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第六章


第六章

「目のことだけれど」
「聞いたのかよ」
「聞くつもりはなかったけれど」
 こう返す妻だった。
「私の為にって」
「当たり前だろ。御前は俺の何なんだよ」
 強い言葉で妻に問うのだった。
「ワイフだろ。だったら当然だろうがよ」
「待つから」
 彼女は夫に告げた。見えていないが身体を起こしその顔を夫の声が聞こえてくるその方角に向けて声をかけていた。
「アイバンク。待つから」
「何時になるかわからねえよ」
 こう言ってそれを否定する夫だった。
「それにな」
「臓器売買?」
「そうだよ。よくあるだろ」
 このことはアメリカ社会において問題になっていたのだ。アメリカに毎年数多く出る行方不明者の何割かはそれが原因と言われている。確かな証拠はないが。
「そんなのに関わりたいか?」
「いえ、それは」
「そうだろ?若し御前のその目がな」
 リチャードは言葉を続ける。
「そうしたな。バラされたそいつのやつだったらだ」
「嫌な話ね」
「だからだよ。まあそうじゃないこともあるけれどな」
 臓器売買によるものではない可能性もある。しかしであった。
「それでも。嫌だろ」
「ええ。確かにね」
「だからだよ。俺の目を使え」
 彼は言い切った。
「いいな、俺の目をな」
「リチャードはどうなるのよ」
 エリーはこのことを尋ねたのだった。彼の話を聞きながら。
「エースじゃない。折角二百勝までできたのに」
「俺より御前のことだよ」
 あくまで言うリチャードだった。
「わかったな。いいな」
「よくないわ。目が見えなくてピッチャーなんてできないでしょ」
「だから御前のことをな」
「いいえ、駄目よ」
 エリーの否定の言葉は強いものだった。
「あんたが投げられないのなら私も生きる意味がないわよ」
「生きる意味がないっていうのかよ」
「だから。駄目よ」
 また言うエリーだった。
「わかったわね」
「ちっ、じゃあ一生見えないでいいのかよ」
「そんなことは言ってないでしょ」
「あのな、御前の目はな」
 彼は言い続ける。しかしであった。
「見えないんだぞ」
「けれどよ」
「いや、御前の目は見えるようにしてやる」
 彼もまた意固地であった。
「絶対にだ」
「何か考えがあるの?」
「御前の目は両方駄目なんだな」
 このことを確認するリチャードだった。
「その目は。そうだろ」
「それはそうだけれど」
「じゃあ一つでもいいな」
 こんなことを言ってきたのだった。
「一つでもな。見えるよな」
「えっ!?それって」
「両方が駄目なら一つでいいな」
 彼はあくまで言うのだった。
 
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