ソードアート・オンライン~神話と勇者と聖剣と~
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DAO:ゾーネンリヒト・レギオン~神々の狂宴~
第二十四話
「……」
「……」
真っ白い王の間の、その隅で。
コハクとガラディーンは、無言で向き合っていた。
コハクは青い水晶の刀身を持つ、黒い長槍――――《冥刀・青乱》を構えて。
ガラディーンは、その手で見えない刀を構えるような立ち方で。
両者ともに、その眼に宿っているのは、圧倒的な敵対心。両者ともに、誰かへの忠誠。
しかし決定的に違うモノが一つ。片方は、本心からの。もう片方は、強制混じりの。
「……コハク。《妖魔槍》。知ってるけど、名乗りなさい」
「……この世界では、《ガラディーン》って名乗らさせられてる」
お互いに名乗り合うコハクとガラディーン。それを合図にしたように――――二人とも、戦闘態勢へと移行した。
コハクは《青乱》の刀身をガラディーンに向けつつ、腰だめに構える。
ガラディーンは不存の刀を居合の構えで固定する。
徐々に、徐々に、高まっていく緊張感。
最初の一撃は、ほぼ同時に発された。
「――――セェェィッ!!」
「――――ッ!」
裂ぱくの気合いと共に、コハクが槍を振りかざす。発生した花びらのような形状の衝撃波が、高速でガラディーンを穿ちに奔る。
同時にガラディーンも不存の刀を抜刀。不可視の刃が放たれ、コハクの放った衝撃波と空中で激突、剣戟だけがその場に残る。
その激突が終わる前に。
すでに二人とも、駆け出していた。
「ぃえぁぁぁっ!」
コハクの槍が紫色に輝く。《妖魔槍》ソードスキル二連撃、《ロゼッタ・ロザリオ》。十字を切るようにクロスした斬撃。
それを、ガラディーンが存在しない刃で叩き斬る。
と、同時に。
「――――神装変換術の起動解除を申請! ――――『神装変換:《アスリウズライト》』!」
ガラディーンの容姿が変わった。
ポニーテールと一つ結びを合わせた様な形状だった髪型は、腰ほどまでもある下ろし髪に。
黒かったくせ毛は、こげ茶色のストレートに。
そして大正時代の女学生を彷彿とさせる様式だった和服は、カソックと陣羽織を合わせた様な和服と、現代の学生の着るブラウスへと。
同時に、存在しなかった剣が、その姿を形成する。
それは、漆黒の刀だった。光が当たると、その部分がなぜかより漆黒に輝く。
「なっ……」
「……シィッ!!」
小さな気合いと共に、目にもとまらぬ速さで刀身が振りぬかれた。斬!! というようなおぞましいサウンドエフェクトが響きわたり、空間が切断される。コハクはあわててそれを避けると、今度は両手槍用突進系ソードスキル、《へヴィー・チャージ》を発動。
一瞬で肉薄したコハクとガラディーン。槍と刀の刀身がぶつかり合い、悲鳴を上げる。
「くぅぅ……っ!」
「……ちぃっ!!」
ガキン!
はじかれあうお互いの刀身。
ガラディーンは左手を柄に添えると、両手持ちになったその刀……弾かれて刀身が自ずと大上段に振りかぶられた状態になっているそれを、思い切り振り下ろした。
大気がカタパルトの役割を果たし、パァン! という激しい音と共に空間が爆発する。飛んでくる衝撃波。スキルの技能でも、技のエクストラ効果でもない。単純な技能――――抜刀術最上位の奥義、《魔剱》。
コハクのお株を奪う衝撃波攻撃を避けると、《妖魔槍》ソードスキル《カサブランカ・インパクト》を発動。左右上下への切り払いを経ての、上段からの斬りおろし。それにのせてこちらも衝撃波を放つ。
それを受けて、ガラディーンが術式を唱えた。
「――――『神装変換:《デス・レクイエム・ドラグーン》』!」
再び姿が変わる。
今度は薄紫色のミニスカート風の和服に身を包み、手足に包帯をファッションとして巻きつけた、勝気な表情の少女だ。手に持っているのは黒い刀ではなく、血を吸ったように赤い刀身を持つ、巨大な湾刀。
ガラディーンはコハクの放った全ての攻撃をそのタルワールで弾き返すと、同時に號と音を立ててそれを振り払う。タルワールは曲刀よりもどちらかといえば大剣に近いカテゴリの武器だ。威力が高い。
とっさに槍を構えて、防御する。
ガァン!! と激しい重音を上げて、後方へと吹き飛ばされたコハク。攻撃力が段違いだ。先ほどよりも動きは遅くなったらしいが、その分攻撃面で強化されたのだろう。刀が大きくなったがために、槍を防がれやすくなり、防御面も強化されている。
「……厄介ね」
思わずつぶやかざるを得ない。
絶望的なまでの戦闘能力は、今だ見せていない。
だが、自分たちと同格の力を流出させているからこそ――――何をされるか分からず、逆に緊張感を募らせなければ無くなって来てしまう。
上手い。
戦い方が、上手い。
「強い……っ!」
それがコハクがガラディーンに対して抱いた、率直な感想だった。
だが。
だがしかし。
コハクは、どうしても彼女を認められなかった。
彼女には――――力があるのだ。
コハクは、自分が無力だと思っている。セモンはそんなことないと言ってくれるけど、きっと彼の足を引っ張っている。ハザードやシャノンのように、彼と長い間を共に過ごしたわけでもない。
何より、コハクは弱い。旧SAO時代、《聖剣騎士団》では一番レベルが低かったし…シャノンが278、ゲイザーが214、ハザードが123、セモンが117、コハクが108…、《妖魔槍》も、多分全ユニークスキル中最弱だ。加えて、現実世界で武術の心得なんて何もなかったコハクは、そもそも槍スキル自体を使いこなせていなかったように思う。
けど。
そんな自分でも、セモンの事が大好きなのだ。彼のことを愛しているのだ。世界でたった一人の、死ぬほど大切な人の、役に立ちたいのだ。
無力なコハクには、それすらもおぼつかない。
だが――――ガラディーンには、それができる。
彼女には力がある。
多分彼女は、『好き』ではないかもしれないけど、それなりには《主》のことを大切に想っているはずだ。彼女は、たった一度も《主》に対して剣を抜いていない…恐らくあの距離、そして《主》も認める実力ならば、ダメージを与えることが可能であったはずだ…し、彼の強制支配を、どこか受け入れるような雰囲気さえ感じられた。
なら、彼女は言われるまでも無く――――コハク達を、攻撃しに来ればよかったのだ。
力があるのに、どうして使わないのか――――
いや。
そんな建前なんて、本当はどうだっていい。
唯々、コハクは羨ましかったのだ。
大切な人のために振るえる、圧倒的な力を持っている彼女のことが。
「どうしてあなたは……その力を、誰かのために使わないの?」
思わず、口をついて出た疑問。
戦いの最中だというのに、コハクはそう、ガラディーンに問わずにはいられなかった。
質問を受けて、彼女は数瞬黙り込む。
そして、答えは――――
「……大っ嫌いだから」
痛く、簡潔だった。
「観たでしょ、私の能力」
「……自分の姿を変える……?」
ガラディーンから返された問いに、コハクも自らの予測を答える。するとガラディーンは、
「違う。そんな事、やろうと思えばグリーアでもできる。私の力は、『存在の改変』――――より正確には、『訂正・改稿』。さっきまでの《神装変換》は全部これでやったこと。
けどね。本当なら、どんな設定でも『描き替えられる』この力は、決定的な弱点がある。それはね、術者自身の設定は変えられないってこと。
分かる? ――――それ自体が、《設定》なの。私自身が、《設定》なの。もちろん設定したのはあの人。私を縛っているあの人。
本物の私は、もう『違う』のに、いつまでもあの人は『私』を縛り付けているの。
私は、自分がやりたいようにやりたいの。でもあの人は、私にそれを許さない。自分のやりたいように、私にやらせるの。
『縛り付けるのは嫌だ』なんて言っておきながら、何様のつもり!? 私は私、絶対唯一! あなたの言いなりになる人形じゃないの!
大っ嫌い! 大っ嫌い! あなたのことなんて――――好きにならなければよかった!!」
その一瞬だけ。
ガラディーンが、小さな少女に見えた。
今の彼女は、十八歳前後の外見をした美しい少女だ。だがその瞬間だけ垣間見えたのは、もっと若い少女の姿。
痛々しい、拒絶の色。
混沌。
《灰色》。
何でもかんでも、捨ててしまえという、この世界への絶望が、見え隠れする姿。
こんな『セカイ』は要らないと。
そんな『あなた』は要らないと。
『自我』だらけの『あなた』は要らないなんて言いながら、結局自分も『自我』だらけの、そっくりだけど、決定的に違う少女。
誰かを想えと言っておきながら、結局自分も誰かを想えなくて。
けどそれでいいと。そう言えない。
自己満足のかたまり――――ああ、結局『あの人』と同じ。
みんなみんな――――無意味だと。
大好きで、大嫌いで。そんな世界が大好きで、大嫌いで。
結局、何の意味もないのに、生きている。
そんな矛盾だらけの世界が、大好きで、大嫌いで。
消えてしまえ。
捨ててしまえ。
滅びてしまえ。
お前らみたいなのがいるから、結局全部だめなんだと――――
だったら皆、
消えてしまえ捨ててしまえ消えてしまえ消えてしまえ滅びてしまえ消えてしまえ消えてしまえ捨ててしまえ捨ててしまえみんな敵だみんな大嫌い消えてしまえ消えてしまえ消えてしまえ滅びてしまえ消えてしまえ捨ててしまえ消えてしまえ捨ててしまえ消えてしまえ滅びてしまえ滅びてしまえ捨ててしまえ消えてしまえ捨ててしまえ捨ててしまえ捨ててしまえ捨ててしまえ消えてしまえ捨ててしまえ消えてしまえ滅びてしまえ消えてしまえ消えてしまえ消えてしまえ消えてしまえ滅びてしまえ捨ててしまえ捨ててしまえ消えてしまえみんな大嫌いみんな大嫌いみんな滅びてしまえ消えてしまえ消えてしまえ消えて―――――
「……っ!!」
その内面に秘めた余りの混沌に、コハクは一瞬意識を攫われかける。
気が付いたときには、そこは《白亜宮》の真っ白い空間ではなかった。
黒い。
何かが蠢いている――――これは……銃弾? 刃? とりとめない、あらゆる狂気が、凶器が、つまった部屋。その中心に、コハクとガラディーンは浮いていた。
ガラディーンの姿は、最初に見た時と同じ、くせ毛と大正袴の女学生風スタイルに戻っていた。が、決定的に違う部分が、一か所。
その眼だ。
操られていた時の紅蓮色ではなく、元の灰色に戻っていた。
その中にあったのは――――《主》の意思には左右されない、彼女の、本心からの『敵対』の意思。
「――――『この銃には、弾丸が詰まっている』」
瞬間。
「――――『触れたら、破裂してしまうかも知れない。
取り扱いには、どうかご注意を。
いつ、何が原因で破裂するのか――――』」
すべての漆黒が。
「『全くさっぱり、誰もわかりません。
――――《惟神》――――
《激情》』」
爆発した。
後書き
はいどーも、Askaですー。
今回はガラディーン回。今Askaを支配しているのはものすごい背徳感。ああごめんよ相棒。君はこんな人間じゃないと思うんだけど。憶測で物を書いた俺を許しておくれ。
刹「じゃぁ書かないでくださいよ……」
次回はVSシャノン。更新は二日後~三日後の予定……ですが、大抵こういうのって宣言するとミスるので気長にお待ちください。
刹「それでは次回もお楽しみに!」
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