バレンタインは一色じゃない
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1部分:第一章
第一章
バレンタインは一色じゃない
綾波麻紀子は少し変わった女の子だ。色黒で目が大きいのは少しインド人に見えるが髪がストレートなので日本人らしくも見える。外見も少し特徴があるがそれ以上に特徴的なのはその性格であった。
人と違うことをしてみたいと考える性格なのだ。言うならば変わり者なのだがそれでも外見が結構いいので許されている。そのせいで彼氏までいる。
「実はさ、気が利いてしかも親切なんだぜ」
その彼氏の丹羽彰浩の言葉だ。彼の仇名は五郎左というがこの仇名の由来は彼の苗字に由来する。織田信長の家臣の丹羽長秀の名前がそれだったからそうなったのだ。何か古風だと思うが何分有名な人間なので悪い気はしていない。だが麻紀子はその仇名では呼ばないのであった。
「そんなので呼んでもちっとも面白くないわ」
「面白くないんだ」
「だから私は普通に呼んでるのよ」
「丹羽君って?」
「オーソドックスもかえって変わったものになるのよ」
だからこう呼んでいるというのだ。
「わかるかしら」
「わかるけれどさ」
彰浩はそれに応える。しかし今一つ釈然としなかった。
「この前の話だけれど」
「ああ、あれね」
ふと思い出したように彼に応えてきた。
「楽しみにしておいてね」
「バレンタインだよ」
彰浩はかなり心配していた。それは何故かというと彼女がチョコレートを渡してくれるかどうか甚だ疑問だったからだ。疑問というよりは不安で仕方がなかった。
「チョコレート、だよね」
「当たり前でしょ」
麻紀子の言葉は何を言っているのよ、とあからさまに含んだ感じであった。
「チョコレートよ。それは安心して」
「だったらいいけれど」
「楽しみにしていて」
そのうえで彰浩に対して笑ってみせるのであった。
「とびきりのチョコレートをプレゼントしてあげるから」
「とびきりなんだ」
「そいじょそこいらのチョコレートなんかめじゃないわよ」
またしてもおかしなことを考えているのがわかる。何しろ麻紀子は普通のことをするのが、人と同じことをするのが何よりも嫌いなのだ。何かするのにつけてもそうなのだ。だからこそ彰浩は不安で仕方がないのである。
「この世に二つとないチョコレートだから」
「そうなんだ」
本音を言えば普通のチョコレートでもいい、彼はそう考えていた。何しろ彼女から手作りのチョコレートを貰えるだけで幸せな話だ。それでどうして贅沢を言うのか。贅沢を言えばそれこそこの世の男の全てを敵に回すと言っていい話だ。世の中何かとバレンタインに対して特別な感情を抱く男もいる。もっとも例外はいるもので男から貰う男やバレンタインに自分でチョコレートを買ってそれで赤ワインを飲む男もいる。変わった人間もいることにはいるが。
「楽しみにしていて」
「やっぱりあれ?」
絶対違うと思いながらも言うのであった。
「ハート型のチョコレートかな」
バレンタインの定番であった。
「ホワイトチョコで文字を書いて」
「そんなの全然普通じゃない」
やはり麻紀子は違っていた。それは普通だと一言で切り捨てたのである。
「絶対にしないから。安心してね」
「そうなんだ」
「といってもケーキでもドーナツでもないわよ」
それは保障してみせるのであった。
「絶対にね」
「そうなんだ。じゃあそれは期待しておくよ」
「絶対に期待していてね」
こうまで言ってきた。
「凄いのプレゼントしてあげるから」
「うん」
満面に如何にも楽しげな笑みを浮かべる麻紀子に対して彰浩は顔の裏に不安で仕方がない素顔を見せていた。とにかく不安で仕方がなかったがそれを言うわけにはいかなかった。言ってどうにかなるものでもないからだ。なればどんなにいいものか。こうも思うがそれも言うことができないのであった。
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