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【銀桜】3.モンハン篇

作者:Karen-agsoul
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第7話「現実とネットゲームのパラメーターは比例することもある」



 万事屋の居間では神楽と新八、そして銀時の三人が暇を持て余していた。
 つけっぱなしのTVから流れるのは、数日前まで銀時たちがプレイしていたゲームの特集。
 ただし、以前のように明るくはない。花野アナは真剣な顔でニュースを読み上げていた。
【オンラインゲーム『モンキーハンター』を騒がせた『螺鬼』の正体は未だ不明です。ハッキングの痕跡もなく、捜査は難航しており……】
「長谷川さん見ねーな」
「伝説データが抹消されましたからね。唯一の生き甲斐だったのに」
「掲示板に『Mは灰になった』って書いてあったアル」
【今回の一件で換金が殺到すると同時にプレイヤーも激減しています。ですが、ユーザーが減ったことで広告スポンサーが降板。モンハンの資金が途絶えたため膨大な金額を全員に払える見込みはなく、オンラインはこのまま中止する方向に……】
「つか『螺鬼』って誰だったんだろうな?」
 銀時は頭のすみにあった疑問を口にする。
 Mが抹消された直後、螺鬼も姿を消した。その後、螺鬼を見た者は誰もおらず、ログイン履歴にさえ記録はなかった。
 まるで最初から存在していなかったかのように。
「わからないけど、あの叩きは尋常じゃない」
 三人の中で唯一の被害者・新八は語る。
「アイツのせいでモンハン誰もプレイしてないヨ」
「きっと墜とされるの怖いんだよ」
「たく、とんでもねェ魔女だったぜ」
「人が積み重ねたデータ抹消しましたからね」
「努力を無にする女アル」
 神楽が首を縦に振る。
「あんな一瞬で消えるなんて、データって儚いですね」
 討伐したモンキーの数、倒すために考え抜いた幾多の攻略法、そして伝説と言われるまでゲームに注いだ時間は相当なものだと新八は想像する。
 無職でだらしない、立派な社会人として見習えない大人。だがあの時長谷川が語った言葉には、確かに熱意がこもっていた。
 しかしその心すらも数秒と経たずに消え、無になった。その事を考えると背筋が凍り、少し虚しさを感じる。
「そだねぇ。……たくよ、パソ代かかっただけで結局何も儲けられなかったなァ」
 銀時はブツブツと文句をもらす。色々積もった不満を酒で晴らすため、銀時は『スナックお登勢』へ向かった。

*  *  *

 夜のママ兼万事屋の大家であるお登勢が営む『スナックお登勢』。
 健全なエロが売りのお店は昼間から営業しているが、今は客がおらずお登勢も席を外している。
 薄暗い店内。そのカウンターの一番奥の席にノートパソコンを使う二つの人影があった。
 一人は緑色の髪を何重も結い上げ、端正な顔立ちをした少女。しかし人間の耳があるはず部分には、金属の機械がとりつけられている。よく見ると肌も人工物だ。
 そして彼女の隣に座るもう一つの影は、銀髪の女――双葉だった。
 双葉が操るノートパソコンは、とあるゲームを映し出していた。
 モンキーハンターのロード画面。そこにあるセーブデータは一つだけ。
 それは『プレイヤー:螺鬼』と表記されていた。

〈このデータを消去します。よろしいですか?〉

 無骨なフォントメッセージと、肯定か否かの選択肢が表示される。
 双葉は躊躇いなく、〈はい〉をクリックした。

〈消去しました〉

「所詮はデータ。クリックひとつで全て消える、か」
 さきほどまで『螺鬼』のデータがあった《スペース(場所)》を見ながら、ぼそりと呟く。
「双葉様。本当によかったのですか?」
 隣席の緑髪の少女が無表情に問いかける。
「ああ。ずっと保存しておくのも危険だからな。お主の《メモリー(記憶回路)》にある今回のデータも消去させてもらう」
 彼女と同じように、双葉も無表情に淡々と告げた。
「私は秘密を口外しません」
「念のためだ。『螺鬼』に関わった記録が残れば、危険が及ぶ可能性がある。只でさえ違法の《からくり(機械)》だそうじゃないか、お主は」
 人間に反乱を起こし、江戸中を騒がせた《からくり(機械)》メイドたちは事件の収束と同時に一斉廃棄された。だが実際は闇ルートで廃棄されずに残った《からくり(機械)》たちが今でも存在している。
 双葉の隣に座る少女――たまもその一人である。
「わかりました。……双葉様、どうして今回のハッキングをなさったのですか?」
 それは数日前。
 『スナックお登勢』で働いていたたまの前に双葉が現れ、あることの協力を頼まれた。
 命令を従順にこなす事が生き甲斐の《からくり(機械)》は素直に聞き入れたあまり、その目的をまだ聞いていなかった。
 双葉は特に表情を変えず、たまの質問に答える。
「バーチャルでの努力なんて意味がないからな。こうしてすぐ消える。形も残らない」
 データは目に見えるが、手にとって触ることもできない不確かなモノ。
 どれだけ時間を稼いでも、消える時は一瞬だ。それはこの世にあるモノに全て言えることだが、データほど脆いモノはない。
 現に今までそこにあった『螺鬼』のデータも、跡かたもなく消えてしまった。
 ネットを騒がせたハンターの原型を留めるモノは、何一つ残っていない。完全に削除されたデータが復活することは、もうない。
 ある程度の操作を終えた双葉は目線をたまに向け、改まった表情で口を開いた。
「兄者たちにデータの儚さを証明できたのはお主のおかげだ。礼を言う」
 『モンキーハンター』のプログラムの情報量は凄まじい。ノートパソコン一台だけではその負担に耐えきれず壊れてしまう。なので、その負担を減らす必要があった。
 たまにネット接続することで情報量を分割し、その負担を補うことができた。
 つまり今回のハッキングは、たまがいなければ成しえなかった。
「私はパソコンの初歩的な操作を教えただけです。双葉様には天性のハッカー能力があります」
 双葉の技術力の発達は驚異的なスピードで、たまも驚きを感じていた。
 最初はマウスを動かす事すらまともにできなかった。それが二日程度で全て我が物にしてしまった。
 協力したといっても、たまはネットからの膨大な情報量の分析と処理を手助けしただけ。根本的なプログラムの書き換えなどを行ったのは、全て双葉だ。
 たまは声のトーンを少し上げて評するが、双葉の眼は冷めたまま。
「意味ないさ。人を傷つけるだけで。……さぁ次はお主の番だ」
 そう言って、双葉はたまの耳の接続部にコードを差し込む。ノートパソコンにたまのシステムへと繋がるフォルダが開き、黙々と操作を始めた。
「双葉様」
「なんだ?」
 パソコンに目を向けたままの双葉に、たまは静かに告げる。
「銀時様たちに再修理された私には、それ以前の記憶がありません。ですが一つだけ覚えていた事があります。『侍は勇者より大魔王より上に位置する大魔王四天王の一人であり、私の友達』です」
 ゲーム機を仮の身体にして生まれた時、自分は無知の赤ん坊だった。
 だがなぜかこの言葉だけが《メモリー(記憶回路)》に存在した。
 それはまるで自分を護ってくれているような、不思議と暖かさを感じた。なぜそう感じたのか、未だに理解できないが。
 それにどうしてその事を今口にしたのかも。何度分析しても解明されない。
 この事を聞いて、侍の妹はどう思うだろうか。
 たまはほのかな期待を抱いて、彼女の返答を待つ。



「……そうか」
 彼女の返答はその一言だけだった。
 そして手を止めず操作を続ける。
 たまもそれ以上何も言わなかった。

〈すべてのデータを削除しますか〉

 データは所詮電子的なまやかしにすぎない。目に見えても触れないのなら幻と同じだ。
 その幻が欲しいという奴がいたら、馬鹿馬鹿しく思う。
 それは叶えられない願いだ。決して過去へ戻れないのと同じように。

――でも……

〈削除しました〉

 たまの中にある『螺鬼』のデータは全て消去した。
 だから『螺鬼』のことも、今日まで双葉と関わったことも、たまの記憶には残らない。
 データが完全に消えたことを確認すると、双葉は立ち上がり出口へ向かう。
 ふと双葉はカウンターに座るたまを一瞬だけ瞳に映す
 無機質なモノにあるはずのない感情が芽生えたという《からくり(機械)》。
 一度は破損し、データは全て消失した。
 だがこの《からくり(機械)》の《こころ(魂)》に刻まれた言葉だけは、消えなかったらしい。

――不変なモノがあるなら、兄者たちの言葉が届いたのなら……

「消えないデータもある、か……」

 そう呟いて双葉は店から出て行った。
 その口元にごく僅かに笑みを浮かべて。

*  *  *

 データとプログラムで埋め尽くされた世界に黒い影が舞い降りる。
 黒い影はゆっくりとその世界を見渡し、奥の中枢システムを見つけてほくそ笑んだ。
【こんなにもあっさり侵入できるとは。なんと脆いガードシステムだ。超科学技術で造られたという《からくり(機械)》が聞いて呆れる。(われ)がこの世界の支配者となる日もそう遠くない】
 そして笑う。盛大に笑う。
 全てを見下し嘲笑う声が、機械仕掛けの世界へ浸透していく。
 嘲笑をもたらす黒い影によって、これから大事件が起きる。
 だがそれは、また別の話である。

*  *  *

 日差しが夕焼け色に変わり始めた頃、『スナックお登勢』は夜の営業に向けて準備をしていた。
 そんな忙しい時でもかまわず、銀時は店内に入り甘い物を注文してカウンター席に座る。
 するとカウンターの奥にこの店に少し場違いなモノが置いてあるのに気づいた。
「バアさんパソコンなんて買ったのか?」
「たまが欲しがってね。落ちてたの源外に修理させたんだよ」
「タダ同然かよ。ムカつくな」
 こっちは電子喫茶のパソコン代で金が掛ったのに結局収入はゼロ。金儲けのつもりが、ただ余計な出費をはたいただけで終わった。
 そんな苦い経験を数日前したせいか、今はパソコンを見るとイライラする。
 叩き割ってやろうかと思い、銀時はノートパソコンに歩み寄った。
「って電源つけっぱなしじゃねェか。……ん?」
 放置されたパソコンが映し出すのはモンキーハンターのスタートメニュー。
 一体誰がやってたのか疑問に思っていると、お登勢が思い出したように口を開いた。
「そういやさっきまで双葉も使ってたね。この前たまと一緒に凄い速さで文字打ってたよ」
 それを聞いた銀時は、黙ってパソコンを見つめる。
 電子喫茶に入れるようになるまでの二日間、そしてプレイしている間、双葉もどこかへ出かけているようだった。
 そういえば螺鬼が出現したのは自分たちと同じ場所。いや、自分たちの前にしか現れていない。
 それに螺鬼は銀子を『糖分中毒』と呼んだ。
 もしかすると螺鬼の正体は――



「まさかな」
引きつった口元で、銀時はパソコンのスイッチを切った。

=終=

















































●おまけ:「説明書読んでないでまず電源入れてみよう」●







=終=

※おまけは涼宮ハルヒのパロディ。双葉も無知な状態からスタートしました(笑)















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