バージンロード
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第一章
第一章
バージンロード
葉山翠と葉山紫は従姉妹同士である。翠は紫よりもずっと年上で十五も離れている。翠が結婚したのは二十二歳の時だった。大学卒業と同時に結婚したのだ。
「お婿さんってどんな人なの?」
「お姉ちゃんの友達だった人よ」
「お友達と結婚できるの?」
「ええ、そうなのよ」
にこりと笑って従妹に話す。白いウェディングが実によく似合っている。黒く長い髪はヴェールの中にあり艶やかだが美しい笑みがそこにある。
「好きな人だったらそういうこともできるのよ」
「そうだったんだ」
「紫ちゃんも同じよ」
翠は今度はこう紫に話した。見れば二人の顔は実によく似ている。そっくりだと言ってもいい。紫が成長すればそのまま翠になる、そんな感じの顔だった。
「自分が好きな人と結婚できるのよ」
「私が好きな人と」
「誰と結婚したいの?」
「お兄ちゃん」
何の屈託もなく答える紫だった。
「お兄ちゃんと結婚したい。いいよね」
「お兄ちゃんは駄目よ」
しかしこれは翠に笑顔で駄目だと言われてしまった。
「お兄ちゃんやお父さんとはね。結婚できないのよ」
「そうなの」
「他の人とならいいのよ」
少ししょげかえってしまった紫に対してまた話す。腰を屈めて彼女の顔をじっと見ている。確かに歳は離れているがそれでも仲のよさがはっきりわかる。
「他の人とならね」
「じゃあ浩輔君と」
紫が今度出したのはこの名前だった。
「同じクラスの浩輔君と。それならいいよね」
「ええ、いいわ」
また笑顔で頷く翠だった。
「同じクラスの子ならね」
「そうなの。それじゃあ私浩輔君と結婚する」
無邪気に、子供らしく話す紫だった。
「それでいいよね、お姉ちゃん」
「ええ。紫ちゃんも結婚するのよ」
「けれどそれって凄く後のことだよね」
まだ七つの彼女にとっては本当に遥かな遠くのことだった。結婚すると口で言ってもそれが現実のものとはとても思えないのだった。
「私が結婚するのって」
「私もそう思っていたわ」
翠はここで自分のことに例えて話す。
「それでもね。それはすぐだから」
「すぐなの」
「気付いたらもうよ」
こう話すのであった。
「気付いたらね。本当にすぐよ」
「そうなんだ」
「それでね。紫ちゃん」
にこりと笑って紫に対して告げてきた。
「一つ御願いがあるんだけれど」
「御願いって?」
「これから教会行くわよね」
「うん」
式は結婚式場であげる。しかしその場は教会の造りになっている。翠はあえてそれを教会と呼んで紫にわかり易く話しているのだ。
「その時に御願いがあるの」
「私が何をするの?」
「服の裾。持って欲しいの」
彼女が言うのはこのことだった。
「このヴェールのね。裾を持って一緒に来て欲しいの」
「ヴェールの裾を?」
「そうよ。紫ちゃんが持って」
静かな笑みと共にこのことを頼む。
「そしてね」
「そして?」
「紫ちゃんが結婚する時にね」
「私が結婚する時に?」
「私に持たせて」
こう頼むのだった。
「私に。いいかしら」
「お姉ちゃんが持つの」
「私の裾を持ってくれるじゃない」
またこのことを紫に話す。
「だから。紫ちゃんが結婚する時にはね」
「お姉ちゃんが持ってくれるのね」
「駄目かしら。私妹はいないけれど」
三人姉妹の末っ子である。だから彼女は妹とという存在を知らなかったのだ。
「紫ちゃんは私をお姉ちゃんって呼んでくれるから」
「お姉ちゃんはお姉ちゃんだよ」
翠の目をじっと見上げての言葉だった。
「私のお姉ちゃんだよ。ずっとね」
「そう言ってくれるのね」
「うんっ」
また笑顔で頷く紫だった。
「そうだよ。ずっとね」
「だから。御願いしたいの」
翠もまた紫の目をじっと見詰めていた。二人の心はそれぞれの目を通して通じていた。
「その時に。いいかしら」
「うん、いいよ」
ここでも純粋に答える紫だった。
「私も。お姉ちゃんいないから」
「そうだったわね」
紫も紫で姉を知らないのだった。兄が二人いる。こうしたことでも紫と翠は似ていた。
「私達。本当に似てるわね」
「そうよね。だから私お姉ちゃんがいてくれて嬉しいの」
彼女を姉として見ている言葉だった。
「お姉ちゃんがいるから」
「私もよ。紫ちゃんがいるから」
やはり二人の心は同じだった。
「嬉しいのよ」
「一緒なのね」
「そう、一緒よ」
また紫に対して微笑んでみせた。
「私達はね」
「そうなの」
「だからね。約束よ」
また紫に対して話す。
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