尼僧
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第八章
第八章
「いや、また別に見えてこれもいいね」
「そうだね」
「朝も見たけれど」
そしてついこうも言ってしまったのだった。
「いや、これはいいよ」
「朝も?」
しかしだった。友人はここで彼の言葉に気付いた。その朝、というところにである。
「朝もと言ったね、今」
「ああ、朝登ったんだよ」
笑って彼に話した。下の景色を見ながらである。
「朝ね」
「そうだったのか」
「君が見ている間にね。いい酒抜きになったよ」
「じゃあ僕は本当に随分と寝ていたんだな」
「そうだよ。まあ僕も早く起きたけれどね」
その事情も話すのだった。
「いや、それでもね」
「朝に見たここの景色はまた違ったかい」
「朝もやに包まれていてね」
「朝もやにかい」
「こう言っては俗かな」
照れ臭く笑っての言葉である。
「この世のものじゃないみたいな。そう」
「そう?」
「幻想的っていうのかな」
この表現を使ったのである。
「そういう光景だったね」
「幻想的かい」
「朝の長谷寺もまたいいものだよ」
今度は屈託のない笑みになっての言葉である。
「本当にね」
「そうか。じゃあ明日は僕も朝に登ろうかな」
「じゃあ酒を控えようか」
「いや、それはしない」
それは断る彼であった。
「酒は飲まないとな」
「やれやれ、それはかい」
「人は酒の為に生きてるんだ」
そしてこんなことも言うのであった。
「それで飲まないでどうするんだい?」
「どうするって」
「だからだよ。今日も飲むよ」
本堂からのその美しい、何処までも緑が続く景色を見ながら悠然と笑っての言葉である。
「絶対にね」
「やれやれ、それはかい」
「そうだよ。まあそれはいいとしてだよ」
「うん」
「朝の長谷寺かい」
彼が今度言うのはこのことであった。
「それもいいのかもな」
「いいよ。そうだ、明日もだ」
「明日も登るのかい」
「そうさ。朝にね」
そうするというのである。
「また来るよ」
「そうか。まあそうするといいよ」
こう言う彼であった。
「僕はそれには一切構わないからね」
「じゃあ今日も深酒をして遅くに起きるのかい」
「いや、奈良の酒もいいね」
全く反省していない言葉だ。まさにその通りだという。
「全くね」
「やれやれだ。酒ばかり飲んでいると身体を壊すぞ」
「いやいや。酒は百薬の長」
よく言われている言葉を彼も言うのであった。
「何も怖がることはないよ」
「それでどうなっても知らないぞ」
「日本酒が駄目なら他の酒を飲むさ」
今度はこんなことも言うのであった。
「そうだな。ビールでもワインでもな」
「飲むなら焼酎が身体にいいそうだぞ」
「ではそれを飲むとしよう。人生はまずは」
「酒なんだな」
「そういうことだよ」
あくまでこう言う彼であった。寺の中であったが笑いながら酒の話をするのであった。風呂でかなり抜いてきたので流石にもう酒臭くはない。しかし酒の話ばかりする彼であった。
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