同じ相手を
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第一章
第一章
同じ相手を
冬月瞳と夏希は喫茶店アドリアーナを二人でやっている。母と娘二人でだ。
美人の母娘として知られている。そのことで評判にもなっている。
瞳は四十代になるがはっきりとした美貌の持ち主である。黒い髪を短くしていていささか猫を思わせる上がり気味の強い光を放つ目を持っている。
口は大きく全体としてはっきりした美貌である。すらりとした身体が実際の背丈よりも高く見せている。そのエプロン姿もよく似合っている。
娘の夏希は母より背が高くさらにすらりとしている。顔立ちは整い鼻も高い。とりわけその目は西洋人のそれを思わせはっきりとしている。黒い髪を伸ばしそのはっきりとした黒い光を放つ眼を際立たせている。まさに美人母娘である。
父は早いうちに亡くし二人で喫茶店をやっている。母一人子一人であるがそれでも店は繁盛し生活には困っていなかった。
夏希は高校生である。従って高校に通いながらお店を手伝っている。その落ち着いた内装の店の中で今日もウェイトレスとして働いている。
その彼女にであった。瞳が不意に声をかけてきたのである。
「ねえ」
「メニュー?」
「今のところ最後のお客さんが帰ったから」
それはないとまず伝えた。丁度そうしたタイミングであった。
「それはないわ」
「あっ、そうなの」
「お店のことじゃなくてね」
通っている制服のまま店のエプロンをつけてウェイトレスをしている娘に対してまた言う。
「あんた彼氏とかはいないの?」
「また急に聞くのね」
「ふと思ったからね」
だから聞いてきたというのである。
「だからね」
「それで私に彼氏がいるかどうかって?」
「具体的にどうなのよ」
「いないわよ」
素っ気無く答える夏希だった。
「そういう人はね」
「いないの」
「そのうち気がついたらできるんじゃないの?」
そしてこんなことを言うのだった。
「そんなのって」
「そうそう上手くできたりしないわよ」
顔を少し顰めさせて娘に言い返す母だった。
「何でもないように言うけれど」
「今のところあまり興味ないのよ」
また言う夏希だった。そういうことには、というのである。
「本当にね」
「やれやれ。高校生だとまだいいけれど結婚とかどうするのよ」
「正直全然考えてないわ」
それもだというのだ。本当に全く考えていないのはわかる。そんな言葉であった。
「まあそのうち何とかなるわよ」
「やれやれ。そうなったらいいけれど」
娘のそんな言葉を殆ど信じていない母だった。それでこの時の話はそんな娘に呆れたところで終わった。その話が終わって暫く経ち記憶から消えたその頃だった。
不意に店にだ。若い男がやって来た。無口な感じで陰のある細長い面持ちで眉がやや太い。そんな彼がやって来たのである。
「あれっ、あの人」
最初に彼に気付いたのは夏希であった。
「何かいい感じじゃない」
「そうね」
母の瞳もその言葉に頷く。見れば彼の服は。
「しかもあの服って」
「あんたのところの制服じゃない」
「ええ、確かに」
その青いブレザーと赤いネクタイはまさにそれだった。左胸のその校章のマークが何処の学校であるのかを何よりも雄弁に物語っていた。
「あれは」
「あの人誰かしらね」
「私三年だけれど」
実は彼女は三年なのだ。既に上の大学への推薦が決まっていて楽なものである。受験については既にクリアーしているのである。
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