101番目の哿物語
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第五話。月隠のメリーズ・ドール
そんな、定番とも言える言葉が聞こえてきたが予想していた俺は然程驚きはしなかった。
『パソコンが壊れたのは、残念だったわね?
クスクス……』
「君の仕業かい?」
『クスクス、クスクス……』
プツッと再び切られた電話。
切られる直前まで彼女のクスクス笑いが聞こえてきた。
まるでその笑い声で恐怖を仰ぐように……。
「これは……マズイな」
何もかもお見通しなのか。それとも俺の予想通り、パソコンが壊れたその現象すら彼女の仕業なのか。
もう、本能レベルで理解していた。
この電話の主は、本気で俺の命を狙っていることに。
それも、圧倒的なまでの恐怖と緊張を与えた上で、最終的に殺害するつもりなのだ、と。
「まあ、でもこのくらいの恐怖なら既に何度か体験してるし、その都度どうにかしてきたから大丈夫だ」
思えば、前世は大変だった。
チャリジャックから始まったアリアとの出会い。
武偵高生を人質に取られたバスジャック。
イギリス行きの飛行機内で起きたハイジャック事件。
幼馴染みの白雪の護衛任務。
地下倉庫での魔剣との対決。
峰・理子・リュパン四世と協力しての紅鳴館でのお宝強奪。
横浜ランドマークタワーの屋上での吸血鬼ブラドとの戦闘。
ピラミッド形カジノの警備。
船上での砂礫の魔女『パトラ』との戦い。
原子力潜水艦『伊・U』内での世界最高の名探偵との冪乗弾幕戦。
アリアとの戦い。
生きていた英雄、シャーロック・ホームズとの一騎打ち。
犯罪組織『伊・U』の崩壊。
単位不足によるクエストブーストで受けた粉雪の武偵高案内とサッカー試合の依頼。
レキの求婚、狙撃拘禁。
京都での修学旅行。
曹操三姉妹の襲撃。
新幹線ジャック。
武偵チーム登録。
師団、眷属による戦う前の話し合いの場『宣戦会議』と『極東戦役』の始まり。
転入生、L=ワトソンや吸血姫『ヒルダ』とのスカイツリーでの戦闘。
謎の人物、GIII&GIVの襲撃。
自称妹、GIVとの同居生活。
かなめ(GIV)と白雪&ジャンヌによるランバージャック。
GIIIとの戦闘機上での激闘。
武偵高からの退学通告。
東池袋高への転入。
平和な学生生活。
裏社会からの誘い。
ヤクザ相手に殴り込み。
幹部によるクーデター。
GIII&星の女神とのヤクザさん掃討。
武偵高へ復学。
修学旅行IIによる香港旅行。
藍幇との激闘。
孫との戦い&レーザービーム攻略。
ジャンヌと共にフランスへ。
極東戦役ヨーロッパ戦線の助太刀。
妖刀の襲撃。
師団からの逃亡、リサとの出会い。
オランダでの静養。
ナチスガールとの接触。
武器庫からの脱出&戦車戦。
メイヤとの話し合い。
襲撃、魔剱アリスベル。
風のセーラ。
囚われの竜の巣。
死と復活。
オランダの魔獣『ジェーヴォーダン』
鬼の一味、閻との激闘。
極東戦役の終了。
日本への帰国。
武偵戦友会。
コンビニでのアルバイト。
戦略爆撃機『富嶽』への浸入。
鬼の一味、閻との死闘。
そして……敗北。
自分の人生をあらためて振り返ってみると、既にとんでもない体験をしてるな……俺よ。
前世が前世だっただけに自身が今置かれている状況でもわりと冷静に対処できる。
「……騒いだって仕方ねえしな」
普通の人なら恐怖で声や体が震えたりしてしまうかもしれないがそんなことにはならない。
今の状況でただ怖がっていても何も進まない。
なら……進めるだけ進んでから絶望してやろう。
そう心に決めた時だった。
カシャン……ガチャ。
家の玄関の方から、鍵の外れる音と、ドアを開ける音がした。
「ありえん」
ありえない。
ドアが開くなんてありえないんだ。
何故なら玄関には鍵とチェーンをかけたからな。
しかし……常識が通じない存在なのに何でわざわざ鍵を外すんだ?
ドアを通り抜けるなり、ぶち壊すなりすることも余裕でできそはずだ。
それなのに、わざわざ『鍵を外す音を聞かせる』というのは……つまり、俺を怖がらせるという悪意によるものだろうか。
彼女は俺を動揺させて、怖がらせて、怖がらせて、徹底的に怖がらせて、それから命を奪う……そういうつもりなのか。
だが、何故?
その対象が元々の人形の持ち主だったら、理解できる。
捨てられた人形が持ち主を恨んでしまうのは、解らなくもない事情だ。
その復讐心が、相手に後悔を徹底的に与える方向性を選ぶからだ、とな。
だけど俺は前世も含め、人形を捨てたこともなければ、持っていたこともない。
なのに何故、これほど恨まれなければならないんだ?
それとも。
それとも、もう彼女にとっては『復讐』は二の次で、誰でもいいから、恐怖を与えて殺す。そういう存在になってしまっている、ということなんだろうか?
それはなんと言うか……
「助けてやりたい、よな」
もう殺す相手がいないのに、復讐を続けなければいけない人形。
そんな理由があるとしたら……。
ヒステリアモードがまだ続いてるせいか、そんな事を思ってしまっている。
ピピピピピッ。
きし……きし……
電話の着信音と、板張りの階段を上ってくる音が聞こえる。
それはワザとゆっくりと歩くことで、やはり俺の恐怖心を昂らせているように思えた。
携帯の方からは声は聞こえない。
……もう、俺との距離は目と鼻の先だから、わざわざ話さないのだろうか。
きし……
その足音が俺の部屋の前で止まった。
心臓の鼓動が煩いくらいに鳴り響いているが、これが恐怖からきた鼓動なのか、ヒステリアモードの血流の高まりによりものなのかはわからない。
俺は後ろを振り向かないように、観念しながら瞳を閉じた。
しかし、その時聞こえてきたのは……。
「兄さん?帰っているのですか?」
聞こえたのは、馴染み深い従姉妹の、理亜の声だった。
「り、理亜か?」
「はい。どうしたのですか?ドアを開けてください」
「ああ、ごめんよ……」
緊張感から一気に解放されたせいか、足腰の力が抜けていく。
妹のように可愛がっている従姉妹の、クールな物言いにこんなに安心できるなんて、思っていなかった。
ヒステリアモードの今なら彼女のどんな願いも、我儘でも聞いてやりたいと思ってしまう。
だが……。
「どうしたのですか、兄さん?早くドアを開けてください」
「なあ、理亜。家の前に誰かいなかったか?」
ドアの前に行き、彼女に語りかけた。
「誰か……ですか?」
「ああ、ボロボロの服を着た金髪の女の子とか……」
「いませんでしたよ。そんな事より、兄さん。早く開けてください」
「……なあ、理亜。どうして俺の部屋に入りたいんだ?」
「どうして、って。そんなのどうしてでもいいじゃないですか。早く開けてください」
「……なあ、理亜。どうして」
「なんですか、もう。いいから開けて、それからお話ししましょう」
「どうして、お前はドアに触れていないのに、ドアが閉まってるって知ってるんだ?」
そう、理亜は一度もドアに触れてない。
触れればガチャガチャと音がした筈だ。
「それに、玄関にはチェーンをかけておいたのに、どうやって中に……」
「…………」
数秒の沈黙。
その直後。
『あはははははははははははははは‼︎』
胸ポケットとズボンのポケットに入れていたDフォンと、ドアの前にいる存在から笑い声が同時に発生した。
(なんて奴だ)
こいつは、俺の従姉妹のフリをしたんだ。
それも、完璧な声音で、性格までそっくりに!
チャララララーン♪
ドアから離れた俺の、Dフォンではない普通の携帯電話に着信が入った?
「この曲……詩穂先輩?」
俺はポケットから携帯を取り出した。
表示は先輩だが……。
「もしもし?」
その電話に出た俺はいつもより明らかに沈んだ声を出していたことだろう。
「わっ、モンジ君、どうしたの⁉︎」
とても心配してるのが、電話越しに伝わってくる。
「いえ……今、ちょっと怖い目に遭っていまして」
「そうなんだ?えーと……」
そんな事を言われても先輩が困ってしまうだけだろう。
だが、俺はあえて先輩にそう伝えた。
だって……。
「だから、先輩も……本当は先輩じゃないんでしょう?」
自身の近しい人になりすます。
彼女のやり方がそうなら、この先輩も……。
『クスクス……あはははははははははははははは!』
「許せないな、君だけは……」
女性の声を姿を利用する。
相手の許可も取らずに好きなだけ利用する。
そんな事、許せるわけないだろう。
ピピピピピッ。
Dフォンが鳴り響く。
俺は勝手に繋がる前に自分から先に電話に出た。
「もしもし」
『もしもし私よ。今、貴方の部屋の前にいるの』
「知ってるよ」
『自分から電話に出るなんて。そんなに早く死にたいのね』
「そのつもりはないが……少し君と話しがしたくてね」
『クスクス……ねえ、ドアを開けて?中にいるのでしょう?』
「いない、って言ってもバレているだろうしな」
『開けてくれないのなら、私から入るわね』
ぷつっと電話が切られた。
会話も何もあったものではなかった。
彼女はどうやらアリア並みにコミュ力ないらしい。
「後はもう、だな」
絶対に振り向かない事。
これを実証すればいい。
どうやれば振り向けないか。
俺はヒステリアモードの論理的思考力で考えた。
背後を振り向かないようにするのには、マズ、相手が見えないようにする。
後ろを向けない状況を作り出す。
その為には。
「……よし、これなら振り向けない」
俺は部屋の壁に背中を当てるようにして立ち、視界を遮る為に、机の中に入っていたアイマスクを被った。
背中を壁にくっつける。
視界を遮る。
古典的な方法だが、これなら相手に背後を取られることも、相手を見ることもできない。
後は朝が来るのを待つだけだ。
来るなら来てみろ、なんて思っていた俺は……。
数分経ってもDフォンに着信がないままなのと、ヒステリアモードになっていたせいか脳神経に負担がかかっていた事もあり、いつの間にか意識を落として背中を壁につけたまま、座り込んで眠りについていた。
2010年5月11日23時30分。
「……んあ?」
目が覚めた時、外はすっかり暗くなっていた。
いや、アイマスクをしているせいか暗く見えてだけかもしれないが。
「……寝ちまった、のか」
……俺は確か……。
都市伝説でよく聞く、『もしもし私よ……』という人形に追いかけられていたはずだ
リコちゃん人形とか、メリーさん電話とか、そう言われるものに。
「もしかして……夢か?」
そう思い体を起こそうとした、その時______
「もしもし私よ。今、貴方の後ろにいるの」
耳元で聞こえてきたその声に、俺の体は一瞬で凍りついた。
直後、『夢のはずないじゃないか!』と気づいたのと、もう一つ。
(ヒステリアモードが解除されてる⁉︎)
エロDVDではかかりが甘かったのか切り札とも呼ぶべきヒステリアモードがすでに収まっていた。
(落ち着け。落ち着け!
そうだ、相手を見なければいいんだ)
幸いな事に俺はまだ背中を壁につけた状態だ。
これでは後ろは振り向けない。
「ねえ、早く振り向いて。
私を見て?」
「誰が見るか!」
見たら殺る気だろうが。
「見ないと殺しますよ。ハゲ」
「ハゲてねえよ⁉︎」
「見ないとアレですよ?
ほらアレ、アレ?」
「なんだアレって?」
新ての詐欺か?
「見ないとバキューんしちゃうぞ!」
「可愛く言っても見ねえよ!」
なんなの、こいつは。
「振り向かないと逮捕しちゃうぞ☆」
「ネタ古⁉︎」
「いいから振り向いてくださいよ。
いいじゃないですか、チラッと私を見るだけですよ」
「いや、見たら死ぬだろう」
「大丈夫ですって。ちゃんと六文銭は用意しますって」
「そんな準備いらねえんだよぉぉぉー‼︎」
耳元で彼女、一之江瑞江が甘い声で誘惑してきたが、こんなんで振り向くアホはいないだろう。
彼女は何故か焦っている。
「一之江。
お前が何者で、どういった存在かはわからない……けどな」
俺は背後の一之江に語りかけた。
「俺はお前に殺されない。
お前は相手を振り向かせないと殺せない。
今の俺は背後を振り向けない。
よってお前に俺は殺せない」
俺がそう宣言した瞬間______
「……そんな……どうし、て……嫌だ」
一之江から彼女が出したとは思えない弱々しい声が聞こえた。
「……嫌……こんなところで……消えたく……ない」
一之江からは泣いているのかかなり弱々しい声が聞こえてきている。
消える?
「消えるだって⁉︎」
「消えたく……ない、あの子は……優都は……妹は、私が守る」
「妹?」
何故だろう。
先ほどまで、俺はこの少女の事を呪われて、人を死なせるだけの人形だと、そう思っていた。
いたが、今は……。
「なあ、お前って、あの……道端に捨てられていた人形か?」
校門前でヤシロちゃん示した先にあった、あの捨てられた人形。
彼女はそれを『因果』と呼んでいたがその意味はまだわからない。
「……それは、きっかけに過ぎないわ。『捨てられた人形』を見つけて、それになんらかの心の動きを見せた人物に私は呼び寄せられる。そういうコードになっているから……」
「……やっぱりお前が生まれたきっかけって、捨てられたからなのか?」
「何を尋ねられているのかわからないけれど、その逸話から生まれたロアなのは確かよ」
またでたよ。
ロアという謎の言葉。
ロアというのは彼女みたいな存在を示す言葉なのだろうか。
しかし、それを聞いて頭によぎったのは……悲しいな、という思いだった。
「私はこんなことで消えるわけにはいかないのよ。
あの子を守る為なら誰だろうと殺す!
だから無理やりでも振り向かせて……」
彼女には彼女を待つ妹がいるみたいだ。
妹を悲しませたら駄目だよな。
「仕方ねえか……悪い、振り向くぞ」
「え?」
突然、起き上がって彼女と距離を取った俺に彼女は不意をつかれたのか、素っ頓狂な声を上げて驚く。
振り向かないようにアドバイスしてくれたキリカと目の前の彼女に謝罪して、俺は彼女を見ないように体を反転させて______
「……ッ⁉︎」
彼女にそのまま、抱きついた。
彼女の体と、ボロボロのドレスの肌触りが感じられる。
ツン、と鼻を刺激するのは血の匂いだろうか。
薄い色の金髪がチラッと見えたがなるべく見ないように顔を上げた。
それと同時に______来た!
ドクン、ドクンとあの血流が芯に集まるのがわかる。
抱きついた感触では彼女はキリカや理子、白雪とは違い、どちらかと言えばアリアみたいな体型をしている。
そのせいか血流の流れも速い。
俺が振り向いても死んでないのは理由がある。
何てことはない、『振り向いた』が『相手を見る』まではしていないからだ。
「な、なんの、つもり?」
「昨日、電話に出なくてごめんね」
「……何を言われているのか、わかないのだけど」
「捨てられた人形の寂しさの化身、みたいなものが君なんじゃないのかって思って」
だから、捨てられた人形を見て気を引いた人に現れる化け物。
どれだけ寂しいか、どれだけ辛い気持ちでいたのかを誰かに知らせたい、思い知らせたい。その強い想いの化身が彼女なのではないかと。
それに彼女は言った、消えたくないと。
あのままでは彼女は消えてしまう。
女性をそういった辛い気持ちにさせたままでいるなんてことは今の俺にはできない。
「だから……まあこのままザックリ殺されてしまうのかもしれないけどさ、でも、だったらせめて……寂しくないようにしてやりたいって思ったんだ」
「さ、寂しいとか……」
「いいんだよ。寂しい時は寂しいと言ってもいいんだ。
人間は……いや、人形も一人では生きていけないものなんだからさ。
だから何ていうかさ、俺を殺すのは寂しくなくなってからにしてくれ。
じゃないと俺に未練が残るからな」
「……未練?」
「君がどんな存在だろうと、君が寂しさのあまり人を殺してしまったら悔しい、って思う未練だよ。
どうせ殺されるのなら、相手が『あー、殺し、超スッキリした!』って気持ちでないと……悔しいだろう?」
これは完全に俺の我儘だ。
本当なら女性をそんな目にあわせたくない。
だけどどうしても殺さないといけなくなった時、未練を残すような、そんな殺しをするのだけは辞めてほしかった。
「…………貴方は」
俺に抱かれたまま、俺の腕の中で、低く押し殺したような声が聞こえた。
「さあ、満足するまで刺せ!
だけど満足しないのなら、もっと強く抱きしめるよ?」
声を張り上げてそう叫ぶと、俺の腕の中で彼女はもぞ、っと動いて。
ただ一言、呟いた。
「貴方は真性のバカですね」
「え?」
彼女の言葉に俺はうっかり彼女を『見そう』になってしまい______直後。
ゴヅンッ!
「ぐはぁ……」
顔面に凄まじい勢いで頭突きを喰らって、悶絶した。
「遠山家の奥義を……」
痛みに悶絶しているうちに、いつの間にか彼女は俺の手の中からいなくなっていた。
ピロリロリーン。
とDフォンから音がして、赤かった発光が青白い光に変化していた。
部屋を見渡しても彼女の姿はどこにもなかった。
「助かった……のか?」
青白い光は消えて、元の静かなブラック携帯に戻った。
「……みたい、だな」
耳を澄ませば外を走る車の音、道を歩く人の足音、虫が鳴く小さな音、家の中から聞こえる、家族の生活音が聞こえてきた。
どうやら俺は元の空間に戻ったらしい。
「兄さーん」
一階から俺を呼ぶ従姉妹の声が聞こえる。この声は多分、本当の理亜の声だろう。
どうやら俺は……。
無事に、生き延びたみたいだ。
「兄ーさん。聞こえてますかー?」
理亜の声が再び聞こえてきた。
今日はいつもより優しくしてあげよう。
そんなことを想いながら俺は一階に降りていった。
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