「………くや……りく…!……りくや!」
そろそろ本格的に寒くなってきた11月下旬、芋虫のように布団にくるまってぬくぬくと寝ている俺に揺さぶりとともに名前を読んできた。なんの負けるか。今日は日曜で、昨日はめちゃくちゃ疲れたんだ、寝かせてくれ。
「……陸也ー!起きてー!」
この声は……スグか?ごめん、あの部活バリバリ娘には生活リズム合わせられない。そう思いもう一眠り……
「悠香さんとの約束どーするのー!?」
「………ふぇ!?」
寝ぼけ眼であまり舌も回ってはいなかったが完全に目が覚めた。布団を跳ね除けていつもやる腹筋よりもはるかに速いスピードで跳ね起きる。
「あ、やっと起きた。陸也、今日悠香さんと出かけるんじゃなかったの?」
「………今、何時?」
「昼超えて2時半」
……超ピンチじゃん。てかアウトだよ、ここから移動したとしても相当時間かかる。
「……こ、殺される…やべぇっ!!」
「自業自得だね……って、私いるんだから着替え始めないでよ!」
布団をはねのけ大急ぎで身にまとっている服を脱ぎ去る。直葉は直葉で異性の裸をみたくないのか顔を赤らめてバタバタと部屋から出る。男子かお前は。
「……げっ、通知めっちゃ来てるし…」
スマホの電源を入れて気軽に連絡しあえると最近話題のSNSを開いて悠香のニックネームを探す。……までもなく一番上に名前があった。通知数は2桁、うんやばい、既読つけたくない。とりあえず頭に水をぶっかけて無理やり起こすのと同時に寝癖を無かったことにする。んで、ドライヤーで乾かしてワックスつけて……
「よし!いまの時間は…!?」
大丈夫、そんなに経ってない。簡単に身支度を整えて玄関に向かう。
「あ、和人ー!バイク貸してー!」
リビングにいるであろう和人に近所迷惑なくらい大声で呼びかける。バイクがあれば向こうに着くまでの時間が相当短縮できる。
「悪い、今日使うから無理だ!」
「なん、だと…!?」
が、帰ってきた言葉は俺の希望をたやすく打ち砕くものだった。こんなときに車があれば……と悔やんだことはいままででないかもしれない。免許もまだ持ってないけれど。
「行ってくる!」
兄妹揃っての「いってらっしゃい」を聞き流して自転車の鍵を乱暴に掴み取って思いっきり扉を開けて外へ出る。
「寒っ!?……あー、急がないと…」
ーーーーー
遅い。まずそれが陸也に対する文句だった。せっかく久しぶりに二人で買い物っていうのに大幅に大遅刻されている。
とりあえず来たら一発ぶち込んでやろうかしら……などという野蛮な考えは一応保留にしておく。
それよりも今解決したいのは…
「すいません、人と待ち合わせいるものですから」
「まぁまぁそう言わずにさぁ、俺たちと遊ぼうぜ」
このナンパども。でも見知らぬ人だからリクヤのように手をだしたくはないし、顔も覚えられたくないから穏便に済ませたい。
「おーい、なにしてんのー、って綺麗な人じゃん」
「……」
また増えた……なにこの人たち、スライムか何かなの?
「俺、いい店知ってるからさ、行こうぜ?」
「いや、だから……」
「大丈夫、大丈夫だって。待ち合わせ相手も忘れてるよ」
「……店ってあそこか?」
「あぁ」
「え?…ちょっと……きゃぁっ!」
何度も何度も強く否定していると向こうにしかわからないような会話を交わした後、ガシっと腕を掴まれる感覚が。
ここがVRMMOならばいままでの経験で上がった筋力で抵抗もできたのだが、現実ではただの非力な女。おまけにヒールだから抵抗も難しくそのまま引っ張られていく。
引っ張られて、転ばないように仕方なく着いていくとどんどんと路地裏へと入っていく。
「……ここら辺でいいか」
「だな。……おらっ」
「きゃっ…!……痛…っ…な、なにするのよ…!」
壁際に投げられるように放り出され、バランスを崩して転んでしまう。
「スタイルすげぇなぁ。ヤりがいがあるな」
え…?ヤる…って、もしかして……私…!?
頭の中にこれからやられるだろうことを思い浮かべてしまい一気に顔がサーっと青くなるのが感じられた。
「ぁ……や、やだ……!や、やめなさ、いよ……」
助けて…誰か…………陸也…!
想い人の名を心の中で唱えても不安感は一向に減らない。それどころかこの男どもは弱々しい女性にそそられるのかさらに勢いを増しそうになっている。
「さぁて、楽しい時「……なにしてんの?」……あぁ?」
と、そのときだった。聞き慣れた声と通路の入り口に見慣れた姿が目に入ったのは。
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……ギリギリってところか?なんとかチャリを全力疾走でこいで待ち合わせ場所に着いた。しかしその場所に悠香の姿はなく、変な男どもに連れられて路地へと向かう姿が目に入ったのは幸運だった。急いで追いかけるとまるで薄い本にありそうなそんなシチュエーションに。
「……なに、してんの?」
「あぁ?……あー、お子ちゃまはみちゃダメでちゅよー」
「り、陸也!」
「もしかして、待ち合わせ相手?」
いつも聞かない悠香の泣きそうな声を聞いてプツンとしかけるが耐える。だが男はそんな悠香の髪を乱暴につかむと無理やり立たせて自身の顔に近づける。
「いやぁ、これからお楽しみなんだ。遅刻したやつは帰れー」
「お前みたいなチビにゃもったいねぇよ。さっさと帰ってママンに甘えとけ」
そうニヤニヤしながら悠香の顔に近づける男どもを見た瞬間耐えられなくなった。
「……ねぇ、悠香。目、つむってて?」
言ったが同時、ダッシュして一人に近づくとその無防備な腹にグーパンチを入れる。悲鳴を無視してそのまま髪をつかんで顔に膝をいれて一時期退場させる。
「て、てめぇ!」
「さぁて……」
悠香に手をだしたんだ。楽に死ねると思うなよ?そう想い敵とみなした男の顔を見た俺の顔は歪んだような笑みを浮かべていたのがわかった。
髪をつかんでいる男を悠香からひっぺはがし横腹に蹴りを入れる。すぐさま殴って呻き声をあげた後、蹴り飛ばし悠香を確保。
「悠香、ちょっと先にここからでててくれない?」
顔を見せずにいうと罵るような声もでず、そのままかけていく音が聞こえ一安心。
「……さて、どんなことして遊ぼうか」
喧嘩ではなく、一方的なこちらの暴力。痛いじゃん、攻撃食らうと。顔の原型がわからないくらいボコボコにして、何度も執拗に蹴りを入れ、相当なダメージを負った頃、男どもは情けない悲鳴を上げながら情けない姿で路地から出て行く。
「……ふぅ」
後を追いかけるように外にでるとその男たちは悠香の顔を見るだけで変な声を上げるほど怯え切っていた。その姿を見てとりあえず落ち着き悠香の元へ。
「大丈夫だった?」
しかし、心配してかけて見た声に帰ってきた返事はパァンっ!と大きな声が響くほど強いビンタだった。悠香はそのまま後ろを向いてどこかへと急ぐように行ってしまう。
ーーーー
混乱する頭で自転車を引いて悠香を追いかける。そんなにスピードもなかったので追いつくには追いつくことができたがこちらがいくら声をかけても無視を決め込まれ話を聞いてくれない。そんな気まずい雰囲気のなかで歩いているといつの間にか公園のような場所まで来ていた。
「………ここって」
俺と悠香のある思い出の場所、悠香の家からは少し離れているが小さい頃には悠香に引っ張られて遊びに来ていた。
そんなことを思い返しているうちに悠香はさらに奥へ行ってしまっている。慌てるように近づくと肩を震わせるようにないていた。
「なぁ、悠香……」
「……なによ」
「ごめん……」
「なにが、なの?」
「……遅刻したこと、とか…あんな目に合わせちゃったこととか……」
「……本当に、遅いわよ……」
「だから……ごめん……」
今日は全部俺が悪い、寝坊したしそのせいで悠香はあんな危ない目に遭いそうになった。守るっていってなにもできない日だった。
「……っ…ごめん…ちょっと、こうさせ、て…」
涙を拭いてこちらへ振り向くと悠香はもたれかかるように俺へと抱きついた。一瞬びっくりしたが小さく聞こえる啜るような泣き声に俺がしでかしたことの重さがひしひしと伝わる。
「………。ありがと、ちょっとは落ち着いたかも」
「無理しなくてもいいんだけどな」
「泣いてばかりいたら時間勿体無いじゃない。今日は、全部おごってもらうからね」
「はぁっ!?」
「誰かさんが寝坊したせいであんな目になったじゃない」
さっきまで泣いてたのとは真逆の笑顔にやれやれと思うが、それと同時にやっぱり笑っていて嬉しいと思う自分がいる。ずっと…なんて壮大なことを言える身分ではないしその責任も俺には重すぎるかもしれない。
でも、俺の近くにいる間は守っていきたい。
「って、柄じゃねーや」
「なにしてるのよ。アンタが遅刻した分、取り返さないと」
自転車にまたがり後ろに悠香を乗せる。ちょっとフラフラしつつもペダルに足をおいて漕ぎ出す。
「だね。じゃあいきますか」