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ラ=トラヴィアータ

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第三章


第三章

 楽屋においてだった。差し入れの彼が出ているテレビ雑誌を見ていても。彼を見るのではなく必ず圭を見ていた。それは雑誌に留まらなかった。
「何だよ、これ」
 撮影の合間のある時は携帯電話を見て激昂していた。
「よりによってこんなこと書くか?酷い奴がいるな」
「どうしたの?剣ちゃん」
 マネージャーが彼の仇名を言いながらそんな彼に声をかけてきた。今彼は撮影の休憩で公園のベンチに座っていた。そこで携帯を見ながら怒っているのである。
「そんなに怒って。どうしたの?」
「ほら、これ」
 彼は怒ったままマネージャーにその携帯を見せてきた。
「この書き込みですけれど」
「んっ!?」
「酷いですね。最悪ですよ」
 こう言って怒り続けていた。
「こんなふうに書くなんて。必死に頑張ってるのに」
「これって」
 マネージャーはその携帯に映っているものを見てまず言った。
「あれじゃない。あの巨大掲示板群じゃない」
「はい、それのこのドラマのスレですけれど」
「あそこね」
 マネージャーはそれでもう納得したようであった。そうした顔で頷いていた。
「ここはね。まあね」
「まあねって。酷いじゃないですか」
「ここはね。そういうところなの」
 その怒っている彼に対して言うのだった。
「こうした無茶苦茶な書き込みがあったりする場所だよ。知ってるでしょ?」
「知ってますけれど」
「じゃあ怒る必要ないよ」
 こう彼にあらためてまた言うのだった。
「別にね。怒る必要はないよ」
「ないんですか?」
「っていうか怒ったら駄目」
 こうも話す。
「ここの書き込みは変なのは聞き流す。役に立つのだけ受け取る」
「変なのは聞き流すんですか」
「つまりスルー。気にしたら駄目だよ」
 優しく言い諭す言葉だった。
「絶対にね。変な人間は何処にでもいるじゃない」
「ええ」
 一応それはわかっているつもりの剣人だった。
「それはまあ。そうですね」
「わかってるならいいよ。だからここの書き込みは変なのは見ないの」
 このことをまた彼に話す。
「さもないとあれだよ。ネットの書き込みを一文字百円にしろとか言い出す馬鹿になっちゃうよ」
「ああ、あの人ですね」
 剣人もそれを言い出した人間が誰なのかすぐにわかった。
「あの人ですよね」
「あんなふうになったら駄目だから」
 マネージャーはその自称芸人を反面教師とするように彼に話した。
「いいね。だから変な書き込みは無視して」
「わかりました」
「それで何て書いてあったの?」
 あらためてそのことを彼に問うのだった。
「ここに。剣ちゃんのことが書いてあったの?」
「僕のことも書いてましたけれど」
 マネージャーは今の彼の言葉にやはりと思いながら同時に引っ掛かるものも感じていた。
「それはいいんですよ」
「それはいい?」
「ええ。それはいいんですよ」
 憮然とした顔で少しまくしたてるようにマネージャーに話すのだった。
「それは全然構いませんよ、本当に」
「じゃあ何でそんなに怒ってるの?」
「羽田さんのことですよ」
 ここで彼は彼女の名前を出した。
「あの人のこと書いてあって」
「悪口が?」
「はい」
 声は憤然としたものになっていた。
「そうなんですよ。昔のこととかもう」
 そしてまだ言うのだった。
「滅茶苦茶に書いてあって。酷いですよね」
「まあね」
 それはマネージャーも認めた。認めはした。
「けれどね。そうしたところだから」
「気にするなっていうんですね」
「剣ちゃんのこともかなり書かれてるじゃない」
 彼自身のことに関して言ってみせたのだった。
「随分。書かれてるよね。見たら」
「僕のことはいいんです」
 しかし彼はこう言うのだった。
「僕のことは別に」
「いいって!?」
「僕はそんなこと気にしませんから」
 自分が何を書かれようが全く意に介していないというのである。これはある意味において非常に立派ではある。まだ二十歳になったばかりだというのに。
「それは全然」
「いいんだ」
「ええ。けれど」
 それでもなのであった。
「あの人のことは。ちょっと」
「確かにね。あれだけのことがあった人だし」
 このことは当然ながらこのマネージャーも知っていた。知ってはいるがあえて言いはしない、それだけである。気遣いではある。
「言わない約束だけれど心のない奴もいるから」
「そうですか」
「そんな奴は無視してね」
 このことをまた彼に言うのだった。
「いいね。それは」
「はあ」
「馬鹿は何処にでもいるんだよ」
 また話すのだった。念を押すようにして。
「それははっきり意識して、無視してね」
「わかりました」
「剣ちゃんは仕事に専念して」
 ここまで話したうえで剣人自身に優しい声をかけるのだった。
 
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