雨宿り
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第七章
第七章
「絶対にするなよ。いきなり街を歩いていて目の前に真っ裸の女が出たら流石に誰でもおかしいと思うだろ」
「そんなことやる女いたら確実に頭おかしいだろ」
加藤も今の例えには目を顰めさせて返した。
「それはよ」
「だからだよ。それと同じだからな」
また随分と極端な例えではあった。
「だからするな。いいな」
「わかった。最初からそれは考えてないからな」
「ならいい。それでやり方はな」
「どうするんだ?」
「本屋に行け」
紅はこう加藤に言った。
「本屋に行って太宰の本買え。いいな」
「太宰の本をかよ」
「御前太宰の本で持ってるのあるか?」
「文庫本で結構な」
少し頭の中の記憶をチェックしてから答えた。
「持ってるけれどな」
「その中で持ってないの買え」
こう加藤に話した。
「それ買うんだ。その買う時が問題なんだよ」
「御木本さんがいる時にだな」
「そう、その時に買え」
強い言葉に彼に話す。
「その時に買うんだ。しかも彼女にわかるようにな」
「しかもわざとらしくないようにだな」
「そうだ。絶対にばれないようにしろ」
ここでもまたこのことが確認されるのだった。
「絶対にだ。いいな」
「わかった。それは何があっても守る」
彼も最初からそのつもりである。だから返事はしっかりしたものだった。
「俺の運命がかかってるからな」
「運命っていうのは大袈裟じゃないのか?」
紅は今の加藤の言葉にはいぶかしむ顔で言葉を返した。
「女の子をゲットするのは確かに勝負だけれどな」
「あんな奇麗な娘いないだろ」
彼は真顔で言うのだった。
「だからだよ。何があってもゲットするぞ」
「何があってもかよ」
「本屋だよな」
また強い声で紅に問うのだった。
「本屋で仕掛けるんだよな。その太宰の本でな」
「ああ、そうだ」
内心彼の先程の言葉に思うものがありながらそれは隠して応えるのだった。
「仕掛けろ。いいな」
「わかった。絶対にやる」
ここでもまた紅に対して強い声で返してきた。それはさながら勝負に向かう武士のようであった。既にその手には抜き身の刀があるかのような。
「今日な。やってやるぜ」
「頑張れよ」
(しかしこいつ)
紅は言葉では応援しながら内心彼に対してこう思うのだった。
(完全に本気だな。こんなにマジになる奴だったんだな)
彼への評価を変えていた。それだけのものがある話であったのだった。
何はともあれその日加藤は早速本屋に行った。まずは彼女がいるかどうか確かめた。すると今日いたのは。
「今日はあそこか」
いつもの少女漫画のコーナーにはおらず文庫本のコーナーだった。そこに何気なくを装って近付いてみれば太宰の本を探している。丁度いいタイミングだった。
ここで迂闊なことはできないと思いながら今はただ太宰の本を一冊引き抜いた。その時ふと彼女の目が彼にいったのに気付いた。
(見てるな)
それはわかった。しかしであった。
今は何も言わない。知らないふりをする。そうしてその場を後にしてカウンターに向かい本を買うのだった。今はただそれだけだった。
このことも学校で紅に話した。紅は今は学校の食堂でうどんを食べていた。加藤はそばでお互いそれぞれ違うものを食べながら話をしていた。
「へえ、そんな感じか」
「どうだ?」
「まあいいんじゃないのか?」
紅は話を聞いて述べた。
「最初はそんなものだな」
「最初はか」
「少なくともこっちのことは見たんだな」
「ああ」
それは間違いなかった。はっきり感じている。
「それは間違いないな」
「それだったらいいな。しかも悪い印象じゃないしな」
「それも大事か」
「第一印象は何でもかんでも大事だろ?」
「そうだな。それじゃあ」
「まずはそんなものだ」
加藤に話したうえでこう告げるのだった。
「最初はな。それでいい」
「で、話はこれからか」
「まずはジャブが終わったところだな」
紅はここでボクシングに例えた。
「まずはそれはいい感じでいった」
「次はストレートか」
「そういうことだな。それでどうするんだ?」
あらためて加藤に対して問う。問いながらうどんをずるずると吸っている。彼は天麩羅うどん、それに親子丼も横にある。対する加藤は鴨なんばそばに天丼だ。麺と丼がそれぞれ逆になっている。しかし二人はそのことは特に自覚することなく食べながら話をしている。
「これからは」
「また本屋に行くか」
加藤はそのそばを食べながら述べた。
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