IS〈インフィニット・ストラトス〉駆け抜ける者
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第27話
結果として、ゼロが動く一瞬前に体を抑え込めたのは、僥倖としか言いようがなかった。
「おお~っとぉ!スマンゼロ、足がもつれた!加えて少々足がつっちまった、少し我慢してくれ!」
必要以上におどけて誤魔化す。放置すれば大問題になる、俺が道化を演じて無事に済むならば、幾らでも馬鹿をやってみせる。
「どけハル!!俺はそこの…!」
「奥の水が飲みたいって?今は大事な時だ、後にした方がいいと言いたいが仕方ない。先生!ゼロを連れて外に水買いに行っていいですか?」
今だけ動きを止めても、この男は確ず攻撃するだろう。自身の怨念を晴らす為に。だが、己が誰を相手にしようとしているか、理解しきれていない。篠ノ之博士が無条件で復讐させるわけがない。間違い無く致命的な反撃が待っている。
ゼロを想う人がいる以上、その人達を悲しませてはいけない。だから引き離すのだ。ゼロと少女達が、これからも笑い合う為にも!
「ああ、行っていい。それと、丹下とグランツは参加しなくていい。不真面目な者を加えるほ程、こちらも馬鹿ではない」
俺の意図を分かっていたのか、織斑先生は作戦からの除外、事実上のゼロの扱いの一任を通達した。その先生の目が語ってくる。
『グランツを頼む』、と。先生の意志は受け取った。後は、退場するのみだ。
「わっかりました~!行くぞ、ゼロ!」
「離せ!引っ張るなハル!いい加減に…!」
力いっぱい抵抗するゼロを無理やり部屋から連れ出す。第一の難関はやり過ごした。次は…、
「少し外で話そうかゼロ」
このお坊ちゃんの意識改革だ。
───────────
智春がふざけた態度でゼロを伴い部屋を出て行った後、篠ノ之束は智春の行動に感心していた。ゼロが己や千冬、一夏を恨んでいるのは知っている。だから、軽い世間話程度の口調でゼロのトラウマを刺激してみたのだ。結果は予測通り、ゼロは一目散に自分を攻撃しようとした。そのままなら零式を一瞬で『解体』し、容易く無力化出来たが、智春は道化る事で両者に何の被害も与えず、またゼロを『守る』為に、千冬に許可を得てこの場を去った。見事としか言いようがない。
「また丹下は苦労するな。だが、今回は誉めるしかあるまい。束、グランツが自由に動いていたら、排除したな?」
「あたり前だよー。おバカさんに効く薬は無いからねー」
束はゼロに微塵も興味がなかった。白騎士事件の事も運が悪かったとしか思わなかったし、ゼロの一家の悲報を聞いても、何も感じなかった。
それでもゼロに零式を与えたのは、偏に千冬のおかげである。ゼロが入学し、適性がSと知った千冬が、秘密裏に束に依頼したのだ。『私が彼から家族を奪った、せめてISは最高の物を使わせてやりたい』と。
そんな千冬の願いに応え零式を渡してみれば、結果はこれだ。何故ゼロが複数の少女達に好意を持たれているのか、束にはさっぱり分からなかった。
「それで、束。丹下のISは理解出来たのか?」
「仮説ならねー」
「なら聞かせろ」
ゼロの話はここまで、と新たに出されたのは、智春のヴァンガードの事。大きく姿を変え、その力を世界に見せつけたIS。束も興味を引き、アルファーとして再現してみたが、根本がどうしても真似できない。そんな異端のISを、束は推測する。
「あれは、二次移行(セカンド・シフト)なんかじゃない、もっと根本的なもの。ヴァンガードが『それが必要だ』、と判断して、最も確実に勝利するために、ーから構築を毎回し直しているんだ」
「そんな事が有り得るのか?」
「信じられないのも当然だねー。私も未だに半信半疑だし」
二人の話を聞いていた一夏達、正確には一夏には意味が理解出来なかったので、箒達に尋ねる。
「なぁ、つまりどういう事なんだ?」
「簡単に言うと、丹下のISは戦う毎に初期化(フォーマット)と最適化(フィッティング)を繰り返しているかもしれない、と言うことだ」
「毎回一次移行(ファースト・シフト)!?そんなのって…!」
「うん、普通は有り得ないよ。だけど、トモは…」
「ヴァンガードも我々のISとは一線を越すものですし…」
智春のISの異常性が理解できた所で、改めて一夏達は作戦を通達される。30分後、白式と紅椿による追跡、撃墜を目的にした行動だ。
「ならその間私はヴァンガード君の様子でも見ようかなー。紅椿の調整してもお釣りがくるからねー」
軽い口調で、束は部屋のド真ん中にモニターを出現させる。突拍子も無いが、束だから仕方ないと、誰も言及しない。
モニターの向こうでは、
『ハアッ!!』
智春がゼロの零式の肘の刃を切り落としていた。加えて、
「ヴァンガードがまた変わった!?」
ヴァンガードの左腕に『盾』が装着され、右手に両刃の剣を握っている。しかも、両足のエッジは動いていない。智春は、右手の剣を左腕の盾に差し込み、距離を取る。明らかに束の仮説が正しいことが証明された。
───────────
「まだだ!片方刃を失なった程度…!」
ゼロが両手を腰だめに構えた。無数のエネルギー弾の初期動作。だが遅い!発射のタイミングに合わせてゼロの頭に手を乗せ、ゼロを支点に半回転。そのままゼロの背を蹴り飛ばす。
「剣よ!」
先程ゼロの肘の刃を切った剣を再び抜き、今度はエネルギーを纏わせる。夢の中で永遠とも思えるほどに戦った今の俺には、ヴァンガードの能力も理解できる。ずっと俺の為に、ヴァンガードは力を、機能を変えてきた。今も、ゼロに勝つ為に、姿を変えた。そのヴァンガードの意志に、応えてみせる!
「ハルの剣がどれだけでも!」
蹴られたが素早く反応し、ゼロも刀を抜いた。そのまま巨大化、対艦刀と化し、俺を迎え撃つ体制を取る。だが、俺が本当に狙うのは、その対艦刀!
「刺され!」
「ハルの奴、何を…!」
対艦刀の中央に剣が刺さった状態で、ゼロとすれ違い、互いに背を向ける。貰うぞゼロ。その刀も!!
「クラッシュ!!」
エネルギーが留まる右手を握る。すると、刺さった剣のエネルギーが対艦刀の中を蹂躙し、大爆発を引き起こす。握った右手を開き、高速で飛来する剣を背を向けたままキャッチ、また盾に差し込む。
「もうよせゼロ!対艦刀を失なった以上、ヴァンガードの攻撃に零式は対応出来ない!」
顔を憤怒に歪ませるゼロに呼び掛ける。篠ノ之博士達から引き離した後、照りつける太陽が眩しい砂浜で、ゼロとISを起動させ始まったこの勝負、決着は見えた。主兵装の刀を失い、速度で上回れない零式に勝機はない。しかし諦めないゼロは右腕を発射する。対して、ヴァンガードの更新された新しい武器を呼ぶ。右手に『ライフル』を握り、撃つ。
螺旋を描き、迫り来る鉄拳は、迎撃する光の奔流に消え、零式のマントに穴を開けた。あのマントには、高度かつ強固なエネルギーコーティングが施されているのに、だ。以前、本人が言っていたから間違い無い。その守りを貫く武器が、今のヴァンガードにはある。
「もう一度言う、零式は対応出来ない。ゼロ!今ならお咎め無しで済む!」
「家族を笑われて我慢しろと!?失なった事もないハルが!」
「それで『今』大事な人達を二の次にするのか!」
俺とゼロの言葉は平行線。ゼロの意志も分かる、分かるけれども…!
「生きている以上、死んだ人に固執してはいけないんだ!お前が憎悪を燃やすのを、家族が望むはずがない!」
「敵討ちがそんなに悪いか!」
ゼロが殴りかかってくる。今のゼロに必要なのは、泥臭い殴り合いかもしれない。
「お前は愛されているんだ!昔も、今も!」
「誰がっ!」
「自分自身がよくっ、知ってるだろっ!」
殴り、殴られ、言葉を伝える。頭の固いこの男に気付いてもらうには、相当骨が折れそうだ。
「のほほんさんに、宮間さんに、シェル嬢に白兎!こんなに居るのにまだお前は!」
「それとこれは…!」
「違わない!違うとは言わせない。お前が、お前を愛する人を蔑ろにするのは許さない!」
最初から別の道はあったのだ。彼女達と笑い合い、健やかに、和やかに過ごす日々が。そうしなかったのは、彼女達がゼロの意志を尊重したからに他ならない。故に見逃せないのだ。彼女達の想いを無視するゼロを。
「お前は一見彼女達を大事にしているようで、彼女達を侮辱している!優しさをはき違えるな!」
ゼロに組み付き、足を払って転がし馬乗りになって胸ぐらを掴み、強く言い放つ。ずっと言いたかった、彼への不満を。
「失うのを恐れて危険から遠ざける、ゼロからしたら一番の愛情だろうさ!だがな、された彼女達はどう感じる?信じてもらえないと傷付くんだよ!」
力になりたいのになれない、そんな悔しさを彼は知っているだろうか。弱さを見せられないゼロの気持ちは察するが、だからと言ってゼロの行いを肯定はできない。
「甘えろ!頼れ!背を預けられる存在を信じろ!もうゼロは…!」
『『『一人じゃない!!』』』
重なる複数の声。そうさ、最後に正すのは、彼女達。じっくりと、気の済むまで話し合えばいい。
「どれだけ好かれてるか、再確認しろよ、ゼロ。さあて、お邪魔虫は退散…!?」
ヴァンガードが上空からの攻撃を察知、即座にゼロ達を覆うようにスフィアを展開、受け止める。
「どこの誰が…、あれは、馬鹿な!?」
上空には、天使の如き翼をはためかせ、瞳を『紅く』輝かせるアルファー、篠ノ乃束式ヴァンガードが。何が起きた、何故攻撃を!?と、混乱する俺を嘲笑うかのように、突っ込んでくる。だが…、
「ここは俺が抑える!ゼロ達は退避を!」
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