ソードアート・オンライン もう一人の主人公の物語
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■■インフィニティ・モーメント編 主人公:ミドリ■■
壊れた世界◆自己の非同一性
第五十七話 予感
その晩、ミドリとシノン、ストレア、イワンの四人はNPCレストランの一角を貸し切りにして夕食を共にしていた。目的はもちろん、ミドリが今まで隠していた秘密を皆に話すためである。
「そんなことが……。ミドリさんがプログラムだったなんて、信じられません」
「俺は単なるプログラムじゃない。知り合いのMHCPの話じゃあ、俺の感情だの思考だのっていうのはプログラムで模倣されたものではありえないらしい。つまり、表層意識だけがプログラムで、それを支える様々なことは生体脳がとり行っている。俺はプログラムと生体脳を部品として成り立つ、人間とコンピュータのハーフみたいなものだ」
「なんですかハーフって。なんですか知り合いのMHCPって。もう笑うしかないですよ」
イワンは乾いた笑い声を上げた。無理もないことだが、相当に混乱しているようだ。ストレアはすっかり黙りこんでしまっている。一方で事情を知っているシノンは料理に集中していてミドリの話はあまり聞いていなかった。
「まあそういうわけだ。男装云々の誤解は解けたな?」
「こんな真実なら男装の方がまだましですよ。ああ、もうなんだか周りの人がみんなNPCに見えてきました。みんなして私をからかってるんですよね、そうなんでしょう」
これは重症だ。ミドリはマルバ秘伝のホットジンジャーをイワンのグラスに注ぎ、無理矢理に飲み干させた。イワンは当然むせるが、かえって少し落ち着いたようだ。
「げほっ、げほっ。なんでこのゲーム誤嚥の感触まで再現してるんですかっ、ごほっ」
「落ち着いたか?」
「げほっ。ええ……っていうか落ち着かせるなら普通水でしょう。熱いもの飲ませるとか、これが現実なら火傷してるところですよ。まだ納得はできませんがとりあえず理解しました。それでミドリさん自身はご自分のことについて納得してるんですか」
「どういうことだ?」
「目が覚めたら記憶を失ってて、挙句の果てにはサイボーグになってたなんてことになったら、私だったら発狂してるところですよ」
「サイボーグは人間の脳に機械の身体だろう。俺は逆だぞ」
「そんなことはどーでもいいですってば。ミドリさんは自分がどういう存在か納得してるんですかって聞いてるんです。私の言ってることわかります?」
責めるような口調で尋ねるイワンは明らかにまだ混乱している。ミドリは再びホットジンジャーをつぐとイワンにすすめ、彼はそれをおとなしく飲んだ。
「納得出来ないから相当悩んだよ。結局のところ、俺はずっと自分がミドリなのかミズキなのかずっと分からないままだった。そのことでシノンにはだいぶ迷惑をかけたな」
ミドリがシノンをちらりと見ると、彼女は骨付き肉を豪快にひとかじりしてからやっとミドリの視線に気づいた。しっかり咀嚼して飲み込み、水を一口煽ってからようやく「なに?」と一言。ミドリは呆れてなんでもないと答えた。
「俺は自分がどんな存在なのか掴めず、ずっと苦しんでいた。それをシノンに相談したら、彼女は『今の俺がどんな存在なのか』だけを気にすればいいんだとアドバイスしてくれたんだ。以来、俺はシノンと行動を共にしている。戦闘の訓練とかを無償で手伝う代わりに、俺について客観的に気づいたことをレポートみたいにして書き出して貰ってるんだ」
シノンは「ああ、そのことか」とひとり納得すると、ストレージから一枚の紙を引っ張りだした。
「これ、今週のぶん」
「おお、いつもすまないな――って今渡すのかよ。これがそのレポートだ。シノン、こいつらに見せても構わないよな」
ミドリが一応シノンに確認を取ると、彼女は勝手にすればと言って再び料理をぱくつきだした。ミドリが渡されたそれを可視モードにしてイワンとストレアに渡すと、イワンは興味津々に、ストレアは一応見てみるかといった様子で覗き込む。
「……こんななんでもないような日常的なことが、自己定義――アイデンティティとなるんですか」
レポートを読み終わったイワンが多少の失望感と共に尋ねると、シノンがそんなイワンに対し不満そうな視線を向けた。
「そう、そんななんでもないようなことが俺の核となる。逆に言うと、このSAOで起動――というか誕生し、簡単にいえば生後数ヶ月の俺にとって、自分を定義するようなことはこれくらいしか存在しないんだ。だからこそ、シノンのレポートは俺にとって何よりも大事なもののひとつなんだよ」
ミドリが、夕食を食べ終わり、食後のデザートに手をつけはじめたシノンに対し感謝の視線を向けると、彼女は意味ありげに肩をすくめた。感謝しなさいよ、とでも言いたいのだろうか。
「それじゃ、ミドリさんは結局ミズキさんでもプログラムのミドリさんでもない、別の存在ということで納得しているんですね」
「そうだ。随分遠回りしたが、結局はそういう理解に落ち着いた。俺はお前の眼の前に居る俺自身に過ぎない。これは何があっても変わらない事実だ」
ミドリは簡単に言い切ったが、この結論に至るまでに悩みぬいた日々は相当な苦しみだった。その苦しみも今は乗り越え、彼は確かに自分という存在を掴んでいた。
しかし、それは彼が向かうべき方向、彼の戦う理由とはまた別問題だった。ストレアの表情は暗い。ミドリの話を聞き、彼女もまた自分の役割を思い出しつつあったからだ。戦いの目的とその結果の破滅的な結末が近づきつつあることに、まだミドリもストレアも気づいていなかった。
やがて彼らはたどり着かなければならない。彼らは戦う度に、自らを一歩ずつ死の淵へと追いやっているという絶望的な事実へと。
そして気づかなくてはならない。自分という存在が消えるのを防ぐためには、今の仲間に対し剣を向ける必要があることに。
彼らは選ばなくてはならない。自分も仲間もいるこの温かい牢獄を守る未来と、仲間を牢獄から解き放ち自分は完全に消滅する、考えるのも恐ろしい未来のどちらかを。
やがて来る苦難に立ち向かう覚悟など、今のミドリもストレアも持ちあわせてはいなかった。
後書き
短いですが、重要なポイントです。私の話は重要な話ほど短くなりがちな気がするのは何故でしょうね。
途中からいきなり中二病的な描写になったのは自分でもなぜだかよく分かりません。そしてゲームやってない方は何を言っているのか訳が分からないはずです。次回の更新で分かりますのでお待ちください。
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