雨宿り
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第九章
第九章
「最も浄土に近いとかな。普通は言わないだろ」
「まあそうだよな」
麻原という男のことは二人もよく知っていた。テロリストであり犯罪者であり人殺しでしかない。普通の人間はそう考えるものだ。まともな頭の持ち主なら。
「それはな」
「だからあんな奴の本を読む奴は今はまあいないさ」
また嫌悪感を露わにさせて言い捨てたのだった。
「だからそれはない」
「そうか」
「まあ女の子だからな」
「そうだな」
この話を言い合うのだった。加藤はそのうえでまた言った。
「じゃあ太宰の他は漱石とか三島とかか」
「三島も女の子案外読むからな」
紅は加藤のその言葉に乗って述べた。
「漱石は定番だしな」
「じゃあ漱石でも探すか?」
「そうすればいいさ。漫画でもいいしな」
「漫画はあの娘いつも少女漫画のコーナーだからな」
このことについては難しい顔になっていた。
「だからそっちはな」
「それは無理か」
「男が少女漫画読むのはちょっとあれだろ」
加藤はこう言って困った顔を見せた。
「やっぱりまずいだろ」
「まあちょっとないな」
紅もそのことには同意するのだった。
「少女漫画読んで駄目ってことはないけれどな」
「それでも恥ずかしいか」
「ああ。だからそれはな」
ないというのだった。
「ちょっと止めておくな」
「そうした方がいいな。やっぱりそれはよくないな」
「男っぽいところを見せろってか」
「そういうことだ。太宰だとインテリになる」
紅の今の言葉はあくまでイメージのうえでの言葉だ。しかしそれでもそのイメージこそが大事なのも事実でそこの話にもなっていた。
「けれど少女漫画を読んでいればそうはならない」
「女々しいって思われるか」
「それか変態だな。それにこれは俺の予想だがな」
「ああ」
「話していいか?」
加藤のその目をじっと見ながらこう前置きしてきた。今度はうどんも丼も食べてはいない。
「それをな」
「ああ。それで何だ?」
「ああした娘はな。男らしさに魅かれるものなんだ」
「男らしさか」
「大人しくて目立たない娘だろ」
御木本のことをよく見ている言葉だった。
「物静かでな。儚げな感じだな」
「そこで文学少女っていうのがまた最高の組み合わせだな」
加藤もこの話に乗ってきた。そのうえで自分の本音も言ってみせた。
「はっきり言ってな」
「それだ。インテリと男らしさは両立する」
ここでもそれはいいと言う。
「ここはその両方を見せろ。いいな」
「よしっ」
加藤はそばを食べながら決意したのだった。こうして彼はその日も本屋に向かった。その前に折り畳みの傘も買っておくのを忘れてはいなかった。
そうして店の中に入る。彼女がいたのは今回も文庫本のコーナーだった。そこに向かうと。
「いい感じだな」
また太宰のコーナーの前に向かう。そうしてその太宰の隣にある漱石の本を手に取った。すると彼女はこちらに顔を向けてきた。
(来たな)
内心で会心の声をあげていた。これでよし、と思った。しかしそれだけではなかった。
「あの」
「!?」
「うちの学校の」
「えっ!?」
何と彼女が声をかけてきたのだ。
「人よね」
「あっ、うん」
彼は戸惑いながらそれに返事をした。
「そうだけれど」
とりあえずさりげなくを演じた。しかしそれにはかなり苦労したのも事実だった。
「何かあるの?」
「同じ学年で」
御木本は今度は彼の学生服の左襟のクラス章を見て述べていた。
「F組なの」
「そうだよ。F組」
また彼女に答えた。
「それがどうかしたの?」
「名前何ていうの?」
「加藤っていうけれど」
彼は問われるまま名乗った。
「加藤啓介っていうけれど」
「そうなの。加藤君ね」
「うん」
ここでもさりげなくを演じた。
「そうだよ」
「私は御木本っていうの」
今度は彼女から名乗ってきた。
「御木本優っていうの。クラスは」
「何処?」
知ってはいたが知らないふりをしたのだった。
「三年A組」
「そう。A組なの」
「そうよ」
また答えたのだった。
「A組なの。知らないわよね」
「ええと」
「それでもいいから」
答える前に言ってきたのだった。
「私、地味だから」
少し自嘲めかした笑みを浮かべての言葉だった。
「クラスでも目立たないし。だからね」
「だからいいっていうのかよ」
「知らなくてもね」
こう言ってまた自嘲めかした笑みを浮かべる。
「いいわ。別に」
「今は知らなくてもな」
ところがここで。加藤は自然に言葉を出すのだった。
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