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渋さの裏

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第一章

              渋さの裏
 和田哲也は渋い外見をしている、短く刈った髪型にきりっとした顔立ち、整いながらも哀愁も漂わせている目と眉。均整の取れた長身はスーツとトレンチコートがよく似合う。
 その彼を見てだ、会社の者達は言うのだった。
「和田部長渋いよな」
「ええ、今日もね」
「格好いいっていうかな」
「ダンディよ」
「俺もああした人になりたいよ」
 若い社員の中にはこう言う者も多かった。
「渋くな」
「あんたには無理よ」
「無理か?」
「和田部長みたいに渋く格好よくなることはね」
 到底、というのだ。
「あの人の格好良さはまた格別だから」
「不言実行でな」
「黙々とお仕事してね」
 しかもその仕事もだ。
「確実にこなして」
「堅実にな」
「しかも部下の責任はちゃんと自分が取って怒らない」
 そうしたところもだというのだ。
「もう特別の渋さよ」
「だからか」
「あんた、いえ他の誰にもね」
 それこそというのだ。
「なれないわよ」
「言われてみればそうだな」
「そうでしょ、あんな風にはなれないわよ」
「そうだよな」
 それが彼の渋さだった、とにかく会社でも取引先でもだった。彼は渋く無言で仕事をこなす格好いい上司だった。その為部下からも慕われ上司からも頼りにされていた。 
 そしてだ、部下達はこう言うのだった。
「家庭でもああか?」
「部長さんも奥さんいるし」
 家族がいることは知られていた。
「それに娘さんも三人いてね」
「へえ、そうなのか。娘さんいるのか」
「三人ね」
「意外と子沢山だな」
「けれど家庭でも多分ね」
 和田はどうかとだ、女子社員達は言うのだった。
「ああしてね」
「渋いままか」
「多分渋くてダンディなお父さんよ」
「だろうな、会社でああだとな」
「お家でもよ」
「いい父親か」
「格好いいね」
 そうに決まっているというのだ、これは誰もが思っていた。しかし家庭での彼は実際にどうかと見た者はいない。
 そして和田自身無口で自分の家庭のことは何一つ言わなかった、仕事のことを最低限言うだけである。だからこそ。
 彼は家庭でも渋いと思われていた、それはこの日もだった。
 仕事が終わった、するとだった。
 和田は自分の机を整理して鞄に入れるべきものを入れてだ、そのうえで部下達に低く格好いい声でこう言った。声域はバリトンだった。
「帰る」
「はい、お疲れ様でした」
 部下達はトレンチコートを着て帰る彼の背を自分達のそれぞれの席から見送った、そうしてそのうえでだった。
 あらためてだ、こう話した。
「今日も格好よかったな」
「ええ、渋かったわ」
「それで家庭で」
「奥さんや娘さん達に尊敬されてるのね」
「格好いい旦那さん、お父さんとして」
「そうでしょうね」
 こう話すのだった、そのうえで彼を見送る。
 和田は会社の最寄りの駅から電車に乗り自分の家の最寄りの駅に降りた、その間右手で吊り革を持って無言のままだった、表情も変えない。 
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