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MA芸能事務所

作者:高村
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偏に、彼に祝福を。
第一章
  六話 中禅寺湖の畔

 
前書き
前回のあらすじ
「京都」 

 
 光、拓海、美世との慰安旅行を終えてから一週間後、私の次のグループとまた慰安旅行に行った。ちひろさんが担当したグループは全て終えているので、事務所としても最後の慰安旅行だ。
 今回は前回のように新幹線ではなく、私が社用車を出しての二泊三日だった。行き先は群馬、中禅寺湖の畔の旅館だ。行くメンバーは……。
「お早うございます達也さん! 宜しくお願いしますね!」
「宜しくお願いします」
「宜しくお願いする」
 青木慶、明、麗の三人が社用車に乗り込んできた。何でもアイドルから話が流れたとか。いや流れて何故同伴しようと思うのか、その精神が理解できないが、今後の円滑なコミュニケーションや贔屓にしてもらう云々を頭で考えて結局断らず彼女たちも連れて行く事にしたのだ。トレーナー達を除いて、連れて行くアイドルは岡崎泰葉と水本ゆかり。この面子に意味はあるだろうが、今は考えないことにした。
 泰葉とゆかりが搭乗するのを待って、車を出した。助手席は麗さん、後ろには明と慶、更に後ろには泰葉とゆかり。
 出発は午前十時、途中SAで昼食も取りながら十五時前には目的の旅館に着いた。チェックイン諸々を済ませて、一度私の部屋に全員集まった。
「これからどこに行こうか?」
「あれ、達也さんノープランなんですか?」
 投げかけた質問に、慶が質問で返してきた。
「ある程度は調べてはいるよ。ただ、どこに行きたいかは任せる。今日はもう遅いから遠くには行けないけど、明日は朝から行けるから距離がある草津とかに行きたいなら早めに決めておこう」
 私の言葉に、予め渡しておいたガイドブックを広げ泰葉とゆかりは二人で考え始めた。
「日光何てどうです?」
「いいかもしれないな。雪化粧の東照宮も乙だろう」
 明の言葉に頷く。
「尾瀬沼はどうだ?」
 麗さんの言葉に尾瀬沼を思い出す。水芭蕉の季節が一番いいが、それ以外の時も楽しめないものではない。だが。
「雪がある今だと、長時間歩くのは難しいですね」
「なぁ達也くん」
 声がワントーン落ちた麗さんは、顔をこちらにつきだした。
「何でしょう麗さん」
「ちょっと来い」
 彼女に廊下に連れだされた。
「私に対してだけ敬語だな」
「年上ですし」
 間髪入れず答える。性格的にもフランクに話すような相手じゃない、何てことは面と向かっては流石に言えない。
「だからどうした! 妹達は私にタメ口だ。ゆかりと泰葉は敬語だが、かなり砕けた物言いだ。それなのに君はまるで上司とでも話すように私と接する! 君に直接言うのも何だが疎外感を感じるよ」
 彼女の意外な台詞に面食らった私は暫し黙った。
「それともあれか、君は私が苦手か? そうであるならそう言って貰いたい。何怒ることもない。万人に好かれるような性格をしてるなんて私自身これっぽっちも思っていないからな」
「違います、違います。少なからず私は貴方を嫌っていることはありません。ですが、いきなり敬語をやめろと言われてもすぐ他の人のように接するのは……」
「ほう、つまり敬語をやめる意思はあると? それなら上々だ。私達は今慰安旅行に来ているんだ。もっと気軽にいようじゃないか」
 では先に戻っていると告げ、部屋に入っていった彼女をただ眺めた一人廊下に残った私は、今日を含めての三日間何事もなく過ごせるだろうかと心配した。


 翌日、日光やその近辺を回った私達はその夜に最終日の予定を立てることにした。
「朝から神社に行ってみないか?」
 その提案は麗さんからだった。私達はそれを了承し、就寝した。
 三日目、最終日、私は暗い部屋の中で起きた。ベッドの側の時計を確認するに、午前五時三十分。私は二度寝を決めた。
 もう一度目が覚めた時、カーテンの外はまだ暗かった。そろそろ眠気も覚めてきてしまった私は浴衣を着替えると旅館の外へ向かった。ロビーの時計は午前六時を指していて、この時間に出れるか心配だったが、難なく外へ出られた。
 外へ出て、ある曲が聞こえることに気がついた。その事に、私は酷く驚いた。
 旅館や合宿所に滞在したことがあれば、誰でも朝聞くことになる曲があると思う。グリーグの朝というクラシック曲だ。だが、今流れている曲はそれではない。何故なら今は、朝の六時、近くの旅館が流すには早過ぎる時間帯なのだから。そうして流れている曲は、リズム主題のないフルートのみの演奏の―――
 演奏が止まった。私はそこで初めてその奏者を見つけた。旅館の側の、土産屋に併設された小さな足湯に足を浸し、こちらを向いている少女。側にはフルートケースが置いてある。
 私は彼女に近づいた。
「お早う」
「お早うございます」
 フルート奏者、ゆかりは小さく頭を下げた。
「早いな。早すぎだ。薄暗い中一人で出て行くなよ」
「一人ではありませんよ、明さんが一緒です。彼女は今ランニングしていますが」
 慰安旅行中にも日課を継続するとは、トレーナーの鑑だな、何て思う。
「結局今は一人じゃないか。危ないから私もここに居ていいか?」
「勿論です」
 彼女の返事を待って、私も靴を脱いで足湯に足を浸した。湯温はやや熱め。
「こんな時間でも暖かいのか」
「いえ、私と明さんが勝手に調整しちゃいました」
 周りを見ると、バルブが二つあった。恐らく片方は温泉、もう片方は冷水だろう。
「本当は駄目なんだが、まぁ今は俺もご一緒するから共犯だ。叱るわけにもいかないな。……それより、もう吹かないのか? ボレロ」
 ただ純粋に、彼女のボレロを聞きたかった。
「一人だけで吹くには少し寂しい曲ですので。それより、曲名知っているんですね」
「ああ、知っている。俺が知っている数少ないクラシックだよ」
 そうして一番思い出深い曲だ。
「そうでしたか。ではまたボレ―――」
「あ、達也さん!」
 声がした方を向けば、明がこちらに向かって走って来ていた。
「お早うございます! お早いですね」
「お早う。その言葉そのまま返すよ」
「ご一緒しても構いませんか?」
 構わないと二人で応えて、明もまた足湯に入った。
「中禅寺湖走ってきたんですけど、釣りしている人が結構居ましたよ」
「ほう。ここから少し行ったところに湯の湖ってところがあるが、そこにも釣り人がいるんだよ。肇が、確か釣りが好きだったんだよな? 今度教えてやるか」
「達也さん、ここに来たことがあるんですか?」
 ゆかりが尋ねてきた言葉になんて返そうかと思ったが、結局本当のことを言うことにした。
「何年か前に友人たちと一度な」
 その後十分程話して、明は朝風呂に入るとの事で旅館に向かい、私とゆかりもそれに連なった。

 朝食後、チェックアウトを済ませた私達は榛名神社に向かった。
「ここが榛名ですか。綺麗ですね」
「泰葉、ここというかな、結構歩くぞ?」
「え、そうなのおねーちゃん」
「ああ。確か700m程ある。私が早く着たかったのはここが混みそうだったからだ。さぁ人が少ない内に行くぞ!」
 魁は麗、それに連なるように明と慶が続いた。
「達也さん、行きましょう」
「ゆかりちゃんの言う通りです。遅れちゃいますよ!」
 私の左右をゆかりと泰葉に埋められて歩き出す。女性陣はこの寒い中強かだ。京都の地主神社の時といい、神社につくと何かが女性の中で目覚めるのだろうか。
 途中の土産屋は流石に開いておらず真っ直ぐに社殿へと向かった。社殿とご神体の御姿岩の元まで着くと、麗は全員を社殿の方へ顔を向けさせた。
「二礼二拍手一礼って聞いたことがあるだろう? 途中で挟む鐘を鳴らす動作やお金を入れるタイミング何かは場所によって違うらしいが、この際そんなことはどうでもいい。全員きちんとお詣りしてこい」
 その言葉に、四人は素直に頷き賽銭箱に向かった。後に残ったのは私と麗さんのみ。
「結構しっかりさせるんですね」
「何、神仏を真剣に信じているわけではないさ。ただ、お詣りという小さなことでも、『お詣りしたから大丈夫』という自信がつくからな。私の妹達にもあの二人にも必要なものだ」
 同意して、賽銭箱の前の四人を眺めた。数々の動作の順序に自信がないのか、顔を見合わせていた彼女たちも、両手を合わせ祈る様は、どこか真剣だ。
「彼女たちは何を思って手を合わせているんですかね」
 私の無意味な問いかけに、その話し方をやめろと最初に言ってから、麗さんは応えた。
「何だろうな。分からんし、そうして知りたくもないさ。彼女たちの願いなんて」
 言葉とは裏腹に、彼女の言い方に刺はない。ただ純粋に同じ女として、秘め事を暴く気はないという意味だと理解した。
「同意する。さて、俺も挨拶に行きますか」
 彼女の元を離れて、参拝の終わった四人とすれ違う。四人が二礼二拍手一礼をした手前、そのまま歩いていくわけにはいかず、また他の参拝客もいないことがあったのできちんと二礼し、五十円を入れ鐘を鳴らした。そうして二拍手。
 『神は人の敬によりて威を増し、人は神の徳によりて運を添う』という言葉を嘗て私は教えられた。そもそも参拝とは、何も願いを言いに来ることではない。神に感謝しに来ることということも。
 つまりできることなら、社殿につくより前、鳥居をくぐるその時からの作法、否、もっと前、日頃の生活から神を敬うことからするべきなのだ。
 で、あるからに。私は礼儀上の感謝を心のなかで簡素に終わらせた。流石に社殿の前でだけ敬っても仕方ない。それよりも私は挨拶を念頭に置いた。この場所に来るのは一度目だ。まずは初めて伺った神に挨拶をするべきだろうとの思い故だった。
 これまた非常に簡素な挨拶を済ませた私は、残りの動作も済まして彼女たちの元へ戻った。
「随分長かったではないか?」
 麗の言葉の通り、ごちゃごちゃと考える内に前に行った四人より時間がかかっていることは自覚していた。
「どうでもいいことを、色々考えてた」
 肩をすくめて応えると、麗の参拝を促した。彼女は行くつもりはなかったのか断るが、最初に参拝した四人に狭まれては、仕方なしというふうに彼女もまた参拝した。
 麗が参拝を済ませている途中、泰葉がそう言えばと呟いた。
「神は人の敬によりて威を増し……なんでしたっけ、そんな言葉がありましたよね」
 その言葉に対して、他の三人は思い当たらないと口々に言った。
「私の勘違いみたいですね、ごめんなさい」
 しゅんとした泰葉を見て、ただ眺めていた私は口を挟んだ。
「『神は人の敬いによりて威を増し、人は神の徳によりて運を添う』だったかな?」
 意味は、私が続けるべきではないだろう。
 泰葉は驚いていて、他の三人はやっぱり思い至らないという顔持ちだった。
「そうだったと思います。よくご存知ですね」
「そっくりそのまま返す。よく知っているな。俺は偶々教えられただけだ」
「ねぇねぇ、それってどんな意味なんです?」
 慶の言葉に私は答えかねた。代わりに泰葉が答える。
「そのままの意味です。神は人に敬われることによりその力を増し、また人は神を敬うことによりより良い運を授かるという意味です。神を疎かにしたり、また都合のいいものと捉えずに敬うようにという戒めですね」
 その言葉に思うところがあったのか三人は顔を合わせた。
「あ、私さっき神にお願いごとしかしなかった」
「え、おねーちゃんも?」
「皆さんも?」
 口々に三人が苦虫を噛んだような顔をした。
「まぁまぁお気になさらず。実をいうところ私もそうでした。……ほら、麗さんが帰って来ました。少々待たせる形になりますがもう一度お詣りしに行きましょう」
 そう言うと四人はまた歩いて行き、二礼を始めた。
 すれ違いざまに四人にもう一度お詣りをすると言われた麗は、戻ってくるなり私を怪訝そうに見る。
「何を言った?」
「何も? ただ彼女たちが、神にお礼をするのを忘れたとか」
「ふーむ、そんなことを知っていそうなのは泰葉か? もしかしたらゆかりということもあるな。私の妹ではないのは確かだ」
「泰葉です。何だ、貴方もしっかり知っていたんじゃないですか」
「ああ。しっかりガイドブックを……何でもない。忘れろ」
 冗談ぽく了解とだけ返して、二人並んで四人を待った。 
 

 
後書き
今回も碌に取材してません。そもそも中禅寺湖の畔の旅館を調べてすらいません。前回に引き続き、地元の方すいません。
榛名神社ってシーズンオフの朝なら人いないですよね多分…… 
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