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イリス ~罪火に朽ちる花と虹~

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Interview3 鍵の少女、殻の悪女
  「ぜひ我が社の護衛にも習わせたいものだ」

 今回の記事を書くに当たり、読者の皆様に確認したいことがある。

 プリミア暦4295年、×霊×節×旬。反リーゼ・マクシア組織アルクノアによる列車テロで、自然工場アスコルドが大破した。犠牲者は2000人にも上るという、エレンピオス史上類を見ない凶悪テロ事件を、皆様は覚えておられるだろうか?

 事件の日は自然工場アスコルドの完成式典が執り行われる日で、トリグラフ中央駅から特別列車ストリボルグ号がアスコルド直通便として特別運行された。
 この列車には式典参加のため政財界の要人が多数乗車していた。その中にはクランスピア社前社長のビズリー・カルシ・バクー氏の姿もあった。同氏が秘書ともども暴走列車から生還したことで一部は話題騒然となった。

 閑話休題。

 では、この列車テロの最有力容疑者として全国に指名手配された人物は誰であったか。

 当時クランスピア社の通信・戦闘部門クラウンエージェントであった、ユリウス・ウィル・クルスニク氏である。彼は前回紹介したルドガー氏の実の兄でもある。

 賢明な読者の皆様には、すでに筆者が語らんとすることがお分かりだろう。

 ルドガー氏とユリウス氏。ビズリー元社長。今も語り継がれる伝説の企業のカリスマ社長と、その企業のトップエージェントであった兄弟。
 彼らが一堂に会したこの列車から、今日の世界における危機的状況は始まったのだ。


 L・R・クルスニクテラー








 大した動きでもなかったのに息が上がっている。暑い季節でもないのに汗が噴き上げる。

 ルドガーは双剣を両手に、今襲ってきたテロリストの、初めて殺した人間の死体を見下ろした。

(殺、した。人を。同じ、俺と同じ、人間、を)

 どうしてこんなことになったのだろう――今日は新社会人一日目で、駅の食堂で働き始めるはずだったのに。初対面の女の子にチカンの濡れ衣を着せられて、アルクノアのテロが起きて、ストリボルグ号に飛び乗って、そして、今……

 ムチャクチャに叫んで吐きたい気持ちになりかけた。

「コワイひと……もういない?」

 座席の陰から上がった声で、ルドガーは我に返った。

「ああ。もう、大丈夫だよ。怖がらせてごめんな」
「ヘイキだし……ぜんぜん」

 通路を覗く、蝶の刺繍の帽子を被った幼い少女。つい先刻、ルドガーにチカンの濡れ衣を着せた張本人である。

(コドモのくせに意地張ってんなよ。死体だらけで逃げ場はない、どこからテロリストが襲ってくるかも分からない。そんな状況で平気なわけないだろ)

「俺はルドガー。そっちの猫は俺んちの猫で、ルルってんだ。君は?」
「エル……エル・メル・マータ」

 エルが座席の陰から出てくる。足下にはルル。何があって一緒にいるかは知らないが、ルルが懐いた人間を放ってはおけない。

 今は、生きるか死ぬかだ。戦場(げんば)では迷うな、とユリウスにも教えられた。この子のためにも情けない姿は見せられない。

「フシャー!」
「! ルドガー、うしろ!」

 ルドガーは目視もせずまったくの勘で剣を振り抜こうとした。
 だが、その前に背後で人ひとりが倒れた重い音がした。

「――あれ? 何でルドガーがここにいるの?」

 知った声に阿呆みたいに大口を開けた。
 テロリストを成敗したのは、ペンではなく棍を両手に持ったレイア・ロランドだったのだから。

「そういうレイアこそ何で」
「わたしはアスコルドの式典の取材に行くはずだったんだけど。ルドガーは?」
「俺は…」

 傍らのエルを見下ろす。ルドガーにとっては屈辱的な部分も話さねばならないので、正直に事情を告げたくない。時間をかけて距離を縮めた異性となれば特に。

 悩んでいると、場違いに朗らかな拍手が響いた。

「これは驚いた。これがリーゼ・マクシアの武術か。ぜひ我が社の護衛にも習わせたいものだ」 
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