バカとテストと白銀(ぎん)の姫君
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プロローグ 姫君とナイトと和菓子屋さん(3)
(3)
目の前では見ず知らずの男が、そう長くも無さそうな舌で、長広舌を振るっている………もうどれくらい経っただろうか。
「*****」
あぁ、目の前の男が誰かに向かって何かを言っている。
いいや、僕とこの男の他にこの公園には誰も居ないのだから、恐らくそれらの言葉は僕に向けて発せられているのだろう
………けれど動いている唇から漏れ出る音で意味を持つような代物は、こちらの耳にはちっとも入ってきやしない。
恐らく……いいやナンパか何かのつもりなのだろう
そうだとすればこの男の言っている内容なんて、所詮は中身のないお笑いのような、聞く価値さえもないことだろう。
そんなものをただ壊れたレコーダーのように繰り返している彼に賞賛の念など抱きそうだ。
いい加減目を逸らしたい心持ちだけれども、それで男が調子づいて腕でもつかまれたら嫌だ。
気色悪い。
……男は嫌いだ
所詮は表の一皮を剥いでしまえば、そこにあるのは軽薄で、間抜けな阿呆面と、解りやすい打算を醜悪にも滲ませている。
バレていないとでも思っているのであろうか。
……その目の奥に欲望を滲ませ、何事も自分の望むままにまかせ、相手に言うことを聞かせようと言う傲慢な態度も何もかも
……自分も嫌いだ。
まるですべてを上から見るような、そんな自分も……大嫌い。
嫌い、というレベルで考えるなら、自分も目の前の男にも…それほどに差はないはずだ。
……だからきっと人間そのものも嫌いなのだろう。
女の子が男の顔をぼぉっと眺めていると、その目の前の男の顔は紅潮していく。
……男の言葉は徐々に直接的な内容になり、異常なまでに熱を入れて口説き落とそうとしていることが傍目にも解った。
それにも関わらず、能面のように全くと言っていいほど表情を変えず、殊更ノーリアクションな女の子に、見当違いにも腹を立てているのだろうか
(誰も話し掛けて欲しいなんて、頼んでやしないって云うのに。)
そう女の子の表情が気だるげに主張している風にあたしには思えた。
「……っ!」
男の口が大きく、尖って見えたかと思うと、不満らしきものを喚き散らして……女の子の腕を掴んだ。
何の反応もしないというのなら、直接力任せにでも連れていこうとでも云うつもりだろうか。
「ちょっと!」
あたしは彼女の腕を掴んでいた男の腕を後ろから更に掴む。
「止めてあげたらどうなの?」
「はぁ?何なんだよ、何様のつもりだよ?」
男から女の子を引き離すために二人の間に割って入るように体を滑り込ませる。
「あんたこそ何様のつもりなの!この子、嫌がってるじゃない」
あたしは男をつかむ腕に軽く力を込める。
男は僅かに顔をしかめると、彼女から手を離してあたしに食いかかる。
ナンパ男としばらく言い合いになったが、あたしの余計な邪魔のせいで気が萎えた、とか勝手なことを抜かしながら退散していった。
「はぁ……ったく」
男の後ろ姿が見えなくなったのを確認してから女の子の方に向き直る。
「……大丈夫?それとも余計なお世話だったかな?」
よくよく見ると男の子っぽい服装をした女の子だ。
「いえ、助かりました。」
周囲に野次馬の姿がないといっても、やはりやりすぎた感は否めない。
少し気まずく思っていると女の子の唇から、それこそ花のような笑顔と一緒にそんな言葉が零れ出た。
「その…ありがとう…」
自然と、本当に自然と微笑み返してくれた彼女の表情に、出すぎたことじゃなくてよかったとあたしは一安心した。
「……ですがいつもこんなことを?」
「え、まさか。」
軽く肩を竦めると小さく笑って見せる。
「ただ、貴女の顔から……SOSが出てるように見えたから。」
自分で言うのは妙に恥ずかしく、少し頬が朱く染まっていくのがあたし自身でも分かった。
「SOS(救難信号)……」
「どうしてそう思ったのか、それは解らないんだけどね……」
腕時計を見ると、もうすぐ待ち合わせの時間になるころだった。
「じゃあ、あたしはこれで。待ち合わせに遅れる!」
「……ありがとう」
立ち去ろうとするあたしの背中に、不意に投げかけられた言葉……それを聞いてあたしは、ちょっとだけ可愛らしい彼女の方を振り返る。
「貴女可愛いんだから、そんなところでボーっとしてたら駄目だよ……!」
それだけ言って手を一回だけ振ると、あたしは待ち合わせ場所へと駆けていく。なんとなく、このままここにいたら未練がましく思ってしまいそうだから。
「……可愛い、か」
不思議と、あんな笑顔で言われてしまえば気にならないものだけれど。
「その言葉は、そっくりそのまま……貴女に返すよ。」
そんな可愛い彼女をしばらく見送り、彼女のいってしまった方向に背を向けて女と間違えられた彼はゆっくりと歩き出した。
これは「彼」が学園の近くのアパートに引っ越して間もない話。
互いに背を向けそれぞれの道を進む、もう二度と会うことはないだろうと思っている二人はまだ知らない。
今ここで分かれゆく道の先で、再び二人の未来は交わることを
そして
自分には決して与えられることは無く、また得る資格もないと思っていた感情を、誰かと分かち合うことが出来る歓びを
あたしは待ち合わせの時間に、少し遅れて公園に来てしまった
一陣の風が吹き抜け、桜の花びらが吹雪いている。
そして、季節外れの白銀色も波打っていた。
「遅いですよ、薫子さん」
印象的で中性な声の主と目線が交差する
「ごめん、遅れちゃった」
後書き
あなたのその花の顔に浮かぶ穏やかな笑顔
その裏に、ひっそりと咲き潜む一輪の白い竜胆の花をわたしは見つける
胸元に滑り落ちる十字架の冷たさをお互いの距離のように感じながら
わたしたちの秘密
重なりあう感情
あなたと絡めた指の先に、持て余した想いを込め
終わらぬ輪舞曲の中、わたしたちは回り続ける
心乱れ迷いながら
わたしがあなたに嘘をついてまで隠すのは
仮面の下で吐いた、ため息の理由
今にもあなたを抱きしめてしまいそうな、この想い
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