貴方が・・・・・・いない
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第二章
第二章
「あのね」
「何だい?」
「デートしよう」
せめてもと思って。こう提案した。
「デートしよう」
「デート?」
「ええ、最後にね」
せめてもと思って。彼に提案したのだった。
「テーマパークでも映画館でもプールでも」
「何処でもいいの?」
「ええ、何処でも」
こう彼に告げた。
「もうお別れなら。二人でね」
「そう、最後の思い出に」
「そう、思い出に」
本当にそのつもりだった。彼を忘れたくなかった。だから私はこう提案した。
「一緒に。二人で」
「わかったよ。じゃあ俺がロンドンに行くまでに」
「二人でね」
こうして私達は最後のデートをすることになった。朝の早くから街のどんな場所でも回って楽しんだ。この大切な出逢いを忘れない為に。
私は幸せだった。彼も。今は不安を忘れて一緒だった。
いつもよりお喋りで二人で楽しい時間を過ごした。朝まで一緒にいた。そして今。彼はロンドンに向かう為に私に別れを告げてきた。
「ねえ」
「ええ」
彼の言葉に応える。
「俺、これでロンドンに行くけれど」
「そう、遂にね」
「絶対に忘れないから」
こう私に言ってくれた。
「何があっても。絶対にさ」
「私のこと覚えてくれるのね」
「忘れないよ、忘れる筈ないじゃないか」
彼の言葉も滲んでいた。顔はとても見られなかったけれどそれはわかった。
「そんなこと。絶対に」
「私も。何があっても」
そしてそれは私も同じだった。忘れられる筈がなかった。
「忘れないから」
「じゃあこれで」
「さようなら。ロンドンでも元気でね」
「ああ、そっちもな」
言葉がいつもより優しく感じられたのは気のせいじゃなかった。それが彼の気持ちだということも私には充分過ぎる程わかった。だから痛かった。
「だからこれで」
「ロンドンに着いて落ち着いたら」
私も彼に言った。
「よかったらだけれど」
「ああ」
「連絡して」
こう言ったのだった。
「お手紙送ってね」
「わかったよ。書くよ」
「楽しみにしてるから」
これが最後の言葉になって私達は別れた。もう彼はいない。私の前にはいない。
溜息だけが出るけれど。それを見る人もいない。
行き先のない溜息はそのまま漂って消えて。私だけがいて。
その私はただ泣いているだけ。別れがあまりにも辛くて。
無理して笑顔になろうとしてもそれはできなくて。涙が溢れるだけ。
「好きだったけれど」
一人になった私はこう呟いた。
「好きでいるしこれからもずっといたいけれど」
その彼はもういなくて。私の前にはいなくて。
それで涙がただ溢れていく。お互い別れるしかなかった。
今は彼がまた前に来てくれることだけを願い。待っているだけ。
行きたくてもそれはできなくて。私にもいなければならない場所があるから。
「けれど何時かきっと」
こう願いながら今は待つだけ。あの人が戻ってきてくれる日がくることを。泣きながら待っている。その日が来ることをただひたすら。
貴方が・・・・・・いない 完
2010・3・16
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