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蒼き夢の果てに

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第6章 流されて異界
  第106話 βエンドルフィン中毒?

 
前書き
 第106話を更新します。

 次回更新は、
 1月7日。 『蒼き夢の果てに』第107話。
 タイトルは、『チアガール……ですか?』です。 

 
 繰り返されるお決まりのミュージック。この全国チェーンの大手スーパーに入店する度に嫌と言うほど聞かされる音楽を右から左へと聞き流しながら、入り口にほど近い野菜売り場から流し始める俺。
 入り口に一番近い辺り……向かって右側の壁辺りに存在している産直のコーナーを横目に、入り口正面に堂々と並ぶ本日の特価。一本八十五円の大根の前で足を止める。

 しかし――

「不要」

 既に俺を置いて、その向こう側の棚の方向へと歩みを進める紫の髪の毛の少女が、非常に短い言葉でそう告げて来る。
 彼女の目的はふたつ目の棚に並べられたキノコの類。マイタケとシメジをひとつずつ手に取り、俺の押すカートに無言で放り込んだ。双方七十八円也。

 しかし……、成るほどね。
 そんな、少しぶっきらぼうとも見える彼女の仕草を見て、もっともらしく首肯いて見せる俺。

 他の買い物客から見ると今の彼女はまるで怒って居るように見えるかも知れないな。そう考えた後、思わず少しの笑みを浮かべる。何故なら、今の彼女が放って居る気は不機嫌とはまったく逆の雰囲気。間違いなく上機嫌に分類される状態だと言う事が、この場で俺だけが気付いて居るのですから。

 スーパーの入り口に差し込んで来る陽の光は未だ明るい午後の浅い時間の光。昼食の時間帯とするなら遅すぎ、そうかと言って夕食の買い物と言うには未だ少し早い時間帯の為、普段と比べるとやや少ない目の買い物客がまばらに存在するだけの店内。
 十二月六日。今日の午前中のみで二学期末の試験が終わり、現在は遅い昼飯と、夕食用の買い出しの最中の俺と有希。
 尚、試験に関しては滞りなく終わり、俺の記憶力に誤りがなければかなり高い結果を残す事となったでしょう。

 もっとも、ほぼズバリの試験問題を直前に解いて、その間違った部分を徹底的に教え込まれるなどと言う試験勉強を行えば、余程のマヌケでない限り赤点など取る訳はないのですが。

 ただ……。

「本当に良かったのか、有希?」

 キノコ類の並んだ棚の裏側から白菜をまるごとひとつ。一玉四百九十八円也の大玉を無造作に手に取り、そのままカートの買い物籠の隅に置く。
 矢張り基本はコレでしょう。

「問題ない」

 既に一丁四十八円の木綿豆腐をふたつ手にした有希が、普段通りの妙に透明な表情でそう答えた。
 但し、普段の存在感が薄い――妙に儚げな印象の彼女も、こう言う場所……。日常と正常な理が支配するスーパーの生鮮食料品売り場ではその儚げな印象が薄れ、ごく普通の少女のように感じるから不思議なものである。

 そう、あの日。試験初日……十二月四日の放課後にハルヒが言い出したのは、試験後の十二月六日に学期末試験の打ち上げ及び、新しい団員……つまり俺の誕生会を兼ねたパーティを行うと言う物でした。
 もっとも、それだけならば別に問題はなかったのですが……。

「せやけど、いくら学校から一番近くて、更に一人暮らしだから便利だと言っても……」

 有希のマンションでやらなくても良いのでは……。
 人参は冷蔵庫に新聞紙で包んだ物が有るから、その上にわざわざ買い足す必要はないか、などと妙に所帯じみた事を考えながら、青い物。春菊やネギなどの並べられた場所に向かい進む俺。

 尚、今までの試験や文化祭などの打ち上げの内の何度かは、有希のマンションで行って来たらしい。確かに立地条件やその他……。長門有希に対して水晶宮が用意したマンションと言うのが、かなり高級な部類のマンションに成るようなので、間取りも豪華なら防音なども完璧。更に一人暮らしと言う事は、他に家族がいないと言う事。つまり、他の家族に気兼ねしながら宴会を行う必要もない。
 これだけ好条件が揃った場所と言うのも早々ない、と言うのは判りますが……。
 しかし、今回に限っては別の場所でやって貰いたかった。

 俺と言う居候が存在している現状では。

 ネギ――。万能ネギなどではなく、白ネギと呼ばれるネギと春菊。後は……。
 目的の品を指折り数えてから視線を上げる俺。其処には色々な種類の練り物が並ぶ棚が。其処から無作為に選んだ、一本九十七円のかまぼこを買い物籠へと投入。そうして、一玉十七円のうどんが積み上げている場所に視線を移す。

「問題ない」

 何時の間にか主客が逆転。俺の方が先に立ってカートを押し、その後ろをゆっくりと付いて来ていた有希が、先ほどと同じ台詞を口にした。
 そんな彼女の声を背中に聞きながら、練り物の並んだスーパーの陳列用の冷蔵庫のある場所から直角に折れ曲がり、見るとはなしに漬物の並んだ冷蔵庫に目をやる俺。

 そうして、其処に並ぶ赤い、臭いのキツイ漬物を左目に映して、キムチ鍋はないよな。……などと自分の好み優先の献立を頭の中で組み立てて見る。
 正に平和な午後の買い物風景。俺、そして、有希も学校帰りに直接ここへと立ち寄った為に、共に学生服姿であるトコロから、他の買い物客から見ると、彼女の表情に妙な違和感のような物を覚えさせる可能性は有るけど、それでも四捨五入して高校生同士のカップルに見える事が間違いなしの状況。
 もっとも、所詮は有り触れたスーパーで偶々すれ違うだけの相手。そんなに深く記憶に止め置かれる訳などなく、すれ違った次の瞬間には忘れ去られる可能性の高い刹那の邂逅。

 僅かな空白。店内に流れる聞き慣れた音楽のみが二人の空間を支配する。

「情報操作は得意」

 俺が答えを返さないのに焦れた……訳ではなく、何と言うか妙に上機嫌で言葉を続ける有希。
 声に華やいだ雰囲気が混じる訳でもない。ましてや店内に流れる音楽に合わせたハミングが聞こえて来る訳でもない。ただただ簡潔で普段通り。しっかりと彼女の声に精神を集中させていなければ非常に聞き取り難い小さな声。
 しかし、その中に微かに感じる喜の雰囲気。

 ただ、何故、彼女の機嫌が良いのかが分からない、のですが。

 もしかすると、この日常にどっぷりと浸かった時間が、彼女にとって……。
 ……楽しい、と言う感覚を与えて居るのか。そう考え掛けて、しかし直ぐに否定的に小さく首を横に振る俺。

 何故ならば、俺と彼女の関係が非日常そのもの、だから。そもそも、兄妹でもなければ、ましてやギリギリ許される範囲内の従妹でもない高校生の男女が同棲生活を営んでいるのも異常ならば、その二人の関係も俺が主で、有希が従の契約関係。
 そうして、俺がこの場に居るのも、そもそも、一度狂い掛けた歴史の流れを元通りの流れに確実に戻す為の処置。揺り戻しを警戒するために必要だと言う理由で呼び出された異世界人。

 彼女から見ると、俺と言う存在が非日常の象徴のような物のはず。そんな俺が彼女の傍らに居るのに、日常にどっぷり浸かったような感覚を覚える可能性は低いでしょう。

「そうか。それやったら俺の――」

 取り敢えず、機嫌が良い理由を深く詮索する事は止め、彼女の方さえ見ずに何かを話し出そうとする俺。当然、そんないい加減な態度。差して意味の有る内容を口にしようとした訳ではない。
 日常を彩る取りとめのない軽い内容の会話。
 しかし……。
 その瞬間、何故か立ち止まり、ゆっくりと振り返って彼女の顔を見つめる俺。商品の鮮度を証明する為になのか、不自然なまでに明るい、そして、その鮮度を維持する故に冷たい店内の状況が何か、奇妙な違和感の如き物を感じさせたのだ。
 そう、それは、以前にも何か似たようなやり取りをした事が有ったような気が……。

 その振り返った俺の視線の先には――
 彼女のやや鋭角な……少し人工的な雰囲気さえ漂わせている輪郭が、強めの蛍光灯の白色の中で際立っているかのように感じられた。

「大丈夫」

 同じように立ち止まり、既に俺を見つめていた彼女が静かにそう言った。
 しかし、これでは意味不明。まるで先ほど俺が何を言い掛けたのかが判って居るかのような答え。

 そうして、

「強い特徴がある訳ではないけど顔の造作は整っていて、瞳には光が宿る。力強い筆使いで引いたかのような眉と優しげな瞳のバランス。筋の通った……真っ直ぐに伸びた鼻梁と日本人にしては高い鼻」

 俺を真っ直ぐに見つめたままの状態でそう、独り言を呟くような小さな声で続ける有希。
 ……間違いない。彼女は俺がどんな内容の冗談を口にしようとしたのかが判ったと言う事。

「高い身長と服の上からは判らない引き締まった身体」

 あなたの外見に関する情報を操作する必要など存在しない。
 童謡をアレンジした曲に重なるように、そっと呟く有希。他の誰にも聞こえないレベルの声。しかし、普段から彼女の声に集中している俺には間違いなく聞こえるレベルの声で。

 ほんの軽い冗談。そもそも俺の外見の情報を書き換える……つまり見た目を変える事は簡単。別に有希に頼まなくても俺の持って居る仙術で十分に対応出来ます。しかし、そんな事を俺自身が認める訳がないのも事実。
 高が髪の毛を黒く染める事さえ拒否した俺が、自らの意志でそんな事を為す訳はありません。

「普段はとても頼りがいがある。でも、時々、とても幼く感じる事もある」

 淡々とした。無と言う感情のみに彩られた声音で語られる内容はまるで……。

「何時までも笑って居るあなたを見て居たい」

 そう思うには十分な容姿を持って居る。
 これは最早愛の告白。ただ、彼女自身がそれを正確に理解しているかどうかは判りませんが。

 それに、彼女とハルケギニア世界の湖の乙女に関係があるのなら既に……。
 流れ行く音楽――。何時の間にか十二月に相応しいクリスマスの定番へと変わった店舗の中心で、暫し無言で見つめ合う二人。
 咄嗟に返す言葉を失った俺と、
 沈黙を是とする彼女。

 そうして次の瞬間、ツルに手をやり、自然な仕草で彼女の容貌の一部と化して居た銀のフレームを外し、素顔を俺に魅せる彼女。
 そう。普段よりも幾分か幼い……。表情から少し鋭角な部分が消え、年齢そのままの彼女が其処に居た。

 ずっと見て居たい、と言ってくれた表情で彼女を見つめ返す俺。ただ、少し作り物めいた表情に成って居た可能性もゼロではないのですが……。
 メガネを外したのは、――おそらくですが直接、彼女自身の目に俺を映したかったから。ただ、そんな事を言われた経験など皆無の俺が、自然な笑顔など浮かべられる訳などなく。
 更に厳密に言うのなら、ずっと。一生、彼女の元に居られる訳ではない事が、俺の心の奥深くに澱のように沈んで居たのも事実……ですから。

 真っ直ぐに見つめていた瞳に一瞬、何か複雑な色が浮かび、そして視線を外して仕舞う有希。何と言うか、陰の気と陽の気が複雑に混じった奇妙な雰囲気。おそらく彼女も俺がそう遠くない未来。ハルケギニアとの間にゲートが開けば、彼の世界に俺が帰らなければならない事に気付いたのでしょう。

「そうしたら、さっさと買い物を済ませて家に帰るか」

 何時の間にかそうする事……。彼女が言う二人の家に帰る事が当たり前に成りつつある現状に少しの違和感を覚えつつも、そう話し掛ける俺。
 それに、有希のマンションの部屋からは、何故か俺の気を強く感じて居るのも確かです。

 おそらく以前に俺の異世界同位体が訪れた時から、室内の雰囲気を変えていないのでしょう。
 本来の部屋の主人。長門有希と言う少女が……。

 普段と同じように動いたか、それとも動いていないのか判らないレベルで首肯く有希。今日に関して言うと少し雰囲気が違った彼女が、この時、ようやく普段の調子を取り戻したかのように感じられた。


☆★☆★☆


「ちょっと。何であんたが当たり前のような顔をして台所に立って居るのよ?」

 流しの前に立ち、野菜を洗っている俺の背中に対して投げつけられる言葉。既に窓の向こうは夜の帳が降り、世界は冬と闇が支配する時間へと相を移していた。
 棚から取り出した人数分の食器をコタツの上に並べるように万結に頼んだ後に、振り返る俺。

 其処には、何故か……と言うか、普段通りの表情の彼女が胸の前で腕を組み、俺を睨み付けている。
 不機嫌そうにリズムを刻む指先が左腕の二の腕を叩く度に彼女の長い黒髪を纏めるリボンが揺れ、半歩分前に出した右足も同じようにリズムを刻んで居た。

 まぁ、何にしても彼女も通常運転中、と言う事ですか。

「それは簡単な質問。俺は料理が得意やからな」

 ハルヒも知っているように、俺に食事を準備してくれる家族は居ないから、自分の食事は自分で準備するしかない。
 表面的な一部分のみで正解と成る答えを平然と――何の違和感も与える事なく返す俺。

 そもそも、仙人の修業の中には料理。巫蠱(ふこ)に関する修行も含まれる以上、一般的な男子高校生に比べると得意と言っても良いレベルの腕に成るのは当たり前。
 ここまでは表向きに説明出来る理由。

 そして、ここから先は説明出来ない。もしくは説明しても理解され難い理由。
 俺は、俺のテリトリー内に他人が入って来て、その人間の雰囲気に支配される事を嫌う人間です。いや、多分、この資質は人間としての資質と言うよりは、龍としての本能のような物。
 更に言うと、この部屋。長門有希と言う名前の少女型人工生命体が暮らして来たマンション内の一室は、人間レベルの所有者は長門有希名義で間違いないのですが、霊的な意味での所有者は違います。
 そう、この部屋の霊的な支配者は俺。式神としての長門有希の主人である俺が、この部屋に存在して居る以上、精霊……ここは台所であるので、この場の荒神などの類はすべて俺の支配下にあると言う事。

 その場所の精霊を支配する人間が、場の雰囲気を支配する。この形の方が自然で有り、突発的な事件や事故が起き難く成るものですから。
 荒神さまと言うのは少々気難しくて祟り易い。特にこの部屋のように霊的な支配権を強く持つ存在が居る場所で、それ以外の人間がウカツな事を行えば……。

 尚、俺がこの有希のマンションを我が家だと感じて落ち着いて居られる理由もコレ。有希が異世界同位体の俺が去った後にもずっと自らがこの部屋の完全な支配者とは成らず、俺の気配を残してくれたが故に、俺はこの部屋を我が家と同じような態度で寛いで居られると言う訳です。

 しかし、

「今晩のあんたは主賓に成るんだから、その主賓が自分の誕生日の料理を作るのって変じゃないのよ」

 何と言うか、非常に珍しい事に、割と真っ当な事を言うハルヒ。
 確かにそれは正論。但し、それは彼女が俺の置かれている状態を知らないから言える事。

 何故ならば、今の俺の立場は……。

「涼宮さんはまるで新婚家庭のキッチンに踏み込んで仕舞ったような気分に成るから、二人で並んで仕事をするな、……と、そう言いたいんですよね」

 ……ホスト側。誕生日を祝って貰う主賓で有るのと同時に、この部屋の主の内の一人で有る以上、客を招く側にも当たる。そう考えて居た俺に対して、ハルヒの背後。コタツのあるリビングの方からこちらに顔を出した蒼髪の委員長が、何か微笑ましい光景を目にしたかのような表情をコチラに見せながら、そう言う。

 そして、

「それに、まるで二人で揃えたかのような衣装も気に食わないのでしょう?」

 ……と続けた。
 成るほど。確かにボトムの方は俺も、そして有希も共にジーンズ姿。ただ、トップに関して、俺はなんの変哲もない白いポロシャツ。有希はその上に彼女が着るには少し大きいサイズのチェックのセーターを着た状態ですから、別にペアルックと言うほど似通った組み合わせ、……と言う訳では有りません。
 彼女の首元から覗く襟が白、と言うトコロから判断しない限りは。
 まして、いくらその姿が似合っているからと言って、普段の北高校の冬のセーラー服の上からオーバーサイズのカーデガンを羽織る姿で皆を招き入れる訳にも行きませんから。

 ここは有希のプライベート空間。其処で普段から学校指定のセーラー服姿で過ごしていると思われる訳には行かないでしょう。それではいくらなんでも実在感がなさ過ぎます。

「何よ。それじゃあ、まるであたしが有希に焼きもちを焼いているように聞こえるじゃないのよ」

 そんな訳ないじゃないの。こんなヤツ相手に。
 かなり不満げな雰囲気でそう言い返すハルヒ。ただ、俺が判るのはハルヒが発して居た雰囲気が不満げで有ったと言うだけで、それが焼きもちから発した物なのか、それとも別の……。例えば本当に、今回のパーティの主賓となるべき俺が台所に立って居る事に対する不満なのかは判らないのですが。

 ただ――
 ただ、彼女や朝倉さんが俺と有希が並んで鍋の準備をしているシーンを見て、まるで新婚家庭に入り込んだように感じた理由については判ります。
 この家……この部屋に存在するすべての精霊たちは俺と契約を交わして居て、その契約を間接的に有希にも権限が委譲されるようにして居ます。つまり、有希が言うように霊的なレベルに於いてこの部屋と言うのは俺と彼女の部屋と言う事。
 二人はほぼ同格。部屋の女主人と男主人。この関係を、完全に魔法と言う世界に踏み込んだ訳ではないけどある程度の素養がある人間から見て、自分たちに一番分かり易い表現をすると……。

「そもそも恋愛感情なんて一時の気の迷い。精神病の一種なんだから」

 ハルヒや朝倉さんにも、魔法と言う闇に覆われた世界の影響がかなり現れつつあるのかも知れない。少し難しい顔で一瞬、そう考える俺。しかし、そんな俺の気持ちなど気にするはずもないハルヒが、何と言うか恋に憧れている年頃の乙女としては明らかに常識外れの台詞を口にした。
 ……いや、これももしかすると朝倉さんが指摘した内容が余りにも核心を付いて居たが故に、売り言葉に買い言葉、と言う、ある意味勢いのみで発した言葉の可能性も有りますが。

 ただ……。

「ハルヒ。それは間違いやで」

 ハルヒがどう言う心算で先ほどの台詞を口にしたのか意味不明ですが、流石にこの言葉を投げっぱなしにする訳には行かない。そう考えた俺が、取り敢えずもっともらしい仕草。右手の人差し指と親指で自らの顎を摘まみ、左腕は胸の前で組む。左足を半歩前。体重は右足のほぼ全体重を預けた形の立ち姿でそう話し掛けた。
 まるで、相手。小説に登場する探偵が相手の証言の矛盾を指摘する瞬間のようなポーズ。

 対して、

「何よ。何か文句が有るって言うの?」

 取り敢えず聞いて上げるからさっさと話しなさい。そう言う心の声が今にも聞こえて来そうなハルヒ。相変わらず胸の前で腕を組む……と言うか、まるで自らのバストを強調するかのような立ち姿に、上から目線の言葉や態度が様に成る。
 そして、

「そうですよね、武神さん。さっきの涼宮さんの台詞は流石に女の子としてはどうかしているとしか言い様がない台詞ですよね」

 何故か、自分の事を擁護してくれると思い込んだかのような台詞を口にする朝倉さん。いや、おそらく彼女が求めて居るのは自分の先ほどの台詞の肯定などではなく、少し浮世離れした……奇矯や、織田信長風に言うのならうつけと言うべき世間一般の常識から外れたハルヒを自分たちの居る世界に止め置いてくれ、と言う事だと思う。
 おそらく、普通。他人と同じだと言う事を嫌って居る感じのするハルヒの事を考えての事。……だとは思うのですが。

 但し……。

「恋愛感情と言うのは脳内麻薬の働きに因る物。少なくとも精神病の一種と言うには語弊があると思うぞ」

 一目ぼれなどと言うのは、これの典型的な例。以前の経験などから、脳が好みの人間が現れた瞬間に大量の脳内麻薬を発生させる。それが一目ぼれ。ボーイ・ミーツ・ガールと言う現象を生み出す。

「これが行き過ぎるとギャンブル依存症に近い症状が現われる事も有るらしいな」

 常に新しい出会いを求めるようになる。その刺激が……出会いの刺激がなくなると、直ぐに次の相手を探すようになる。
 そう言いながら、ハルヒを見つめる俺。ただ、これは別に深い意味が有る訳ではない。強いて意味を付けるとするのなら、彼女の反応が見たかっただけ。
 そして、

「もっとも、ハルヒに関してはそんな心配はないか」

 そんな有り触れた……。何処かの三文小説のような出会いから始まるボーイ・ミーツ・ガールの物語とは一番遠い所に居る人間みたいやからな。
 最後は妙に皮肉屋の部分が顔を出して仕舞ったが、少なくともハルヒ、そして朝倉涼子の二人を煙に巻く程度の役には立つ内容の台詞を終える俺。

 そんな俺を、少しムッとしたかのような瞳で睨み付けるハルヒ。尚、その際に、「何よエラそうに」と、ワザと俺が聞こえるレベルのボリュームで口にした。
 しかし、それも一瞬。直ぐに半歩前に進んだ後に、俺の右手を掴み、

「取り敢えず、あんたは邪魔なんだから、仕事をする心算がないのなら、コッチに来て坐っていなさい」

 そう言って、自らの方に引き寄せようとするハルヒ。
 差して強い力で引っ張られた訳ではない。しかし、ここで無理に反抗的な態度に出ても、何時ぞやの教室の一件のようにしつこく食い下がって来るのがオチ。そして、この場所は食器やその他の品物で溢れているキッチン。ここで目標物しか目に入らない子猫のような行動に出られると、後の被害が莫大な物になる可能性もゼロでは有りません。

 ただ、そうかと言って、

「……って、邪魔なのはむしろオマエさんの方でしょうが、ハルヒ」

 素直に彼女のしたいように引っ張られながらもそう言う俺。一応、彼女のしたいようにさせているけど、口調だけはやや反抗的なまま。それに解放さえされたのならまた、元の居場所。有希の隣で鍋の準備を始めたら良いだけ、ですから。
 しかし――

「何言っているのよ。鍋の準備ならとっくの昔に万結が初めて居るから、あんたが其処にぼぉ~っとつっ立って居られたら邪魔なの」

 元々、俺が立って居た場所を指差しながら、そう言うハルヒ。
 その彼女の指の動きに少し遅らせるような感じでゆっくりと視線を移す俺。

 その先には……。

 既に野菜の処理が終わり、肉や魚介類の処理に移っている有希。何時ものハーフリムのメガネに蛍光灯の光輝が映り込み、少し冷たい光を放つ。
 そして、有希が刻んだ野菜を浄水器から出された水で最後の水洗いを行い、それを水きり用のザルへと手早く並べて行く万結。
 共に無言。しかし、その手つきはまったく危なげがない。

 まるで姉妹の如き息の合った様子。更に、普段はメガネを掛けていない万結も銀のオーバルフレーム……丸みを帯びたフレームを持ったメガネを掛けている為に、雰囲気、及び容姿までもがまるで良く似た姉妹の如き状態。確かに服装に関してはボーイッシュな有希に対して、黒のシャツに白のキャミソールワンピと言う、非常に女の子らしい服装の万結なのですが、二人の発して居る妙に儚げな印象はまったく同じ。
 そう言えば、確か二人は同じ師匠に付いた同門とも言うべき間柄。これはある意味、姉妹と言っても過言ではない。それに、確か二人の師匠に当たる玄辰水星(げんしんしせい)は巫蠱を得意として居た仙人ですから、この二人が、料理を得意としていない訳がない。

 俺の師匠は残念ながら風水術や招鬼に関しては得意として居ましたが、巫蠱はそれほど得意とはして居ませんでしたから……。
 そう考えた刹那!

 突如右の耳に発生する激痛。そして、

「何をニヤケタ顔で女の子が料理をしている様子を見ているのよ!」

 人生が始まってから十六年経った俺でも、漫画の中の登場人物以外では見た事のない方法……耳を引っ張られて部屋を連れ出される人間と言う経験をさせられる俺。

「おい、こらハルヒ! 耳は引っ張るな! 只でさえ片目は紅いのに、耳まで伸びたらウサギさんみたいになるやろうが!」

 アイタタタ、などと口にしながらも、かなり余裕のある台詞を発する俺。もっとも、現実にはある程度加減されているようなので、騒いでいるほどには痛みを感じている訳ではなかったのですが。
 ……流石に耳まで鍛えていて、少々引っ張られたぐらいではモノともしない、などと言う鉄人、もしくはカンフー映画の達人などでは有りませんから。

「少し引っ張られたぐらいで大げさに騒ぎ過ぎよ。そもそも、あんた、引っ張られている振りをして自分から付いて来ているじゃないの」

 顔は見えないけど、声にはかなりはっきりとした呆れの色を付けるハルヒ。但し、不機嫌な色合いは消え、微かな喜の色合いが感じられる。
 まぁ、この形なら問題はないか。有希と万結は姉、妹弟子の関係で、共に仙術を学ぶ者。そんなに雰囲気を荒らされる訳じゃない。まして、あの二人が台所に立って居るのならハルヒが無理に割り込もうとする事もないでしょう。

 取り敢えず、台所での鍋の下準備は有希と万結に任せて、居間の方に用意されたカセットコンロの方の準備に回ろうか。そんな事を考えながら、ハルヒに耳を引っ張られた状態で敷居を跨いだ時、蒼髪ロングの委員長と視線が合う。
 そして、その瞬間、如何にもやれやれだ、と言う雰囲気で彼女は肩を竦めて魅せたのでした。

 
 

 
後書き
 だぁー! 学校以外の場所だと服装の描写が入るから時間が掛かる。
 それに12月24日に更新する内容じゃねー!
 恋愛感情と言う物を根底から否定する内容とも取られかねないじゃねぇか。

 それでは次回タイトルは『チアガール……ですか?』です。
 
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