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クルスニク・オーケストラ

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第十二楽章 赤い橋
  12-3小節

「今――何て言った」
『わたくしが《魂の橋》になります、と申し上げました』
「ふざけるな!!」

 ああ、人生でこんなに怒鳴ったのなんて何年ぶりだ。見ろ、ルドガーが困ってるじゃないか。

『わたくしがフル骸殻に達したのを一番に知ったのは室長でしょう? 立派に《橋》の材料として条件は満たしておりますわ』

 ぐ。こいつ、人の泣き所を的確に突きやがって!

「それとこれとは話が別だ!」
『ではリドウせんぱいを殺せと、室長はおっしゃいますの?』
「そうじゃない! 《橋》は俺が」
『それこそわたくしが許すはずございませんでしょう』

 ぴしゃり、と声だけで反駁を跳ね返された。

『あ、そうそう。リドウ先生はAチームの二人に迎えに行かせました。今頃はトリグラフを出ていらっしゃいます。《橋》がわたくしに決まった以上、もうリドウ先生は関係なくなったのですから、どこにいらしても自由ですわよね?』

 ほっとしたのか、がっかりしたのか、俺自身分からない。
 リドウをジゼルの代わりに殺そうとでも思ったのか俺は。そんな究極の二択、俺は御免だ。それくらいなら俺が…
 いや…いや、いいや、いいや! 《俺たち》の一番大事な《ルール》は「自分を第一に生かす」だろうが。それくらいお前は「生きて幸せな結末を創ること」に拘ってただろう。それをどうして今になって変えるんだ! 何で…ッ…自分で自分が死ぬ状況を作り上げたんだッ!

『――今目の前にいる者をご覧になってください。誰ですか? ルドガーではありませんか? ルドガーは貴方が世界と引き換えにしてもいいほどに愛した家族ではありませんでしたか?』

 ルドガーを見やる。俺の弟。俺の家族。世界と、俺の命と引き換えにしてでも守りたい存在。俺のために笑って泣いてくれる家族。

「……みんなにハッピーエンドを見せてやる、って目標はどうする気だ。投げ出す気か。お前の中にいる、何十人もの《レコード》を裏切れるのか、お前が、ジゼル・トワイ・リートが」
『その目標については、諦める気なんて毛ほどもございません。ですから室長、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ――ちょっと待て。俺が? ジゼルの代わりに?
 ふざけろ! そんなもの、結局お前のやりたいこととは真逆じゃないか!

『それとも室長は、わたくしが死んでも何も手向けてくださいませんの?』
「そんなこと言ってない! そうじゃなくて…!」
『では死に逝く後輩の祈りを継いではくださいませんか? わたくしを少しでも哀れと思ってくださるなら、どうか』

 その言い方は卑怯だ。哀れ、なんて飛び越してる。

『身勝手で申し訳ありません。でもわたくし、分かったんです。例えわたくしが死んでも、わたくしの意志を継いでくださる人がいれば、何も潰えたりすることはないって。わたくしにとってそれが誰かを考えた時、室長しか思いつきませんでした。だって、わたくし、貴方のこと――』

 だめだ。本能レベルで思った。ジゼルから「それ」を受け取ってしまったら終わってしまう。俺たちが――ずっと《4人》でバカみたいに楽しく過ごしていた俺たちの《世界》が終わってしまう。

 終わってしまうのに。

 お前は残酷なほど潔く、「それ」を告げるのか。ジゼル。



『あなたがあるいてくるだけで、うれしかった。あなたと、こえをかわすだけで、たのしかった。あなたが、わらってるだけで、しあわせでした。さようなら、ユリウスせんぱい。――――だいすきでした』



 一生に一度。わたくしから他者へ刻む《レコード》を、打ち明けた。

「さようなら、ユリウスせんぱい。――――だいすきでした」

 室長の《レコード》は頂くまでもございません。わたくしの心に、強く刻まれているんですもの。

 だから室長もわたくしを覚えておいてください。今日まで身を粉にして尽くしてきたんですもの。そのくらいの退職金は頂いてもよろしゅうございましょう?

 電話を切った。言うべきことは全て言いました。
 これでこの体が駆動する最後の言い訳まで失ってしまったわね。

「ジゼル、メガネのおじさんが好きだったの?」
「そうですよ。認めたのはたった今ですけれどね」

 夕暮れのオフィス。他愛ない話をした自販機の前。並んで帰った夜の道。何かにつけては集まった家での飲み会。サインのクセ。ぜんぶ、まぎれもない、ジゼルだけの思い出。ジゼル・トワイ・リートだけの記憶(レコード)が出した答え。

 受け取ってください。これがわたくしが《わたくし》と《ヴィクトル》から受け取ったバトン、そして貴方に渡す命のバトンです。 
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