エクシリアmore -過ちを犯したからこそ足掻くRPG-
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第一話 代役
/Victor
逆行。タイムトリップ。転生。――まあ、言い方は何でもいい。
目を覚ましたら、私は断界殻があった頃のリーゼ・マクシアに漂着していた。次女のフェイリオと共に。
私とフェイリオの共通項など、時歪の因子化して消滅したことくらい。だというのに、両者共に肉体のポテンシャルは生前と同じまま、時間だけが巻き戻った世界にいる。
オリジンの気紛れ。クロノスの陰謀。100万個を超えて生まれた分史世界。あれやこれやと原因について頭を巡らせたが、どの仮説も仮説の域を出なかった。
結局、私もフェイリオも原因の検証を諦め、“この”リーゼ・マクシアで生きる術を模索することにした。
黒匣がないのは痛手だったが、幸いにしてフェイリオは精霊術を使えたため、ごまかしは利いた。
二人して日銭仕事をすれば、慎ましく生活するにはどうにか足りた。
そうして流れ着いたイル・ファンで、訳が分からないながらも、フェイリオと二人、波風を立てず生きていくはずだったのに――
/Fay
拝啓、エルお姉ちゃん。――なんて、心の中でいつも呟く。そしたらちょっぴりさびしくなくなるから。
今、わたしはイル・ファンに住んでいます。パパと一緒に。
パパとはまだあんまり上手くおしゃべりできません。でも、前みたいにパパがわたしを無視したりしてるわけじゃないみたいなの。どうしてかな?
イル・ファンってスゴイんだー。街中にある街路樹がね、発光樹っていって、夜になると街灯みたいに光って道を照らすの! 光の華ともいうんだって。
何で発光樹かって? 実は今、まさにラフォート研究所の近くの発光樹の下にいるの。パパとの待ち合わせでね。
……でもラフォートからは少し離れたとこなの。ラフォートには近寄らないようにしてたから。
そこの近くが、ジュードが通ってる学校だから。
鉢合わせしちゃうとマズイでしょ?
何で外にいるのかというと、パパに「たまには外食しよう」って言われたから。
新品のクローク下ろして、髪も何度もブラッシングして、準備万端で待ってる。……ちょっとハズカシイかも。相手はお父さんなんだから、こんなに気合入れたってしょうがないの、分かってるんだけどさ。
発光樹が一斉に静まり返った。
まるで軍隊の将軍さまが兵隊さんに整列の号令を出したみたい。
聴こえるのは灯りを消した木々の葉擦れだけ。
どうしたの? こんなに風が強いと聴こえな――
あれ? あの白いの、紙、かな。
風の軌道に少しだけ手を加える。紙は風に乗ってわたしの手元に降りてきた。ありがとね。
「すみません! それ、僕のです」
研究所から走ってきてる男の子。わたしとそう変わらない歳かな? 闇に紛れそうな藍色ベースのふ、く……
「……ジュー、ド……」
何でこんなとこで会っちゃうの。ずっとイル・ファンに住んでたけど、会う事なんてなかったのに。
「はっ、はっ……ありがとー、拾ってくれて。大事な物なんだ。それがないと単位が貰えなくなるとこだった」
にっこり。ジュードの笑顔には悪意がない。本当に偶然、落し物を拾ったのがわたしだっただけ。
「どう、ぞ」
「ありがとう。本当に助かったよ」
「い、いえ」
/Victor
――出て行けない。
ありもしない親心を引っ張り出して、フェイリオを外食に誘ったのが間違いだった。
フェイリオはこの世界の〈ジュード〉と話していた。フェイリオがあの少年を〈ジュード〉だと分かっているのかいないのかまでは、フェイリオが背を向けているせいで分からない。
!
今、何かが暗闇に乗じて、研究所を囲む水路に飛び降りた。
一瞬だが、あの金蘭の輝きは、間違えようもない。
今のは、ミラだ。
発光樹の灯りが消えてくれて助かった。
金時計を取り出す。クルスニクの血と連動して異能を引き出す時計を。――骸殻発動、2秒間。
ほぼ一瞬で水路の縁まで行って、すぐに水面上に光る浮揚陣へと飛び降りた。乱暴に着地したせいか、水が音を立てて跳ねた。
ミラがふり返った。音で気づかれたか。
ミラは人差し指を唇に当てた。
「危害は加えない。静かにしていればな」
――昔、ジュードに聞いた。ミラと初めて会ったのはラフォートの研究所でだった、と。確かにジュードはすぐそこにいる。まさか、今日が〈その日〉だとでも言うのか?
「〈槍〉を――〈クルスニクの槍〉を破壊しに来……」
最後まで言えなかった。突然現れた水球が、私を閉じ込めたせいで。
「静かにしてほしいと頼んだはずだけれど」
ミラの横……水の大精霊ウンディーネ!? く、この頃のミラは手加減というものを知らないのか!
「ん? 静かにするか?」
首肯すると、水球は弾けた。咳き込みながらも何とか浮揚陣の上でバランスを取る。
こ、この女、分史のミラ以上に取扱い要注意だ。
「咳は……まあ大目に見よう。君はそこで何をしていた?」
キミ、か。懐かしい呼ばれ方だ。正史のミラだけが「俺」をそう呼んだ。
「水の上を歩くという非常識をやらかす美女を見たら、追いかけるのが人の性だろう」
きょとんとするミラ。――人を濡れ鼠にしてくれたんだ。多少はぐらかしても罰は当たるまい。
「人とはそういうものなのか?」
「ああ。そういうものだよ。しかも、精霊の主マクスウェルしか従えられない四大精霊の一柱を従えているとなれば、俄然興味も湧くさ」
「何故それを!」
「たった今、私を閉じ込めたのは誰だったかな」
ウンディーネの姿を見せた失態にミラはようやく気づいたようで、少し困ったように頬を掻いた。
「君は私にどうしてほしいんだ。興味があると言う割に特に何かを要求するでもない。遠回しな言い方しかしない。私はこの先に用があるんだ。君も私に用があるなら手早くすませてくれ」
苛立って腕組みして指を叩くなんて、分史のミラのしぐさと同じだ。まるで癇癪持ちの子どもだな。精霊の主も、箱入り娘として育てられたらこんなものか。
「そう急かないでくれ。私は別に君の行く手を遮りたいわけじゃない」
「だったら」
「一緒に行かせてくれないか?」
ぽかん。そんな音が聴こえそうなほどのマヌケ面。百面相は相変らずだな、ミラ。
「言っただろう。君に興味があるんだ。君がラフォートに忍び込んで何をするか見物したい。まあ、君がイヤなら私は後ろから勝手に付いて行くだけの話だがね」
「……興味……見物……」
ふいにミラを囲んで漂う光球たちが明滅した。ミラを急かしているのか、私を警戒してか。
それに対してミラは艶やかに笑んだ。
「お前たちを従えている私に恐れるものなどない。――分かった。君の同行を許そう」
今ので会話が成立していたのか。フェイリオも時々何もない場所に耳を傾けることがあるが。やはり精霊の世界は深遠すぎて私には理解できそうもないよ。
っと、こら、ミラ。許可しておいて人を無視して排水溝を登るな、水路を進むな。待つという言葉を知らないのか君は。……いや、そこで本気で不思議がられると私も困るんだが。
こんなに奔放な女性だったか? 過去の思い出が美化されてないか自分?
しばらく水路を歩いた。ミラは無言だ。初めて会った時の彼女はよくしゃべるほうだったが、それはジュードたちからの薫陶あってこそということかな。
「君は、黒匣がなくても人は生きていけると思うのかね?」
「思うに決まっている。あれは人を破滅に向かわせる力だ。残さず破壊せねば」
ジュードは過去さぞ苦労したに違いない。これを宗旨替えさせるなど私には無理だ。
ああ、今改めてお前を尊敬するよ、ジュード。精霊の主をタラシ込むなんて、お前はとんでもない男だったんだな。
自らを人と精霊を守るマクスウェルだと喧伝しながら、ミラ、君はあまりにも私たちに無関心だ。
何故挑んできたか、何故怒ったか、何故守ったか。何故、自分にそれらが向けられたのか。普通は気になるものだろう? 命が危ういとなれば尚更だ。
それとも君は、自分自身が勘定に入ってないのか?
不意に青い光球がミラの下に降りて明滅した。
「黒匣は……。……。本体は別の場所か」
ほら、やっぱり私に構わず部屋を出る。私は追いかけざるをえない。
辿り着いたのは、おそらく研究所でも限られた人間だけが入れるほど奥のドーム。
「〈クルスニクの槍〉……? これが?」
携帯版の〈槍〉を巨大化したようなデザイン。確かにこれを小型化しようと考えたリドウは、発想だけは賞賛に値するな。
「見ちゃったんだ」
っ! 誰だ!?
上だ。赤い影……赤いミニスカドレスの、銀髪の少女。手には槍のような仕込み杖。
少女は飛び降りると、仕込み杖を私とミラに向けた。
「なに落ち着いてんだよ。……ムカつくなぁ」
一発殴って昏倒させておくが吉か。そう思って踏み出す――前に、ミラが来た。後ろに炎の大精霊イフリートを従えて。
「説明する時間が惜しい。黙って引いてくれれば危害は加えない」
「ふざけんな! その顔、ぐちゃぐちゃにしてやる!」
「それは困る」
ミラが指を鳴らす。イフリートが火球を少女に放つ。おいこら、いくら何でもその威力を生身の人間に当てるのは――だめだ。今のミラは手加減を知らないんだった。
しょうがない。骸殻発動、足のみ、5秒間。
転身し、火球を一部だけ斬り落とした。これであの子は気絶程度ですむはずだ。
案の定、火球をまともに食らって、少女は吹き飛ばされて倒れた。
「守り手が付くとこを見るに、やはりこれが肝の黒匣か」
光学ディスプレイに移るのは、この兵器の簡単な説明と、名称。
「〈クルスニクの槍〉――」
「創世の賢者の名を冠すとは。これが人の皮肉というものか。――やるぞ。人と精霊に害成すこれを破壊する」
その言葉を合図にしたように、顕れたるは、四大精霊。赤、青、緑、黄の魔法陣が〈槍〉の四方を囲む。周囲のエネルギーが高まっていくのが、霊力野のない私でさえ分かるほどだ。
四大精霊の4色のマナが、〈槍〉の上で絡まり巨大な陣を編み上げる。その中心からミラがマナを注いで兵器を破壊する。実にシンプルなやり方。
それを、邪魔された。
兵器近くにあった操作盤の前に現れた、あの銀髪の少女に。
彼女はタッチパネルを操作してから、倒れた。
次の瞬間に襲ってきたのは、マナ搾取の波動。
「なっ!?」
「ぐあ!!」
これが…っ、断界殻さえ破壊する精霊術打ち消し装置の真価…! 生命エネルギーを抜かれる感覚。脳に直接ホースを突っ込まれて中身を吸い上げられているような感覚だ。
――〈妖精〉に祭り上げられたフェイリオは、こんな体験を10年もしてきたのか?
マナ搾取に加え、拘束の陣が発動する。それでもミラは足を踏み出す。〈クルスニクの槍〉の起動キーである砂時計型の物を台座から外そうとしている。
もうよせ、ミラ! 大精霊なんぞ体がマナで出来ているようなもの。これ以上近づけば君も分解されるぞ!
ミラの手がついに光る砂時計を掴んだ。砂時計は一瞬にして薄い円盤に形を変えた。
それが最後の抵抗だった。
ミラは四大ともども、引きずり込まれるように〈槍〉の砲口へと浮かび上がり、四大ともども砲口の中に入った。そして、砲口は閉じた。
床に落ちた、円盤となった起動キー。せめてこれだけでも!
掴みとる。間一髪。だがこのままでは壊れた橋から下の水路に滑り落ち……
「パパ!」
背中から抱きつかれる感触がして、滑落が止まった。この声は。
「フェイリオ」
「だ、だいじょう、ぶ?」
「ああ。何ともない」
フェイリオは私に抱きついたまま浮上する。そういえばお前は精霊術がミラやミュゼ並みに使える特異体質だったな。
陥没してない部分へ着地。フェイリオも浮遊を解いて床に下りてきた。
「ね、パパ……ミラさま、は?」
そう聞く所を鑑みるに、フェイリオは私がミラに接触したのを知っているんだな。
無言で〈クルスニクの槍〉を指差した。
「あの…中?」
肯く。するとフェイリオは両手で顔を覆って膝から崩れ落ちた。
「まさか今日が『そう』だったの? そん、な…そんなっ、わた、わたし、ジュードに」
「落ち着きなさい、フェイリオ。ジュードに会ったのか」
フェイリオは小さく肯いた。
「落し物をたまたま拾って…返して…街全体の発光樹が停まってたの。暗くて危ないから送るって言ってくれて……ちょうど見えたよ。水路でパパがミラさまとお話してるとこ。でも、ジュードの、断れなくって…家まで行って、別れてから、急いで研究所まで戻って…中に侵入ったら、ミラさま、が…〈槍〉に…」
――最悪だ。
今日とは知らなかったが、ジュードとミラがラフォート研究所で会ったことは聞いていたのに。
まさか私たちの行動で二人が出会わないどころか、ミラと四大が〈槍〉に囚われてしまった。これでは断界殻を消す人間が集まらな―― !
「パ、パパ? あの…フェイ、なに?」
縮こまって私を見上げるフェイリオ。
フェイリオは〈妖精〉と渾名されエレンピオス一軍に匹敵するといわれる精霊術士。ミラが四大の力でやった飛行や水上歩行もできる。
ジュードが負うはずだった「ラフォート研究所に侵入して指名手配」という条件も、私がミラと共に行動した事で満たされた。
つまり今の私とフェイリオならば、「ジュード・マティス」と「ミラ=マクスウェル」の皮をかぶって歴史に介入できるということだ。
「パパ…? 何、考えてるの…?」
「代役が要る。ジュードとミラを無関係者にしてしまった。これで大きく歴史は変わるだろう。彼らの代わりに、彼らの『役』をする人間が必要だ」
「代役……まさか、パパ、わたしたちが?」
「フェイリオ」
問いには答えず、フェイリオの頬に手を当てる。私とのスキンシップに慣れないフェイリオを黙らせて言うことを聞かせるのは、これが一番手っ取り早い。
「辛くても怖くても。自分の命が危険に晒されても。ミラ=マクスウェルを演じられるか」
フェイリオは赤い目を見開いたまま、手だけを動かして左手に重ねた。
「うん。約束する」
「……!」
その返事は。エルを正史世界に送り出した時に、エルが言った――
「……ああ、約束だ」
フェイリオの頬から手を離して立ち上がる。
「パパは?」
「ジュードの代役をやる。源霊匣開発はともかく、『ジュード』と『ミラ』が出会わなかった以上、断界殻(シェル)開放に動く人間もいなくなる。その穴を埋める」
「パパが『ジュード』の代わりに断界殻(シェル)を開放するの?」
「そういう事になる。それが私の――ジュードとミラを弾き出した私たちの責任だ」
「……うん」
上手く事を運ばなければならない。考えるべき案件は山積みだ。
歴史通りに世界が回るように。
道を外して、ここを分史世界にしてしまわないために。
〈槍〉のすぐそばに空いた穴。まるで冥府へ招く門のように暗く、黒い。
あの衝撃だ。じきに警備員と研究員が駆けつけるだろう。この場は早々に退散だ。
「フェイリオ」
手を、差し出した。フェイリオは存外あっさりと私の手を取った。
私たちは二人で暗い滝に飛び込んだ。
後書き
ついにオリジナルからさらなるオリジナルを展開するという暴挙に出ました。
フェイないしフェイリオについては「フェアリーテイルの終わり方」をご参照ください。
ユティの出番はかなり先になります。
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