イリス ~罪火に朽ちる花と虹~
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Interview8 蝕の精霊 Ⅰ
「もう少しだけ、ここにいて!」
「だったら、わたしが契約する!!」
ルドガーは驚いて、宣言した友人――レイアを凝視した。ジュードもバランも、エリーゼとティポも、アルヴィンも、レイアをまじまじと見返している。
「わたしならリーゼ・マクシア人だから霊力野もあるし、ルドガーとはこの中で一番会う機会が多いから、ルドガーとイリスを一緒にいさせてあげられる。私が一番適任だよ」
「待って、レイア!」
ジュードがレイアの両肩を掴んだ。
「イリスは蝕の精霊だ。使役することになったらレイアの体がどうなるか見当もつかないんだよ。最悪、契約した瞬間にレイアのほうが蝕まれるかも」
「じゃあジュードは放っとけって言うの? あんなに痛がって叫んでたイリスが溶けて崩れるまでこのまま無視するの?」
「そ、それは」
「わたし、できない。ジュードが心配してくれるの分かる。でもわたしは、イリスがあのまま苦しんでるのが許せない。認められないのよ」
ジュードの両手がレイアの肩から滑り落ちた。
レイアは、脱力したようなジュードの横を通り過ぎて、実験室に続くドアの前に立った。
「レイアっ」
ルドガーが呼ぶと、レイアはふり返り、とてもキレイな笑顔を向けてきた。
「大丈夫。ルドガーの大切なひとだもん。わたしが絶対助けてみせるから」
実験室に踏み込むと、中はひどい腐臭で溢れ返っていて、レイアは咳き込んだ。
咳き込みながらも、イリスを閉じ込める触手の繭を見据えた。
(わたし、どうしてこんなにイリスを助けたいと想うんだろう。触ったら腐るっていうのだって怖くて、心の底じゃ近づきたくない気持ちがあって。だけど)
イリスはおそらく何百年もコレをくり返してきた。醜悪だろうが壮絶だろうが。ひとえにルドガーたちクルスニクの血族を守るために。大事な人の血を引いた「子どもたち」を守るために。
新聞記者は真実を伝える仕事。美しいモノだけ触れて感じればいいか? 否。
世に伝えるべきは、こういうものではないか。
陰の悲鳴、恐怖、汚泥、腐敗、悪臭。
それに触れる覚悟なくして記者などできない。
(イリスといると、そういうことを分かっていける気がする。まだ始まってもいない。だからイリス、まだ。もう少しだけ、ここにいて!)
レイアは意を決し、腕まくりをしてチューブの繭に両手を突っ込んだ。
一拍置いて、激しい熱が両腕を灼いた。
悲鳴を上げたかもしれない。分からないくらい夢中だった。
粘液を両腕で掻き分け、手に、確かな人肌の感触を得た。
レイアはその感触を掴み、繭を蹴ってテコの原理で「それ」を引っ張り出した。
「はぁ…はぁ…っ」
尻餅を突いたレイア。その膝の上には、全裸の女が一人横たわっている。紫の粘液に塗れてはいるが、それ以外には外傷らしい外傷はない。
「イリス……イリス!」
「う……」
イリスがゆっくりと瞼を開けてゆく。イリスは力が入り切らない様子で半身を起こした。
「その火傷……貴女が出してくれたの?」
「まあね。イチかバチかだったけど。よかった、無事で」
粘液に突っ込んだ両腕はずくずくと痛んで水ぶくれが出来ている。だがそれを打ち明けるとイリスが気に病むかもしれないから、レイアは笑顔の下に痛みを隠した。
イリスは自身の手、胴、足と全身を見渡し、やがて苦く笑んだ。
「皮肉なものね。より精霊に近づいたから苦しんでいたのに、精霊に近づいたから貴女と契約して難を逃れられた」
イリスは火傷したレイアの両手を捧げ持ち、跪いた。
「レイア・ロランド。鳥瞰の瞳を持つ乙女よ。蝕の精霊イリスは、己を省みずこの身を救ってくださった貴女の真心に報いるべく、貴女に誠心誠意お仕えすることを此処に誓います」
「ちょ、や、やめてよ、イリスっ。別にそういう、仕えるとか、上下関係とかがやりたくて契約したんじゃないんだから。今まで通りにしよ? ね?」
「……レイアは清々しい人ね」
ふいにイリスがレイアの胸に飛び込んだ。軽い、いや、薄い。
復活したミラにじゃれついた時にも同じ感覚があった。人間ではないモノの質量。幽かとしか表現できない、現世における精霊の存在感の脆さ。
「ありがとう。ほんとに、ありがとう。イリスを助けて、くれて。だいすきよ、レイア。一生忘れないから」
囁く声は外見年齢よりずっと幼く澄んでいた。
レイアもまたイリスを強く抱き返した。
後書き
ブレない悪役を書くのは難しいと知る今日この頃でございます。
これで直接イリスに触っても平気な人にレイアも加わりました。
現時点でイリスと普通にコミュニケーションが取れるのはルドガーとレイアのみ。ここ、地味に拘ったとこでもあります。つまり、触るとヤバイことになるジュードたちは、まだイリスに対して溝がある状態なんですよね。
それでなくても、目の前でセルシウスばきばきごっくんしたイリスと普通に接するのは、まともな神経では難しいかもしれませんが。
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