪く、デュエルになったこともあったと聞いている。でもそのおかげか、アスナも変わることができた。
キリカは自分の命も優先しつつ、他の人達を優先しようとするお人好しであるけど、それはキリカが誰よりも優しくて、人の痛みも重さを分かち合えるような存在だったから。いつしか私は、キリカの傍にいたいと、陰の中で暮らしていた陽の恐怖を持ってしまっても陽を無意識に求めてしまった。それがわかったのはつい最近のこと。
「キリカ……」
数時間前の陽の温かさは、夜風で冷えてしまったと思えば、心が満たされて温かい……。
あぁ……そうか。私、キリカに救われたんだ。陽の温かさを私にもくれたんだ。それが嬉しいってことなのね。
「でも、キリカに救われても……泣き虫は変わらないのね……」
それでいい。
それでいいって、キリカは言ってくれた。
満たされているのに涙が出るのは、その涙は悲しみじゃない。心が満たされすぎて嬉し涙となった結晶なんだ。
「ありがとう」
私の中にある、恐怖から陽を照らしてくれて。
●
普段はほとんど一人で過ごす自分専用の部屋の窓から射しこむ月光と共に、自分の好きなアッサムに似た紅茶を飲むのが一息の安らぎ。今日も一日終えて、今日も生きたと言う自分への小さなご褒美を贅沢に味わっていた。今日はあれこれあったとしても、夜に紅茶を飲む習慣は中々抜け出せそうにもなかった。
窓から見える、人工のお月様を見上げて白いティーカップを口に運ぼうとした時だった。
「イリ―ナ君いるかね」
少し手を止めてしまうが、紅茶を飲んでから応答した。
「いますよ、どうぞ入って」
「失礼するよ」と、聞きなれた渋い声で入ってきたのはギルドの上司であり、ソードアート・オンラインで最強の騎士、ヒースクリフだった。
「珍しいね、貴方がこんな時間に訪れるなんて」
「いや、少し君と会話がしたくてね……」
「そっか、意外とお茶目さんなところもあるんだね」
ヒースクリフは反応しなかったけど、内心ではお茶目と言われて恥ずかしいと思ってほしかったりする。だって、わたしと会話をしたくて、わざわざ夜中に訪れるなんて、普段のヒースクリフの行動から考えると、想像もつかない。部下達がそんなことを知ったらどんな顔をするのかしら。今度アスナに言って試してみよう。
「紅茶いる?」
「いや、会話したいだけだから」
「はい、どうぞ」
わたしは断りを拒否してヒースクリフに紅茶を出した。
「わたしと会話したいのなら、紅茶を飲んでもらうからね」
「やれやれ、仕方がないな」
速攻でアッサムに似た紅茶を入れた白いティーカップを受け取ったヒースクリフは苦笑い気味になり、口へと飲み流した。
「どう? 味は結構自信あるんだけど」
「少し味が濃いが、香と味に深みがある。君らしい紅茶だ」
「それって、わたしが濃いキャラだと言いたいの?」
「そう言う意味ではないよ。まったく、君は相変わらずわたしをからかって面白いのか?」
「それなりに」
「やれやれ、困った副団長だ」
ヒースクリフは微笑((びしょう))した。わたしとしては、お堅い表情が少しでも緩めることでも、それなりに面白いと感じている。だって普段のヒースクリフは、お堅いところがあって“明確な強さ”を持っているもの。ちょっとぐらい困った顔を見るのも良いと思うんだ。
「そう言えば、君はキリカ君とドウセツ君の脱退を君自ら命令して脱退させたが……」
「そのことならそれでいいですよ。クラディールとストロングスの罪と責任をわたし為りに果たしただけ。それに二人の方が良いと単純に判断しただけだから、別に後悔なんてないよ。あるとしたら、クラディールとストロングスのことを、ちゃんと見ていなかったことかな……」
事の始まりはアスナがギルドの活動をお休みしたいと言うことだった。私情を挟むなら、アスナの脱退は賛成だった。でも副団長としては、攻略中心としてみんなをまとめるアスナがギルドを抜けるのは痛手だった。アスナもそのことはわかっていると思う。それを承知済みで、アスナが一時期脱退を申した影響が必ずいるはずだ。そのことに気がついたわたしは、今後のためもあり、ちょっと意地悪してみたい気持ちもあったから、ヒースクリフに頼んで条件つきで、アスナが一時的に脱退したいと影響を与えた人物、キリトとデュエルに勝って、血聖騎士団を入団させるように頼んだ。そしたら、思うようにキリトはヒースクリフに負けて、血聖騎士団に入団。だけど、それは経った数日だけのことで終わってしまった。
「上手く行かないことだって何度かある。君はその後悔を捨てずに前に歩けばいい。君はその方が似合っているからな」
ヒースクリフの言葉にわたしは思わず唇が緩んでしまった。
「普段もそう言ってくれると、すっごく嬉しいんだけどな~……ねぇ、もう一度言ってくれる?」
「からかっているつもりなら、駄目だからな」
「ちぇ……いけず」
普段そんなに言わないヒースクリフだからこそ、もっと言ってほしいところがあるのにな……なんかもったいない。でも、普段言わないことだからこそ、その言葉に価値が磨き上がる。ヒースクリフに励まされて、元気が出た。
でも……そうね。ちょっと疲れた、かな?
「あ、そうだ。ヒースクリフ」
「なんだい?」
「近いうちに、わたしとデートしない?」
「どうしてかな?」
「ちょっと疲れたから気分展開したいの。それにほら、最近休んでないでしょう? 丁度いい機会というのはおかしいけど、お互いにゆったりした時間をこのゲームの世界で暮らすのも悪くないわよ」
私がそう言うとヒースクリフは紅茶を優雅に飲み干し、少しだけ沈黙してから答えを出した。
「考えとく」
「一週間以内に答えを出さなければ強制的にデート。忘れたはなし」
「強引だな」
「強引ですよ」
わたしが微笑むと「そうだな」っと、悟ったように微笑み返した。
「では、このへんで失礼するよ」
「まともらしい会話してないけど、いいの?」
ティーカップを渡すと涼しげな表情で口にした。
「イリ―ナ君の声が聞きたかったから、これで十分だ」
「それって聞き飽きたって言うこと?」
「そうは言ってないだろ。それとも君はもっと私と話したいのか?」
「デートしてくれるなら、去っていいですよ」
わたしが意地悪なことを言うと、ヒースクリフは冷静に対処し、表情が少しだけ緩み、微笑した。
「では、デートのことは前向きに考えておく」
「ちゃんと考えてね。お休みなさい」
「お休み」
ヒースクリフが去っても、わたしはしばらくこの部屋で紅茶を飲みながら月を見上げていた。
現在は七十五層、残り十五層で約六千人のプレイヤーデスゲームから解放される。だけど層が増える度に難易度が高くなっている、ボス部屋の変化も見受けられたし、いつかは全ての層が安全になくなる可能性だってなくはない。そうなればわたしも教育だけではなく、自ら戦場へ出なければならなくなる。『剛姫』として振い皆に明日の希望を与えなければならないけど……。
それが持つのはわたしの予想だと、…………二十層で限界かもしれない。
あらゆる可能性と未来、明日への希望など、あらゆる未来図のことを考え尽くしてから、
「まぁ、なんとかなるかな……」
そう呟き、頭の中を空っぽにして一時の安らぎであるご褒美の紅茶を口に入れた。
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