ソードアート・オンライン 〜槍剣使いの能力共有〜
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
閑話ー聖槍と聖剣の英雄ー
72.エクスキャリバー
前書き
年内には更新すると言って結局、年を越えてしまいました。
神話に詳しくない人でもその名くらいなら一度は聞いたことがある。
雷神トール───オーディンやロキに並ぶ北欧神話ではかなり有名な神の一人だ。
つまり今回のクエストはその雷神トールのエピソードがベースになっていたというわけだ。
「ヌウゥーン……卑劣な巨人めが、我が宝《ミョルニル》を盗んだ報い、今こそ購ってもらおうぞ!」
フレイヤ改め、雷神トールは、右手に握った巨大な黄金のハンマーを振りかざし、分厚い床を踏み込んで突進する。
対する霜の王スリュムは、氷の戦斧を生み出すとそれをぶん回す。
「小汚い神め、よくも儂をたばかってくれたな! そのひげ面切り離して、アースガルズに送り返してくれようぞ!」
もはや俺たちとは無関係のところで神たちが戦闘しているのを呆然と見ている。いや、一応俺たちも無関係というわけではないがこんなラグナロクには巻き込まれたくなどない。
すると、部屋の後方から、シノンが鋭く叫んだ。
「トールがタゲ取ってる間に全員で攻撃しよう!」
確かに今はスリュムがトールと戦っている絶対的なチャンスだ。それに雷神様が最後まで戦いに付き合ってくれる保証はない。この状況で我の役目はここまでだ、などと決め台詞を言われてとっても困る。
キリトが剣を振り上げて、声を張り上げる。
「よし、全力攻撃! ソードスキルも遠慮なく使ってくれ!」
そして八人は一気に床を蹴り、スリュムに四方から攻め込む。
「ぬうおおおお────ッ!」
ひときわ気合を入れたクラインが刀を大上段に振りかぶって突進する。スキルディレイなど気にせずに、俺たちは大技を容赦なく打ち込んでいく。
「ぐ……ぬむゥ……!」
たまらず唸り声をあげたスリュムが、左膝を床に着いた。そして見覚えのある黄色いライトエフェクトだ。スタン状態だ。
「ここだっ……!」
「一気に畳み掛けんぞッ!」
俺とキリトの声に合わせて、全員が持ちうる最大連撃数の攻撃を放った。眩いエフェクトが裸の上半身を包み込む。さらに上空から、オレンジに輝く矢が豪雨のごとく降り注ぐ。
「ぬうゥン! 地の底に還るがよい、巨人の王!」
最後のとどめを刺したのはトールの右手のハンマーだった。その一撃は鉄壁とも思えたボスモンスターを一瞬にして地に沈めこんだようにも思えた。
HPゲージがすでに消滅している巨体から消えかけの低い笑い声が流れた。
「ぬっ、ふっふっふっ……。今は勝ち誇るがよい、小虫どもよ。だがな……アース神族に気を許すと痛い目を見るぞ……彼奴らこそが真の、しん」
トールが強烈にストンプを踏み、凍結しかけていたスリュムの巨体を踏み抜いた。
凄まじい規模のエンドフレイムが巻き起こり、霜の巨人の王は無数の氷片となり爆散した。
「…………やれやれ、礼を言うぞ、妖精の剣士たちよ。これで余も、宝を奪われた恥辱をそそぐことができた。──どれ、褒美をやらねばな」
左手を持ち上げ、右手に握る巨大かつ華麗なハンマーの柄に触れる。そこにはまっていた一つの宝石が落ち、小さな人間サイズのハンマーへと変形する。
黄金のハンマーを、トールはクラインに投げ落とした。
「《雷槌ミョルニル》、正しき戦いのために使うがよい。では──さらばだ」
トールが右手をかざした瞬間、青白い稲妻が広間を貫いた。俺たちは反射的に眼をつぶり、再び開けた時にはそこにはなにも存在しなかった。そして九つ目のHPMPゲージもなくなっていた。
「…………ふう……」
キリトが小さく息を吐くと、とりあえずクラインの隣に歩み寄る。
「伝説の武器ゲット、おめでとう」
「…………オレ、ハンマー系のスキルびたいち上げてねェし」
ハンマーを抱いて喚くクラインを見て周囲から和やかな笑いが起こるなか、俺は一人で考え込んでいる。
「なんであんただけは、そんな険しそうな顔をしてるわけ?」
シノンが疑問を持ったのか声をかけてきた。
「いや、スリュムを倒してこのクエが終わりならそれはそれで全然いいんだよ。だとしたら肝心のエクスキャリバーはどこにあるんだ?」
俺の話を全員が真剣に聞いている。
しかしただの仮説でしかないが、これが本当ならかなりまずいことになる。
「それにウルズに言われたのは聖剣を引き抜けだ。だったらまだクエストは───」
その瞬間だった。
体の芯を揺さぶるほどの振動が響いた。
「きゃああっ!」
シリカが悲鳴をあげる。その隣でシノンが尻尾をS字に曲げながら叫ぶ。
「う……動いてる!? いえ、浮いてる……!」
巨城スリュムへイムが、少しづつ上昇している。ということは最悪の展開だ。
首から下げたメダリオンをのぞき込んだリーファが、甲高い声を迸らせた。
「お……お兄ちゃん! クエスト、まだ続いている!!」
「な……なにィ!?」
喚くクライン。気持ちは全員一緒だ。
「さ、最後の光が点滅してるよ!」
リーファの悲鳴にも似た声に、ユイが鋭く反応した。
「パパ、玉座の後ろに下りの階段が生成されています!」
俺たちは返事する時間も惜しんで、猛然と床を蹴り、玉座までダッシュした。
裏に回り込むと、確かにユイの言うとおり、氷の床に下向きの小さな階段がぽっかりと口を開いている。本来なら慎重に行かなければいけないのだろうが俺たちは躊躇わずに突っ込んだ。
三段飛ばしで螺旋階段を下っていくと前方を走っていたリーファが声をあげる
「……あのね、お兄ちゃん。あたしもおぼろげにしか憶えてないんだけど……たしか、本物の北欧神話では、スリュムへイム城の主はスリュムじゃないの」
「え……ええ!? だって、名前が……」
「そうなんだけどね。でも、神話では、確か……す……す……」
リーファが必死で思い出そうとしていると、キリトの頭上のユイが答える。
「《スィアチ》です。神話では、ウルズさんの言っていた黄金の林檎を欲しているのも、実際にはスリュムではなくスィアチのようです。ここからはALO内のインフォーメーションですが、プレイヤーに問題のスローター・クエストを依頼しているのは、ヨツンヘイム地上フィールド最大の城に配置された《大公スィアチ》というNPCなのです」
「……カーディナルもなんつうクエストを生成してやがんだ」
このままいけばスリュムへイムがアルンまで浮上して、上の玉座の間にいるであろうスィアチ殿がラスボスとして降臨するのであろう。そんなことさせるわけにはいかないし、第一ここまで来て諦めるわけにはいかない。
どこまでも続く螺旋階段を、突き進んでいく。
「────パパ、五秒後に出口です!」
「OK!」
キリトが叫び、視界の先にわずかに映った光めがけて、俺たちは飛び込んだ。
そこは、氷を正八面体、ピラミッドを上下重ねたような形でくり抜いた空間だった。
壁はかなり薄く、ソードスキル一発で砕けてしまそうだ。螺旋階段は部屋の中央を貫き、一番底まで続いている。
そして、その先に───黄金の光が見えた。
それは間違いなくあの時に俺とリーファ、キリトとユイがヨツンヘイムから脱出した時に見えた輝きと同じものだ。
八人一列になって駆け下りた階段はようやく終わりを告げて、俺たちはそれを半円状に囲む。
フロアの中央に、氷の中に何かが閉じ込められているようだ。それは木の根っこ。無数の毛細管のように集まって太くなり、一本の根元につながっている。
しかしそれはあるところで断ち切られている。切断しているのは、微細なルーンの文字が刻み込まれた薄く鋭利な刃。黄金の輝きをまとった長剣が垂直に伸びている。
それは、俺が持っている《ロンギヌスの槍》と並び立つ伝説級武器《聖剣エクスキャリバー》だ。
キリトはその柄を握った。
「っ…………!!」
力を入れて台座から引き抜こうとしているが、びくとも動いていない。左手も追加し、両足で踏ん張って、もう一度引き抜く。
「ぬ……お…………っ!!」
それでも結果は変わることはない。
代わりに俺が抜いてやりたいという気持ちもあったがキリトが無理なら不可能だった。
俺はどちらかといえば筋力タイプというよりは、敏捷力を重視している方だと思っている。ALOというゲームでは筋力や敏捷力といった数値的ステータスは明確にわからない。
それは種族によって変わる隠しパラメータによって決められるらしい。
しかしサラマンダーの種族補正がかかっているクラインも俺同様に敏捷力よりだ。つまりキリト以外はやはり抜くことはできない。それに誰かが手を貸すことができても生粋のゲーマーであるキリトなら自分の武器は自分で手に入れたいはずだ。
「がんばれ、キリトくん!」
アスナがエールを送る。
「ほら、もうちょっと!」
それに続けてリズが声をあげ、リーファ、シリカ、クラインも声援を送る。
「根性見せて!」
「パパ、がんばって!」
シノンが叫び、ユイが精一杯の大声を出し、ピナも鳴く。
俺は、空気を肺へと送り込み、それを一気に吐き出した。
「とっとと抜けよな、キリト!!」
するとびきっ、という鋭い音がわずかに聞こえた。
「あっ……!」
誰かが叫んだ。それは唐突に起きるものだった。
今までに聞いたことがない爽快な音が聞こえた。四方に氷塊が飛び散り、黄金の長剣がキリトの手の中におさまる。
しかし、その重さと抜いた勢いでキリトの体は大きくのけぞる。それを全員で支える。
これで全てが終わった。やっとだ。と喜ぼうとした時だった。
氷の台座から解き放たれた小さな木の根が急激に育ち始めたのだ。
極細の毛細菅が、みるみる下方へと広がり、すっぱり断ち切られていた上部の切断面からも新たな組織が伸びてくる。
ジャックもびっくりするレベルの成長具合だった。
すると上から俺たち駆け抜けてきた螺旋階段を粉砕しながら何かがくる。それは根っこだ。スリュムへイムを取り巻いていた世界樹の根だ。
すると今までの揺れなど気にもならないレベルの衝撃波がスリュムへイムを呑み込んだ。
「おわっ……こ……壊れっ……!」
クラインの叫びと周囲の壁に無数のヒビが入ったのはほぼ同時だった。
耳をつんざくような大音響が連続して轟く。分厚い壁が崩落し、遥か下の《グレネードボイド》めがけて落下していく。
「……! スリュムへイム全体が崩壊します! パパ、脱出を!」
頭上のユイが鋭く叫んだ。キリトは右隣のアスナと顔を見合わせて、同時に叫ぶ。
「って言っても、階段が!」
その通りだ。先ほど螺旋階段は世界樹の根っこに跡形もなく吹き飛んだ。
「根っこに捕まるのは……」
こんな状況でもシノンは冷静に呟く。
「……無理そうね」
推定でも十メートルはあるであろう。そんな距離をジャンプで届くとは思えない。唯一の闇妖精である俺のみが暗中飛行を行える。しかしながらこのヨツンヘイムではそれさえも禁じられている。
「ちょっと世界樹ぅ! そりゃあんまり薄情ってもんじゃないの!」
リズベットが拳を振り上げて叫んだが、樹を相手に通じるわけもない。
「よ、よおォし……こうなりゃ、クライン様のオリンピック級の垂直ハイジャンプを見せるっきゃねェな!」
立ち上がった刀使いが、直径わずか六メートルほどの円盤上で精一杯の助走をする。
「あ、バカ、やめ……」
キリトの制止も聞かずにクラインは華麗な背面跳びを見せた。しかし普通に考えて届くわけもない。彼の体はそのままフロアへと落下してくる。
その瞬間、周囲の壁に亀裂が入り、スリュムへイム城の一角が本体から分離した。
「く……クラインさんの、ばかーっ!」
シリカがいつにない本気の罵倒をする。八人と一人と一匹を乗せた円盤は自由落下を始める。
これほどの高さから落下するのは正直な話でとても怖いことです。
俺たちの全力の悲鳴が響いていく。
俺は円盤の縁から、おそるおそる真下に覗き込んだ。
千メートルまで近づいているヨツンヘイムの大地には、《グレネードボイド》が口を開けている。
「……あの下ってどうなってるの」
シノンが隣で呟く。
「も、もし、もしかしたら、ウルズさんが言ってた、に、に、ニブルヘイムに通じてるかもな!」
「寒くないといいなぁ……」
「い、い、いやあ、激寒いとおお思うよ! なんたって、しし霜巨人の故郷なんだから!」
どうやら腹をくくったような表情をしているキリト。
そういえば、と俺は思い出したように隣にいるリーファに声を掛けた。
「スロータークエのほうはどうなったんだ?」
すると、リーファは悲鳴を止めて、もしかしたら歓声だったかもしれないが──胸元のメダリオンを見た。
「あ……ま、間に合ったよシュウくん! まだ光が一個だけ残ってるよ! よ、よかったぁ……!」
安堵の笑みを浮かべて、両手を広げて飛びついてくるリーファの頭を撫でながら、少しの可能性を考えた。
何かがあるはずだ。生き残るための方法が……
すると俺の首を抱いていたリーファが、ぴくりと顔を起こした。
「…………何か聞こえた」
「え……?」
耳を済ますが、聞こえるのは空気の音だけだ。シルフ族の聴覚で遠くの音まで聞こえているのだろうか。
「ほら、また!」
再び叫んだリーファが、俺から離れて円盤の上で立ち上がった。
「あぶねぇぞ……リーファ……」
叫びかけた俺の耳にも、その時。
くおおぉぉ──……ん、という遠い啼き声が聞こえる。
すると遠くの暗闇に小さな光が見える。闇妖精の暗視の補正がその姿を鮮明に映し出した。それは魚のような流線型の体と、四対八枚の翼、そして長い鼻を持つ俺たちのもう一匹の仲間──。
「トンキ────!」
両手を口に当て、リーファが叫んだ。もう一度、トンキーが応答する。
「こ……こっちこっちーっ!」
リズが叫び、アスナが手を振る。シリカがピナの羽越しにおそるおそる顔を上げ、シノンがやれやれと尻尾を振る。
破壊の原因を作ったクラインはようやく顔を上げて、ニヤリと笑って右手の親指を立てた。
「へへっ……オリャ、最初っから信じてたぜ……アイツが絶対に助けに来てくれるってよォ……」
──嘘つけ!
と俺たちは全員思っただろう。
円盤の周囲の無数の氷塊のせいで、トンキーはぴったりと横にはつけない。五メートルほどの間隔をあけてホバリングしている。しかしこのくらいなら飛べないことはない。
まず初めにリーファが、余裕のジャンプで見事にトンキーの背中に乗った。
シリカは両手でピナの足を掴んでややぎこちない助走で踏み切る。そしてピナの滞空時間のブーストでそのまま無事にリーファの腕の中に抱きとめられる。
次にリズベット、アスナ、シノンが乗り移るのに成功する。
やや強張った表情のクラインに、俺とキリトはお先にどうぞと手を振った。
「オッシャ、魅せたるぜ、オレ様の華麗な……」
タイミングを計っているクラインの背中を思いっきりどつく。やや飛距離が足りない気がしたが、トンキーが鼻を伸ばして空中でキャッチ。
「お、おわああああ!? ここ怖ェええええ!?」
喚き声を無視して、俺も飛び移るために助走へと入ろうとする。しかし一つの気がかりが俺にはあった。
さきほどから気にはなっていたが、《聖剣エクスキャリバー》を抱えているキリトのブーツが氷に食いこみそうなのだ。
あれほどの重量を持って五メートルもジャンプするのは不可能だ。
「どうすんだよ、キリト?」
「先に行っててくれ、シュウ」
何かを考え込んでいるようなキリト。考えていることなどわかる。それでもシュウがこの場でできることはない。
「絶対こいよな!」
その言葉を残して俺はトンキーの背中へと飛び移った。そしてすぐに体の向きを円盤方向へと変える。
キリトは苦笑いを浮かべる。
そして次の瞬間、右手に掴んでいた剣を、真横に放り投げた。
それがキリトの選択だったようだ。
軽く助走をしたキリトが踏み切ると、体の向きを空中で変えて落下していくエクスキャリバーを見ている。
トンキーの背中に着地したと同時に上昇を始める。
キリトの横にやってきたアスナが肩に手を置く。
「……また、いつか取りにいけるわよ」
「わたしがバッチリ座標固定します!」
すぐにユイも続ける。
「……ああ、そうだな。ニブルヘイムのどこかで、きっと待っててくれるさ」
俺もキリトに声をかけようとしたその時だった。
「シュウ、ちょっと私の体を支えてくれないかしら」
「え……?」
俺の声など気にもせずにキリトの前に進みでたのは、水色の髪のケットシーだった。
左手で肩から長大なロングボウを下ろし、右手で銀色の細い矢をつがえる。
「──二百メートルか」
呟き、詠唱をはじめる。
反射的に重要なことだと思い俺はシノンの腰のあたりに手を置いて支える。一瞬、彼女の体がビッくとなるが弓を引き絞る。
そして、矢を放った。矢は銀のラインを引きながら飛翔していく。弓使い専用の種族共通スペル、《リトリーブ・アロー》だ。矢に強い伸縮性・粘着性を持つ糸を付着して発射する。通常なら使い捨ての矢を回収したりする便利な魔法だが、糸が弓の軌道を歪めてしまい普通は近距離でしか当たらない。
さすがのシノンでも無理だろと思いながらも体を支えているとある一つのことを思い出した。
以前、《ロンギヌスの槍》を取りに行った時にゴーゴンの瞳で体が硬直した俺を助けたのはこの魔法だったと。あの時の距離は二百メートルという大層な距離ではなかったが八十メートル弱はあったのではなかっただろうか。リズが作った弓の限界距離は百メートルくらいだったと記憶している。
もしかしたら……もしかしたらだが、彼女ならいけるのではないだろうか。
たぁん!、と軽やかな音が聞こえた。金属同士が遠くでぶつかったようだ。
「シュウ、引っ張るの手伝って」
言われるがままに俺は立ち上がり、シノンが握っている魔法の糸をシノンの体の後ろから思いっきり引っ張った。かなり重い。向こうの方に見える黄金の光が、ぐうっと減速し、停止し、次いで上昇を開始した。
そしてわずか二秒後には、エクスキャリバーが俺とシノンの手の中に収まった。
ズシンという重みが両手に加わる。
「うわ、重……」
そんなことを呟きながらケットシーはくるりと振り向く。俺も彼女と全く同じ動きをする。
「「「し……し……し……」」」
七人とユイの声が、完全に同期する。
「「「シノンさん、マジかっけぇ─────!」」」
全員の賞賛に、耳をピコピコ動かして応える。
「それであんたはいつまで抱きついてるつもりなのよ」
「わ、悪ぃ!」
あまりの衝撃に俺はキャリバーを引き上げた状態のままをずーっとしていたらしい。
シノンはキリトを見ると、軽く両肩を上下させた。
「あげるわよ、そんな顔しなくても」
「あ……ありがとう」
礼を言いながら、キリトは《エクスキャリバー》を受け取った。
これでクエストも一件落着というものだ。
「……ねえ、シュウくん」
その声に俺は嫌な汗が背中を伝うのを感じた。骨が軋むような音を首が鳴らす。ゆっくりゆっくりと振り返ると、そこには満面の笑みを浮かべるリーファがいた。
「な、なんでしょうか……す、直葉さん……」
思わずキャラネームではなく本名で呼んでしまった。いま彼女が浮かべている満面の笑みは嬉しいからではない。怒っている時の笑みだ。どうして怒っているかは大体検討はついている。先ほど俺がシノンに抱きついていたことであろう。
「い、いや……あれは、しかたなかったんです」
「まだ何も言ってないよ……」
笑みを崩さないままリーファは、首を横に傾ける。その仕草は今の俺には恐怖でしかない。
「あとで話したいことがあるからね、集也くん」
「は、はい」
この時に俺は思った。
──女の人って本当に怖いですね。
そしてちらっとシノンを見ると水色の尻尾の先が小刻みに震えている。それは爆笑をこらえている証だ。完全に俺は彼女にはめられた。
今度リーファがいない時にあの尻尾を掴んでどれほど嫌がっても離してやらないと決意した。
「見事に、成し遂げてくれましたね」
俺が次に意識がはっきりしたのは、その言葉からだった。
それまでは直葉にリアルに戻ってから何をされるんだろうということから呆然としていた。
トンキーの頭の向こうに俺たちにクエストを依頼した身の丈三メートルの金髪の美女、《湖の女王ウルズ》だった。
「《全ての鉄と木を斬る剣》エクスキャリバーが取り除かれたことにより、イグドラシルから絶たれた《霊根》は母の元へ還りました。樹の恩寵は再び大地に満ち、ヨツンヘイムはかつての姿を取り戻しました。これも全て、そなたたちのお陰です」
「いや……そんな。スリュムは、トールの助けがなかったら到底倒せなかったと思うし……」
キリトの言葉に、ウルズは頷いた。
「かの雷神の力は、私も感じました。ですが……気をつけなさい、妖精たちよ。彼らアース神族は、霜の巨人の敵ですが、決してそなたらの味方ではない……」
「あの……スリュム本人もそんなこと言ってましたが、それは、どういう……?」
いつ泣いていたのだろうか、リーファがそう訊ねる。しかしそれはカーディナルのシステムでも応答できなかった。
「──私の妹たちからも、そなたらに礼があるそうです」
そんな言葉とともに、もう一つの人影が現れた。
身長は、姉よりは小さい。そうはいっても俺たちからすれば見上げる程度。髪は同じく金色だが、長衣の色が青。
「私の名は《ベルザンディ》。ありがとう、妖精の剣士たち。もう一度、緑のヨツンヘイムを見られるなんて、ああ、夢のよう……」
すると俺たちの目の前にアイテムだのユルド貨などがどさーっと落下してくる。
そしてさらに、ウルズの左側につむじ風が起こり、三つ目のシルエットが出現。
鎧兜姿の金髪を細く束ねた美しい女性。
そして三人目は、人間、いや妖精サイズだった。
「我が名は《スクルド》! 礼を言おう、戦士たちよ!」
凛と声を張って叫び、スクルドも再度、報酬アイテムの滝を降らした。
「──私からは、その剣を授けましょう。しかし、ゆめゆめ《ウルズの泉》には投げこまぬように」
「は、はい、しません」
子供のようにキリトが頷く。
するとこれまで両手に握られていた伝説武器《聖剣エクスキャリバー》は、姿を消した。
三人の乙女たちは、ふわりと距離を取って、声を揃えて言った。
「ありがとう、妖精たち。また会いましょう」
同時に視界の中央に、凝ったフォントとシステムメッセージ。クエストクリアを告げる。三人は身を翻し、飛び去ろうとした。
その直前、どたどたっと前に飛び出てクラインが叫んだ。
「すっ、すすスクルドさん! 連絡先をぉぉ!」
ここまでくるとクラインには呆れるほどだ。
しかし姉の二人はそっけなく消えてしまったが、スクルドさんはくるりと振り返ると、気のせいか面白がるような表情を作り、小さく手を振った。何かきらきらしたものが宙を流れ、クラインの手にすっぽりと飛び込んだ。
やがてリズベットが小刻みに首を振りながら囁いた。
「クライン。あたし今、あんたのこと、心の底から尊敬してる」
二〇二五年十二月二十八日の朝突発的に始まった俺たちの冒険は、こうしてお昼過ぎに終了した。
「……あのさ、この後、打ち上げ兼忘年会でもどう?」
キリトの提案に、さすがに疲れていたアスナがほわんと笑い、言った。
「賛成」
「賛成です!」
ユイが右手をまっすぐあげた。
突発的に行われることになった忘年会だったが、問題はどこでやるかということだ。
ALO内で行えば、ユイが確実に参加することができる。しかし、アスナが翌日から一週間ほど、京都にある父方の本家に行くということでここを逃すと年内にはもう会えないようだ。
それでユイが、リアルで!、言ってくれたので俺たちの忘年会はいつも通りの《ダイシー・カフェ》となった。
夕方から雪の予報だったのでバイクで行くか電車で行くか悩んだ結果、寒いのが嫌という理由で電車で向かうことにした。
結局、ダイシー・カフェのドアを開けたのは二時過ぎくらいになった。
先客として、桐ヶ谷和人とその妹の直葉と朝田詩乃がいた。
「……なにやってんだ?」
三人は小型カメラのような物を店内に設置していた。
さあ、といった感じで詩乃が肩をわずかに盛り上がらせた。
キリトはカメラと一緒に持ってきたであろうノートPCが置いてある前に座り、小型ヘッドセットを装着して話しかける。
「どうだ、ユイ?」
『……見えます。ちゃんと見えるし、聞こえます、パパ!』
するとPCのスピーカーからユイの声が聞こえる。
「OK、ゆっくり移動してみてくれ」
『ハイ!』
すると一番近くのカメラのレンズが動き出した。
「……なるほど、つまりあのカメラとマイクは、ユイちゃんの端末……感覚器ってっことね」
詩乃の言葉に、キリトではなく直葉が頷く。
「ええ。お兄ちゃん、学校でメカ……メカトニ……」
「メカトロニクスな」
苦笑いを浮かべながら俺が言い直す。
「それニクス・コースっての選択してて、これ授業の課題で作ってるんですけど、完全ゆいちゃんのためですよねー」
『がんがん注文出してます!』
キリトはほんと自分の子供に対して甘いな。
これで実際に子供が生まれて、娘だったりしたらお嫁にすら行かせないんじゃないかと心配になってくる。
「そ、それだけじゃないぞ! カメラをもっと小型化して、肩とか頭に装着できるようになれば、どこでも自由に連れて行けるし……」
「それもユイちゃんのためだろ」
マスターから出された烏龍茶を啜りながら、俺が言うと反論できないようだ。
そこからキリトが謎の妄想を語っているうちに、明日菜、クライン、里香、佳子《シリカ》の順番に集まっていき、二つのテーブルをくっつけた卓上に料理類が並んでいく。エギルもエプロンを外して席につく。
「祝、《聖剣エクスキャリバー》とついでに《雷槌ミョルニル》ゲット! お疲れ、二〇二五年! ──乾杯!」
キリトの音頭で忘年会がスタートする。
「……それにしても、さ」
左隣に座っていた詩乃がそう呟いたのは、テーブルのご馳走がほとんど片付いた頃だった。
「どうして《エクスキャリバー》なの?」
「と、いうと?」
詩乃はフォークを器用にくるくる回しながら補足する。
「普通は……っていうか、他のファンタジー小説やマンガとかだと大抵《カリバー》でしょ。《エクスカリバー》」
「そのことか」
「へえ、シノンさん、その手の小説とか読むんですか?」
俺の隣に座っていた直葉が訊ねると、詩乃はめずらしく照れ臭そうに笑う。
「中学の頃は、図書館のヌシだったから。アーサー王伝説の本も何冊か読んだけど、訳は全部《カリバー》だった気がするなあ」
「そう言われてみればそうだな」
基本小説を読むほうではないのでゲームなどでの知識になる。確かに《エクスカリバー》という名前が最も多い気がする。あとは《カリバーン》などがあった気がする。
「うぅーん、それはもう、ALOにあるアイテムを設定したデザイナーの趣味という気まぐれというか……」
するとキリトの左側に座る明日菜が苦笑いを浮かべる。それもそうなのかもしれない。俺が手にした《ロンギヌスの槍》も姿は、ほとんどSAOの《ロンギヌス》と変わりなかった。しかし名前のケツの部分に《の槍》というのが付け加えられた。
「たしかにそれもそうだな」
キリトがジンジャーエールを啜りながら言う。
「まあ、別に大したことじゃないんだけど……《キャリバー》って言うと、私には別の意味に聞こえるから、ちょっと気になっただけ」
詩乃が再び口を開いた。
「へぇ、どんな意味なんだ?」
「銃の口径のことを、英語で《キャリバー》って言うのよ。たとえば、私のへカートⅡは50口径で《フィフティ・キャリバー》。エクスキャリバーとは綴りが違うと思うけどね」
一瞬口を閉じた詩乃がちらりとキリトを見てから続けた。
「……あとは、そこkら転じて、《人の器》って意味もある。《a man of high caliber》で《器の大きい人》とか《能力の高い人》」
「へええーっ、覚えとこ……」
直葉が感心している。
すると向こうサイドで話を聞いていたであろうリズベットが、ニヤニヤと顔を作って言った。
「ってーことは、エクスキャリバーの持ち主はデッカイ器がないとだめってことよね。なんかウワサで、最近どこかの誰かさんが、短期のアルバイトでどーんと稼いだってきいたんだけどぉー」
「ウッ…………」
そういえば総務省の菊岡から、《死銃事件》の調査協力費がそろそろ振り込まれたころだったきがする。
するとキリトが俺に助けを求めるような表情を見せている。
しかしそれを無視して、テーブルの上の烏龍茶へと手をかけた時に隣から囁くような声が聞こえる。
「ナノカーボンの竹刀が欲しいな」
その声を聞いてまたしても背中に嫌な汗が伝っていく。
苦笑いを浮かべながら俺は、右隣の直葉が満面の笑みを浮かべながらこちらを見ていた。
「はぁ〜、買ってやるよ。どうせ俺は使うもんなんてゲームしかないからな」
「やった! ありがとね、集也くん」
今度は、無邪気な満面の笑みを浮かべる直葉。
まぁ、少し怒られたりもしたけどこの笑顔が見れたならよしとするかな。
「使い道がないなら私も新しい電子レンジが欲しいな」
あれ?
なんでだろ、左隣からもなんか物を請求する声が聞こえるんだけど気のせいかな。
「なんでこうなるんだよ」
気が抜けたように俺は天を仰いだ。
なんかこの二人のせいで俺の報酬が消えるような気がするな。
しかしこの二人には、あの時に助けられた恩がある。それならば、直葉と詩乃のために使うのが妥当な使い方だろうな。
「も、もちろん最初から、今日の払いは任せろって言うつもりだったぞ」
キリトも全額払わされることが決まったようだ。
四方からの拍手とクラインの口笛が聞こえる。
天を仰ぎながら俺は思った。
俺たちはSAO、ALO、GGOの三つの世界をへと出会った。そのどれもが俺を成長させてくれたのだった。
そのことを考えるとあの男には感謝しなければならないのかもしれない。あいつが行ったことは、決して許されることではない。
しかし、それでも今だけは、礼が言いたかった。そんなこと叶うわけもないのにだ。
そんなことを考えながら、俺はわずかに笑みを浮かべて、もう一度全員で乾杯するために、テーブルのグラスに手を伸ばすのだった。
後書き
というわけで長いことかかって閑話が終わりました。
途中の創作意欲がなくならなければとっくの前に終わっていたのですがね。
そして次回からようやくマザーズロザリオ編に入ることができます。
現在とっても迷い中なのですが、ユウキを生存させるか原作通りにするか。
意見があれば感想でおしらせください。
そして今頃わかったのですがこの作品が2周年目に突入していました。
製作していない期間が半年位あったので実質、一周年くらいですね。
応援してくださった皆様方ありがとうございました。
これからは、頑張っていきますので応援よろしくお願いします。
誤字脱字、感想、意見がありましたらお教えください。
また読んでいただければ幸いです。
ページ上へ戻る