バント

「あの時のうちの打線はマニエルがいたがな」
「はい、マニエルおじさんが四番にいて打ってくれて」
「それでチームを引っ張ってくれましたね」
「けれどあの時の近鉄はそれだけじゃなかった」
「パワーだけじゃなかったですね」
「小川もいたからだ」
　充分過ぎる程機能してだ、優勝出来たというのだ。
「チームの優勝の為にはな」
「小川選手も貢献した」
「その技で」
「あの人も凄く三振が少なかったですしね」
「器用でしたしね」
「新井の役目は小川と同じだよ」
　まさにその彼と、というのだ。
「活躍してくれる、、絶対にな」
「小川選手と同じくですね」
「そうしてくれますね」
　記者達も言う、流石に在阪球団の記者はわかっている。巨人ばかりを見ては野球はわからない。巨人だけを観ていたが為に戦後の日本の野球は歪みきってしまった。
　それでだ、岡本は新井をだった。何処に置いたかというと。
　二番だった、ポジションはセンターだ。新井をそこに置いて新井自身に対して言った。
「頼むぞ」
「わかりました」
　新井は岡本に微笑んで頷いてみせた。
「やらせてもらいます」
「うちの一番は大石だ」　
　大石大二郎である、抜群の脚にパワーも併せ持つ選手だ。
「その大石の次に働いてもらうぞ」
「そういうことですね」
　新井もわかっている返事だった。
「わしのやることは」
「そうだ、ではな」
　岡本は確かな笑顔で新井を送った、すると。
　大石は既に一塁に出塁していた、その彼が盗塁してだった。
　二塁に進んだ、ここでだった。
　新井は渋く敵の守備陣の隙間を衝いてヒットを放った、それで瞬足の大石は瞬く間にホームインした、それでだった。
　相手チームのファン達はだ、観客席から苦い顔で言った。
「まずいな」
「ああ、本当にな」
「大石だけでも厄介なのにな」
「盗塁してな」
　そしてその後でだった。
「新井がヒット打ったらそれで一点だよ」
「嫌な奴が近鉄に入ったな」
「あいつは三振してくれないしな」
「ゴロ打ってもな」
　つまり打ち取ってもだった。
「大石が三塁に進むしな」
「余計にまずくなったりするしな」
「これはどうしたものかな」
「やっぱり大石をな」
　その出塁する彼の話からだった、彼等も野球がわかっている。
「出塁させてもな」
「盗塁させないことか」
「マークして」
「まずそれか」
「それしかないか」
　こう話すのだった。
「大石に走られるとな」
「得点圏からヒット一本で点が入る」
「走られたらピッチャーも動揺するしな」
　走られるそれだけでだ、ピッチャーの精神に影響が出る。だから盗塁というものは厄介なのだ。だから大石は各チームにマークされだした。
「とにかく大石を走らせるな」
「あいつは徹底マークだ」
「あいつを抑えるんだ」
「無闇に盗塁させるな」
　彼の癖等が調べられとにかく走らせまいとした、それで実際に大石の盗塁は減っていた。そしてだった。