煙~序章~
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煙
前書き
吸血鬼のRと、人間のN。
悲しく、残酷な血の物語がここに。
煙
俺は深夜のビルの屋上で一人、煙草を吸っていた。
下に広がる道路に車は一台も通っていない。
このビルを囲む建物の明かりも全て消えている。
近頃は空気が少し冷たくなってきているので、微かに吹く風が黒スーツを着ている俺には心地よかった。
『仕事』で疲れた身体を休めるのにはもってこいだ。
白い紙の筒の先から小さな赤い火を灯し、出てくる煙を肺に送り込む。
煙草というものはいい。くだらない現実を忘れされてくれる。澄み切った夜空に浮かぶ満月を眺めながら煙草を吸い続ける。
「N。何してるんだ?」
「見ての通り煙草吸ってる」
俺の至福の時に割り込んできたこいつはR。日本人だけど白い髪に赤い目を持つ。見るからに煙草を吸いそうなRだが、こいつは吸わない奴だ。
今は『仕事着』である、俺と同じデザインの黒スーツを着ている。ちなみにネクタイの色も同じ紫だ。
本当の名前なんて知らないため、俺達は『組織』が決めたコードネームで呼び合っている。
Rはフェンスになだれかかる俺の隣に座り込んで、俺を見上げた。
そして、Rの赤い目で見つめられる。
「煙草って依存性あるんだぜ? やめとけよ」
「依存じゃない。精神安定剤だ」
生真面目なRのことだからヘビースモーカーの俺に煙草をやめさせようとするのは読めていたので、適当な言い訳をする。
まあ、『組織』の『仕事』の関係上煙草は必要ないものなのは分かっているんだけど。
「何かに依存するなんてNらしくない」
「お前にだけは言われたくねえ。……なあ、吸血鬼Rさん」
「それはそうだな」
Rは人間の赤い体液に依存する吸血鬼の末裔だ。牙みたいなものは無いし、血を吸わなくても耐えられる身体らしいのだが月に一度の吸血衝動に駆られる、と本人が言っていた。その吸血衝動の日というのが満月だ、とも。
そんなRを赤ん坊のころ『組織』に入れると決めたのは『組織』の《主人》様だった。
「お前は大丈夫なわけ?」
俺は足元で座り込み満月を仰いでいるRに聞く。
「ん? 何が?」
「だから。血、吸わなくていいのかってこと」
「……それ以上言ったら俺、Nの血吸っちゃうけど?」
Rはじっと俺の目を覗き込んだ。赤い目の中に戸惑う俺の姿が映る。
「もしお前に吸われたら俺はどうなる?」
俺がそう聞くと、Rは少しだけ考えて言った。
「人間の仮説通り、俺と同じになる」
「つまり、吸血鬼になるってことか」
「さすがN。飲み込みが早い。――でも安心しろ、俺はNだけは吸わないって決めてっから。……ふぁ……眠……」
何か深い意味がありげなRの言葉。そう言ったきりRは目を閉じた。そして、『仕事』の疲れがたまっていたのかそのまま眠ってしまった。
Rの綺麗な寝顔を見ながら思う。吸血衝動と言っても、それはこいつの本能だ。人間の俺達が食事を必要とするように、吸血だってないよりはある方がRの身体にはいいはずだと思う。特にRと親しい人間は『組織』に俺以外いないから、吸血を頼むとすれば俺しかいない。その俺に頼まないのは、それなりの理由があるかもしれない。
――だが。
俺はいつごろからか、Rになら吸われてもいいと思ってしまった。叶うなら今ここで、本能に負けたRに噛み付かれてしまいたい。
そんなことは決して口に出さずに、俺は新しい煙草を箱から出してまた一から吸い始める。
しばらくそうしていると。
「N……俺は……」
と、Rの唇から寝言が漏れた。
俺はその先が続くものかと思ってRを見つめたが、それっきりだった。
* * * *
翌日、二十三時四十九分、『組織』所有、窓のないビル、最上階ラウンジにて。
NやRと同じ黒スーツを着た男――コードネームJがスマートフォンを片手に電話をしていた。ただ、ネクタイの色が違う。こちらは青だ。
『――それでRは目覚めなかった、と?』
電話の先から不思議な声が流れる。
女のような男のような。
少女のような少年のような。
若者のような老人のような。
性別もおおまかな年齢も分からない声に、男は丁寧に答える。
「ええ、Nは促進したようですがRが拒否したようです――A様」
『なるほど。二人の関係からしてそろそろ、と思っているんだがなぁ……。しかし、まずいことになったな』
Jは電話の声――コードネー厶Aに首をかしげた。
「まずいこと、といいますと?」
『Rは吸血鬼としての自覚を持ってから、というより生まれてから一度も吸血をしていないのだよ。赤ん坊のころ『組織』に拾われたのだからこれは間違いないことだ。つまり末裔とはいえ、十九年も血を飲んでいない。故に、Rの身体はもう長くはないのだ』
「ならば、血を飲ませればいい話ではないのですか?」
Jの案に、Aはこう言った。
『Rの場合二十年間、一度も血を吸わなければ二十年が経ったその時に死ぬ。そういう身体なのだよ。どういう仕組みかは知らんが。そして、明日でRは二十歳だ。《主人》様からお借りした書物にあったことだが、死の前日は、もう普通の血では寿命は伸びないらしいのだ』
「――普通の血ではない血、とは?」
Jは、ラウンジをゆっくりと歩き回りながら喋る。
『どうやら、特殊な血――永遠(フォー)の(エバー)血(ブラッド)ではないといけないらしい。そのまんまで笑えるな』
「わたくしもそう思います」
Jはラウンジの中央で足を止めた。
『重要なのはここからだ。その血を持つのがほかならぬNなのだよ。まったく、どうしてこうも偶然が重なるのか……』
「ですがA様。RはNを拒否しておりますよ?」
ラウンジの中央。
そこには丸く、縦に長い筒状のガラスケースが二つ置かれていた。Jはそのひとつに優しく触れる。
『そのようだな。だが、Rは我が『組織』において欠かせない手駒だ。死なせるわけにはいかない』
「はい。Rを死なせることはありえません」
――ケースの中には、一人の吸血鬼と一人の人間が別々に収められていた。
『吸血鬼の持つ果てない命――Rがいれば『組織』は永遠に続く』
Aは歌うように言葉を続ける。
『Rに吸われたNも同様だ。と共に果てない命を得る』
「そうなれば《主人》様の夢と願いは現実のものになる
――」
Jも、流れるように言葉を紡ぐ。
その目に何が見えているのだろうか。
『良いか。我々『組織』の願いは《主人》様の願いそのものだ』
Aの声に、力が入った。
「承知しております。――そろそろ『実験』に入ってもよろしいでしょうか?」
『わたしが許可をしよう。《主人》様には後でお伝えしておく』
「ありがたき幸せ。では……二十四時より開始いたします」
『失敗はするな。二人を殺すな。お前も死ぬな。――それだけ守れ』
「仰せのままに」
ピッ、と電話を切るJ。
目の前のケースに入ったNとRを一瞥して、Jは小さく言った。
「R……大切な人間から血を奪うことがどれだけ辛いかは分からない。だが、これは《主人》様、それに『組織』のためだ。同僚にこんなことをするのは良心が痛むが……せいぜい泣きながら吸ってくれ」
そうしている間も時間は刻一刻とせまり、ラウンジの時計とJのスマートフォンの時計機能が二十四時を示す。
「――さあ、楽しい吸血(ショー)の(タ)時間(イム)の始まりだ」
J……JOKERの声が、ラウンジに響いて消えた。
(終)
後書き
9月の部誌そのままです。
RはNをどう思ってるのか、
『組織』は何なのか…。
設定がごちゃごちゃしました。
いつかRとNが幸せになれたらいいな。
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