横浜事変-the mixing black&white-
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悪意が装飾された場所で、操り人形は華麗に踊り狂う
同時刻 横浜駅周辺
パーキングエリアは警察が占拠しており、野次馬はそれを興味津々に眺めている。噂では暴力団の抗争に似たものだと言われているが真相は定かではない。
「何があったんだ?」
部活帰りでいつもこの道を使っている学生は一人言葉を漏らし、事件現場らしきものを見ようとする。下り坂なら遠い位置から見えるかもしれないと思ったが、自分は目が悪いのだと気付いて嘆息する。
仕方なく通り過ぎようとしたところで、彼はある特異点を発見した。思わず目を見開き、「ん?」と首を捻ってしまう。とはいえ何か行動を起こす事はせず、そそくさとその場から離れていく。
ある程度距離を取ったところで、もう一度野次馬の方を振り返った。視力が悪くても判断出来るのが、何より現実として受け入れられる要因だった。
「……あんなに背が高いんだもんな」
感慨深げに呟いて、少年は再び帰路を歩き出した。彼が注視したのは事件に関する事ではない。野次馬の中に異様なシルエットが浮かんでいたのだ。柔道部に所属する小柄な少年は再び吐息を漏らすと、憂いの色を滲ませながら言った。
「俺もあのぐらい大きければエースなのに……」
*****
パーキングエリアの現場に集まる野次馬達もまた、部活帰りの少年と同じ感想を抱いていた。少し首を後ろにやると、そこには冬用の茶色いロングコートに包まれた胴体部分。顔を確認するには顔を斜め上に向けなければならない。かといって目を合わせたら絡まれそうで怖い。気を事件現場に戻そうとすると、後ろにいる人物の威圧感に背筋を震わせる。そんな悪循環に囚われた何人かはその場からゆっくりと立ち去った。
野次馬の海から一歩下がった位置にいるのは、優に2メートルは越しているであろう大男だった。頑健な身体を包むのはロングコートで、少し時期を誤っている感がある。オールバックの白髪に灰色の目、皺の目立つ気難しそうな顔をしているが、口から紡ぎ出された言葉は穏やかで流暢な日本語だった。
「社長、恐らくこれはフラッシュバンを使用しています」
「私もそれは考えていた。救急車に運ばれていく奴ら、見えたか?」
「身体全体はビニールか何かで隠されていましたが、あれは銃殺です」
「やはりな」
周りを行く者は皆、大男ばかりに気を取られているが、彼は一人ではない。左隣にはシルバーのリボンが特徴な青い制服を着込んだ少女がいた。凛とした顔立ちと白髪のロングは周りから見ても異国人だと認識出来た。とても美人であるため、時折ナンパしようと酔った男が近づくが、隣にいる巨人に気付いて忍び足で遠ざかる事が度々あった。
男勝りな口調の彼女は平らな胸の上で腕を組み、少し考えるような仕草をするとボソッと呟いた。
「……ミル達を行かせたのは失敗だったか?」
「どうでしょう。しかし残痕からして、あれは我々が取り扱う種類とは別物です。つまりここに同志は来ていません」
「となると別口か。もっと早く連絡をくれればいいものを……」
少女は苛立ち混じれにそう言うと、スカートのポケットから携帯電話を取り出し、大通りに向かって歩き出した。その後ろを巨大な体躯の男も付いて行く。
「社長、どちらへ?」
「この街の裏を牛耳る奴に電話を掛ける。というか、あっちから私に電話を掛けてきたわけだしな。これで無視するようなら社が所有する銃火器でこの国を焼け野原にしてやる」
物騒な事を口走る彼女だが、それが冗談だというのは分かっている。この少女は19歳にしてロシアを根城に活動する武器商社の社長なのだ。側近として働く大男は彼女の類稀なる能力をいつも間近で見ている。だからこそ、彼女が無駄な事をしないのを理解していた。
「『丸め込めるものなら取り込んでしまおう』。それが私のモットーだからな。やれる範囲でならいくらでも手は打つつもりだよ」
異国からの来訪者は、街の裏側に爪を立てて不協和音を奏で始める。その先に炙れ出てきた未知なる敵の情報を得るために。そして、行方の知れぬ仲間を探し出すために。
*****
横浜某所
街灯が幾つも切れ、夜の帳が道路に浸された一本道。曲がりくねった構造をしていて前方を確認しづらいので、敵からの攻撃にちゃんと反応出来るか怪しいところだ。赤島を先頭に、チームBは本部に指示された通りに進んでいた。
『白のバンはヘヴンヴォイスが乗っていたものです。チームCもその道を入って彼らを追いました。裂綿隊に挟み撃ちにされる危険性が高いのも否めません。チームBはそのまま進行し、敵と思しき人間を確認次第、銃での発砲を許可します』
本部からの内容は一見してみると整っているように思えるが、赤島には重要な事柄だけが隠されている気がした。とはいえ、敵が残した車があるという事は、近くに敵がいるという事だ。指示に刃向かう要素はどこにもない。
――いや、そう思わされてるのかもな。本当は指示を聞かずに行動した方が敵を焦らせることに繋がるかもしれない。
そうは思っても、赤島が実際に行動を起こすには右腕のリストバンドを外さなくてはならない。本部への裏切り防止のために取り付けられた無線爆弾は、裏切りと判断された瞬間、その身を赤島の血液と共に飛び散らせる。それだけは絶対に避けたかった。
自分の右手首が内側から破裂するのを想像し、身の毛がよだつ思いに駆られる。それを頭から無理矢理放り出して、次の曲がり道の先を確認する。そこから数メートル先に左曲がりがあるのが分かったが、そのギリギリのところに窪みがあるのが見えた。ゴミ置き場だろうか、マンションの前に作られたそれを見て――彼は歯噛みした。
「……お前ら、顔を出すな」
「え?」
ケンジの戸惑った声に、赤島は自分でも不思議なくらい真剣な声で今見た状況を報告した。
「あっちに人がいる。殺し屋のくせに間抜けな隠れ方だがな」
「どうすればいいんですか?」
「迂回して回り込みたいんだが、あいにくそこまでするだけの時間と余裕はない。工藤、ここから狙えるか?」
ケンジのさらに後ろを見る。チームBは元より無口な人間が半分の後方支援の集団であり、工藤もその一人だった。それでも組織の中でトップの狙撃能力を誇る。今回の任務でチームCに彼を委譲しなくて良かったと赤島は心の底から安堵の息を吐いた。
工藤は顔を俯けたままボソボソと口を動かした。
「……行け、ます」
「よし、頼んだ。一人で良い。俺らはそれから突撃だ。防弾チョッキは着てるな」
赤島の言葉に頷いて、工藤は背負っていたケースから狙撃銃を取り出した。丁寧な手つきで準備を進めるのを見守る中、彼は小さい声で『暗視用スコープは大河内が点検に出して使えない』という旨を伝えた。
やがて工藤が「出来ま、す」とカタコトに呟いたのを確認し、赤島はケンジ達を見やる。そちらも準備は整っていた。
「行動開始」
その言葉と同時に、工藤はトリガーを力強く引いた。サプレッサーにより銃声は半減されたが、それでも街中での発砲は夜の街に響いた。そんな中、工藤の狙撃が命中し、薄明かりの街路に赤色が飛び散ったのを赤島達は視認していた。
赤島が先導して走り、その後ろをケンジ、宮条と続く。一方で攻撃された側は、卓越した動きで道の先に隠れ、少しの猶予もなく威嚇射撃を繰り出してきた。
赤島はそれを長年の勘で躱し、後方の仲間に手でストップを命じた。これは長期戦になるな、と赤島は心中で愚痴った。
彼らは知らない。自分達が戦っている相手の正体は仲間だという事を。赤島も『敵かどうか確認する』という手段については浮かばなかったのだろう。今この区域には二つの敵勢力が入り混じっているのだから無理もない話だ。工藤が暗視用スコープを所持していれば事態は好転していた可能性が高い。
しかし現実はどんどん破滅への道を歩み、彼らは意味のない殺し合いに命を賭けていく事となる。
そんな泥沼の状況を実際に見た黒幕が心中でほくそ笑んでいるとは思いもせずに。
そのとき大河内は、すぐ近くにいた仲間の一人が頭から血を噴き出して目の前を真横に飛んでいくのを見た。まるで映画のコマ一つ一つを見ているかのような緩慢さが彼の脳を占拠するが、悠長に構えてはいられなかった。
彼らもプロなので、普段がどれだけ怠けた生活だろうが、仕事となれば話は別だ。大河内は他のメンバーに目で合図を出した。そして自分から飛び込み前転しながら敵の死角に入る。道が曲線になっていたのが幸いして、体力をそこまで消費する事なく隠れる事が出来た。
大河内はすぐに手持ちの拳銃で敵の方向に向かって発砲する。そこで敵がこちらに走っている事を知り、牽制は成功だったと安堵した。
同じ道に立ちながらも、互いに相手の姿を視認出来ていない。こんな特殊な状況下で先手を打つにはどうすれば良いのか。仲間が指示を仰ぐ視線を大河内に送る中で、彼はボソッと呟いた。
「法城、僕らは囮だ。その間に他の3人は簡易射撃武装で敵を仕留めてくれ」
「え、まっ……」
「変更はない」
そう言ったが早く、大河内はゴミ置き場へ再び飛び込み前転。そして、うなじが地面に着いた辺りで拳銃を敵に振りかざしてトリガーを引いた。もちろん彼は流れに乗って防壁の元へ辿り着く。
――敵は見えない、か。
煉瓦で出来た小さな防弾に背を預けながら、彼は転がっているコンマ秒の間だけ見据えた先について結論を出した。相手もサプレッサーを取り付けているらしく、銃声は小さい。しかし、自分を狙う殺意の塊は目では追えない速さを持って煉瓦に突撃してくる。砕けた破片が頭から落ちてきて鬱陶しい。
そこで法城も同じ手順でこちらに戻ってきた。彼は分かりやすく息を吐くとこう言った。
「あいつら動いてない。きっと俺らを警戒してるんだよ」
「よし」
よほど慎重なまとめ役でもいるのか。とはいえ、相手にしているのはロシアからやってきたプロの中のプロだ。荒唐無稽なやり方でこちらを圧倒してくる可能性は否めないだろう。
大河内は相手の銃声が一瞬だけ止んだのをチャンスに、顔を出して敵に向かって銃弾を放り込んだ。相手が自分達を正確に捉えていないように、大河内も確実に敵を把握出来てはいない。それでも路上に浮かぶ人影らしきものを信じて狙い撃つ。するとそちらの方から呻き声が聞こえた気がした。
そのとき「リーダー」と呼ぶ声が少し遠い位置から聞こえてきた。敵を確実に排除するための狙撃班達だ。どうやら準備が整ったらしい。
彼らが銃身を改造した銃を手に取っているのを見て、大河内は手で合図を出した。人差し指を真上に立て、それから指を拳銃の形に変えたサイン。それを受け取った彼らも、横でそれを見ていた法城も少し驚いた顔をした。
「……正面突破?大河内、それはいくらなんでも……」
「強敵だからって出し惜しみは許されないんだ。ここである程度の数を奪ってしまえばこっちのもんだろ?」
そのとき、大河内はひどく朗らかな顔をしていた。
まるで全てが自分の思い通りに行っている事実にホッとしているかのように。
後書き
黒幕、誰だか分かりましたでしょうか。
物語は終盤戦です。最後までお付き合いいただければなと思います。
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