浪速のクリスマス
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第五章
第五章
「ケーキだよな」
「これ食べてから行くで」
「甘いものの後に甘いものかよ」
「お菓子は別っ腹って言うやん」
「それはそうだけれどよ。洋菓子と和菓子っていうのは」
その組み合わせが違和感を抱かせるのである。洋菓子といきたいのが彼の感性であるのだ。
「何かおかしいん?大阪やったら普通やん」
「そういや普通か」
皆自然にそれを食べている。これも横浜とは全然違うことであるが。
「他にもうどんと御飯とかもあるよな」
「ええ組み合わせやろ」
これも大阪ならではである。関東ではうどんは主食だが大阪ではおかずなのである。丼と一緒にうどんを食べたりすることも普通にある。
「きつねうどんと親子丼とか。うちも好きやで」
「あれも最初見た時は驚いたけれどな」
横浜の人間から見ればそうである。
「それであれか?やっぱり善哉と一緒にコーヒーとか」
「あっ、それはないから」
流石にそれはないようである。それを聞いて少し安心した。
「少なくともうちはせえへんから。安心しといてや」
「あんたはかよ」
何か本当に大阪のその独特の雑多で、それでいて妙にバランスのあるそうした感じに馴染めなかった。だがケーキを食べ終えてそのまま法善寺に向かった歩いて少しである。
二人は道頓堀のところを歩いて行く。もう空は暗くなりかけていた。薄暗い夜が何か紫色に見える。それがやけに奇麗だった。二人で歩いているからムードも感じる。ここは大阪でも同じであった。
「何かクリスマスでも変わらないんだな、ここは」
「何がや?」
「いやさ、曲とか雰囲気が」
道頓堀の店を見て言う。
「あのおっさんとかさ」
食いだおれの人形を指差す。社長をモデルにしたものであり夜中に見ればかなり怖い。
「蟹とか河豚も。全然一緒なんだな、普段と」
「それがええんやないの」
「これがか」
「飾るのがかえってあかんねん。だからいつも通り」
「ラーメンも食ってか」
金龍ラーメンにも相変わらず客がひっきりなしである。キムチと大蒜を入れ放題の濃いラーメンもまた大阪名物の一つである。ここもクリスマスでも何時でも客で一杯である。
「それで今から俺達は善哉か」
何か普段のデートと代わり映えがしない。しかもクリスマスの曲に混じってその食いだおれの店や蟹道楽の音楽まで聞こえてくる。あげくの果てには六甲おろしまで。
「それでな」
彼はその六甲おろしに我慢できなくなっていた。
「大阪ってな阪神ばっかりか?」
いい加減そらで歌えるまで覚えてしまったこの曲を聴きながら問うた。
「クリスマスでも何時でもよ」
「大阪やからな」
それで済む言葉だった。
「横浜はベイスターズやないん?」
「ここまでいかないよ」
彼は憮然として答えた。
「大阪って何か阪神阪神じゃないか。おかしいぞ」
彼は横浜ファンである。妙子の贔屓は言うまでもなかった。少なくとも大阪においては巨人ファンは稀少種である。その存在自体が悪とされることもある。大阪、いや関西では阪神というのは鉄の不文律なのである。巨人を応援することはある意味タブーなのである。
「クリスマスでもよ」
「それがええんやないか」
しかし妙子の返事はいつもの通りであった。
「阪神やで、やっぱり」
「野球はか」
「そや。巨人の野球なんか面白いことないやん。あんなええかっこしい」
「まあな」
彼も横浜ファンだからわかる。それでクラスではかなり馬鹿にされ孤立しているが。だが横浜や広島といった他の球団には寛大なのが阪神ファンである。これが巨人になると絶対に許されないのだ。
「あんなチーム潰れてしまえばええんや」
ここまで言う。
「そして阪神の優勝、十連覇やで」
「横浜はどうなるんだよ」
「まあ適当にやっといてええんちゃう?」
こんな扱いである。
「そのうち優勝するで、多分」
「多分か」
「そや、そのうちな」
「えらい言われようだな、何か」
「だって横浜弱いやん」
それでこの言い様だ。
「甲子園でもいつも負けてるし」
「阪神がこの前までそうだったじゃないかよ」
たまりかねて言い返す。
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