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魔道戦記リリカルなのはANSUR~Last codE~

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Myth17燃えるベルカ・イリュリア戦争~The Illyrian waR~

†††Sideオーディン†††

アムル奪還のためにヴレデンより出撃した私たちグラオベン・オルデン。アムルを目指して空を翔け、遠目にアムルに突っ込んだ戦船3隻の船体を目視。本当に不愉快な光景だ。守れ切れなかった悔しさに歯噛みする。

『オーディン。使い魔を一体召喚するという事ですが、魔力の方は大丈夫ですか?』

『アンゲルス一体の召喚に消費する魔力は多大だが、敵の魔力を吸収してやれば最後まで行けるだろう』

シグナムからの心配の思念通話に対しそう返す。こうしてアムルへ向かっている途中に、アムル奪還に七美徳の天使アンゲルスを使う事を話した。先の戦で見せたカスティタスと同じアンゲルスで、全部で七体存在しているという事で、みんな驚いていたが。

『そうですか。ですが御無理はなさらぬようお願いします』

『判っているよ。シグナムこそ無茶な戦いはしないようにな』

『場合によりけりです』

少しばかり笑い声を含ませたその一言に、『私も場合によりけりだな』と付け加えた。

「・・・さて。グラオベン・オルデン全騎。これよりアムル奪還を行う。イリュリア騎士との交戦を許可する。油断なく、徹底的に連中をアムルより追い払え」

全員の「ヤヴォール!」をしっかりと胸に刻み込み、「それではサクッと片付けて、ミナレットを潰しに行くぞ!」起動している“エヴェストルム”のカートリッジを1発ずつロード。

「アギト、融合だ・・・!」

「うんっ!」

シグナムとアギトはユニゾンを果たし、

「マイスター、アイリ達も・・・?」

「ああ、頼むよアイリ」

私とアイリも融合する。シュリエルが「私も融合したいのだがな・・」とシャマルにそう打ち明けていた。シュリエルと融合するためには“夜天の書”を完成させなければならない。しかし一度完成させてしまえば、そう時間をかけずに暴走を始めてしまう。
“エグリゴリ”を救えていない状況でそれは最悪過ぎる結末だ。だからシュリエルには完成させないように言いつけてある。まぁ、蒐集は適度に行っている。何せ“夜天の書”は、ある一定期間蒐集を行わないと主の魔力を強制的に蒐集し始めるのだ。

「(はやてを蝕んだ障害もそれが起因していた・・・)シュリエル、すまないな。融合騎ではなく1人の騎士としての君の力を頼りにしたいんだ」

ただの建前ではなくひとつの本心として告げる。

「い、いえ! 私も申し訳ありませんっ。納得はしているのですが、やはり、その、羨ましいというのか、あ、いえっ、忘れて下さい!」

あわあわ焦るシュリエル。なんというか可愛らしい。いつもシグナムのように凛としているシュリエルだが、時折微笑ましくなるような可愛らしさを見せてくれる。シュリエルの隣へと移動し頭を撫でると、「オーディン・・?」きょとんとなる。シャマルが「良かったわね」と言うと、シュリエルも「ああ」と嬉しそうに頷いた。

「・・・我が内より来たれ、貴き英雄よ・・・!」

このままほのぼの空気で居るのもまた良いが、残念ながら今は大事な戦闘の直前だ。私の精神世界に展開さている創世結界・“英雄の居館ヴァルハラ”に在る我が使い魔、異界英雄エインヘリヤルを召喚する呪文を詠唱。詠唱を聴いた全騎は本格的な臨戦モードに入り、ピリピリと緊張感が伝わってくる。

「七美徳が節制・・・アンゲルス・テンパランチア!」

最後に、召喚するエインヘリヤルの名を告げる。と大気が震え始める。人たるイリュリアの騎士ども。地に跪き天を仰ぎ見よ、その圧倒的にして荘厳なる威容を。其は、天上世界の王位に就きたる神の御側に座する事を許された、偉大なる七つの美徳を司りし者。とまぁ少しクサい言い回しをしたが、実際にとある召喚先世界の神として召喚された私が従えた正真正銘の天使だ。
大気の震えが止まった瞬間、目前に迫って来たアムルのあちこちに、直径50m程の黄金に輝く12枚の光輪が地面に描かれる。光輪より勢いよく溢れ出る黄金の閃光。それと共に出現したのが、金銀の甲冑を纏った12頭の龍の半身。12頭全ての頭の上には天使である証拠・御使いたる証明エンゼル・ハイロウが浮いている。

「おお、すげぇ・・・。アレが、テンパランチアってやつなのか・・・!」

「ああ。テンパランチアで戦船をアムルより排除する。・・『テンパランチア、やれ』」

念話で指示を出すと、『任務了承です、我が主君ドミヌス』テンパランチアより返答。テンパランチアの3頭の首が戦船にその長い首を巻かせて担ぎ上げ、残り10頭のテンパランチアの口から黄金の砲撃が吐き出され、綺麗に戦船だけを粉砕消滅させた。
その間に私たちは地上に降りて、駐屯しているであろうイリュリア騎士団を壊滅させる。全騎に「降下開始」と告げ、一斉に降下を始める。降下途中での襲撃を警戒していたんだが、無傷で降り立つ事が出来た。

『マイスター。おかしいよね、これ。騎士特有の気配どころか人の気配もないもんね』

アイリの言う通りだ。人っ子一人として居ない。周囲の見回りに出ていたザフィーラとシュリエルが戻ってきた。「我が主。周辺には誰もおりません」とザフィーラの報告。シュリエルも同様に「罠のような物も在りませんでした」おかしな点が無いことを報せてくれた。
シグナムが「どういうことでしょう・・?」と考える仕草をしながら私の元へと来た。騎士団を駐留させず、トラップも仕掛けず、シュトゥラ侵攻の最前線拠点となるアムルを放置している理由。まだ人間だった頃、大戦時に似たような状況があった気がする。なんだったか・・・。

「(あぁそうだ。ステアの作戦のひとつにあった事だ)やられたっ、罠だ! テンパランチアっ、西北西に砲撃準備!」

戦船3隻の排除を終えたテンパランチア12頭の全てが西北西へと口を開き、口内に黄金の極光が生まれる。私の焦りように戸惑っているみんなに「カリブルヌスが来る」と告げると、それだけで無人のアムルに得心がいったようだった。
しかしアギトだけは『え? え? どういうこと?』と判っていないようだが、一から説明してる暇はない。イリュリア方角の空に青紫色の光が・・・4つ生まれた。カリブルヌスの魔力光だ。反射鏡砲弾フェイルノートを使わずに高威力を維持したまま着弾させ、アムルを焦土にするつもりのようだ。

――O salutaris Hostia Quae coeli pandis ostium. Bella premunt hostilia; Da robur, fer auxilium/ああ救霊の生贄、天つ御国の門を開き給う御者よ、我らの敵は戦いを挑むが故に、我らに力と助けを与え給え――

テンパランチア12頭より放たれる黄金の極光砲撃。迫り来るカリブルヌスの迎撃に向かう。4対12。勝敗は最後まで見る事もなく判る。カリブルヌスは一瞬にして消し飛ばされた。

「・・・アムルを奪還しに来た者たちもろともカリブルヌスで消し飛ばそうとしたんだ。だから無人なんだよアギト。味方も一緒に消し飛ばすわけにはいかないからな」

かつて私たち“アンスール”は、ヨツンヘイム連合の重要な拠点のひとつだった属国を潰して管理下に置いた事があった。もちろん連合は奪還しに来た。真っ向から戦っても勝てるような戦力だったが、ステアはある策を私とカノンに任せた。
それが今のイリュリアと同じ戦略。奪還しに来た連合大隊もろとも属国を消し飛ばす。最強の砲撃魔術師である殲滅姫カノンと、対軍・対界に特化した孤人戦争と謳われた私は、ステアの作戦通り連合大隊をその国ごと潰してやった。もちろん、民間人が居ない事を確認したうえで、だ。

『そうだったんだ・・・』

だがこれは「オーディンさん。これって好機じゃないですか?」先にシャマルに言われてしまったが、全く以ってその通り。騎士団潰しに要する魔力などを下手に浪費せずに済んだ。テンパランチアの召喚にはまぁ結構な魔力を持っていかれたが問題ないだろう。

「ああ、好都合だ。アムル防衛はテンパランチアに任せ、私たちはこのままミナレットへ向かう。『アイリ、このまま融合状態を続行するが、いいな?』」

『もちろんっ。アイリ、頑張るからっ。だからね、絶対にイリュリアに勝ってね、マイスターっ』

「『ありがとう、アイリ。絶対に勝つさ』では改めて。グラオベン・オルデン、ミナレットへ向け出撃だ」

テンパランチアに『砲撃が来た際には迎撃・吸収しての自己維持だ。騎士団が攻めてきた場合、遠慮するな。戦船の場合、撃沈しろ。あと、この街には一切の被害を出すな』と指示を出しておく。テンパランチアは魔力攻撃を食べる事で体を維持する事が出来る。カリブルヌスはちょうど良い餌というわけだ。テンパランチアは『任務了承、我が主君ドミヌス』と12頭すべてからの大合唱。
アンゲルスの内、節制のテンパランチアは数少ない防衛タイプの天使。こういう防衛戦にはうってつけだ。アンゲルスを従える事になった契約でも、天界に攻めて来た人間と悪魔混合軍の防衛に一役買ってくれた。話を戻して、後続の防衛騎士団へアムル奪還を報せるために、魔力で創った鳥に手紙を持たせ飛ばせる。

「じゃあ行こう。クラウス達マクシミリアン艦隊ももう出ている頃だ」

王都攻略が本格的に始まる前に潰さないとな。決意を新たにアムルから、ミナレットの在るイリュリア沖の島へと向かう。

◦―◦―◦―◦―◦―◦

――イリュリア王都スコドラ/森林地区コースフェルド/???

王城の在る王都中心部より遠く離れたそこは、木々に覆われた自然豊かな森林地区コースフェルド。ファルコ・アイブリンガー率いる騎士団・地駆けし疾狼騎士団フォーアライター・オルデンの鍛錬場所である。そのコースフェルドは遥か昔――数百年以上も前より開拓する事を禁止されていた。
その理由を知るのはイリュリア王族と執政部、騎士団幹部クラスのみだけだ。コースフェルドの中央には大きく開けた空間が広がっている。直径にして4kmほど。普段ならフォーアライター・オルデンはそこでキャンプを張って、数日間連続で鍛錬を行う。しかし今は、騎士ではなく学者のような連中がその空間にたむろしていた。

「いやぁ、実に興奮しましたよ。伝説のエテメンアンキをこの手で修復できたなんて」

「はは、まったくだ。それにしても。子供の頃から何も無いと思っていたこの場所に、エテメンアンキが在ったとは」

「この数百年、ずっと結界で位相をズラされていたんですよね・・・。だから目に見えずに触れる事さえ出来なかった。でも今は、見えないだけで触れられる」

1人の男が手を何も無い宙に伸ばし、ピタッと何かに触れたかのように止まった。そこには何も無い。しかしソレは在る。聖王のゆりかごに並ぶ最強クラスの兵器・エテメンアンキの外壁が、確かに存在している。
そこは獣たちの楽園たる地上より遥かに高き場所、さながら生命の頂である空。上は星空、下は雲海、周囲360度が藍色のみである成層圏の空に、1人の女性が何かに腰かけている体勢で居た。肩に掛かる程の長さの灰色の髪。眼下に流れる白い雲を眺める双眸は翠色。右手の甲で頬杖をついていることから肘掛椅子と思われる物に座っているようだ。

「ご先祖様、大変お待たせいたしました。レーベンヴェルトの奪還という代々より続く夢が、イリュリア最後の女王にして新生レーベンヴェルト最初の女王となる我、テウタ・フリーディッヒローゼンバッハ・フォン・レーベンヴェルトと、ご先祖様が遺したるこのエテメンアンキが叶えましょう。ですからもうしばらくの間、お待ちくださいませ」

テウタのみしか存在していなかった藍色の空間に、空間モニターが展開された。表示されているのは、今現在テウタの居る場所であるエテメンアンキの全体図だ。全高21kmの塔であるエテメンアンキ。頂上は開かれた傘の骨の様で、テウタが居るこの空間はエテメンアンキの先の先に在る管制室だ。エテメンアンキの各階層の機能状態が次々と蘇っていく事が表示されていく。数百年の眠りからついに目を覚ましたエテメンアンキ。とは言えその力を揮うにはもうしばらく掛かるが。

『テウタ陛下、ご報告が』

別のモニターが展開され、映っている騎士団総長グレゴールがそう告げた。テウタは「何か問題でも?」と興味なさそうに訊き返した。エテメンアンキの完全稼働まで残り1~2時間。今さら何が起きようとも大して障害にならないと考えているためだ。

『シュトゥラのマクシミリアン艦隊とバルトの三国混合騎士団が、王都への進攻を企てているとの報告が入りました』

「そうですか。ミナレットの稼働状況はどうですか? その二大勢力に何発か撃ち込んだようですが」

『・・・バルトについては順調にその効果を発揮していますが、シュトゥラに於いては・・・魔神よって不発と続いています』

「魔神ですか。やはり彼が我々イリュリアにとっての最大の壁のようですね。エリーゼ卿を手中に収めていれば、その動きを制限出来たのかもしれませんが・・・」

それを聴き、グレゴールは『誠に申し訳ありませんでした』と深々と頭を下げて謝罪した。テウタは別に責める気などなかった。確かにオーディンの魔力供給源であるエリーゼを手中に出来なかった。しかし、その代わりに――いや、エリーゼ以上に価値のある者を手に入れる事が出来た。それゆえに「まぁ仕方がないですね。王都に駐留している騎士団に、都民の避難誘導をさせなさい」と指示を出す。

「艦隊は、このエテメンアンキで迎撃します」

『かしこまりました。それともう1つ、アンナ・ラインラント・ハーメルンの事ですが』

グレゴールの口からエリーゼの身代わりとして拉致されたアンナの名が出てきた。

「彼女ですか。ガーデンベルグ様とグランフェリア様の仰る通りにして下さい」

さらに驚愕の名前がテウタの口から発せられた。ガーデンベルグとグランフェリア。共にオーディン――ルシリオンが2万年近く追い求めてきた“堕天使エグリゴリ”の隊長と参謀だ。グランフェリアはまだしもガーデンベルグのその実力は、現ベルカにおいて・・・次元世界で最強。イリュリアを恐怖させているオーディンすら上回っている。その2体の“エグリゴリ”はやはりイリュリアと繋がっていた。

『・・・かしこまりました。バルトの騎士団は我々にお任せください』

「頼りにしています」

通信はそれで切れた。テウタの居る空間が成層圏の映像から白亜の空間へと変化。床や壁や天井には赤く点滅する幾何学模様が縦横無尽に描かれている。そしてテウタが腰かけていた物も判明。それは黄金の玉座だった。背もたれが5mほどもある巨大さ。王が座するべき椅子。テウタは玉座の上で少し身じろぎして座り直す。彼女の前に、ベルカという星の立体映像が映し出された。

「・・・・さあ! 私が新世界レーベンヴェルトの王――いいえ! 神へと至るための最後の戦争を、いざっ!!」

テウタはそのベルカの立体映像を鷲掴むように手を翳し、声を殺して笑った。

◦―◦―◦―◦―◦―◦

――トゥルム海沖/ミナレット管制室

「グレゴール総長閣下より指令っ。シュトゥラより魔神率いるグラオベン・オルデンがミナレットへ向けて出撃したとの事で、エテメンアンキ完全稼働まで足止めをせよ、との事ですっ!」

ミナレット管制官の1人からの報告に、管制室に緊張感が満ちた。いや、緊張を抱いているのは管制官数人のみ。ミナレットに配置された高位騎士8人とその騎士団の総指揮を任されているファルコとウルリケ、そしてフレートの3人にあるのは、

「盟友ゲルトと盟友ワイリーの敵討ちの絶好の機会だな」

「足止めという命令だけれど、別に殺してしまっても良いのでしょ?」

「当たり前だ。足止め? ふん、殺し尽くして、奴らによって散らされてきた盟友たちの墓前に奴らの首を添えてやる」

純粋な復讐心。仲間を、友を殺害された悲哀や怨恨や憤怒を全てオーディン達にぶつけようとしていた。しかしここで問題が発生。3人ともグラオベン・オルデン狩りに参戦したいと強く思っているが、ファルコ、ウルリケ、フレートの誰か1人は管制室に留まらなければならない。それが彼らが従順に付き従っている、敬愛するテウタ女王陛下からの指示だからだ。

「俺とフォーアライター・オルデンが出る!」

「いいえ! 私とプリュンダラー・オルデンが行きます!」

「お前たちがすでに負けているだろうが! ここは俺と雷鳴轟かす騎士団(グラオザーム・オルデン)が出るべきだ!」

3人は、自分と自分が率いる騎士団を猛アピール。ただの自慢大会になりそうなのを察した1人の管制官が「コインで決めてはいかがですか・・?」と1枚の金貨を取り出した。その解決方法は完全な運勝負。だがそうでもしないと決まらないと判断した3人は、コインでの出撃権獲得勝負に納得。

「では行きます」

キンと響かせ、金貨は宙を舞う。管制官は落下してきた金貨をパシッと掴み、逆の手の甲に押し当てた。少しの沈黙。そして「裏!」と答えたのはファルコとウルリケ。同時に「表!」と答えたのはフレート。管制官はゆっくりと手を上げていき、「裏、です」と上を向いている面が裏である事を告げた。この瞬間、管制室に留守番するフレート、出撃するファルコとウルリケという構図が決定した。

「ま、気を落とさず留守番よろしくな」

ファルコは同情するかのようにフレートのの肩をポンポンと叩き、管制室から退室。ウルリケはフレートの背中を一発叩いて「あなたの分もキッチリ仕事をして来るわ」と言い、ファルコに続いて退室した。シンと静まりかえる管制室。コインで決めようと提案した管制官は気まずくなり謝ろうとしたその時、『ミナレット管制室。グレゴールだ』イリュリア騎士団総長グレゴールから通信が入った。

「閣下」

『うむ。今そちらに戦力を1人送った。協力しろ、とは言わんが気にはかけてやってくれ』

「戦力・・? 騎士団の誰かですか?」

『いや・・・騎士団の者ではないが、とにかくそちらに1人行く。連絡はそれだけだ』

一方的に通信が切れる。フレートはグレゴールの僅かに不機嫌さに気付き、「一体何があったんだ?」と首を傾げるばかりだった。

†††Sideオーディン†††

北に在るシュトゥラと南に在るイリュリア。その二国の国境線を西に向かうとトゥルムという名の海が広がる。その沖合約14kmほどに、「思っていた以上に大きいな」巨大な魔導砲台ミナレットが鎮座している島があった。
私たちは一度島の状況を確認するために止まり、警戒網に引っかからない程度の高度から眼下のミナレットの姿を見詰める。全方位へ砲撃を撃てるようにするための回転床。数百mの砲身は2つ。回転床周囲には数棟の建造物。管制室か何かだろう。そこを潰せば・・・ミナレットは止まるのだろうか?

(さすがにそんな簡単なものじゃないだろうな)

聖王のゆりかご同様に古代の遺産ロストロギアであるミナレットだ。後付けっぽい管制室なんぞが無くとも動くだろう。やはりエーギルで完膚なきまでに潰すしかないか。まぁ念のためにアレも標的にしておこう。さてと、問題は・・・・

「空と海、戦船が1、2、・・・・8隻か。結構揃えてきたな」

ヴィータがそう漏らす。戦船は海上に4隻、天上に4隻あり、島を取り囲んで防衛線を築いていた。結構面倒だな。ミナレットに対処している状況で馬鹿すか艦載砲を撃たれるのは辛い。下手に魔力を消費せず、しかも時間をかけずに攻略する方法を思案する。
黙考しているところに「ミナレットの防衛の為の戦力か。オーディン、どうなさいますか?」シグナムにそう訊かれた。戦船が8隻。島にはおそらく騎士団がいくつか。高位騎士もまた数人かは居るだろう。シュトゥラにも空戦の出来る騎士が数十人単位で居てくれれば戦略のバリエーションも増えるんだが・・・。ない物ねだりしている暇も無いか。仕方がない。

「戦船はシュリエルと私でどうにかする。各騎は騎士に対処してくれ。シュリエル、空の戦船はヘクサで墜とすぞ。行けるか?」

「もちろんです。ですが私はオーディンのように遠隔発生が出来ないのですが・・・」

デアボリック・エミッションは本来術者を中心として発生・拡大する魔導だ。はやては遠隔発生という魔法資質があったからこそ、デアボリック・エミッションを遠い場所に発動させる事が出来た。しかしシュリエルの有する資質は、広域という射程圏が異常に広いものだ。。
だからこそ「戦船の高度にまで降下するんだよ」と告げる。一気に降下し、迎撃が来る前に発動、撃沈させる。そう説明したら、シュリエルは「了解しました」と一言での快諾。海の戦船は、ミナレットに時間を割きたいために・・・・

『アイリ。ちょっと無茶をさせる』

『アイリは大丈夫。どんと来い、だね』

アイリとの融合中、魔力炉(システム)に掛かる負担が少なくなるのは幸運だ。魔力の上下制限はあるものの、上級術式や“アンスール”クラスの複製術式も扱える。先の次元世界での契約時に掛けられた制限に比べれば随分と優遇されている。

「我が手に携えしは確かなる幻想。我が手に携えしは友が誇りし至高の幻想」

だからこそ、かつては出来なかった複製術式を複数同時に発動できる。空と海の対戦船の術式を整え、「いくぞ!」シュリエルと共に高速で降下。私とシュリエルの奇襲を報せるサイレンがこの空域一体に響き渡る。が、もう遅い。シュリエルは1隻の後部(駆動炉付近だな)へと降り立ち、私はシュリエルのエミッションの効果範囲ギリギリ外の高度で停止。

「シュリエル!」

「はいっ、オーディン!」

「「天を黒く染めし闇の天体、此処に輝け。デアボリック・エミッション・ヘクサ!!」」

魔力障壁発生阻害の効果を有する空間作用型の広域殲滅魔法、デアボリック・エミッション。シュリエルのエミッションを中心に、私は6つのエミッションを六茫星状に発生させる。ゆえにヘクサ。この時代には非殺傷設定など無く、当然物理破壊限定であるため、シュリエルの一撃をゼロ距離で喰らった戦船後部は爆発を起こした。ちなみに私の6つのエミッションも他2隻を確実に捉え、致命的な被害を出してやった。何せ艦橋を吹っ飛ばしたのだ。心臓が残っていようと脳が死ねばそれで終わりだ。

「む・・?」

シュリエルが攻撃を加えた戦船から魔力反応。船体の上部からで、しかも複数。艦載砲が魔力を充填し発射態勢に入ったのだとすぐに察して、食い止めるために魔道をと思ったんだが、「ちょうどいい」消費した魔力を回復させてもらおう。
思念通話で『シュリエル、回避行動準備』と注意を促した直後、眼下の戦船から八条の砲撃が私たちに向け発射された。当然だが1発あたりの砲撃は分裂した後のカリブルヌス程の魔力量じゃない。だから魔力炉(システム)の暴走に細心の注意を払う必要はない。シュリエルと共にいくつかの砲撃を避け、

――女神の救済(コード・イドゥン)――

1発の砲撃を吸収し、自らの魔力に変換。テンパランチア召喚と複製エミッション6発に消費した魔力分を回復。回避を終えた時、『申し訳ありません。一撃で墜とせませんでした』と申し訳なさそうにシュリエルは謝って来た。
責める事なんてないから『いいよ。結果的に魔力を回復できたしな』気にしないように言う。それに成した私が言うのもなんだが、一撃で戦船を撃沈できる奴なんてまずいないだろう。それでもまだ納得していないようだ。だったら『これから墜とせばいい。ドルヒ、行くぞ』と言うと、シュリエルもまたチャンスを貰えたという事で『お願いしますっ』と張り切った。

「では行くぞっ!」

「はいっ!」

シュリエルの周囲に血色の短剣が20と展開された。本来、ブルーティガー・ドルヒに属性は無い。だが私が全ての短剣に様々な属性を付加させる事で、その威力を大幅に増加させる事だ出来た。

「「エレメンテン・ドルヒ!」」

炎熱・雷撃・氷結・閃光・闇黒・風嵐の6つの属性を付加された短剣が一斉に戦船を強襲。全弾、艦載砲台に着弾し爆発。おそらく自己修復機能が無ければ修理するまで使えないだろう。シュリエルは「トドメだ!」と周囲に深紫色の魔力球を4基発生させた。
ハウリングスフィアだな。機雷であり、多弾砲撃ナイトメアハウルの発射体にもなるものだ。案の定、「ナイトメアハウル!」5本の砲撃を艦橋へと向けて照射。着弾した場所からは派手な爆発が起こる。しかしそれでも戦船は墜ちない。「むぅ」シュリエルから不機嫌オーラがビシビシと放たれてくる。

(海上の戦船からも迎撃砲が来たか・・・!)

時間をかけ過ぎた。シュリエルには悪いが、私がしぶとい戦船を墜とそう。眼下から撃ち込まれてくる砲撃は優に50を超えている。回避行動に力を注ぎ、

――屈服させよ(コード)汝の恐怖(イロウエル)――

砲撃が一瞬でも途切れた隙を狙って、土石系の攻性イロウエルを発動。私の魔力光であるサファイアブルーに光り輝く2つの円環より出でるのは白銀の巨腕。左の巨腕で船体を鷲掴んで、右の巨腕で空手チョップ。船体を真っ二つにして、2つに分かれた船体を海上に浮かんでいる2隻の戦船にポイ捨て。
海上3隻の砲撃は全弾その残骸に向けられ始めた。隙だらけになった海上の戦船を潰すために、「シェフィ。君の術式、借りるぞ」氷雪系最強の魔術師・蒼雪姫シェフィリスの氷雪造形術式の1つである氷雪戦艦リーヴスラシルを発動しようとした瞬間、

『フェイルノート発射準備完了。・・・・発射!』

あまりに突然。ミナレットの下段の砲身から反射鏡弾フェイルノートが発射された。リーヴスラシル構築を破棄して、イロウエルの操作に全力を注ぐ。フェイルノートを破壊するために右腕を伸ばすが、あと一歩のところで届かず、フェイルノートは・・・・

(あの方角は・・・・ネウストリアだったか・・?)

聖王家の治めるアウストラシアにちょっかいを掛け続ける国、ネウストリアへ飛んで行った。それにしてもどういう事だ? 攻撃するという事はすなわち敵に回すという事だ。無関係(かどうかは判らないが)であるはずのネウストリアを敵に回す理由が思いつかない。

『カリブルヌス発射準備完了・・・5、4、3、2――』

ミナレットから膨大な魔力を感知。しかしおかしい。今のミナレットが発している魔力と、カリブルヌスの魔力に差があり過ぎる。感じえる魔力を全て魔力砲カリブルヌスに回せば、今の俺では防ぎきれないものになるというのに。いや、考えるのは後だ。ネウストリアという国は、私にとっては関係のないどうでもいい国だ。しかし人が住み、生きているのは確か。見殺しにする事は出来ない。

『――1、発射!!』

「イロウエル!」

2本のイロウエルを盾とするように砲口の前に配置し、直後にカリブルヌスが着弾。一瞬の拮抗。拡散されたカリブルヌスは周囲に撒き散らされ、海上の戦船を轟沈させた。そしてイロウエルは、カリブルヌスに耐えきれず粉砕。
威力を激減されたカリブルヌスはしばらく突き進んだが、途中で霧散していった。とりあえず防御に成功。安堵した矢先、カリブルヌスを放射した砲身の至る所から冷気が噴出、「寒っ!」ここまで流れてきた冷気に身を縮める。

(あ、なるほど。冷却の為の魔力だったか)

ミナレットが生み出す膨大な魔力は、80%ほどがカリブルヌスで、残りが砲身冷却の為のものなんだ。すぐさまミナレットが魔力充填を始めた。チャージが速過ぎる。しかも砲口の前に見憶えの無い魔法陣が展開された。そして間髪入れずにカリブルヌスを発射。魔法陣に着弾したカリブルヌスは一度消滅し、多弾砲撃として魔法陣から撃ち出された。
さっきアムルを襲ったカリブルヌスの連続飛来は、今のように魔法陣を経由してのもだったんだな。反射鏡弾フェイルノートで目標地点をランダム砲撃、魔法陣による多弾砲撃。まぁそれくらいの性能があってもおかしくないか。他にも何かしらの機能がある、と警戒しておいた方がいいな。

『『『オーディン!!』』』

シグナムとヴィータとシュリエルから思念通話。ハッとして周囲を見回すと、いろんな動物を混ぜ合わせたかのようなキメラが何十体と居た。

†††Sideオーディン⇒ヴィータ†††

ずっと空の上でオーディンとシュリエルを見守っていたあたしら。もうさ、驚く事もないんだけどさ。あまりにも呆気なさ過ぎだろ、戦船。シュリエルのデアボリック・エミッションとオーディンのデアボリック・エミッションの多数同時発動のヘクサ。
ありゃ反則だろ。つうかオーディンのエミッションの威力が半端じゃねぇ。オリジナルの使い手のシュリエルのエミッションより強いってなんだよ。まっ、そんなオーディンとシュリエルのコンビだからこそ、あたしは安心して見ていられた。
だけど、だんだん雲行きが怪しくなってきやがった。ミナレットから放たれるカリブルヌスが巨腕イロウエルを粉砕。そん時に戦船が全部潰れたけど、ミナレットの脅威がそれ以上に厄介なモンになっちまってる。

(けどあたしらが出てっても何も出来ない。だから・・・)

待つんだ。あたしらの出番が来るのを。そう思ってひたすら出て行きたいのを耐える。そんな時、「む? あれは・・・!」ザフィーラがミナレットの奥を見て唸った。あたしらをそっちを見詰める。なんか・・・いくつもの影が・・・飛び立った? 目を凝らす。距離があり過ぎてなかなか判別できなかったけど、オーディンとシュリエルが居る場所に近づくにつれて・・・ようやくそれが何なのか判った。

「アイツら・・・!」

この前、自爆しやがったあの狼たちと同じ、名前は確かプリュンダラー・オルデンって奴らだ。戦えなくなった騎士を改造して生み出した、青白い甲冑を身に纏った合成獣。今回はあの狼の他にデケェ蛇とか熊とかが空を飛んでやがる。

「「「オーディン!!」」」

ソイツらが一斉にオーディンに向かって突撃していく。シグナムが「いくぞ。ここからは我らの仕事だ!」って降下する。きっと奴らの団長も居るはずだ。あたしはソイツに用がある。

(仲間を自爆させるようなクソ野郎のツラを見て、そんでもって張った倒さねぇと気が済まねぇ)

戦って死ぬ事は騎士の本望だって思って、人間から獣に改造されてまで戦場に戻ったってのに、最期は操られて自爆って・・・。ふざけんな。奴らは敵だけど、でも同じ騎士としてやっぱり戦いの中で死なせてやりたかった。だから自爆させた張本人(だと思う)の団長・・・名前は確かウルリケ(だっけ?)をブッ潰す。
シグナムに続いてあたしらも急降下。シグナムが狙うのは、光の翼を生やした大蛇。ザフィーラは、ザフィーラ以上にデカイ白い毛の熊(コイツも光の羽がある)。んであたしは、「おらぁぁぁああああッ!!」自爆したアイツと同じ狼に突っ込む。交戦に入る前に、「いきますっ!」シャマルが小型の竜巻・風の足枷を幾つも発生させる。足枷は奴らの行く手を邪魔するように発生したから、否応なく急停止。そこを狙って、

――テートリヒ・シュラーク――

――紫電一閃――

――牙獣走破――

あたしは“アイゼン”の一撃を狼の横っ面に、シグナムは火炎を“レヴァンティン”に纏わす紫電一閃で蛇の胴体に、ザフィーラは魔力付加の飛び蹴りを白熊の脳天にぶちかます。よっしゃっ、手応えあり。「ブッ飛べぇぇえええっ!」全力で振り抜いて吹っ飛ばす。
あたしの方は問題なかったけど、シグナムは“レヴァンティン”に付いた血を振って払いながら「む、一撃で首を落とせなかったか。存外硬いな」悔しげに呻いた。そんでザフィーラはもう離れたところで白熊と殴り合ってんし。つか拳打と蹴打の連撃をする熊ってすげぇな(あの短い手足でさ)。

『私は今からミナレットの破壊に入る。すまないが、それまで時間を稼いでくれるか?』

オーディンから思念通話。ミナレットの破壊、かぁ。あんな化け物砲台を破壊できる魔導ってどんなんだろう? すげぇじっくり見てみてぇけど、「今はアイツらの相手が優先だよな!」宙で体勢を整えた狼は頭を振って、「鉄槌の騎士だったか。見事な一撃だった」ってあたしを称えた。“アイゼン”を肩に担いで「へっ。別に嬉しかねぇけど、ま、あんがと」そう返す。
すでにシグナムとザフィーラも本格的に大蛇と戦闘始めてっし、シュリエルも新手の甲冑を纏ったカラス
みたいなのとやり始めた。そんでオーディンは足元に、蒼く輝く十字架の魔法陣を展開して――なんだろ?・・・詠唱?をしてるっぽい。だったら邪魔させちゃダメだよな。“アイゼン”のカートリッジを1発ロード。

「・・・テメぇら、まとめて掛かって来いやっ!!」

「面白い。狂いたる災禍騎士団(プリュンダラー・オルデン)所属ヤークトフント隊・隊長ヌンマーⅠ、いざ参る」

隊長だぁ? 面白れぇ。だったら団長の居所も知ってんだろ。

「グラオベン・オルデン、鉄槌の騎士ヴィータと鉄の伯爵グラーフアイゼン」

“アイゼン”の先端を突きつけ名乗りを上げる。そんじゃま、決闘開始と行くか。

◦―◦―◦―◦―◦―◦

深い深い海の中。ミナレットが鎮座している島の在るトゥルム海の深淵。母なる海の住民たる魚たちが悠々と泳ぎ回っている。魚たちの楽園たる海中に在るはずのない影が1つ。
胴体の両側には胸ビレではなく人間の腕がある。背中には二対の翼がある。右側に天使のような翼が2枚、左側に悪魔のような羽が2枚の計4枚だ。下腹部から下。それは竜の尾だった。透き通るような白さを持つ、2m程の長さの尾。胴体。下半身とは違い、人間の体そのもの。白い肌にほっそりとした腹部、胸部には2つの膨らみ――乳房がある。
そして顔。若い女――十代後半ほどの少女の頭が乗っかっていた。浅葱色の長髪は海中の水流に任せて漂い、開き切っていない双眸は灰色だが、時折に銀色の光を発し点滅している。

「・・・ΠИЮ⊆Ω∧Д、ΠИЮ⊆Ω∧Д・・・」

その少女は人語ではない言語をうわ言のように発し、翼と尾をヒレのように動かして泳ぎ、海面へと上昇していく。海面まで残り数mというところまで上がった時、少女は降ろしていた両腕を勢いよく振り上げた。すると海中の水流に変化が生まれた。少女の両手によって生じた水流はものすごい勢いで海面へと向かい、

――メトシェラの槍――

海面が爆ぜ、突き上がった水柱は巨大な槍と成って空に居る者たちに襲いかかった。オーディン達グラオベン・オルデンはその咄嗟の奇襲にも勘づき、ほぼ紙一重で回避する事に成功した。が、避けきれなかった狂いたる災禍騎士団プリュンダラー・オルデンのキメラ騎士たちは体を海水の槍に穿たれ絶命した。
グラオベン・オルデン全騎は目の前で起きた予想外の事態に、僅かな混乱を見せている。そして次に、晴れた水飛沫の中から1人の少女が現れた。その姿を見たグラオベン・オルデンは絶句。

「・・・・アンナ・・・!?」

オーディンが目を限界にまで見開き、その少女の名である“アンナ”と呻いた。
そう。天使と悪魔の翼、竜の尾を有するその少女は、エリーゼに代わって拉致されたはずのアンナだった。



 
 

 
後書き
サルウス・シス。
アンナが姿を変えて、イリュリア戦力として参戦です。
なぜオーディンがアンナを恐れるのか、次回で明らかになります。


 
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