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今度こそ勝った

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第一章

                       今度こそ勝った
 根室千佳はプロ野球の全日程が終了したその夜寝る前にこれまた寝る前の兄の寿にこう言われた。
「今年こそは勝つからな」
「去年は残念だったわね」
 千佳は兄ににやにやとして返した。
「出る度にだしね」
「だから今年こそはだよ」
「勝つの?」
「そうだよ、阪神を甘く見るなよ」
 寿は妹に目尻を決した顔で宣言した。
「阪神は今年こそやってくれる」
「シーズン中いつもここぞっていう時に負けてたじゃない」
「だから今回は違うんだよ」
 今回のクライマックスはというのだ。
「御前は負けた時の残念会の用意しておけ」
「やれやれね。去年もそう言ったじゃない」
「だから今年こそはなんだよ」
 寿は阪神ファン独特の極端な前向きの姿勢で千佳に言った。
「猛虎が勝つんだよ」
「だから。そう言って今年も肝心な時に絶対に負けて」
 それで、とだ。千佳は力説する兄に冷めてそれでいて何処か暖かい目で兄を見つつ返した。
「巨人に優勝さらわれて」
「そういうカープだってそうだろ」
「それはそうだけれどクライマックスで勝つのはよ」
 それはと返す千佳だった、平然として。
「我等がカープだから」
「どうだかな」
「阪神クライマックスで物凄く負け越してるじゃない」
 これが現実だ、このことも阪神が正念場で弱いと言われる根拠になっている。ケンタッキーのおじさんの呪いが続いているという説もある。
「それでカープに勝てるって」
「勝ってやるからな、今度こそ」
「はいはい、まあ阪神相手なら負けても許してあげるわ」
 相変わらず余裕に満ちた態度でだ、千佳は寿に言った。ただ実際に阪神も嫌いではないのでその感情も入ってはいる。
「巨人なら別だけれど」
「こっちもだよ、広島ならな」
「いいのね、負けても」
「まだな」
「そういえばお兄ちゃんカープに負けてもね」
 確かに荒れるがそれでもなのだ。
「巨人の時の三分の一も怒らないわね」
「巨人は別だよ」
 兄は妹に即座に返した。
「あのチームだけは駄目だよ」
「この世で一番嫌いなのよね」
「御前もそうだろ」
「当たり前よ」
 巨人が広島にしたこと、江藤等のことを思い出してだ。千佳は寿にむっとした顔で返した。とはいっても千佳は江藤の時はまだ産まれていない。
「あのオーナーの顔を思い出すだけで」
「暴れたくなるよな」
「死ぬ程嫌いよ」
 このこともまさに感情そのままの言葉だ。
「その巨人に今年こそ勝つわよ」
「その言葉阪神に勝ってから言えよ」
「それはこっちの台詞よ」
 兄妹でクライマックスがはじまる前からだ、二人は火花を散らしていた。そうしてそのクライマックスがはじまると。
 阪神は第一試合、メッセンジャーが力投した。そうして広島打線を抑えそこに。
 福留のアーチが出た、その一点を守護神呉が守り抜いてだった。
 一戦目に勝った、ここで寿は甲子園で一塁側と三塁側に別れて観戦していた千佳に対して帰り道で言った。
「見たか!」
「ああ、見たわよ」
 千佳は帰り道に兄を横目で睨んで返した。
「やられたわ」
「会心の勝利だったな」
「阪神ピッチャーはいいからね」
「ああ、凄いだろ」
「どんなに弱い時でもね」
 それこそなのだ、阪神はピッチャーだけは。
「ピッチャーがいいから」
「一点あれば充分なんだよ」
「そりゃね、一点だけ取られてもね」
 千佳はここで野球の絶対の鉄則を言った。 
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