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ソードアート・オンライン もう一人の主人公の物語

作者:マルバ
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■■インフィニティ・モーメント編 主人公:ミドリ■■
壊れた世界◆生きる意味
  第六十一話 生きる意味:ミズキ

 
前書き
今は亡きミズキが,ミドリを通して,自らの生きた意味を語ります. 

 
「落ち着いたか?」
「うん。ごめんね、取り乱して」
「いや、悪かったのは俺だ。すまなかった」
 アイリアはやっと笑って言った。
「もういいって。それでさ、今日は何の用なの? 戻ってくる気になった……わけじゃなさそうだね」
 アイリアはミドリの同行者に視線をやり、言いかけた言葉を軌道修正した。代わりににやにや笑いを顔に貼り付け、一言。
「彼女さん?」
「そうだよ。ストレアっていいます、よろしく!」
 堂々と言い放ったストレアに対し、ミドリは慌てて突っ込みを入れた。
「なにしれっと嘘ついてるんだよ! アイリア、違うからな!?」
「あははっ、おっかしい! ストレアさんっていうの? 私はアイリアっていいます、よろしくね」
「うん!」

 あっという間に意気投合した二人を尻目に、ミドリは安堵の溜息をついた。
「アイリア……なんていうか、そんな冗談が言えるなんて、あいつのことちゃんと吹っ切ってたんだな」
「あいつ?」
「……ミズキのことだよ」
「ああ、そのこと。吹っ切らなくてどうしてよ。死んだらいつまでも引きずるなってのがミズキとの最後の約束だったからね。一晩は泣いたけどさ、いつまでもうじうじしてたら天国の彼に怒られちゃうもん。あのね、こう見えて切り替えが早いのが私の長所なんだよ?」
 にやっと笑ってそう言い放ったアイリアの姿は、ミドリにはかなり眩しいものに見えた。ミドリの奥に残ったミズキの欠片が、一度強く波打った気がした。


「生きる意味? それを私に聞きたいの?」
 少し談笑したあと、ミドリはアイリアに本題を切り出した。彼女は首をかしげて、ミドリに聞き返した。
「私より適任がいるんじゃない?」
「いや、マルバたちにもキリトたちにも、もう聞いてきたんだ。あとはお前だけだ」
「ちがうちがう、お兄ちゃんたちじゃなくてさ。ほら、彼だよ――ミズキに聞けばいいでしょ」
 ミドリとストレアは目を丸くした。
「ミズキに……?」
「そうだよ。ミドリはミズキの記憶を受け継いでるんでしょ? それなら、彼に聞くのが一番だと思うな」
「いや、それは無理だ。あいつの意識はもうすでに死んでいるから、あいつが今から『生きる意味』について考えることはない。あいつが過去に『生きる意味』について考えたことがあり、なおかつそれを覚えていれば、彼に聞く――というか思い出すことができるが、あいつはそれを覚えていないようだ」
「なにもそんな直接的に聞かなくてもいいよ。彼の生き様を、彼が生きてきた人生を思い出せば、彼が生きる意味だってわかるんじゃないかな」
 うーん、とミドリは考え込んだ。
「可能かもしれないが、しかし、それじゃ詳しいことは何も分からないぞ。そもそも何故、お前は彼がマルバたちやキリトたちよりも適任だと思うんだ?」
「当然、彼が私達に比べて圧倒的にたくさんいろんな経験をしてきて、いろんな知識を持ってて、教養もあるからだよ」

 ストレアが驚いて声を上げた。
「ちょっと待ってよ、ミズキってミドリよりも乱暴なしゃべり方だったって聞いたよ。ミドリだって本来は私みたいな標準のMHCPの言語ライブラリーに従った丁寧なしゃべり方のはずなんだけど、それが粗雑なしゃべり方になってるってことは、ミドリはミズキの言語野を通して言葉をしゃべってるってことだよね。言語野に染み付くほど昔から粗雑なしゃべり方をしてきた人が、そんな教養ある人物とは思えないんだけど」
「……いや、でもちょっと待てよ。そういえば、喋ってると妙に教養ありそうな単語が出てくることがあるな。この前、キリトたちと話してた時もそうだった。近代とかウェーバーとか。たまに誰かの格言がふっと思い浮かぶこともあるし」
 アイリアはちょっと笑って言った。
「そう、そういうこと。ストレアさんはミズキを知らないからそう思っても仕方ないかもだけどね。ミドリはもっと詳しく知ってるんじゃないの? ミズキの記憶は思い出せるんでしょ?」
「あー、悪いが、『思い出そうとしないと思い出せない』んだ。取っ掛かりがないと参照できない」
「ふーん。それじゃその『取っ掛かり』を用意しましょうか。これ、なーんだ」
 アイリアが一枚のカードを取り出した。ちらっと見せると、ミドリは衝動的に一連の文句を唱えた。
「夜をこめて、鳥の空音(そらね)(はか)るとも、よに逢坂(おうさか)の関は許さじ――ってこれ、百人一首か?」
「はい、次。これは?」
「今来むと言ひしばかりに、長月(ながつき)有明(ありあけ)の月を待ち()でつるかな――おおう、なんかすらすら出てくる」
「それじゃ、次。『あなたふと(とうと)、今日の――」
「『あな尊と、今日の尊さや、昔もはれ、昔もかくやありけむや、今日の尊さ、あはれ、そこよしや、今日の尊さ』――うわっ、これはなんの歌だ、ライブラリーに無いぞ!?」
「まだまだ。次、When daisies pied and violets blue――」
「――And lady-smocks all silver-white. これは……シェイクスピアか?」
「And cuckoo-buds of yellow hue?」
 アイリアは嬉々として続きを求めたが、今度はそれに答えたのはミドリではなかった。
「Do paint the meadows with delight, The cuckoo then, on every tree, Mocks married men; for thus sings he! ――面白そうな話をしてるじゃない? シェイクスピアの"When dises pied"だよね。懐かしいなあ」
 一節を口ずさみながら現れたのはマルバだった。シリカも彼の後に続いて、アイリアたちと同じテーブルにつく。
「トップテナーしか歌えなくて悪いね、他のパート知らないんだ。――そういえばミズキはこの歌を妙に気に入ってたね。歌詞は縁起でもないけど、リズムが楽しいって言って。ミズキの話?」
「そうそう。見かけによらず妙に教養ある人だったよねって話」
「ああ、彼はすごかったよね。彼の話を聞いて、現実に帰ったら真剣に勉強しようって初めて思ったもん」
「わたしもです! ミズキさんの話はいつも面白かったですよね」

 マルバたちも口々にミズキを褒めたので、ミドリは混乱してしまった。
「ちょっと待ってくれ。ミズキってそんなに知識豊富な人物だったのかよ……」
「あれ、疑うの? まだ続ける?」
 アイリアが笑いながら言うと、ミズキは苦笑して認めた。
「わかったわかった、認めよう。そうだな、これだけの証拠があるんだ。認めないわけにはいくまい」

「甘いよ、甘すぎるよミドリくん。蜂蜜をかけたかりん漬けより甘いよ」
 しかしアイリアは気取って否定した。
「彼が私達に語った話はなにも百人一首やシェイクスピアばかりではなかったのだよ。自然科学についてもいろいろ教えてくれたんだ。数学やコンピュータはあんまり教えてくれなかったけど、私達はもう高校範囲までの科学はひと通り勉強しちゃったよ。彼の話を聞くだけでね」
「わ、わたしはみなさんほどしっかりは理解できませんでしたけど。それでもだいぶいろいろ分かりましたよ! 高分子の話は聞いてておもしろかったなあ。ビニロンの話が一番印象に残ってます」
 現実の年齢ではまだ中学生のはずのシリカに、高校分野でもそれなりに高度な高分子化学を教えるのは至難の業だろう。シリカの理解力が高かったということもあるだろうが、なによりミズキはそこまでの能力を持っていたのだ。
「そこまでなのかよ!?」
「そう、そこまですごかったんだ。というわけで、彼に学ばない手はないんじゃないかな? 私も興味あるしね、現実世界のミズキが一体どんな人だったのか。本人からもいろいろ聞いたけど、ミズキについては知れるだけ知っておきたいもん」

 そして、ミドリに視線が集まった。ミドリも観念し、ミズキの記憶に意識を集中する。
「分かったよ、順番に思い出してみる。ちょっと時間かかるから待っててくれよな。ええと、どこから思い出したものだろうか――」
 彼は語り始める。かつてこのSAOに存在した、英雄の物語を。





 そう、彼は一言で表すなら『どこにでもいるレベルの天才』だった。多段階式大学志望者共通一次Sランク試験の成績では、偏差値にして61だった――といえば彼のだいたいの学力は伝わるだろう。もともとの記憶力や理解力も高かったが、それでも突出して高いわけではなかった。
 彼が優れていたのは、好奇心と知識欲だったのだ。彼はどこまでもいろいろな物に興味を示した。例えば彼が小学校4年のころ、誕生日プレゼントに欲しがったのは顕微鏡だった。彼はその顕微鏡で校庭の石碑にへばりついた苔を見た。水をかけると、苔から様々な微生物がうじゃうじゃと出てきて、彼はそれらをスケッチするのを何よりも楽しみとしていた。

 しかし、そんな普通の生活も中学校卒業の時に一変した。彼の父親――地元では有名なマフィアの、それなりに高い位置にいた人物――が、派閥争いに巻き込まれたのだ。マフィアに属してはいたが、彼は父親として尊敬に値する人物だった。すなわち、子供と妻を何よりも愛していた。だから、彼は妻と――愛するがゆえに――離婚し、単身派閥争いへと乗り出していった。瑞樹(ミズキ)の父親は、妻子が敵対する派閥に人質に取られることを恐れたのだ。それは派閥争いが苛烈を極め、瑞樹(ミズキ)の家に敵対勢力が乗り込んできた翌週のことだった。

 瑞樹(ミズキ)は母親の姓『翠川』を名乗り、遠くの専門学校へと進学した。そこでの彼の努力は涙ぐましいものだった。彼はディベートなどの大会に進んで参加し、様々な賞を勝ち取った。賞を得れば名前が残る。そしてそれは地元で息子を案じている父親に対し、無事に過ごしているというメッセージを送ることとなるのだ。彼は努力の甲斐あって飛び級試験に合格し、編入試験を経て帝工大の一年生となった。

 彼は大学でも勤勉だった。他学部履修(帝工大は工業単科大だが『大学間複合学部履修制度』という制度があり、他大学で文系教科の授業を受けられた)を行い、文理問わず様々な知識を身につけた。彼は更に実力を伸ばすために留学をしたいと考えたが、そこで問題が生じた。彼はそれを可能にする資金を持っていなかったのだ。仕方なく彼は一年間大学を休学し、建築の知識を生かして土木系の会社に一年間という契約で就職した。

 そして、工具類を現場に運ぶ最中、彼は突然の心臓発作に遭い――





「――事故で身体の自由を失って今に至る、というわけだ。参考になったか?」
「なんていうか、ミズキさんって、わたしたちが想像する以上に――」
「――かなり壮絶な人生を――」
「――送ってきたんだね」
 マルバたち三人はため息をついた。ストレアも言葉を失っている。

「それでどう? 何か分かった?」
 アイリアがミドリに尋ねるも、ミドリは首を振った。
「いーや、順番に思い出して行っただけだから、これ以上のことは何もわからん」
「彼の信念とか、何かないの?」
「信念? そうさなあ、うーん……多分、『後悔するな、やれることをやれ』ってところだと思う」
「確かに、全力で生きてきたって感じの人生だったみたいだね。こんなところで死ぬなんて、さぞかし無念だったろう……」
 マルバが悲しそうに俯いたが、しかしミドリは彼の言葉を否定した。
 
「それは違うぞ。これは確信を持って言える。あいつの最期の時、俺はまだMHCPとしての感情モニタリング権限を持っていたからな。彼は満足して死んだ、それだけは確かだ」

 全員が驚いてミドリを見た。ストレアが慌てて言う。
「それって大事なことなんじゃないかな? だってさ、『自分の人生に意味があった』と思ったからこそ、彼は満足して死ねたはずだもん。それが彼の『生きた意味』につながる鍵なんじゃない?」
「そう言われてみれば、確かにそうだ……! それじゃ、彼が『生きた意味』ってのは一体?」
「……きっと今ミドリさんが言ったとおりですよ。ミズキさんはいつも、自分がやるべきことを自分ができる範囲で全力でやっていました。ミズキさんの『生きる意味』は、『後悔しないために、できることはなんでもやること』ではないでしょうか」
「なるほどな……。それがかの『英雄』の『生きる意味』だったのか。……ありがとう、君たちのおかげでいろいろ分かったよ。答えが出せそうな気がしてきた……」

 ミドリは立ち上がろうとして、身体が奇妙にふらつくのを感じ、思わず机に手をついた。
「ちょっ、ちょっとミドリどうしたの?」
 アイリアが心配そうな視線を向けてくる。ミドリは大丈夫だと答えようとしたが、口がうまく動かなかった。力が入らない。そしてついに視界が暗転し―― 
 

 
後書き
ミズキの過去を淡々と公開する回でした.この人どんだけ波乱万丈な人生を送ってきたんでしょうね.
ちなみに,ミズキのモデルは私自身だったりします.(もちろん彼ほど凄まじい人生を送ってはいませんが.)
私がミズキと同じ立場に立たされた場合,恐らくミズキと同じような思考をするはずです.
マルバもまた私自身がモデルです.この作品は私の分身でいっぱいですね.

最近感想が全然書き込まれませんが,感想や批評は随時募集しております! 批評はしにくいと思いますが,作品をよりよくしていくために,何か気になった点があればぜひほんの一言でも構いませんので書いて頂ければと思います.


さて,裏設定行きましょうか!
作中にて,ミズキの学力は『多段階式大学志望者共通一次Sランク試験の偏差値が61』と表現されています.

『多段階式大学志望者共通一次試験』とは,現在の大学入試センター試験の改正版です.2018年度に開始した『多段階式大学入試センター試験』を元に,2020年度に開始しました.人工知能の発達により,完全記述式の問題の採点を機械化しています.
生徒はC~Sの4つの難易度のテストのうちひとつを選択し,難易度に応じた全教科の複合問題を最大8時間かけて解けるだけ解きます.年に6回行われるので,生徒は何度でも挑戦することが可能になっています.加点式の問題であるため,最高点と最低点の差が大きく広がるのが特徴です.
基本的にたくさんの科目を用いて受験する学生用に設計されているため,私立大の一部はセンター利用入試を諦めました.

Sランク試験というのは,主に中上位の旧帝国大学および国立大学医学部受験者を対象とした試験です.
合格者最低点の偏差値の目安は以下のとおりです.
東大:偏差値70
京大:偏差値65
外語大(英):偏差値62
帝工大:偏差値60
一橋:偏差値60
国立大医学部:偏差値58
阪大:偏差値57
名大:偏差値51
東北大:偏差値49

偏差値がだいぶ低く設定されていますが,これは日本で最も難しい大学を受験する人たちだけが受ける試験ですので,この数値で間違いありません.主に医学部を目指す学生が他の学生の偏差値を引き下げています.
阪大名大東北大あたりは,この時代でも相変わらず競り合っているイメージです.SAO開始ちょっと前に日本人の語学系のノーベル賞受賞者が出て,語学系学部の人気と偏差値が上昇しました.このノーベル賞受賞をきっかけに,日本の語学教育が盛んになりはじめます.

帝工大って原作にも登場しますが,要するに東京にある某国立工業大学のことだと私は認識しております(笑) 
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