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山の人

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第三章


第三章

「それよね、やっぱり」
「そこなのね」
「そうよ。まあ他に変なところはないし」
「人間的にはまともなのね」
「それはね」
 この辺りはやはり惚れているのがわかる。どうにもこうにも微妙な夫婦というものの関係が出ていた。そうした意味で亮子は奥さんであった。
「しっかりしてるわよ。仕事だってちゃんとしてくれるし」
「まあとにかく。気になるのはそこだけね」
「そういうこと。とりあえずまだ様子を見るわ」
 こうしてとりあえずの方針が決まった。亮子はその夫の宗重のことを色々とチェックしだした。彼は普段の生活は真面目でついでに言えば毛深いままであった。しかし日常生活ではとりあえずはおかしなところはなかったのだった。
 ただしだった。やはり自然に関しては別であった。
「あっ、今日は雨になるよ」
「雨に?」
「うん、なるよ」
 ある朝会社に行く時に言うのだった。二人が住んでいるその団地のアパートの玄関で不意に言い出したのだ。靴を履きながら。
「大体夕方にね」
「夕方に?」
「多分ね」
 一応こう前置きはしてきた。
「降るかもね」
「そうなの」
「だから。夕方に外出するのならね」
「傘を用意しておけってことね」
「そういうこと」
 穏やかな声で妻に告げるのだった。
「まあ折りたたみでもね」
「わかったわ。それじゃあ」
 こうした会話はいつものことでそしてその日もまた。夫の言う通りになった。
 その日の夕方丁度夕食の買い物でスーパーに行きそこを出た時だった。
 不意に雨がぱらぱらと降ってきたのだった。それまで晴れていたのに急にだった。
「えっ、雨!?」
「まさか」
 スーパーの出入り口にいた人達はその突然の雨に急に声をあげた。
「さっきまで晴れていたのに」
「夕立なんて」
「当たったわね」
 周りの人達が驚くその中で亮子だけは落ち着いていた。
「あの人の言葉が」
 そのことに内心微笑みながら自分の買い物用のリュックからその折りたたみ傘を出してそれをさして帰る。その日は夫の言う通りになったのだった。
 こうしたことが二度三度とありまたある日のことだった。休日その夫と二人並んで歩いているとそこでまた彼がふと声をあげたのだった。
「ああ、そうだったんだ」
「そうだったんだって?」
「成程ね」
 街中を歩きつつ不意に頷く夫を見て怪訝な顔にならざるを得なかった。
「そういうことだったんだ」
「どうしたのよ、急に」
「いや、実はね」
 ここで彼は言うのである。街の道にいるのは今のところ二人だけだ。二人並んで休日の呑気な散歩を楽しんでいたのである。夫婦団欒の時だったのだ。
「話を聞いてね」
「話を?」
「そう、話」
 彼はまた言った。
「話を聞いてね」
「話って言うけれど」
 亮子はいぶかしむ顔になって首を傾げさせた。
「一体誰の話なのよ」
「鳥だよ」
「鳥!?」
「ほら、あれ」
 ここで彼は上を指差した。その指差した先には電線があり数羽の雀達が並んで止まっていた。とりあえず二人の他にこの場にいるのは彼等だけであった。
「あの雀達がね」
「話してるっていうの?」
「うん、ほら昨日うちのベランダにいた猫だけれど」
「あの白いペルシャ猫ね」
「あの猫向かいのマンションの太田さんのところの猫なんだって」
「そうだったの?」
 これは昨夜二人が夕食を食べている時に不意に家のベランダに出て来た猫だった。二人がその猫に気付いて近寄ろうとしたらもう何処かに行ってしまっていた。ペルシャ猫で高価な様子だったのだがそれでも猫らしい素早さは健在だったのである。
「それがちょっと家を脱走してね」
「家猫だったのね」
「結構いたすら猫らしいね」
 彼は雀達の方を見ながらまた亮子に話す。
「キャットフードしか食べなくても家の中で悪さばかりしてね」
「ふうん。ペルシャ猫でもそうなのね」
「その辺りは猫それぞれみたいだね」
 また言う宗重だった。
「まあ太田さんのところは飼い猫の姿が見えなくて大騒ぎだったらしいけれどね」
「だったのね」
「結局あの後家に帰ったんだって」
「家に?」
「すぐにね」
 まだ上を見上げている。
 
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