雪玉
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第四章
第四章
「えっ、どうして」
「ちょっと葉山さん」
「やり過ぎよ」
ここで同じチームの女の子達が恵理香のところにやって来て言ってきた。
「やり過ぎって?」
「だから。雪玉硬くし過ぎよ」
「そりゃそんなことしたら駄目よ」
「硬くって」
「だから」
そのうちの一人がまだ話がわかっていない恵理香に対して説明する。
「雪よ。あまり硬くしたら」
「ええ」
「氷の玉になっちゃうじゃない」
「あっ」
言われてやっとそのことを思い出した。そうなのだ。雪玉はあまりにも硬くさせるとそれこそ氷になってしまう。当たり前のことだがそのことを思い出したのだった。
「そうよね、そういえば」
「確かに色々とある相手だし気持ちはわかるけれど」
「やり過ぎよ、さっきのは」
「あの、その」
何か責められだして戸惑う。本人にそんなつもりはなかったのだから尚更だった。
「私は」
「とにかく。保健室に連れて行きましょう」
「そうね。大丈夫だと思うけれど」
「私が連れて行くわ」
恵理香は咄嗟に自分で名乗り出た。
「葉山さんが?」
「ええ、私がぶつけたんだし」
こう皆に答えたうえでの名乗りだった。
「だから余計にね。それでいいわよね」
「ええ、それじゃあ御願い」
「一人で大丈夫?」
「大丈夫だから」
その質問にはすぐにこう答えた。
「安心して。一人でいけるわ」
「そう。それじゃあ」
「御願いするわね」
「ええ」
こうして他ならぬ彼女自身が倒れる数馬の肩を担いだ。その時に落ちている雪玉に気付いた。彼女が投げたその雪玉であった。
「あっ」
それに気付くとふと思うことがあった。それで彼女は。誰にも気付かれないようにそっとその雪玉を手に取った。そのうえでそれを自分のポケットの中に収めてそのうえで数馬を保健室に連れて行くのだった。男の子の中ではどちらかといえば小柄な彼は女の子の中では背の高い恵理香よりも背が高かった。恵理香はそのことにコンプレックスめいた、それでいて妙に自分が女の子なのだということを意識しながら保健室に向かうのだった。
数馬が目覚めたのは保健室の白いベッドの中だった。目が覚めると丁度彼の顔を恵理香が覗き込んでいた。
「あれ、葉山」
「よかった、気が付いたのね」
恵理香は彼が目を開けたのを見てほっとした顔で微笑んできた。
「どうなるかと思ったわ」
「俺確かあの時」
「御免なさい、私の投げた雪玉で」
両手を合わせて目を閉じて彼に謝罪するのだった。
「額に直撃して。それで」
「ああ、そうだったよな」
彼女にそれを言われて思い出すのだった。
「俺、葉山の雪玉に当たってそれで」
「保健の先生はショックで倒れただけだって仰ってたわ」
「それだけなんだ」
「怪我はね。それだけよ」
「じゃあ大丈夫だな」
今の恵理香の言葉の意味には全く気付いていなかった。
「それじゃあ暫く休んだら」
「そうね。ただその前に」
「んっ!?」
「これ」
そう言って彼に差し出したのは。あの雪玉だった。
「あげるわ」
「!?それって」
「ええ、これあげるわ」
彼に差し出しながら言葉を続ける。
「中身もね」
「中身って?」
「よかったら。割ってみてくれるかしら」
「これをだよな」
「そうよ、それをね」
言うまでもなく雪玉のことだ。数馬に対して言うのだ。
「御願い。開けて」
「開けたら何かあるのか?」
「開けたらわかるから。だからあげる」
「何かよくわからないけれど貰っていいんだよな」
恵理香の真意が掴めないまま応える。やはりわかってはいない。
「それで」
「ええ、だから」
「わかったよ。じゃあ」
恵理香からその雪玉を受け取った。それから言われるままにその雪玉を開ける。すぐにその中にあったものに気付いてみている。その間恵理香はじっとして身動き一つしない。当然言葉もない。
だが彼がその中身を見終わったと見ると。こう尋ねてきた。
「・・・・・・いいかしら」
「まさかとは思ったけれどな」
数馬は苦笑いになっていた。恵理香の方を見て笑っている。
「だからか。それでわざわざ」
「ええ。話を聞いて」
あの雪玉の話だ。
「それで私もやってみたの。こうした告白ならいいかなって」
「成程な。そうだったんだ」
「口では中々言えないから」
顔を俯けさせている。恥かしがっているのがわかる。
「だから。こうして」
「わかったよ。そういうわけだったんだ」
「それで。返事は?」
あらためてそれを尋ねてきた。
「返事はどうかしら。駄目?やっぱり」
「いや、いいけど」
あさりとではあったが恵理香にとっては望ましい返答だった。
「葉山がそれでいいっていうんなら」
「いいのね、本当に」
「ああ、こんな時には誰だって嘘はつかないさ」
笑って顔をあげてきた恵理香に対して告げる。
「だからさ。これからあらためて宜しくね」
「ええ、ええ」
恵理香は満面に笑顔になっていた。その笑顔で数馬の言葉に応えるのであった。
「こちらこそ。あらためて」
「ああ。けれどな」
「何?」
「あの雪玉はもう止めてくれよ」
また苦笑いになって彼女に告げてきた。
「氷そのものの雪玉はな。いいな」
「あっ、御免なさい」
「本気で痛かったからな」
それを彼女に対して言う。
「だから今度からはな。それはなしでな」
「わかったわ。それじゃあ」
「それだけ頼むぜ。じゃああらためて」
「宜しく」
「こちらこそな」
最後は純粋な笑顔でベッドとその側で笑みを浮かべ合う。窓の外ではまた雪が降りだしていた。外は寒いが二人は暖かい。その中で笑みを浮かべ合うのだった。穏やかで優しく、暖かい笑みを。雪玉がそれで溶けてしまいそうになる笑みで。
雪玉 完
2008・5・15
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